[内閣名] 第46代片山(昭和22.5.24〜23.3.10)
[国会回次] 第1回(特別会)
[演説者] 栗栖赳夫大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1947/11/5
[参議院演説年月日] 1947/11/6
[全文]
わが國の経済状況は、まさに空前の危機に直面しているのであります。終戰以來二箇年余を経過いたしたにもかかわらず、生産は依然として沈滯し、特に鉱工業生産のごときは、戰前の生産額に比し未だ三〇%前後にすぎないのであります。食糧の不足は絶えず國民生活を圧迫し、生産活動を阻害しております。他方、かかる生産の不振に反し、通貨は毎月膨脹の一途をたどり、日本銀行劵は本年一月末の一千億円から、十月末には千六百七十六億円に達しておる次第であります。この生産の沈滯と通貨の膨脹との結果、物價は高騰を続けて、本年九月における消費財のやみ價格は、昭和十二年七月に比して二百数十倍に達し、また東京の生計費は、すでに昭和十二年の六、七十倍に増嵩し、國民はいよいよ深刻な困窮状態にあえいでいる次第であります。物價の高騰はまた企業の採算を困難ならしめ、これを救済するために、補助金、赤字金融、製品の價格改訂等の方法をとろうといたしますれば、それ自体がインフレーションを拡大する結果となるのであります。さらに中央及び地方の財政についても、その歳出が膨脹を続ける一方、これを賄う新財源はまことに乏しく、しかも現在租税の滯納は相当巨額に上り、財政の建直しについては、今日まさに重大な岐路に立つものと申さなければならない次第であります。
かかる空前の経済危機を克服するには、もとより通貨面の対策のみをもつてしては、とうてい成功を望み得ないのでありまして、生産、輸送、労務等物資面その他の諸施策が、総合一体となつて強力に実施されなければならぬのでありまして、これにより生産面の好轉することが、危機突破にきわめて重要な意義をもつと申さなければならない次第であります。しかして、かかる経済総合対策の一環たる財政金融施策は、通貨面におきましては、インフレーション促進の要因を根絶するために中央及び地方にわたる健全財政と健全金融との方針を堅持し、その基盤をなす國民資本の蓄積に全力を盡しますとともに、さらに、その限りある資金を國民生活の安定、重要生産の振興等経済再建のため効率的に投下すること以外にはないのでありまして、今次補正予算の編成も、またこの線に沿つて行つた次第であります。
すなわち、歳入の不足を市場の消化能力を超えた赤字公債で賄いますならば、この面から生ずる通貨の増発がインフレーションを激化することは必至であります。しかも、財政の赤字が引起しましたインフレーションは、企業と家計との赤字の原因となり、さらに企業と家計との赤字が反轉して財政の赤字を拡大するというように、赤字の循環が通貨の膨脹と物價の高騰との原因となり結果となつて、遂には最惡の事態に立ち至るものと申さなければなりません。從つてこの危機の突破は、断固として財政の赤字をなくすることから始めねばならぬのであります。殊に、さきに貿易の再開をみたわが國にとりましては、今後講和会議を控え、國際的な援助を期待するためには、健全財政を確立し、國際信用を回復することが欠くべからざる前提條件であります。從つて、収支の均衡を得た赤字なしの予算が第一の目標でありまして、この方針こそ、インフレーションの破局化を回避するために必要な最小限度の、しかして最大の目標として、われわれが最も努力を傾倒いたしたところであります。
次に第二の点といたしまして、單に予算面で赤字を消すというだけに止まらず、財政、企業、家計を通じ、國民経済全体を総合的に把握して、その再生産に寄與し、経済再建に資するとともに、國民生活の安定確保を期する予算たらしめねばならぬのであります。もつとも、一般会計と特別会計、中央の財政と地方の財政とは、密接不可分の関係にあるのでありまして、一般会計において予算の均衡をはかり得ましても、特別会計あるいは地方財政において収支の均衡をはかり得ましても、特別会計あるいは地方財政において収支の均衡を失うことになりますならば、その面からインフレーションが促進せられますので、政府といたしましては、これら各財政を通じ、全体として実質的に健全財政を確立するよう最善の努力を拂わねばならないのであります。これがため特別会計におきましては、鉄道、通信等の企業会計につきまして独立採算制の原則を建前といたしますとともに、今後一層経営の合理化に努めたいと考えます。また地方財政につきましても、経費の節減に格別の努力を拂うとともに、歳入増徴の途を講ずることを要請し、万やむを得ず財源を公債にまつ場合にも、市場消化が可能な額に止めることといたし、なお將來は、地方財政が独立し得るよう根本的に制度その他を檢討するつもりであります。
昭和二十二年度本予算は、昨秋から本年初頭にかけまして編成されたものでありますが、その当時と現在とでは、財政の基盤をなす経済的、社会的條件に相当著しい変化を得るに至りましたので、この間の調整をはかることが補正予算提出のおもな理由であります。すなわち、昨年二月金融緊急措置令の実施に伴い、物價、賃金の安定をはかるため物價体系が定められましたが、その後インフレーシヨンの進行により、從來の公定價格が実情に即せぬこととなりましたので、本年七月、政府は経済緊急対策の一環といたしまして、物價と賃金との惡循環を切断し、國際貿易の再開に備え、できる限り價格系列を整えるため新物價体系を制定いたしましたような次第であります。その結果、昨年十月ごろに比べますと、物價は二倍半ないし三倍、賃金は千二百円水準から千八百水準へと増嵩したのでありまして、かかる物價水準の改訂に伴い、相当巨額の歳出追加が必要となつたのであります。さらに、経済緊急対策の実施による流通秩序の確立及び企業経営の健全化に伴う失業対策、貿易再開による経済体制の整備、東北地方、関東地方等の水害対策、その他本予算編成当時予測しなかつた事情の変化に対処いたしまして施策の万全を期するためにも、また新たな予算上の措置を必要といたすに至つたのであります。從つてこの際、当初予算とも併せ全面的かつ徹底的に檢討を加えまして、ここに昭和二十二年度一般会計補正予算を作成いたしましたような次第であります。
以上の理由により編成いたしました昭和二十二年度一般会計予算補正におきましては、第一号から近く提出いたしまする第八号までを通じ、歳入歳出ともに九百二十一億六百余万円でありまして、本予算と通計して歳入歳出ともに二千六十六億千余万円と相なるのであります。しかして、右の補正において当初予算に計上した公債金収入をも普通歳入により賄うことといたしましたので、年間を通じて形式的にも実質的にも歳入不足のない予算の編成を見るにいたつたのでありまして、これは多年臨時軍事費との純計において歳入の五〇%以上を公債財源に依存し來つた我が國の財政にとつて、まさに画期的のものと言わねばなりません。なお今次補正予算の編成に際しましては、財政法が公債財源で賄うことを認めておりますところの公共事業費及び政府出資金につきましても、その財源を普通歳入によつて確保し、さらに当初予算についても再檢討の結果、人件費、物件費、補助費等の全般にわたり、眞にやむを得ぬものを除いて、おおむね予算額の一割程度を予算上減少するため、別途予算補正第八号を提出することといたしたのでありまして、健全財政の確保に全力を傾けた次第であります。
歳出のおもなる項目について御説明いたしますと、まず終戰処理費であります。これは本予算に賠償施設処理費を含めて二百七十億円を計上したのでありますが、当時は住宅新築計画その他について未確定な事項が多く、正確な積算が困難でありましたところ、その後当初の見込み以上に計画量が増加し、また公定價格の引上げに伴い積算單價に相当著しい改訂を生じた等の事情に基きまして、巨額の予算追加を必要とするに至りましたので、あらゆる角度から慎重に檢討を加えるとともに、関係方面とも再三再四折衝を重ねました結果、ここに三百九十億円の追加を計上することといたしたような次第であります。もつとも、本経費の当初予算中に含まれました賠償施設の管理保全に要する経費十七億二千七百万円を、賠償施設処理資の一部として整理するため修正減少いたしましたので、今次追加を加えて本年度の終戰処理費は合計六百四十億七千三百万円と相なるのであります。政府は終戰処理費の支出の適正を期するため、監査制度の確立、入札制度の採用等に努力してまいつておるのでありますが、関係方面におきましても、不要不急の調達要求を極力抑制するとともに、本年九月十二日附をもつて政府支出の節減に関する覚書を寄せ、政府の行う調達は必ず公定價格を厳守するよう要求されておりますので、この趣旨に副つて公價調達の嚴守を確保し得るよう法的措置を講ずる等、さらに格段の注意と努力とを傾注するつもりであります。なお賠償施設処理費は、さきに述べました通り、本予算における終戰処理費中賠償施設処理費十七億二千七百万円を修正減少し、同額を本費に計上するとともに、本年度中に実施を予想される撤去施設の解体、梱包、輸送等に要する経費と、管理費用の物價・労賃の値上り等による増加額とを合わせて、二十二億七千三百万円を追加計上いたしましたので、総額四十億円と相なるのであります。
次に、公共事業費の当初予算額は九十五億円でありましたが、今次補正により五十二億四千六百余万円を追加計上いたしましたので、本予算と通計して百四十七億四千六百余万円に上ることと相なりました。既定費の追加を極力圧縮したため、事業量は当初の計画に対して相当の減少を示し、かかる建設的な費目を十分計上できぬことは遺憾でありますが、所要資材の供給力との関係もあり、この程度の増額に止めるのやむなきに至つた次第であります。
價格調整費は、当初予算におきましては、食糧管理特別会計への繰入れを含めまして百六億二千八百余万円を計上しておりましたが、今次補正において百五十八億円を追加し、当初予算より通計して二百六十四億二千八百余万円と相なるのであります。この追加は、新物價体系の制定に伴い基礎物資の價格を價格安定帶の限界まで引上げることといたしましたので、石炭・鉄鋼・銅・鉛・肥料等の物資について、價格調整補給金の増加を要する結果となつた次第であります。
次に、失業手当及び失業保險制度の創設、失業対策関係事務機構の整備等について所要の経費を追加いたしましたのは、経済緊急対策の実施による流通秩序の確立及び企業経営の健全化に伴う失業対策について、新たな構想のもとに万全の措置を講ずることといたしたためにほかならぬのであります。
政府事業につきましては、極力経営の合理化をはかり、独立採算制の原則を建前とすることは、さきに一言したところでありますが、國有鉄道及び通信事業の両特別会計におきましては、すでに相当の歳入欠陥を生じており、今ただちに事業料金の引上げによりこれを補填することが困難でありますので、一般会計の普通財源をもつて、両会計の損益勘定に十一月以降生ずる歳入欠陥を補給するため、鉄道事業に対しては五十億円、通信事業に対しては二十五億円の繰入れを計上いたしたような次第であります。もとより、今回の措置はきわめて臨時例外的の措置でありまして、今後両会計とも収支の改善をまつて、右の金額を一般会計へ返済する予定であります。なお特別会計への繰入れは、このほか大蔵省預金部特別会計への繰入れ十億円を含めて合計八十五億円を政府事業再建費に計上いたしたような次第であります。
次に、政府職員の給與が本年一月にさかのぼつて、平均千二百円水準から、千六百円水準に引上げられ、さらに七月以降千八百円水準に改訂されましたこと等によりまして、政府職員の待遇改善費として五十四億七千九百余万円を追加計上いたしました。
なお、七月以降における東北地方、関東地方等の水害による災害救助費として、四億一千余万円を追加いたしております。
次に、この緊急やむを得ない経費の増加をいかにして賄うかにつきましては、健全財政の大原則から、極力財源を普通歳入によることといたし、増税と專賣収入の増加に訴えたような次第であります。
まず租税におきましては、財政需要の飛躍的な増大に対処いたしまして、増収をはかるとともに、経済諸情勢の推移に應じ、國民租税負担の公正を期することを目標といたしたような次第であります。すなわち、今次の税制改正にあたりましては、直接税のうち租税の中枢たる所得税については、國民所得分布状況の変化、國民生活の実情等に鑑み、勤労大衆その他少額所得者の負担を軽減するため、五十一億円の減収にもかかわりませず勤労所得及び扶養親族に対する控除を相当程度引上げました反面、いわゆるインフレ利得者等一定額を超える所得者に対し負担を重課するため、七万円を超える所得に対する税率を引上げることといたしました次第であります。
間接税につきましては、酒税については十三割程度、清涼飲料税については二十割程度、サッカリン、あめ等に対する物品税については十割ないし四十割程度の増徴を行い、また入場税については、その消費の性質、財政需要等に鑑み、五割程度引上げることといたしております。また戰災者と非戰災者との間における犠牲の不均衡を是正するとともに臨時緊急な財政需要に應ずるため非戰災者特別税を創設して、戰災を免がれた家屋及び動産について一回限りそれぞれ家屋の賃貸價格の三倍程度の特別課税を行うことといたしました。
今次の補正予算に計上した租税収入及び印紙収入の総額は六百三十七億二千六百余万円、当初予算と通計して千三百三十二億四千余万円に上りますが、その内訳は、直接税八百九十五億円、間接税四百二十一億円、その他十七億円でありまして、直接税と間接税との比率は、今次予算と当初予算とを通算して七対三となつております。すなはち、直接税が七、間接税が三であります。間接税の割合は必ずしも大きくなく、しかも間接税の増徴については、極力必需品を避ける等できる限り大衆課税を避けるように努力いたしました次第であります。しかしながら、すでに國民生活が一般に著しく、窮迫を告げている実情に顧みまするならば、大衆の租税負担も決して軽くはないのであります。
他方、総歳入中租税の占める地位は、追加予算のみで六九%、当初予算より通算して六五%というように、決定的に重要となつているのでありまして、租税完納の成否がまさに財政収支の運命を決定するかぎとなつておるのでありますから、もし現在の納税状況が改善されぬ場合には、わが國の財政は甚大な脅威にさらされることを覚悟しなければならぬと思うのであります。しかも、國民所得の分布状況は時時著しい変化を示しておりますので、新たな税源を捕捉し、インフレ利得者に対する課税を徹底して、租税負担の公正と租税収入の確保とを同時にはかるためには、税務機構を拡充強化し、税務職員の待遇改善をはかるとともに、税務の運営方法を刷新し、脱税の摘発、処罰の強化、第三者通報制の活用、滯納処分の促進等により、税収の充実に努めることが最も肝要と考えられ、この点につきましては、十一月を期し全國的に活溌な一大納税運動を展開し、國民の納税に関する認識の普及徹底に努める所存でありまして、全國民の財政及び租税に関する深き御理解と御協力とを期待いておる次第であります。次に官業及び官有財産収入は、当初予算におきましては二百五十八億六千七百余万円を計上しておりましたが、補正により百六二十一億六百余万円を追加し、通計して五百十九億七千三百余万円となるのであります。
しかして、補正額のうち專賣益金は二百五十九億六千二百万円であります。專賣益金については、タバコ專賣において画期的な増収の方途を講ずるため、自由販賣品の値上げと自由販賣品の供給数量の増加とを実施することといたしました。すなわちタバコの値上げにつきましては、これを自由販賣品たるピース及びコロナのみに止め、配給タバコの價格はすえおくこととし、大衆の負担を増加させないように努めた次第でありますが、他面自由販賣品の供給量を増加するため、光及び金鵄の製造を今後一時中止してピースの増製をはかるとともに、新たに新生を製造し、これを自由販賣するの余儀なきに至りましたので、これらの自由販賣品の供給数量の増加のため、やむなく家族配給量を削減しなければならなくなつた次第であります。
なお雜収入等につきましては、今次補正により七十一億四千六百余万円を追加し、当初予算より通計すれば二百十三億九千六百余万円となるのでありまして、このうち價格差益納付金は、新物價体系実施に伴い六十億六千六百余万円を追加し、通計七十一億四千八百余万円となるのであります。
さて、以上補正予算の内容について概略御説明いたしたのでありますが、さきに述べました予算編成方針が今次の補正予算にいかに具現されたか、また今次の補正予算がわが國民経済に対していかなる影響を與えるかについて、次に少しく檢討してみたいと存じます。
今次の補正予算は、収支の均衡において成功を見たのでありますが、もちろん、そのためには相当の無理も忍ばねばならなかつたのであります。すなわち、多数の企業と家計とがすでに赤字に惱んでおる今日、新たに九百二十一億六百余万円の財源を追加調達して、企業と家計とに何らの苦痛を與えずに済ませるということは、はなはだ困難であります。また現在の政治的、経済的難局のもとにおいては、予算に國民経済の再建や國民生活の安定を期待することも容易でありません。さりとて、企業を育成し家計を保護するため、健全財政主義を放棄して通貨の増発に訴えるならば、端的にインフレーシヨンを破局に導き、結局企業及び家計をも破壊するものであることが明瞭であります。現在與えられた條件のもとにおいては、いかなる施策をとろうとも、所詮何らかの無理を生じ、いずれかの部門へ圧迫が加わることは避けがたいのでありますが、われわれといたしましては、特に勤労者の立場を愼重に考慮した今次の予算が、比較的に無理の少い、圧迫の軽い、最善の方策であると信じているのであります。各位におかれましても、この辺の事情を御了解願います。
まず、本年度國民所得総額を概算九千億円と推定いたしますれば、本年度予算総額二千六十六億千余万円は、その約二三%に当り、國民所得の内容が著しく惡化しておる上、財政資金としてこのほかに特別会計分が加算される事情をも考慮に入れますと、財政の比重がとみに重加してまいつたことは否定できません。財政資金のほか、さらに生産を増強し國民経済を復興するために、産業資金として必要な額も相当に上るのでありましようし、國民の最低生活を維持するためにも相当の資金が必要と考えられますので、本年度第二・四半期までの資金需給計画の実績を見ても、相当額の通貨増発を見ている状況に顧みますれば、今次の補正予算によつて財政需要が一段と増大される結果、今後國民所得を増加し、納税成績を向上し、貯蓄を増強することに、從來に比し格段の努力を傾けねば、インフレーシヨンの怒濤を乗り切ることが困難となるのであります。
今次の補正において均衡予算の編成に成功したため、直接通貨の増発によつて赤字を補う必要はないのでありますから、通貨増発と物價騰貴とは、直接には財政面から生じないものと予想されます。元來この補正予算は、新物價体系による本予算の修正を中心としておりますが、右に述べた理由によつて明らかなごとく、この補正予算は直接に新物價体系を動揺せしめるよう、なものではなく、賃金について千八百円ベースを崩壊せしめるものでもないと信ずるのであります。すなわち本補正予算においては、租税の増徴についても能う限り大衆課税を避け、專賣益金の増収についても同様の考慮を拂うほか、政府事業の料金引上げを回避する等、物價騰貴に波及する要素を極力排除することに努めるとともに、勤労所得者及び扶養親族を有する者の負担軽減を断行する等の措置をとつたのでありまして、今後配給物資の増加による実質所得の充実を確保いたしますならば、追加予算の施行によつて賃金水準の維持を危殆ならしめるごときことは起らないと存じます。もちろん、このためには政府並びに國民が最善の努力を拂うことを前提としているのでありまして、勤労によつて國民所得を増大し、忍苦耐乏の生活によつて納税と貯蓄に邁進する以外には、この空前の危局を突破し、再建の礎石を確立することはできないのであります。現下の世界経済は、あげて物資の欠乏と物價の高騰に悩んでいるのでありまして、戰勝國においてすら乏しきに耐えてその打開に敢鬪しており、合衆國をはじめ連合國が、みずからの食糧を節約してわが國を含む窮迫した諸國を救うていることを考えますならば、われわれはこの決意を一層固くせねばなりません。
さて、われわれは健全財政を目標として予算の編成に苦心を拂つたのでありますが、刻下のインフレーシヨンを克服するためには、金融政策もまた健全金融の方針を堅持することが必須の要件であります。財政を引締めた結果が金融面に轉嫁されぬことになれば、健全財政は單なる計数の遊戯にすぎないのでありまして、健全財政と健全金融とが車の両輪のごとく相伴うことにより、初めて通貨増発の克服は可能となるのであります。從って、現下の金融政策としては、この健全金融の方針に則り、財政資金と産業資金とを蓄積資金の範囲内で賄うことが必要であります。しかして、さらに産業面における重点主義に呼應して、限られた蓄積資金を緊要産業に対し重点的に集中し、重要産業の生産力を増強して経済再建への途を開くことを要諦とすべきでありまして、決して不要不急の消費的部面に投じ、あるいは積極的な生産も合理的な経営も行つていない企業に対し赤字補填のための金融を行うごときことがあつてはならないのであります。去る三月、重点金融を目標に金融機関資金融通準則を制定し、さらに七月からこれを強化する等の措置を講じて、最重点産業に対しては優先的に資金を供給し、貿易金融についても、貿易スタンプ手形制度その他によつてその円滑化をはかりますとともに、他面中小企業につきましても、その特殊性に鑑み、これに対する金融その他緊要なる金融の適正、円滑化に努めたいと考えておる次第であります。
復興金融金庫の融資が現下の産業金融上占める地位は、日を逐うて重要性を増加し、基礎産業等に対する必要資金の供給に遺憾なきを期しておるのでありますが、今回の補正予算において、復興金融金庫の財源として四十億円の政府出資金を計上するとともに、復金債劵の発行にあたつては、これが消化につき從來の不成績を改善するよう、できるだけ努力いたし、各種金融機関の共同引受等の方法によりまして、金融面から生ずる通貨増発によつて健全財政を無意味ならしめることのないよう注意したいと考えるのであります。
中央、地方の財政を通じ、極力赤字の発生を抑止するに努めておりまするが、やむを得ず公債を発行する場合におきましても、全額市場消化をはかることが必要でありますので、公債の発行は原則として公募による方針を堅持いたしますとともに、さきに一言いたしました融資規制により、一定割合の融資基準限度を超える額は、公債の消化等財政資金に振り向けることといたした次第であります。これに伴い、最近における金利高騰の傾向に鑑みまして、さきに國債利回りを金融機関における採算点におくことを目途といたしまして、一般的に金利水準を改訂いたしました。この新利回りによる最初の國債は、去る九月二十五日、金融機関の直接引受及び有價証劵業者を通ずる公衆消化の方法で発行し、十億円全額の消化を見た次第であります。ここに市場消化による國債発行の第一歩を踏み出したのでありますが、さらに引続き第二回の國債発行が去る十月二十五日行われ、これまた各方面の協力により、消化総額十三億円に達する好成績を収めた次第であります。
今回提案にかかりますところの補正予算の施行により、財政資金の需要額を一層増大するとともに、産業資金もまた最近著しく需要の増嵩を見まして、これら総体の資金需要額は巨額に上ることが予想されますので、健全財政、健全金融の大原則を堅持するためには、資金の蓄積が絶対に必要と相なるのであります。政府は、さきに民間貿易の再開を契機とし、九月に一大國民貯蓄運動を展開したのでありまして、最近の自由預金の増加は、七月は百十九億円、八月は百四十七億円、九月には百七十九億円の増加という好成績が見込まれておるのでありますが、この資金需要の増嵩と封鎖預金の引出しとを考えますならば、すでに日本銀行劵の膨脹に明らかに見えます通り、未だこれで十分とは言えないのでありまして、今後さらに努力を要する次第であります。先般本院におかれましては、通貨安定に関する共同決議をもつて、この点に関する絶大な理解と協力とを示されたのでありますが、これに対し衷心感謝いたしますとともに、國民各位の一層の協力をここに切望いたす次第であります。
しかして、貯蓄増強について最大の前提となるものは、國民各位の通貨に対する信用であります。今回の追加予算の編成にあたり健全財政主義を堅持したことも、ひつきよう通貨に対する信用を維持増進せんがためにほかならないのであります。一時巷間に流布された新円再封鎖や、いわゆる平價切下げのごとき措置は、通貨に対する信用を根抵から動揺させるものとして、絶対にこれを行わないことをここに再確認いたしますとともに、預金の安全性を確保することに格段の努力をいたす決意であります。
私は、國民が最惡の條件のもとにおいても奮然起ち上ろうと渾身の力を惜しまないならば、おのずから希望の道も開けてくることと信じます。去る八月十四日連合軍司令部から発表されました民間貿易の再開と、占領下日本輸出入回轉基金の創設とは、われわれの苦鬪二箇年余の努力に対する最大の贈り物でありまして、これは過般の連合軍による食糧放出がわが國民生活に大きな安定感を與えたこととともに、眞に適時適切な救済として深甚なる感謝をささげるものであります。
狭小な國土と貧弱な資源の上に育たねばならぬわが國民経済は、対外依存度がきわめて濃厚であり、世界貿易から孤立するがごときことは、元來とうてい考えられないのであります。終戰後わが鉱工業の生産力の回復が遅々として進まなかつた一つの大きな原因が、設備の不足よりも原料等の不足によるものであることを考えますならば、綿花その他の重要原料の輸入がわが國の麻痺した生産力の覚醒に役立つところは、けだしはかり知れぬものがあると言えましよう。しかしこのためには、その輸入資金を調達することがまず必要で、從つて輸出産業の振興が喫緊の要務でありますが、回轉基金の創設は、この意味において貿易の促進に大きな力を與えるものでありまして、われわれは、これを呼び水として、どうしても日本産業の建直し、ひいては日本経済の再建を達成しなければならないのであります。
現下の経済状況は、しばしば申し上げました通り、未曾有の難局であります。しかし、國際経済への連繋によつて新しい経済を再建する明るい希望の途もまた開かれているのでありまして、無限に暗黒の世界に閉じ込められているわけではないのであります。この新日本経済の再建こそは、平和的な新日本を子孫に残すためにわれわれ國民のなしとげねばならぬ、忍苦に満ちた、しかし光栄ある大事業であると申さなければならぬと思うのであります。われわれは、日本民族傳統の勤勉と忍耐とによつて、必ずやこの事業を成就することを信じて疑わないものであります。
補正予算の提出にあたりまして、現下の財政経済問題につき所信を述べた次第でありますが、各位におかれましては、何とぞ政府の意の存するところを御了察の上、速やかに本案に御賛成あらんことを希望する次第であります。