[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第7回(常会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1950/1/23
[参議院演説年月日] 1950/1/23
[全文]
政府の財政金融政策につきましては、さきに第六回国会において昭和二十四年度補正予算案の審議を煩わしました際、その大綱を明らかにいたしまして、各方面の批判に問うたのでありまが、ここに昭和二十五年度予算案の提出に際しまして、重ねて所信を申し述べる機会を與えられましたことは、私の最も欣快とするところであります。
昭和二十五年度予算案編成の基本構想は、前国会において申し述べましたところと何らかわりはございません。すなわち、本年度補正予算及び来年度予算案を不可分の一体として取扱い、一年有余にわたる経済界の見通しと照応し、経済の安定及び復興のための諸施策を、本年度に比し一層積極的に本格的に実現することに努力いたしたのであります。以下、本予算案の内容の主なるものにつきまして申し述べたいと存じます。
まず第一は、いわゆる総合予算の真の均衡を堅持したことでございます。来年度予算案は、一般会計において、歳入歳出とも総額六千六百十四億円余となつておりまして、その他の特別会計及び政府関係機関を通じまして、収支の均衡は嚴に確保いたしております。政府は、来年度予算案におきましては、単に量的に収支のつじつまを合わせるだけでなく、国民経済と財政との調和に最も意を用い、本年度に比し約八百億円にも上る歳出の大幅な節減を断行いたしまして、国民負担の画期的な軽減をあわせ行いつつ予算の均衡を確立いたしたのであります。戰前及び戰後を通じ増加の一途をたどりました財政負担が名実ともに減少いたしましたことは、実に十数年来のことでありまして、将来の正常財政への第一歩がここに印せられたものと確信いたします。
第二に、歳出を節減いたしました主なるものは、まず本年度補正予算の場合と同様、価格調整補給金でありまして、本年度当初予算に比しまして、その半額以下の九百億円にとどまつておりますが、この価格調整補給金の整理による影響は、極力企業努力等によりまして吸収することにし、一般物価への影響は僅少にとどめ得る見込みであります。
次に、貿易、食糧管理その他の特別会計並びに復金等の政府関係機関に対しまする一般会計からの繰入れ、出資等は、本年度の約千二百八十億円に対しまして、来年度はわずか二百二十億円と、大幅に減少いたしております。これは経済安定の進捗によつて、これらの会計等の運営が正常な状態に立ちもどつて来たことを示すものにほかならないのであります。
なお、経済運営の正常化に伴つて、政府の諸般の経済統制、公用方式につきましても根本的検討を加え、最小限度必要とする範囲のものを除き極力廃止する方針のもとに、着々整理を実施し来つたのであります。その結果、予算の面におきまして、歳出の節約に寄與したところ決して少くないのであります。また本年度に実行いたしました行政整理につきましては、その統制の整理に伴う事務の減少とも相まちまして、その財政的効果を保持することに努力し、人員の増加及び機構の拡充は、きわめて例外的な場合を除いては計上していないのでございます。
第三に、歳出の減少に伴いまして、本格的な税制改革を来年度を期していよいよ実施することにいたしました。その結果、来年度の一般会計歳入中、租税及び印紙収入の総額は四千四百四十六億円となり、本年度に比し七百億円以上の減少を示しております。本年一月一日からすでに実施されました一部の減税措置をあわせ考慮いたしますならば、実質的には本年度に対し約九百億円程度の減税となりますことは、前国会においても申し述べた通りであります。
税制改革案についての詳細な説明は、法案提出の機会に譲ることといたしますが、その大要は、まず所得税については、基礎控除、勤労控除、扶養控除、税率等について、現下の事態に即応するように改正を行うことといたしました。特に勤労控除、基礎控除等につきましては、シヤウプ勧告に示された以上の緩和の措置を講ずることといたし、わが国の実情に照して国民負担の合理的な軽減をはかりましたほか、高額資産者に対しまして新たに富裕税を課することといたしました。また法人については、経済界の実情に即応し資産の再評価を行い、超過所得、清算所得に対する法人税の課税を撤廃し、その経理を適正化することによつて企業経営の基礎を確立し、現在最も緊要な資本の蓄積に資することといたしました。その他相続税等についても相当大幅な改正を行つております。なおこれと関連いたしまして、政府はタバコの値下げを行うことを考慮いたしております。これらの改正によつて、後にも述べますような地方税の改革による若干の負担増加を考慮いたしましても、国民の租税負担は、総体として相当軽減することは明瞭であるのであります。
なお税務執行の面におきましても、シヤウプ勧告の次第もあり、また今般の税制改革が税法の忠実な励行を前提としていることにもかんがみまして、その運営の刷新につきまして格段の努力をいたす必要があるのであります。その一端として、政府は、徴税機構をさらに充実し、他面青色申告書制度の採用、異議申立に関する協議団の新設等新しい制度を採用し、徴税の合理化に資することといたしました。これらの措置と相まつて、政府は今後極力納税の円滑化に努力する所存でありますが、国民各位におかれましても、申告の励行、滞納の一掃に特段の御協力をお願いする次第であります。
第四に、公共事業費等建設的な資金について、思い切つて多額を計上いたしたのであります。まず公共事業費でありますが、本年度に対し約六割増の九百九十億円を計上し、災害の復旧、資源の保護開発等、経済復興の基盤の培養に努め、また従来とかく不十分でありました文教施設につきましても相当額を計上し、その充実を期したのであります。また鉄道、通信等の事業における建設的な経費についても、本年度に比し相当大幅な増額を行つております。次に見返資金特別会計におきましても、また鉄道及び通信事業のほか、公企業及び公共事業に対しても投資することとし、合計四百億円をこれに予定いたしておるのであります。このほか、私企業に対します直接投資は四百億円程度が可能となる見込みであります。従いまして、一般会計、特別会計、政府関係機関を通じ、建設面に向けられた経費は総額実に約二千百五十億円に達するのでありまして、本年度の総額約千二百七十億円に対し約七割の増加と相なつているのであります。かくのごとく多額の建設的資金を計上することができました結果、今後における有効需要の振起、失業者の吸収、経済の再建に寄與するところがきわめて大きいと確信いたしておるのであります。
第五には、引揚者対策、失業対策、困窮者の生活保護、保健及び衛生その他の社会政策的事業につきましても相当多額の経費を計上し、国民生活の安定に資することといたしました。特に住宅対策につきましては、住宅需給の現状にかんがみまして、公共事業費中に、住宅建設資金として三十六億円を計上いたしますとともに、五十億円を出資して住宅金融公庫を設立することとし、別途また百億円に上る見返り資金をこの方面へ運用することと相まつて、庶民住宅対策に万全を期することといたしたのであります。なお、科学研究費、国立大学関係経費、育英資金、国宝保存費等文化的な施設につきましても積極的な方針をもつて臨み、文化国家としての発展に資しているのであります。
第六には、本年度予算以来の特色となつております債務償還の問題でありまして、来年度予算におきましても、一般会計、特別会計を通じて七百八十六億円を計上し、さらに見返資金特別会計においても五百億円を計上しているのであります。債務償還は、現段階における経済安定の手段として、また最も確実な資本蓄積の方法として特に重要視しなければならないのでありまして、今後とも、その運用にあたりましては、経済界の推移に即応し、慎重な配慮をもつて臨む所存でございます。
第七に地方財政の問題であります。シャウプ勧告書は、中央及び地方の財政問題を一体として取上げ、地方財政の制度につきましても、きわめて適切な改革を勧告しているのであります。政府は、その趣旨をくみまして、地方自治団体の財政基礎の充実に資するため、地方配付税の制度を廃止して、新たに地方財政平衡交付金の制度を創設し、一千五十億円を計上いたしました。なお地方税につきましても、国税体系との関連をも考慮いたしまして、附加価値税、固定資産税、住民税の増徴等を行い、その反面、不動産取得税を廃止し、入場税を軽減する等、全面的改革が予定されており、不日、本国会に提出される見込みであります。これらの措置に伴い、相当の収入が見込まれますので、地方財政は来年度以来格段の充実を示し、地方公共団体の自主的活動を促進することになると存じます。
第八に、本予算案編成の基礎となつております物価及び給與ベースについて一言いたします。物価はおおむね現行の水準を維持するものとし、その基礎の上に立つておりますが、最近いわゆる消費者実効価格もまつたく安定しており、政府は、今後ますますその安定を強化し、さらに低落の傾向にも導きたいと努力している次第であります。
特に国家公務員の給與ベースにつきましては、先般人事院より改訂の勧告もありましたが、政府といたしましては、給與ベースの変更はこれを行わない考えであります。すなわち、現行のベースが完全に実施せられました昨年三月以降における消費者物価指数は、横ばい、あるいはむしろ低落の趨勢にあるのでありまして、実質給与はその後決して低下していないのが実情であります。また国家公務員の給與ベースの改訂は、実際問題として民間給與に相当影響を及ぼすおそれなしとしないのであります。なおかりに先般の勧告を実施いたすとすれば、中央地方を通じ、一箇月当り約五十億円の財源を必要とするのであります。一年に直しますと六百億円に相なるのであります。そのためには、一般会計において予定されている減税の大部分を見合すこと、あるいは特別会計においては運賃、料金等の引上げ、地方財政については平衡交付金の増額、地方税の引上げなどの措置を講ずる必要が起るのでありまして、かような事態に立ち至りますれば、現在のわが国の経済安定のための基本的な政策がすべて破壊されることになるのは明らかであります。資金水準、物価水準の安定こそは、経済安定のための不可欠の條件であります。従いまして、政府としましては、給與ベースの改訂という安易な方法を排しまして、勤労所得税において特にシャウプ勧告以上の減税を行い、また副利施設の充実、消費者実効価格の引下げ等によつて実質給與の向上をはかる考えであります。国家公務員諸君におかれては、経済安定の現段階をとくと認識せられ、一時の苦しさに耐えて、経済安定に協力されんことを切望してやみません。
以上、昭和二十五年度予算案の特色を申し述べましたが、財政政策と不可分の関係にある金融政策の根本方針につきまして、簡単に所信を申し述べることといたします。
政府は、本年度予算の実施以来、国民経済に占める金融の重要性にかんがみまして、適時積極的な方策をとることに努力して来たことは、御承知の通りであります。来年度においては、一般会計、見返資金特別会計、預金部などの政府部門に蓄積される資金は相当巨額に上る見返みでありまして、今後の金融政策の重点は、これらの資金が、その他の一般の蓄積資金とともに、わが国経済の再建に真に役立つような方面に積極的に再放出されるように指導調整することにあると信じます。従いまして、政府は、巨額の債務の償還に際しても、その償還資金が、日銀を通じ、あるいは直接市中金融機関から緊要産業に再び放出されるよう適切な指導を加えたいと存じます。また見返り資金、預金部資金等についても、適時に適量を放出することといたしまして、日本銀行の積極的な指導、市場操作と相まつて極力適正な通貨量を維持し、もつて経済の円滑な発展をはかりたいと存じます。
資金の供給につきまして、政府が従来最も力を注いで参りましたところは、長期設備資金、農林水産関係資金及び中小企業資金の供給の諸点であります。特に長期設備資金の供給については、日本興業銀行その他の金融機関に優先株式を発行せしめ、見返り資金がその全額を引受けることによつて自己資金の充実をはかり、あわせて長期金融債の発行限度を拡充するため、諸般の準備をとり急いでおります。本措置によつて、長期設備資金の供給は一段と順調になるものと信じます。
次に農林水産関係資金についても、既定方針に基き農林中央金庫の増資を行い、他方同じく見返り資金の引受によつて優先株式を発行せしめることを考慮いたしておるのであります。
中小企業金融についても、すでに市中銀行を通ずる見返り資金融資の制度が発足しておりますが、さらに商工組合中央金庫の増資による拡充を行いますほか、右に準ずる優先株式発行の方法についても鋭意研究を進めておるのであります。なお預金部資金については、昨年末百億円を市中金融機関に預託して、銀行のみならず広く庶民金融機関への資金還元をはかり、もつて年末金融の緩和に資するところがあつたのでありますが、今後もその活用について一段とくふうを凝らしたい所存であります。しかしながら、長期資金は企業の自己資金によつてこれをまかなうのが本来の建前でありますから、政府といたしましても、企業が自己資金の調達を容易に行い得るような素地を育成することに努力したいと存じます。
これがため必要なことは、第一に企業経営の合理化であります。企業経営の合理化は、すでに昨年以来相当進捗を示しているところではありますが、今後国際経済との関連の上にわが国の企業を再建して行くためには、引続いたインフレーションのために不当にゆがめられた企業の経理を、この際一日もすみやかに正常な健全な姿に立て直さなければなりません。政府は、かような観点から、今回資産の再評価を実施し、企業経理の適正化に資することとしたのであります。各企業においても、わが国経済の現段階をとくと認識せられ、企業の健全な発達に格段の努力をいたされんことを要望いたします。
その第二は、証券市場の現況に照し、株式による資金の調達を容易ならしめるため、積極的な措置を講ずることであります。証券市場の健全な発達が経済再建の重要な條件の一つであることは論をまたないところでありますが、最近における証券市場は、諸般の原因から意外の不振を示しているのでありまして、かくては企業の長期資金の調達も困難を来すおそれがあります。政府は、このような情勢を打開するため、先般来証券金融の優遇をはかる措置を講じ、また各方面の協力を得て、日本銀行のオペレーションの活用、放出株の調整、企業再建整備等による増資の時期的調整、その他株式取引の円滑化をはかつて参つたのでありますが、今後ともさらに積極的方策を講じ、健全な証券市場の育成と、投資家大衆の保護をはかりたいと存じます。
なお市中金融機関の一般貸出し金利については、わが国経済の国際的地位にかんがみ、この際一層銀行経営の健全、合理化をはかる必要があり、また産業界における合理化を促進するためにも、貸出し金利をさらに引下げることを適当と考え、二月一日から原則として二厘方引下げを行うことといたしたのであります。
次に、この際貯蓄について一言申し述べますと、本年度における貯蓄実績は、昨年来に早くも目標額の二千五百億円を突破する好成績を示し、また預金と通貨の比率、預金総額に占める定期性預金の比率等も次第に戦前の健全な常態{前字ママ}に復帰しつつあることは、まことに御同慶にたえないところであります。このような著しい貯蓄成績を上げ得ましたことは、昭和二十一年十一月、国会の総意に基いて設置せられた通貨安定対策本部の、四年有余にわたる活動によるところが実に大きいのでありまして、昨年末有終の美をもつて解散せられた同本部の多年にわたる御協力に対し、衷心より謝意を表する次第であります。
次に、国際収支の問題について所信を申し述べたいと存じます。国内経済の安定がその緒についた今日、すみやかに国際収支の改善を実現することが今後わが国経済に課せられた最も重大な課題であることは申すまでもありません。これがためには、まず輸出の振興をはかることが大切でありますが、ポンド切下げ直後一時憂慮された輸出の停滞も、最近においては幸いにして完全に回復するに至つたことは御同慶にたえません。政府としては、今後既定の方針をますます推進するとともに、先般確立された新方式による民間貿易の活発化をはかり、また貿易外の収支の改善についても積極的に各般の施策を推進する予定であります。なおこれと関連し、外貨導入についても、利潤等の海外送金、外国人に対する課税等の問題をすみやかに解決し、経済再建に貢献する優良な外貨がわが国に投下されることを強く希望している次第であります。
外国為替管理につきましては、世界経済に直接連結する態勢のもとに、海外金融機関とのコルレス契約の実現等、漸次その道を開拓しているのでありまして、適正な外国為替管理を実施し、信を世界に得たいと考えております。これらのあらゆる施策を通じて、今後における米国の対日援助の漸減に対処し、経済自立の態勢を整えたいと存じます。
以上、昭和二十五年度予算案を中心として、政府の財政金融政策の概要を申し述べたのでありますが、しばしば繰返しましたように、政府の政策の基調はデイスインフレーションでありまして、決してデフレーションではありません。いわんやインフレーションでないことは言うまでもないのであります。巷間一部では、政府の政策及びその結果としての国民経済の現状をデフレ的と評し、経済不安を云々するものがありますが、その誤りであることは、主要な経済指標の上に明瞭であります。たとえば、通貨は昨春以来特に異常と認められる動きを示しておりません。物価の賃金もまつたく安定しております。生産水準は上昇しており、昨年十一月のごときは、戦後最高の水準をさえ示しております。かかる状態は、まさにディスインフレーションであると確信するものであります。この現状を率直に認識することを回避し、いたずらに経済の不安定を説くことは、いわゆるためにする議論にすぎないのであります。
来年度予算は、このすでに築かれたデイスインフレの基盤の上に安定を強化しつつ、国民経済を安定からさらに復興へと躍進せしめんとするものであります。これがため、国民経済に調和するように国の財政規模を縮小し、これに伴つて画期的な減税を断行するとともに、この縮小された範囲内で大幅の債務償還を実現し、他方においては公共事業費その他の建設的資金をできるだけ多く計上し、また見返り資金の有効適切な活用によつて、鉄道、通信施設の建設、改良、電力、船舶その他の基幹産業の拡充をはかつているのであります。かくのごとく、政府の施策は、耐乏の一面、巨大な建設を予定しているものでありまして、このような充実した財政政策は、近来わが国にその例を見られなかつたところであります。これらの予算上の施策は、国民経済に健全な資本の蓄積を可能ならしめ、適切な金融政策とも相まつて、わが国経済の真の建設、生産の上昇の素地をつくることに寄與するところが大きいと確信いたします。
これを要するに、財政金融政策の全般を通じまして、当座の困難に惑わされ、いたずらに施策の緩和を望むような安易な考え方は絶対に排すべきでありまして、予算の運用にあたりましても、あくまでも既定の方針を貫き、まず経済の安定を強化することに全力をあげ、しかる後、安定せる基盤の上に、安定の度合いに応じて経済復興の諸施策を着実に推進して行くことが、現下の急務であります。
私は、国民各位が政府の財政金融政策を十分理解せられ、その一層積極的な御協力を得て、来るべき昭和二十五年度を、経済安定から復興、再建への歩みを進める年とすることを切望してやみません。この一年を全国民の努力をもつて乗り切りまするならば、昭和二十六年度には、さらに減税が可能となり、資金の供給も一層潤沢になり、その他経済生活のあらゆる面において一段と明るい希望に満ちた年となることを、ここに公言してはばからない次第であります。