データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第5回(特別会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1949/4/4
[参議院演説年月日] 1949/4/4
[全文]

 わが國民経済は、敗戦による國土の荒廃、生産規模の縮小に加えて、財政に基因するインフレーションの結果極度の混乱に陥り、今日まで連合國の援助により辛うじて国民生活を維持して参つたのであります。すなわち、これを財政について見ますれば、一般会計予算は従来も一應の収支均衡を得ておつたのでありますが、各特別会計及び復興金融金庫等を含む政府もろもろの機関を通じて見た場合におきましては、公債及び借入金は年々増加いたしまして、巨額に上る復金資金の大部分は日本銀行の引受けによつてまかなわれ、通貨増発の主因となつて来たのでありまして、今昭和二十三年中の実績を見ましても、千三百億円を超える通貨増発高のうち八割以上が財政に起因するものであつたのであります。このような状態を一変するのでなければ、財政は将来長くインフレーションの根源となり、真の通貨の安定は百年河清を待つにひとしいものであります。

 他方、生産の復興状況は、最近表面的には好調をたどつておりまするが、その実体は毎年数億ドルに上るアメリカからの援助のたまものでありまして、わが國民経済自身の力によるものではなく、むしろいたずらに生産の復興を焦慮するの余り資金の濫費を招き、インフレーションを高進せしめるとともに、他方、不自然かつ煩瑣なる統制によりいわば温室経済的な保護に堕しまして、企業の自立心を失わしめ、國民経済は年とともに國際経済の圏外に取残されるに至つたのであります。

 こうした状態を継続することは、もはや許されません。昨年末マツカサー元帥が述べられたように、経済的に真の自立がないところには、永遠に政治の自立と独立とは期待し得ないのであります。また、表面的な生産上昇に目を奪われ、ともすれば健全な生産の基礎と資本の蓄積とをおろそかにする結果は、わが國の企業を弱体化して、将来各國企業との自由競争場裡に立ち得ないものとするおそれが多く、わが國百年の大計として、とり得ないところであります。

 以上の観点に立つて、わが党内閣は、今回の予算案を編成するにあたり、従来の一時を糊塗するがごとき方針を一擲したのであります。

 すなわち第一に、一般会計、特別会計並びに政府関係諸機関を通じて真に総合的に予算の均衡をはかり、インフレーションをこれ以上進行させないよう断然これを抑制せんとするものであります。

 第二に、非経済的な放漫なる生産第一主義から轉じて、健全にして効率的なる生産の基礎と資本の蓄積とを長期にわたつて築き上げるため、國民の耐乏と節約とによる各般の施策を講ずるとともに、米國からの援助はこれを明確に区分して、経済復興のため最も効率的な活用をはかることといたしたのであります。

 第三に、輸出補助金を廃止する等の措置によつて、わが國内経済が、徐々にではあつても國際経済への参加に向かつて一歩々々着実に前進することを目途としたのであります。

 次に、ただいまの三大目的が今回の予算にいかに具体的に表現せられたかについて御説明いたします。

 第一に、財政インフレーションを排除するため、すべての政府支出を収入に均衡せしめるのはもちろん、進んで既存の債務の減少をはかつたのであります。このため、経費のすべてについて極力圧縮に努め、新規事業を取りやめることはもとより、既定の経費についても、真に緊急やむを得ないもののほかはこれを削減し、しかもこれら歳出はすべて租税を大宗とする実質的な國庫収入をもつてまかなうことといたしました。

 次に、予算の実行にあたつては支出を極力節約せんとする所存であります。すなわち従来は、歳出予算に計上された金額は当然全額を使用すべきものと考えて、その合理的な節約についての十分な配慮が欠けていたきらいがあるのでありますが、今回は、この予算に計上せられた金額といえども、その使用にあたつて嚴重な審査を励行し、年度末にできる限り多額の剰余を残し、もつて國民の租税負担の軽減に資したいと考えるのであります。

 第三に、政府みずから節約の範を示すため徹底的な行政整理を断行いたします。思うに、行政機構が厖大な組織と人員とを擁している結果、國民の租税負担を不当に増大する一方、しばしば経済統制の名のもとに無用かつ煩瑣な拘束を國民経済に課し、活溌な経済活動を阻害し、かついわゆる官僚独善の氣風を助長し來つたのであります。政府はこの際、断然行政の規模を縮小合理化し、冗費を節約するとともに、かかる弊風を一掃せんとするものでございます。

 第四に、長期にわたつて健全なる生産の基礎と資本の蓄積とを築き上げるためには、一方において、従来ともすれば経済界に対しいたずらなる安易感を與えておつた復金の貸出を、原則として停止することといたしました。他方において、画期的な措置として、一千七百五十億円に上る米國からの対日援助を特別会計として明確に区分経理せんとするものであります。すなわち、従來米國からの援助はきわめてあいまいな姿で、輸出入物資に対する実質上の價格差補給金などに漫然使用せられていたのでありますが、今後はこれを内外に明確にし、経済再建に必要なる方面に対する長期資金の供給、國債等の償還に活用して、市中金融の緩和に資したいと存じます。わが國民経済自立のために、なおしばらく米國からの援助を必要とする現在、今回の対日援助資金に関するこの措置は、援助の趣旨を最大限に実現するがための最も時宜に適したものであると信ずるものであります。

 第五に、今回の予算案は、わが國民経済を國際経済へ参加せしめるために具体的な一歩を進めんとするものであります。すなわち政府は、輸出に対する補助金を一切撤廃して温室的保護を排し、輸出産業をしていたずらに政府に頼ることなく、将来國際場裡における自由競走{前1字ママ}に耐え得るよう企業の整理、合理化を促進せんとするものであります。また輸入補助金及び價格調整金につきましても、これをすべて予算面に計上するとともに、極力その削減に努めました。もつとも、現下の不安定なる國民生活、労働條件等にかんがみ、現行物價水準を急激に変更することは適当でないと考えられ、一挙に大幅に削減することをなし得なかつたのでありますが、きわめて近き将来に予想せられる単一為替レートの設定と相まつて、政府はなるべくすみやかにこれらの補助金を撤廃し、もつてわが國内経済が自立によつて國際経済に参加する日の早からんことを期待するものであります。

 以上の方針によつて作成せられた一般会計予算は、歳入総額七千四十九億円、歳出総額七千四十六億円でありますが、その内容のおもなるものについて御説明いたします。

 まず歳出予算のうち、終戰処理関係諸費は、一千二百九十六億余万円でありまして、前年度に比し、事業量において相当な減少となつておるのであります。これは終戦処理費に含まれる建設工事の縮小その他各種経費の節約に基くものであります。

 次に公共事業費は五百億円余でありまして、前年度に比し、その全体の事業量において若干の減少となるのでありますが、その使途に格別の考慮を加え、最も喫緊な方面に重点的に使用することによつてその不足を補いたいと存じます。地方配付税配布金五百七十七億円余は、地方財政の現状にかんがみ、この金額は必ずしも十分とは申しがたいのでありますが、中央地方を通ずる財政の総合的調整をはかるため、この程度の金額を地方公共團体に配付することといたしました。

 次に出資及び投資金八百十八億円余は、復興金融金庫の既発行債券の償還に充てるもの三百億、貿易特別会計の資金に充足するもの四百億円等を包含しております。

 次に價格調整費は二千二十二億余万円であります。前年度六百二十五億円に対して大幅の増加となつておるのであります。これは、従来の貿易資金の操作によつてまかなわれていた実質上の補給金を價格調整費中に計上したことと、價格補給金の対象となる物資の生産量の増加を見込んだことによるものであります。しかしながら、その範囲及び単價については極力これが圧縮に努め、安定帯物資に対する本年度分一千二億円、前年度からの繰越分百五十億円、輸入物資補給金八百三十三億円等を計上いたしたのであります。

 なお今回の予算編成に際し、物價については旅客運賃、郵便料金及び食糧について若干の引上げを予定しておりますが‥‥物價水準としては現状を堅持することを建前としております。

 次に歳入について申し上げます。今回の歳出予算は、わが國民経済力に相当重い負担を負わせることになるのでありますが、歳入歳出の実質的均衡をはかることが絶対の要請である現在、その財源はすべて租税その他の実質的な収入をもつてまかなうことといたしました。なかんずく租税収入は五千百四十六億円余に上り、全歳入中にしめるその割合は七三%となり、前年度に比し相当増加しているのでありますが、しかし本年度予算編成にあたりましては、原則として現行の税制をそのまま踏襲することといたしました。ただ取引高税については、特に納税方法等について大幅な改正を行い、世上の最も非難の多かつた印紙納税の制度を廃止するとともに、非課税範囲を拡張し、また一定額以下の零細な取引高については免税することといたしました。これにより、取引高税の納税者数は約三十万人程度減少することとなり、本税の納税は今後円滑に行われるものと信じます。なお新たにガソリン税を創設し、歳入増加の一助とした次第であります。

 ひるがえつて、わが國現在の税制を検討いたしますと、國民の租税負担はすでに相当重く、かつ制度そのものについても、現在の経済情勢の推移に十分適應しないきらいがあるのであります。従つて政府としましては、徴税事務運営を改善し、できるだけ適正な課税を行うことに全力を傾注する所存であります。納税者各位の協力によつて租税の徴収率が向上いたしますならば、歳出の実行上の節約と相まつて、近き将来なるべくすみやかな機会にぜひとも税制の合理化をはかり、國民負担の軽減と公平化を行いたいと考えておるのであります。

 次に、タバコ專賣益金は千二百億円を計上いたしました。本年度においては約六百六十億本の製造を予定しております。

 次に政府は、この際國有財産の賣拂いを促進し、連合國軍の解除物件についても、賣却の可能なものはこの際極力民間に賣却することとし、もつてこれらの物件の経済的効用を高めるとともに、歳入増加をはかることといたしたのであります。

 なお國有鉄道事業及び通信事業の各特別会計については、現行鉄道運賃及び郵便料金をすえ置くときは鉄道二百三十五億円、通信四十九億円の収入不足を生ずる見込みでありますので、本年五月から旅客運賃について約六割、郵便料金について平均約四割の引上げを行い、もつてこれら会計の独立採算制の確立を期することといたしました。

 さきに申し述べました通り、真に総合的に財政の均衡を確保する結果、従来と異なり政府の財政需要が金融面を圧迫することはほとんど解消し、今後は金融の自主的活動が大いに期待せられることとなつたのであります。しかして、金融面において最も意を用うべきは通貨の安定と金融の正常化を期することであります。これがためには、日本銀行の信用進出による資金供給は極力これを避けねばならないのでありまして、新しい状況のもとにおける信用統制については、真に國民経済全体の要請に應じ得るような措置を考究することが必要であります。すなわち、わが國民経済の自立復興をはかるためには、産業資金の需要は依然相当巨額に上るものと考えられるのみならず、輸出の振興、正常取引の増加に伴う運轉資金の供給を確保することもまた肝要でございます。このため、一面において企業自身が自己の信用によつて所要資金の蓄積に努力することはもちろん、國民の耐乏と節約とにより貯蓄の増加をはかり、かくして蓄積せられた資金を経済再建のために真に必要とする面に限り効率的に配分せられるよう一段の努力を拂う所存であります。特に長期設備資金の供給については、復興金融金庫が従来の融資方式を廃止することといたしました関係上、この方面の資金供給に対する一般金融機関の積極的活動を促進するとともに、農林金融、中小商工金融等については、その特殊性にかんがみ、必要なる資金の供給に遺憾なきを期したいと存じます。

 また政府は、今回新たに國民金融公社を設立し、一般の金融機関から資金の供給を受けることが困難な者に対しまして生業資金の融通を行わしむることといたしたのでございます。

 また政府は、一日も早く証券取引所を{前1字ママ}再開を行うことができるよう努力いたしております。

 なお、このような情勢のもとにおいて、金融機関の使命はきわめて重大でありますので、この際金融機関としては任務の公共性を自覚し、その運営に万遺憾なきを期するよう特に切望する次第であります。

 最後に私は、ここに國民各位に対し、敗戦の日、すなわち昭和二十年八月十五日、その日を回想せられることを切望いたします。当時國民のすべては、前途の希望を失い、祖國の滅亡を憂えたのであります。近々三箇年半にして、ともかくも今日の程度にまで経済復興をなし遂げようとは、当時何人が予想し得たでありましょうか。

 冒頭に述べました通り、わが國経済が今日の状態をとりもどしたことは、連合國、なかんずく米國の援助によるものであります。ことに、わが國はいまだ講和條約の締結を見ざる状態にあるにかかわらず、米國はこれに対して、連合國であつた西ヨーロツパ諸國に対するとまつたく同様の援助を供與いたしておるのであります。この事実を、われわれはえりをただして再思三省すべきであります。

 同時に、さきに引用いたしました通り、経済上の自立なきところ真の政治の自由と独立とは望み得ないのであります。われわれ日本國民が、みずから額に汗することなく、いたずらに他國の援助によつて徒食するならば、われわれは祖先と子孫とをはずかしめるものといわなければなりません。

 諸君、私は、國民各位が本予算案を通じて鮮明せられましたわが党の政策を十分了解せられまして、耐乏と勤勉とを通じ全幅の協力を寄せられんことをかたく信じて疑わないところでございます。