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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第45代第1次吉田(昭和21.5.22〜22.5.24)
[国会回次](帝国)第90回(臨時会)
[演説者] 石橋湛山大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1946/7/25
[参議院演説年月日] 1946/8/8
[全文]

 昭和二十一年度一般會計歳入歳出豫算の御審議を煩はすに當りまして、茲に其の豫算の性格の大要を申述べ、併せて政府が只今考へて居ります財政經濟政策の大體の方針を明らかにして御協贊を仰ぎたいのであります

 先程も申上げましたやうに、昭和二十一年度の總豫算は遂に成立いたしませなんだ關係上、今回改定豫算を編成し、之を御審議を煩はす次第でございます、昭和二十一年度の一般會計改定豫算の歳出は五百六十億八千八百餘萬圓、之に對する普通歳入は三百五億百餘萬圓、差引歳入不足二百五十五億八千七百餘萬圓に上るのであります、但し以上の金額の中には、既に本年四月乃至七月までに施行豫算、豫備金支出、緊急財政處分及び先般の追加豫算に依つて支辨せらるべき歳出百十三億四千百餘萬圓、歳入四十七億六千三百餘萬圓を含んで居ります、隨つて本豫算の御協贊を願ひまして今後實際に行はるヽ歳入及び歳出は、以上四月乃至七月までの金額を差引きました殘額でございます、斯様に本年度の改定豫算は既に過ぎ去りましたものを含んでおりますが、兎に角前年度の歳出は以上に申上げました如く五百六十億八千八百餘萬圓の巨額に上る次第でありまして、今之を總括して費目別に申上げますると、民生安定費六十三億二千四百萬圓、經濟再建費百億四千四百萬圓、教育文化費十二億六千三百万円、同胞引揚費七十七億七千二百萬圓、終戰處理費百九十億圓、此の終戰處理費は進駐軍に要する所の經費でございます、特別住宅建設資材費十二億圓、是は朝鮮に進駐軍用の住宅等を建設する資材を送る其の資材費でございます、地方分與税分與金二十五億五千九百萬圓、國債費五十億四千八百萬圓、國庫豫備金八億圓、其の外二十億七千四百萬圓と相成ります、即ち其の割合の最も大きいものは終戰處理費でございまして、之に只今申上げました同じ性質と認めらるる特別住宅建設資材費等を加へますと、其の金額は實に二百二億圓の多額に上りまして、本年度改定豫算の總歳出の約三割六分に達するのでございます

 つぎに大いなるものは經濟再建費でありまして、總歳出の約一割八分に上ります、其の他總歳出に對する割合は同胞引揚費が約一割四分、民生安定費が一割一分餘、國債費九分、地方分與税分與金四分六厘、教育文化費二分三厘、國庫豫備金一部四厘、其の外三分七厘と云う割合に相成ります、即ち以上の數字に依つて察せられまする如く、本年度の豫算は全く終戰後の變態に基く變態豫算であります、それは例へば此の約五百六十億圓の歳出の中で、大體に於て本年度限りの支出と認められますものを擧げますると、約其の半分の二百九十七億圓に上ることでも分るのでありまして、本年度限りの歳出と認められますもの主なるものを擧げますと、同胞引揚費七十七億七千二百萬圓、戰災保護費四億三千四百万円、價格調整補給金四十三億二千七百萬圓、船舶運營會補助九億四千二百萬圓、終戰處理費百四十七億三千四百萬圓、朝鮮住宅建設資材費十二億圓、其の外三億三百萬圓と云ふことに相成ります、斯様な大きな財政支出が特に歳入不足を伴ひまして、累積的に繼續致しまするならば、其の結果は申すまでもなく甚だ憂慮しなければならない譯であります、併し本年度の支出は、只今申上げました如く、其の建前に於て本年度限りと認めらるるものが甚だ多いのであります、固より今日の我が國は特殊事態の下にありますから、今後尚ほ特殊の支出を要する場合があるものと覺悟を致さなければなりませぬ、又本年度に於きましても若干の追加豫算のご協贊を願はなければならない豫定に相なつて居ります、併し以上申上げました本年度豫算の性格から判斷致しまして、來年度以後に於ては逐次歳出を減少することが出來、遠からず将來収支の均衡を回復し得ることを我々は確信して疑はないのであります

 さらに本年度の一般會計改定豫算を他の側面から觀察致しますると、其の運用に依りまして失業對策費として役立つであらうと思はれるものが二百二十二億圓を算しまして、總歳出の三分の一以上に當るのであります、即ち其の主なるものを申上げますと、援護其の他民生施設費三十億圓、就業對策費九千三百萬圓、公共事業費六十二億三千五百萬圓、終戰處理費の中で勞務費及び施設費百二十九億二千七百萬圓と云うことに相成ります、但しこの中には前にも申上げました如く、既に四月から七月までの間に支出を豫定されておりましたものを含んで居るのでありますから、今後新たにこれだけの失業對策費が支辨致さるる譯ではございませぬ、併しその中の大いなる部分は今後支出せられるものであります、失業對策に付きましては後に更に申上げたいと存じますが、自發的でない失業者が國内に存在し遊休生産施設及び資材が存在する現状は、一刻も早く之を解消いたさなければならないのであります、即ち凡ゆる現存生産諸要素の完全稼働、即ちフル・エンプロイメントの實現こそ、我々が目掛けねばならぬ財政經濟政策の最大の目標と考えて居る次第であります、而して本年度の改定豫算は、固より未だ理想的とは申上げ兼ねますが、聊か其の目標に向つて邁進せんとするものであることを御諒承願ひたいのであります

 つぎに歳入に付て申上げます、只今まで申上げました如く、歳出は著しく巨額に上りますので、我々は之に對して出來る限り歳入の増加を圖らねばなりませぬ、我々は此の目的の下に別途御協贊を仰ぎます如く、終戰後の現實に即して税制に若干の改正を施すと共に、増税を行ひたいのであります、又先般煙草の値上げを實施致しました、是等に依つて本年度改定豫算の歳入總計は三百五億百餘萬圓を計上することが出來たのであります、併しながら此の努力を以て致しましても、遺憾ながら尚ほ二百五十五億八千七百餘萬圓と云ふ大いなる歳入の不足を生ずるのであります、のみならず今後更に必要とする追加豫算を加へますと、恐らく其の不足は三百億圓に達するであらうと考えられます、是は今後實行致すべき財産税等の収入を以て支辨するの計畫であります、此のやうに財政に不足を生じ、之を財産税等の収入を以て支辨する結果はどうなるか、財産税は其の名の如く國民の財産を徴収するのでありまして、國民の現在の所得に課税するのではありませぬ、國民の現在の所得に課税を致し、之を國家が消費いたします場合には、それだけ課税された國民の消費を減少いたしますから、國民經濟全體と致しましては消費に増減のない勘定でございます、隨て茲に最も恐るべき財産上からのインフレーションを發生する懸念はないのであります、然るに財産税で徴収いたします収入を國家が消費する場合の影響は、斯様に單純ではないと考へられます、例へば財産税がものに依つて納付される場合を考へますに、國家が之を消費する爲には、此の物を金に換へなければなりませぬ、其の場合若し其の物を國家が民間に賣却致しまして、而して之を買い受ける國民が、其の代金を現在の所得を以て支拂つて呉れますならば、それは間接に国民所得に課税する結果と相成りますから、インフレの懸念はないのであります、併しながら若し其の買受者が、さもなければ使用しなかつたであらう所の銀行預金を引出して買受けますとか、或は又國家が収納致した物を見返りにして通貨を發行して使用するとか致しますれば、是は明かに通貨増發を來しまして、インフレの原因を成すのであります、又例へば國民が今日我が國に存する封鎖預金で財産税を納め、さうして之を國家が消費すると致しますならば、それは詰り大量の封鎖預金を解除することに相成りますからして、是れ亦インフレの原因を成す懸念があるのでございます、斯様にして財産税収入を財源として歳出を賄ひますことは其の全部ではありませぬけれども、恐らく其の少からざる部分は赤字公債を發行し、之を日本銀行に引受けさせて國家が消費するのと、經濟的には等しい結果を生ずるのであります、率直に申しますと、我々は本年度の豫算に斯くの如き危險が伴ふことを強く注意いたしまして、隨て之に對して善處いたしたいと考へて居る次第であります、併し以上は一應の解釋でございまして、國家財政の目的、殊に今日の我が國の如き場合の財政は、何よりも先づ第一に國民に業を與へ、産業を復興し、所謂フル・エンプロイメントを目指して國民經濟を推進することにあると考へます、如何に財政収支は均衡を示しましても、國内に失業者が溢れ、多くの生産要素が遊休状態に置かれる有様でありましては、是は眞の意味の健全財政とは決して稱することが出來ないと考へるのであります、終戰後の我が經濟は甚だしきインフレに襲はれて居るとは一般の觀察であります、發行紙幣は著しく増加し、物價、賃金等の騰貴を示しました減少を取つて申せば、確かにインフレに相違ありませぬ、併し我々が従來漠然とインフレと稱して居りました現象は、曾てケインズも指摘いたしました如く、一つの明かな意味があると考へるのあります、それは或る社會の經濟が既にフル・エンプロイメントの状態を示し、凡ゆる生産要素、即ち人も設備も既にフルに稼働して居る場合に於て、尚は其の上に購買力が注入をされ、為に物價の騰貴を生ずる場合でございます、斯かる場合の購買力の増加、より正確に申せば所謂有効需要の増加は、百パーセント物價の騰貴となつて現はれます、所謂惡性インフレは此の段階に於て生ずる現象であると考へるのでありまして、戰時中の我が國には、確かに此の意味のインフレがあつたと考へます、所が昨年の終戰以來の我が國は果してフル・エンプロイメントの状態にあつたかと申せば、それは左様に申されませぬ、それどころか、現に我々が見ます如く、多くの失業者が發生し、表面就業を致して居る人達も十分の生産活動をなすことが出來ませぬで、生産設備の甚だ多くの部分は遊休化して居るのであります、是は斷じて完全稼働ではなく、逆に甚だしくアンダー・エンプロイメントであると思はれるのであります、斯かる状態の下に於いての通貨膨脹と物價騰貴とは、假令それがインフレであると致しましても、普通の意味のインフレではないと考へられるのであります、終戰後の我が國の所謂インフレは以上の次第でありまして、實は戰争及び敗戰に基いて生じました經濟秩序の破壞と虚脱状態、而して是より生じた飢饉現象乃至恐慌現象と見るべきであらうと考へます、食糧を初め物資は著しく不足しました、生産は停頓しました、而も之を回復する智慮と勇氣とが不幸にして國民の間に一時失はれました、茲に即ち飢饉物價を發生したのであります、而して此の飢饉物價及び其の他全般の經濟不安から、預金の引出、通貨の退蔵等々の現象が現はれまして、終戰後の通貨膨脹及び物價騰貴を發生した原因は、細かく分析致しますれば、固より多くのことが擧げられなければなりませぬけれども私は其の基調を成して居るものは、以上に申上げた所にあると信ずるのであります

 世の中には第一次世界大戰後ドイツに起りましたインフレを想ひ起して、之と今日の我が國の通貨膨脹とを比較して云々する方もありますが、私は此の兩者は全然其の性格を異にするものと考へて居るのであります、斯かる今日の我が國の所謂インフレは、以上の次第でありますから、通貨収縮即ちデフレ政策に依つて處理し得るものでは斷じてないと信じます、飢饉物價は物の生産と出廻りの増加に依つて救治し得るのであります、恐慌は人心の不安を一掃してのみ鎭靜し得るのであります、若し此の際デフレ政策を執りますれば、物價の水準は引き下げ得るでありませう、併し恐らく生産は一層縮小し、國民所得は減じまして、國民の生活難は寧ろ益々激しくなるのではないかと思ふのであります、人心の不安は、斯様なことであつては固より之を拂ひ去ることは出來ないと考へます、國に失業者があり、遊休生産要素の存する場合の財政の第一要義は、是等の遊休生産要素を動員し、是等の生産活動を再開せしめることにあると考へます、此の目的を遂行する爲ならば、假令財政に赤字を生じ、爲に通貨の増發を來しても何等差支へはない、それどころか、却て是こそ眞の意味の健全財政であると信じます、而して是は今日の經濟學説も亦認めるところと私は考へるのであります、昭和二十一年度の改定豫算は、先程も申上げましたやうに、未だ決して理想的なものではありませぬが、以上の意味に於て正に健全財政の線に沿へるものと確信する次第であります、勿論斯く言うても今日の我が國の状態は、單に購買力を經濟界に注入することのみに依つて直ちに経済活動を増進し得るが如き簡單なものではありませぬ、終戰後多くの企業は収支償わず、生産は停頓、減少し、甚だ憂ふべき状態を示して居りますが、それは唯普通の景氣循環の場合の不景氣現象ではありませぬ、前にも一言致しました如く、戰争及び敗戰に依つて生じたる破壊と虚脱状況に基いて起つた現象であります、隨て我々は茲に單なる不景氣を克服するのとは異つた政策を遂行する必要があると信じます

 其の第一は先ず以て終戰後の現實に即應し、且つ平和日本建設の方途に合致しましたる整理を經濟界に施し、経済再建の基盤を確實にし、經濟界の進路を明朗にし、所謂虚脱状態から脱却することが必要であると考へます、我々は此の觀點から、終戰後の懸案であります所の補償問題等を速かに且つ合理的に處理し、又金融緊急措置令等に依つて一時巳むを得ず採用致しましたる封鎖預金等の制度を、出來る限り早い機會に撤廢致したいのであります、此の方策は目下政府に於て慎重に練って居ります、前内閣以來の計畫でありました財産税等も、亦是等の諸措置と關聯致しまして適切の修正を施し、國民各自がそれぞれ其の分に應じて新生日本の經濟再建に寄與する途を開きたいと考へて居る次第であります、我々は日本の前途を決して悲觀致しませぬ、眞に我々は民主主義と平和主義とに徹底し、協力一致奮勵致しますならば、希望は前途に充ち滿ちて居ると考へます、併し何せよ八年に亙る戰争に依りまして國力を極度に消耗し、加ふるに敗戰に依り秩序ある平和産業への轉換を一時不可能に陷れました、是等が国民経済に與へた損失は莫大であります、經濟界の整理とは、言葉を換へて申せば此の損失を率直に承認し、之を國民経済資産表から切捨てることであります、勿論此のことは口で申すのは甚だ容易でありますが、實行には非常な困難を伴ふことを我々は覺悟致さねばなりませぬ、併し此の整理は成行きに任せて置きましても、何時かは必ず行はなわなければならぬ所のことであります、然るに之を成行きに任せて置きますことは、整理の期間を長引かせるのみならず、秩序ある整理を不可能にし、好ましからぬ經濟上の波瀾を繰返し、此の經濟に於て更に損失を累加する危險があると考へます、故に政府は此の際忍び難きを忍び、斷固として以上の整理を敢行し、以て經濟再建の時期を促進致したいと考へて居ります、併し經濟界の整理はどんな方法を以て致しましても、必然デフレーション的傾向を伴ひます、而して今や我が國の經濟が是非とも整理過程に入らなければならないことは、假令國家が茲に何等かの積極的處置を執りませぬでも、必然免れない所であります、我々は茲に我が國の今日の所謂インフレ乃至物價騰貴は、好むと好まざるとに拘らずデフレに轉ずる時期に近付きつつあると考へるのであります、併しデフレに轉ずればそれで問題は解決するか、決して是は解決いたしませぬ、前に述べました如く、今日の我が國の問題は、どうして物資を増産し、飢饉現象を解消し、經濟の前途見透しを明かにして人心を安定するかにあります、我々が經濟界の速かな整理を求めるのも此の目的を達する爲でありますが、それは謂はば消極的政策であります、我々は更に積極的に是等の目的を達成する手段を講ずる必要があると考へます

 此の積極政策の一つは、樞軸産業に對する特殊の促進策でございます、其の中、既に政府が其の計畫に著手致して居ります其の一つは、石炭業に對するそれでございます、今日石炭の強力なる増産を行ふことは、凡ゆる産業の復興を促す第一の緊要事であると考へますが、政府は是が爲め今や劃期的な方策を講ぜんと致しております、我々は是が爲必要であるならば、石炭業の過去の債務を整理し、且つ将來の収支の均衡を確保する爲めに生産者價格の大幅の値上げをも辭せない積りであります、但し消費者の價格を此の際動かしますことは、他の多くの物資の價格に影響を致すのみならず、それ等の價格の改定が行はれるまで物資の出廻り阻碍する危險がありますから、是は姑らく避けまして、代りに思切つた價格を調整補給金を支出することに致します、但し斯様な措置を行ひます爲には、炭礦の經營を凡ゆる側面に瓦って合理化し、必ず増産の行はれることの保證がなければなりませぬ、假令最初の生産價者格{前5字ママ}は相當に高く定めましても増産さへ行はれるならば、それに從つて生産費は追々に下ると思ひます、随て價格も亦下る筈であります、故に我々は増産の保證さへ炭礦が確実に興へて呉れますならば、合理的な價格の値上げに對して之を値切ることは致さない積りであります、其の代り全國の炭礦業者及び石炭の生産に關係する總ての人には、強く責任を持つて貰はなければなりませぬ、増産をする筈であつたが、他の事情が斯う變化したからなどと云う申譯は、眞に不可抗力による場合の外は許さない積りであります、言ふまでもなく、それには炭礦の經營者のみでなく、又總ての従業者諸君の固き協力を必要と致します、我々は斯うした決意の下に、幸ひに石炭増産が明かな目途を示すに至りますならば、全國産業の立直りは茲に確實な緒を開き、所謂インフレの惡循環も必ず斷絶し得ると考へます

 以上は石炭を一例として申述べたのでありますが、其の他食糧に付きましても、肥料に付きましても、此の際執るべき策は大體之と同様の線に沿ふべきものであると考へるのであります、幸ひにして只今の所、本年の天候は頗る良好でありまして、今秋の豊作を思はしめるものがございます、米國、カナダ等の小麥も亦甚だ豊作であると傳へられて居ります、我々は、斯様にして憂へられた食糧危機も内外を通じて打開せられる時期が近づいて居るのではないかと喜ぶ次第であります、と申して油斷は禁物であります、我々は飽くまでも、天は自らを助くる者を助くると云う格言に基きまして、邁進致したいと考へて居ります、

 第二は復興金融の強力なる推進であります、資金は言ふまでもなく物であります、然るに其の物が今我が國には缺乏して居るのでありますから、隨て今日の我が國に資金が豊富である理由はございませぬ、故に我々は資金を極力節約致し、有効に之を利用し、又其の蓄積を圖らなければなりませぬ、我々は此の觀點から、資金の使用に相當の制限を加へなければならないと考へます、併し左様であるからとて、資金の圓滑なる供給を缺く爲ら生産の勃興を防ぐるが如きことがあつては相成りませぬ、前に申上げました如く、經濟界の整理過程に於ては、往々にして斯様な弊を生じ易いのであります、其の爲に當然生くる筈であり、又生かさなければならぬ所の企業を、みすみす殺してしまふやうなことが往々にして起ります、我々は此の弊の發生を防ぐ爲め、政府出資の下に、近く復興金融機關を設けまして、是が出資二億圓は今回の改定豫算に計上してございます、又此の復興金融機關が出來ますまでの過渡的處置と致しましては、直ちに興業銀行をして復興金融を行はしめる準備を整へて居ります、併し斯様な一つの特殊の金融機關のみに依りまして日本經濟再建の金融に遺憾なきを期することは困難であります、我々は特殊の復興金融機關を設立して、其の活動に期待すると共に、又舊來の興凡ゆる金融機關の總動員的活躍を期待するものであります、資金は固より生産をす所の部面に集中致されなければなりませぬ、所謂放漫なる貸出は如何なる場合に於ても嚴に之を戒めなければなりませぬ、併し苟も生産資金でありますならば、日本銀行は之を供給することに躊躇致しませぬ、政府も亦必要にして可能なる援助を惜しむものではありませぬ、殊に中小商工業者に對する金融に付きましては、政府は各地財務局等に命じまして、不斷にそれぞれの地方の金融機關と緊密なる連絡を保ち、萬遺憾なきを期して居ります

 金融について近來一つの問題は、國民中の或る部分に滯留して居る所の紙幣についてであります、世の中には、是等の紙幣を再び新紙幣と交換或は封鎖をせよと云ふやうなことを言はるる方がありますが、左様なことは我々の今全く考へて居ない所であります、のみならず、又是は何人が金融政策の職に當りましても、恐らくなし得ない所であらうと考へるのであります、滞留して居る所の通貨は、唯強權を以て回収致しましても、之を収縮し得る効果は一時的であります、それは本年二月以降の實況が證明して居ると考えます、外から力を加へずとも、滯留せる通貨が自ら銀行に集まり、郵便貯金に化すやうに致すことが必要であります、それには先ず第一に經濟界の前途を明るくし、預金が再び封鎖されるのではないかなどと云ふ風説の現はるる餘地のないやうにすることが必要であります、所謂新圓と舊圓との區別を出來るだけ速かに撤廢致したいと考へるのも此の點からであります、我々が經濟界の整理を斷行したいと云ふ其の目的の一つは、又是にあるのであります、と同時に我々は又貯金等を行ふ習慣の乏しき人々に對しましては、是を誘導して預貯金等に興味を感ぜしめる如き方法を講ずる必要がございます。、其の方策は勿論色々ありますが、我々は是を端から實行致して行きたいと考へて居ります、尚ほ我が國の通貨及び金融制度に付きましては、前内閣時代既に委員會を設けまして、其の改革案の調査を開始致して居ります、追つて本議會に於て御審議を煩はす筈になつて居ります所の證券取引所の新機構は、其の委員會の所産の一つでございます、我々は更に此の調査を再開致しまして、以て我が國通貨金融に關する民主主義的方途を確立する計畫でございます

 第三は産業の合理化であります、前に我々は、我が國の經濟界は整理しなければならぬと申上げましたが、是は唯消極的に事実を縮小することではありませぬ、積極的に、又産業に凡ゆる合理化を行ふことでなければならないと考へます、産業の合理化とは、言を換へれば従業者一人當りの能率を増し、其の生産を高めることであります、能率が上がらずして日本の産業の興る筈はなく、又勤勞者の所得を増加し、国民生活の改善を圖り得る譯はないと考へます、元來我が國の賃金俸給が歐米諸國に比し低かつたと言われますのは、主として生産能率の低かつたことに依ると私は信じますが、遺憾ながら今日の我が國に於きましては、一層其の生産能率を低下して居るものと考えられるのであります、隨て今日の此の状態の下に於きまして、國民の生活水準は必然低下する外はないのであります、俸給賃金は最近一般に著しき引上を見ましたに拘らず、依然として勤勞者の生活苦は緩和せず、他方企業は赤字を累積して居る所以だと考へます、況や我が國は戰争と敗戰に依りまして多くの資本を失ひました、其の上に尚ほ今後賠償に依つて資本を失はうと致して居るのであります、此の缺陷を償ひ、以て國民一人當りの生産を増加する方法は、思ふに産業を合理化し、而も其の産業の合理化は、一つ一つの企業に付てのみでなく、廣く産業全體に亙つての合理化の外にないと考へるのであります、第一次世界大戰後、一時我が國にも産業合理化運動が起り掛けたことがありますが、それは遂に徹底致しませぬでしたが、我々は今度こそ之を徹底する必要があると考へるのであります、前に申上げました經濟界の整理は、此の目的の下に行わなければなりませぬ、目下政府が計畫致して居ります農地制度の改革の如きも、亦茲に一つの使命が存すると考へて居る次第であります

 第四は失業者受入體制の強力なる推進であります、經濟界の整理と合理化とは、必然失業者を發生することを免れませぬ、さうでなくても現に多數の失業者が存するところに、更に之を増加することは固より甚だ憂ふべきことであり、忍び難きことであります、併し之を惧れて居りましたのでは、整理は進行致しませぬ、隨て經濟の再建は出來ませぬ、此の矛盾を我々は解かなければならないのであります、茲に我々はそれ等の失業者を受入る體制を強力に整へる必要が起つて参ります、併し其の體制は單に失業者を失業者として消極的に救助し生活させると云うことに止まつてはなりませぬ、我々の理想は、それ等の人々が苟も何等かの勤勞に耐へる能力を持つて居ります限り、直ちに適當なる業務を供給し、失業者たらしめざることであります、純然たる救助は出來る限り小範圍に止めたいのであります、是れ即ち国民の生活權を擁護する所以でもあり、又刻下緊要の生産増加を齎らす方法でもあると考へます、我々は此の觀點から前に申上げました如く、豫算の上にも相當の金額を計上致しました、我々は之を適切に運用致し、且又廣く民間にも協力を求めまして、此の問題の處理に遺憾なきことを期したいと考へて居る次第であります、尚ほ一般失業者とは其の性質を異に致しますが、海外よりの引揚同胞及び舊軍人軍屬諸君の問題があります、之に付きましては、前に豫算の數字に付て申上げました如く、其の直接の引揚費七十七億餘圓を計上致しました、併し是等の諸君に關し最も重要な問題は、どうして是等の諸君に仕事を供給し、其の生活の再建を圖るかでございます、政府は之に付きましては特に意を用ひまして、取敢へず援護其の他民生施設費三十億圓中より、必要なる生業資金の供給を圖りたいと考へて居ります、又六十億圓の公共事業費其の他に依りまして行はれます所の事業に、是等の諸君の勞苦を吸収する途を強力に開きたい計畫でございます、戰災復興事業も、以上に關聯せしめまして、同時にそれが失業對策たるが如き方法を以て促進致したいと考へて居ります

 第五は經濟の民主化であります、此のことは既に今まで屡々繰返して述べられたことでありますから諄くは申上げませぬ、併し世の中には往々にして、今日尚ほ我が國に所謂大地主、大金持を擁護せんとする運動があるかの如く言ふ人があります、是は甚だ理解し難いことであります、既に所謂財閥は事實に於て悉く解體され、農地制度の改革は一層強化され、其の上に更に、以上に述べました如く、經濟界の整理は斷行され、加ふるに財産税が又課されるのであります、從來と雖も我が國に所謂大地主、大金持と稱せられる程の者が幾何あつたかは疑問でありますが、今後の我が國に於ては、其の僅少なる大地主も大金持も全く姿を沒するびであります、惟うに今後の我が國の社會は、好むと好まざるとに拘らず、地方に於ては小規模にして且つ殆ど相互の間に差等のない自作農、都會に於ては中小商工業者及び勤勞者、又會社、事業に於ては多數の小株主、殆ど斯様な人々が我が社會を構成することであらうと思ひます、此の意味に於て、我が國經濟の民主化は既に半ば成れりと申しても過言でないでありませう、併し申すまでもなく眞の意味の民主主義は、社會の構成員を唯小粒にしただけで實現されるものではありませぬ、それには民主主義的道徳と文化との裏付けがなければなりませぬ、我が國の今日の急務の一つは、實に此の道徳と文化とを高めることだと考へます、經濟の側面から申しましても、其の道徳と文化とが向上致しまして、初めて其の眞の民主主義化は期待され、同時に能率の増進と生産の増加とを齎らし得るものと考へます、本年度の改定豫算には、先程申上げました如く、臨時的歳出が非常に多く、爲に不幸にして教育、文化の爲の支出の計上は比較的少額に止まりました、併し此の窮屈な豫算の中に於きましても、尚ほ國民學校教職員の待遇改善等を行ひまして、尚ほ今後御協贊を仰ぎます所の追加豫算の中にも其の費目が出て参ります、以て聊か民主主義道徳と文化との向上に資したいと考へる次第であります、今後財政に餘裕を生ずるに從ひまして、更に大いに是等の費用を増額いたしたいと我々は考へ、且つ望んで居る次第であります

 以上は、只今政府が計畫し、或は著手し始めて居ります所の財政經濟政策の大要でございます、此の外尚ほ問題は甚だ多いのでありますが、最後に一言を附加えまして終りたいと思ひます、我が國は今純然たる閉鎖經濟を營んで居るのではありませぬ、我が國は既に必要なる食糧及び繊維原料等の輸入を、聯合國最高司令部を通じて許されて居ります、之に對して又我が國は生絲其の他の見返り物資の輸出を許されて居ります、併し此の輸出入は、言ふまでもなく司令部の嚴重なる監督と制限との下に許されて居るのでありまして、未だ遺憾ながら國際經濟への自由なる参加は許されて居りませぬ、併し此の狭小なる領土、曾てから國民にそれが愬へられ、世界の識者も亦或る程まで之を承認して居りました我が國の此の小さな領土は、更に此の戰争により著しく狭められました、此の變化せる條件の下に、日本國民が平和的民主的國民としての教養を高め、世界の文化に貢献し得るに足るだけの生活水準を保ちます爲には、是非とも国際經濟への一層自由なる参加が許されることが必要であります、以上申上げました經濟界の整理、増産促進に依る所謂インフレの克服、金融制度の改革、經濟の民主化等の諸政策は、一面から申せば、即ち日本國民が軈て國際經濟への自由の参加を許される場合に對する準備であると考へます、我々は斯様にして國内を整へ、何時でも國際經濟への全面的参加をなし得る態勢を執つて置かなければなりませぬ、而して是は又其の参加が速かに許される準備であるとも考へます、今回の戰争に依りまして大いなる損害を被りましたのは、獨り我が國のみではありませぬ、戰勝國と雖も、亦其の戰後の回復は決して容易の業ではないように見受けられます、所謂インフレの危險は世界的であります、我が國が此の危險を能く突破し、平和的民主主義經濟の建設に速かに成功致しますならば、是は改正憲法に於て武力の撤廢を世界諸國に先驅して宣言せんとして居るのと同様に、産業経済の分野に於きましても亦世界に範を示すものだと考へます、而して我々の此の努力に對して、聯合國最高司令部は必ず全面的支援を惜しまざるものと私は信じて居ります、繰返して述べます如く、併しながら此の成功を齎らすまで今後暫く我が國民が忍ばなければならぬ所の困難は尋常一様のものではありますまい、併し人間は現在よりも将來の希望に生きるものであり、輝かしき平和日本の民主主義經濟の建設が斯くして成功すると云ふ日を想望致しますならば、又我々の勇氣は勃然と起ると考へます

 以上は甚だ意を盡しませぬが、政府が只今考へて居ります大體の所を申上げた次第であります、何率政府の意の存する所を諒察され、本豫算に對して速かに協贊を垂れられんことを切に御願ひする次第であります