データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第94代菅直人内閣(平成22.6.8〜平成23.9.2)
[国会回次] 第177回(常会)
[演説者] 前原誠司外務大臣
[演説種別] 外交演説
[議院演説年月日] 2011/01/24
[参議院演説年月日] 2011/01/24
[全文]

 第百七十七回国会の開会に当たり、外交の基本方針について所信を申し述べます。

 私は、外務大臣就任以来、ダイナミックに変革をするアジア、世界の中で日本外交がより一層建設的な役割を果たしていくために、中長期的視点に立った経済外交を展開していく重要性を強調してまいりました。

 日本は、これまで、ODAなどを通じてさまざまな国際貢献を行ってきています。そのような日本国民の国際貢献への意志は、国際社会で着実に評価されています。世界の地域のほとんどで日本人が親近感と敬意を持って迎え入れられるのも、その証左であります。

 ただ、これらの支援や協力、例えば、教育を受けたい子供のいる村落に新たに学校をつくるのにも、新興国で発生する環境汚染対策のために協力するにも、日本自身の経済力が基盤となることは言うまでもありません。身の丈以上の外交を展開することは困難であるという現実を踏まえ、経済外交を戦略的に展開し、我が国の土台である経済を強化することは、我が国の総合的な外交力を強めることにつながるのであります。

 しかし、現在、我が国は、国内外でさまざまな困難や課題に直面をしています。国内的には、人口減少、少子高齢化、莫大な財政赤字という三つの制約要因を抱えています。国外に目を転じれば、我が国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しており、国際社会には、環境問題やテロなど、課題が山積をしています。資源、エネルギーをめぐる競争も激化しています。我が国がさらなる発展を遂げるためには、これらの変化に柔軟かつ能動的に対応していかなければなりません。

 このような新たな地域、国際社会の戦略環境下で、将来にわたって平和で安定した豊かな日本を実現し、それに資する国際関係を構築するためには、日米同盟を基軸とした盤石な安全保障体制が必要不可欠であります。昨年末に改定された防衛計画の大綱でも示されたとおり、我が国自身の防衛力を強化するとともに、日米安保体制を新たな安全保障環境にふさわしい形で深化、発展させていきます。

 また、米国そして近隣諸国等と協力しながら、国際社会が直面するさまざまな課題への取り組みを通じて、新たな地域の秩序形成にイニシアチブを発揮していくことが大事であります。

 大きな変動期にある国際社会において、法の支配の確立を一層推進し、各国との協調行動のもとで、国際社会の共生に向けて主体的な外交を展開していく決意であります。

 以上の方針に基づき、本年の日本外交の具体的取り組みについて申し述べます。

 まず、私の掲げる経済外交の四つの柱、自由な貿易体制、資源・エネルギー・食料の長期的な安定供給の確保、インフラ海外展開、観光立国の推進について御説明申し上げます。

 第一の柱である自由な貿易体制を推進するための取り組みといたしまして、昨年十一月に閣議決定をいたしました包括的経済連携に関する基本方針に基づき、各国との間で高いレベルの経済連携を推進してまいります。

 経済連携協定に関しては、昨年、インドとペルーとの交渉を完了いたしました。ことしも、EUやモンゴルとのEPA交渉開始に向けて努力するとともに、豪州等との交渉の早期妥結と、韓国との交渉の早期再開を目指します。

 アジア太平洋自由貿易圏に向けた道筋の中で唯一交渉が進んでいる環太平洋パートナーシップ協定につきましては、関係国との間で情報収集、協議を開始した段階であります。国民の皆様の御理解や対応策の準備などを総合的に勘案し、協議の状況を見きわめつつ、ことし六月をめどに、交渉参加につき政府として判断をしたいと考えております。

 また、日中韓FTA共同研究を推進し、東アジア自由貿易圏構想、東アジア包括的経済連携構想などの議論に積極的に参加をいたします。

 世界貿易機関ドーハ・ラウンド交渉の早期妥結に向けても積極的に取り組んでまいります。

 第二の柱である資源・エネルギー・食料の安定供給の確保のために、在外公館を通じた情報等の集約に一層努めるとともに、要人往来やODA等の外交ツールを活用し、オール・ジャパンとして戦略的に各国との連携を強化してまいります。

 特に、レアアースを含む鉱物資源につきましては、菅政権発足以降、アメリカ、オーストラリア、モンゴル、インド、ベトナム、カザフスタン等との間で、協力関係を強化することで一致をしています。

 今後も、官民連携のもと、多角的な資源外交を推進し、資源国との間で協力関係を強化いたします。

 第三の柱は、インフラの海外展開です。

 アジアを初めとする新興国を中心に世界各国でインフラ需要が増加する中、日本のすぐれた技術を積極的に展開し、日本の経済の成長につなげたいと考えます。

 昨年、新興国においては初めて、我が国がベトナムにおける原子力発電所建設の協力パートナーに選ばれました。また、昨年十二月の第二回日本・アラブ経済フォーラムには私も参加をし、魅力的な市場及び投資先へと変貌しつつあるアラブ諸国との経済関係の強化につき一致をいたしました。

 今後も、重点分野の原子力発電や高速鉄道、水分野について、アジア、中南米、中東、アフリカなど各地域の新興国へのトップセールスをみずから行ってまいります。

 また、インフラプロジェクト専門官の指名を含む在外公館における取り組みの強化や国際協力機構による海外投融資の再開など、関係政府機関のファイナンス面での機能強化を目指し、民間を支援する必要なツールを含め、包括的な取り組みを進めてまいります。

 第四の柱は、観光立国の推進であります。

 政権交代以降、羽田の国際化やオープンスカイの推進を図るとともに、中国人個人観光客に対する査証発給要件の緩和や医療滞在ビザの創設などの措置を講じており、昨年の外国人観光客数は過去最多となる見通しであります。

 訪日観光客の増加による内需拡大、雇用増を通じて日本経済の活性化に資するため、在外公館を通じた海外での我が国の魅力の発信など、観光庁と連携しながら、外国人観光客の誘致に向けた取り組みを強化してまいります。

 経済外交を展開し、日本の総合的な外交力を高めていくには、安定した地域・国際環境が必要不可欠であります。

 日米同盟は、日本の外交、安全保障の基軸であり、アジア太平洋地域のみならず、世界の安定と繁栄のための公共財です。昨年の菅政権発足以来、日米首脳は、累次にわたり、安全保障、経済、文化・人材交流を三本柱として、日米同盟を二十一世紀にふさわしい形でさらに深化、発展させていくことで一致をしております。

 先般の私の訪米の際も、クリントン国務長官との間で、本年前半に予定をされている総理訪米に向けて、日米両国が直面する国際環境にふさわしい新たな戦略目標を策定し、共同で対処していくことを再確認いたしました。総理訪米の機会には、二十一世紀の日米同盟のビジョンを共同声明のような形で示すべく、引き続き両政府間で緊密に議論してまいります。

 我が国をめぐる安全保障環境が厳しさを増す中で、我が国は、安保分野における同盟深化協議プロセスを加速させ、幅広い分野での具体的な日米安保協力を着実に進めてまいります。

 普天間飛行場の移設問題については、まず、一昨年の政権交代時の経緯や沖縄県への米軍施設・区域の過度の集中について、沖縄県におわびを申し上げなければなりません。その上で、政府としては、昨年五月の日米合意を着実に実施してまいりますが、同時に沖縄の負担の軽減にも全力を挙げて取り組み、沖縄の皆様の御理解を得られるよう、誠心誠意努力をいたします。

 また、在日米軍駐留経費負担特別協定につきましては、速やかに御審議の上、本年度内の御承認をお願い申し上げます。

 経済面では、TPP等、貿易・投資等の自由化に関する情報収集、協議を進め、クリーンエネルギー、高速鉄道や超電導リニア、レアアース等、戦略資源などの分野のパートナーシップを推進してまいります。

 次に、ダイナミックに変化をするアジアを初めとする近隣諸国との関係強化について申し述べます。

 我が国は、アジア太平洋地域において、アメリカやアジア諸国と協力、連携しながら積極的に外交を展開し、地域の平和と繁栄に貢献をいたします。

 日中両国は、世界第二及び第三の経済大国として、今後もさまざまな面で相互依存関係がより強まっていくと考えております。こうした大局的観点から、戦略的互恵関係を深め、東シナ海資源開発、環境、気候変動、国際金融といった幅広い分野において具体的な協力を推進してまいります。

 一方で、我が国は、中国の透明性を欠いた国防力の強化や海洋活動の活発化を懸念しており、中国が国際社会の責任ある一員として、より一層の透明性を持って適切な役割を果たすように求めてまいります。

 日韓両国は、基本的価値や利益を共有する最も重要な隣国同士であります。私は、今月十五日に韓国を訪問し、先方との間で、政治、経済、交流、安保といった幅広い分野で、日韓間の戦略的関係の構築に向けてともに努力していくことを確認いたしました。日韓図書協定については、速やかに御審議の上、今国会での御承認をお願い申し上げます。

 昨年の日韓併合百年に続き、本年を、未来志向の新たな百年を切り開いていく元年と位置づけ、協力関係を一層に進めてまいります。

 また、日中韓それぞれの二国間関係を補強し、地域の平和と安定をより確かなものにするためにも、日本が本年議長を務める日中韓サミットの成功に向け、三カ国の協力を着実に推進してまいります。

 ロシアとの関係では、最大の懸案である北方領土問題を解決すべく、精力的に取り組んでまいります。同時に、アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい日ロ関係を構築するために、あらゆる分野において関係を発展させるべく、努力してまいります。

 このような考え方に基づき、なるべく早い時期にモスクワを訪問し、ロシア側と実りある意見交換を行いたいと考えております。

 北朝鮮とは、日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、国交正常化を図る方針であります。

 我が国は、拉致問題を初めとする北朝鮮の人権侵害問題について、国連を含む国際社会との一層の連携に努め、すべての拉致被害者の一刻も早い帰国を実現するために全力を尽くしてまいります。

 北朝鮮による延坪島砲撃については、我が国は強い非難を表明いたしました。また、先般、北朝鮮が六者会合共同声明に反するウラン濃縮活動を公表したことを強く懸念しております。北朝鮮が六者会合共同声明を真剣に履行することが大事であり、米国及び韓国を初めとする関係国と連携をし、北朝鮮に、六者会合共同声明や国連安保理決議に従って非核化等のための具体的な行動をとるように強く求めてまいります。

 東南アジア諸国連合は、国際社会での役割が大きくなっています。我が国は、ASEAN共同体構築及びASEANの一体性を高める連結性強化を支援するとともに、日本・ASEAN関係を新しい段階に引き上げるべく、新たな宣言と行動計画を策定いたします。メコン地域との関係も深化をさせてまいります。

 本年のASEAN議長国でもあるインドネシアとは、戦略的パートナーシップを抜本的に強化いたします。三月には、地域の災害対応能力向上のため、ASEAN地域フォーラム災害救援実動演習を共催いたします。また、バリ民主主義フォーラムへの積極的な関与を通じて、民主主義を目指す国との対話を推進いたします。

 東アジア首脳会議につきましては、米ロの参加を歓迎し、EASがアジア太平洋地域の平和と繁栄のためにより一層の役割を果たすよう、積極的に取り組んでまいります。

 豪州とは、昨年十一月の訪問の成果も踏まえ、相互依存的経済関係の強化に加えて、安全保障分野での協力を進めます。この関連で、昨年署名を行いました日豪物品役務相互提供協定については、速やかに御審議の上、今国会での御承認をお願い申し上げます。

 インドとは、経済や安全保障を初め、幅広い分野で協力を強化し、両国間の戦略的グローバルパートナーシップを発展してまいります。また、ミャンマーの民主化、国民和解が一層進むよう、同国との対話を強化いたします。

 欧州は、基本的価値を共有するパートナーであり、英国、ドイツ並びに本年のG8及びG20議長国であるフランスを初めとする欧州諸国や、統合を深めるEU等と緊密に連携をいたします。

 国際社会で存在感を飛躍的に増大させているブラジル、メキシコ等の新興国を初めとする中南米諸国との間でも、さらに連携、協調を深めてまいります。

 次に、グローバルな課題の解決に向けた我が国の取り組みについて申し述べます。

 気候変動分野では、昨年のカンクン合意を発展させた新しい一つの包括的な法的文書の採択に向け、引き続き交渉の進展に尽力してまいります。生物多様性の保全については、昨年の生物多様性条約第十回締約国会議で得られた成果を着実に実施してまいります。これらの取り組みを推進する上で、途上国支援を引き続き活用してまいります。

 ODAにつきましては、国際社会のさまざまな課題の解決に向けて、また、我が国の平和と豊かさの実現に向けて、戦略的かつ効果的に活用してまいります。

 そのため、ODAのあり方に関する検討を踏まえ、貧困削減、すなわちミレニアム開発目標達成への貢献、平和への投資、持続的な経済成長の後押しを引き続き重点分野とするとともに、さきに述べた経済外交の推進への積極的活用を、我が国と途上国の双方に裨益するものとして、特に重視をしてまいります。

 また、我が国としては、人間の安全保障の視点に立って引き続きMDGsの達成に貢献する考え方であり、本年六月、MDGs国連首脳会合をフォローアップするための国際会議を我が国で開催いたします。

 特に、経済成長の反面、紛争、貧困などに苦しむアフリカを支援するため、我が国は、第四回アフリカ開発会議でのアフリカ向けODA倍増等の公約を確実に実施し、この地域の開発と成長を後押しいたします。

 PKOへの協力は、国際社会の平和と安定への貢献の最も有効な手段の一つであります。既にハイチ等において自衛隊が重要な貢献を行っていますが、今後もより積極的な役割を果たすべく、さらなる貢献について検討してまいります。スーダン、ソマリアを含む紛争地域や脆弱国家における平和定着支援にも積極的に取り組んでまいります。

 米国における同時多発テロから十年目を迎える本年、テロ行為や組織犯罪の撲滅は、引き続き国際社会全体の課題であり、我が国としても取り組みを継続いたします。

 アフガニスタン及びパキスタンの安定と復興は、我が国及び国際社会の最優先課題の一つであります。アフガニスタンについては、引き続き、治安、再統合、開発を三本柱とした、おおむね五年間で最大五十億ドル程度の支援を着実に実施してまいります。パキスタンについては、昨年の洪水被害から復興を果たし、治安対策と経済改革の取り組みを加速させるよう、支援を継続してまいります。

 中東和平交渉につきましても、パレスチナ支援等を通じ、和平プロセスの進展に貢献をいたします。

 海洋国家である我が国にとって、海上航行の安全確保は重要な課題です。自衛隊等による海賊対処行動や、ソマリア周辺国の海上保安能力向上に向けた支援を継続いたします。

 核軍縮・不拡散分野につきましては、二〇一〇年核兵器不拡散条約運用検討会議の合意の着実な実施を促進するとともに、昨年立ち上げました核軍縮・不拡散に関する外相会合の活動を進め、核リスクの低減を通じた核兵器のない世界の実現に向けて、国際社会の議論を主導してまいります。

 また、来年の核セキュリティーサミットに向け、主催国韓国や米国との協力を強化し、具体的取り組みを進めてまいります。

 イランの核問題につきましては、平和的、外交的解決を目指して、国際社会と連携しつつ、イランへの働きかけを継続いたします。

 人権・人道分野においては、普遍的価値である人権及び基本的自由が、我が国はもちろん、世界各国・地域で保障されることが重要であり、引き続き、国連や二国間人権対話等の場を通じて働きかけてまいります。

 また、難民問題の解決に向け、今年度より開始をした第三国定住による難民受け入れを積極的に進めてまいります。

 これらのグローバルな課題を解決するために、G8、G20等における議論に積極的に参加し、主導してまいります。

 国連が果たす役割を重視し、その実効性を高めるべく、国連の組織改革と機能強化を積極的に推進してまいります。特に、安全保障理事会が今日の国際社会を反映した正統性を備えた機関となるよう、安保理改革の早期実現及び我が国の常任理事国入りを目指し、積極的に取り組んでまいります。また、国連を含む国際機関の邦人職員の増強に努めます。

 最後に、これまで述べてきた政策を効果的に実行するために必要となる総合的な外交力の強化について述べます。

 在外公館の新設や在外公館職員の再配置を含む体制整備を推進するとともに、情報収集・分析能力及び情報保全を含む外交実施体制を強化してまいります。

 予算の効率化、適正な文書管理及び外交記録の公開にも努め、国民への説明責任を果たしてまいります。

 また、我が国に対する諸外国の国民の理解と信頼を得ることは必須の課題であり、重要外交政策の積極的な対外発信に取り組むとともに、戦略的な日本事情、文化の発信や日本語の普及にも努め、人の交流をさらに活発にしたいと考えております。そのことは、外交政策の円滑な推進や、日本企業の海外展開の支援につながるものと考えます。

 これらの政府の取り組みに加え、地方自治体やNPO、市民の皆様との連携を強化し、オール・ジャパンで外交を推進してまいります。

 世界各地で活躍する多くの日本人及び海外に進出する日本企業が力が発揮できるよう環境づくりに努めるとともに、適切に支援し、日本の国力向上につなげてまいります。

 アジアそして国際情勢は激動の時代を迎えております。この荒波の中で日本が引き続き世界の平和と繁栄のための役割を果たしていくには、国民一人一人の力が源泉となるのは言うまでもありません。

 今日ある日本を築いたのも、日本人の主体性と独自性でありました。その誇りと気概を持って、あしたの日本を築き、アジア、世界に新しい秩序を形成していけば、チャレンジをチャンスに変えることができるのです。私たち一人一人がその覚悟で行動していけば、未来を切り開いていけるものと確信をしております。私は、その先頭に立って、菅政権の外交のかじ取りを担っていく決意であることを表明いたします。議員各位、そして国民の皆様の御支援と御協力をお願い申し上げます。

 御清聴ありがとうございました。(拍手)