データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第9回(臨時会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1950/11/24
[参議院演説年月日] 1950/11/27
[全文]

 昭和二十五年度補正予算案の説明を中心といたしまして、政府の財政金融政策の大綱を申し述べたいと存じます。

 わが国の経済が、国民諸君の絶大なる努力によりまして次第に安定の度を加え、今日では終戰直後の極度に疲弊した姿から回復して、経済再建への道を順調に進みつつありますことは、まことに喜びにたえないところであります。去る六月の朝鮮動乱の勃発を機といたしまして、世界的に軍需資材等の需要は急速に増大しつつあり、この影響を受けまして、本年七月以降、わが国の経済も活況を呈し、輸出と、いわゆる特需の増加は、従来の滞貨を一掃したばかりでなく、新たな生産の増強をも要請しておるのであります。この輸出の伸長等に伴い、わが国の外貨保有高は最近逐次増加して参つておりますが、他面海外の物価高の直接の影響も加わりまして、国内物価はある程度の上昇を示しておるのであります。

 このような状態に対処する今後の財政金融政策の基調は、この機会をとらえ、一面においてはあくまでもインフレーションの要因を排除しつつ、他面経済の自立再建の達成のために、特段の努力を傾注することにあるのであります。すなわち均衡予算の方針を堅持し、極力経費を節減し、租税負担の軽減を行うとともに、産業合理化の推進、輸出の振興等に必要な長期資金の疏通に思い切つた措置を講じ、また保有外貨の活用によつて輸入の促進に努力し、もつて経済の正常な姿を一日も早く確立しなければならないのであります。

 今回の補正予算案は、このような基本的な考え方に基きまして、目下編成中の来年度予算案と一体的な構想のもとに編成されたのであります。その主眼といたしますところは、まず第一に、国民負担の現状にかんがみまして、あとう限りの減税を行うことであります。第二に、輸出の増進等に対処するため外国為替特別会計の所要資金を一般会計から繰入れることであります。第三に、当面緊要な産業資金の疏通をはかるために必要な経費を計上することにあるのであります。第四に、災害復旧費、失業対策費、地方財政平衡交付金の増額等、この際必要やむを得ない使命に充てるための所要の経費を計上することであります。最後に国家公務員の給與の改善をはかることでありまして、その財源のおもなるものは、価格調整費の不用額、一般行政費の節約、租税の自然増収等であります。今回の補正によりまして、昭和二十五年度一般会計予算総額は歳入歳出とも六千六百四十五億円余となるのでありまして、歳入のうち租税及び印紙収入は四千百五十億円余であります。

 次に補正予算案の内容のおもなるものについて説明いたします。

 まず歳出は、価格調整費において二百六十億円を減少することといたしました。御承知のように、価格調整費を削減して企業の自主性を高め、わが国経済の自立性を確立することは政府の一貫した方針でありまして、本年度当初予算においても前年度のほぼ半額にとどめたのでありますが、その後輸入食糧等の海外価格の値下り、銑鉄や肥料の国内価格の引上げ等によりましてこの不用額を生ずるに至つたのであります。なお来年度におきましては、価格調整費は輸入食糧に対するものだけに限定いたしまして、その額も比較的少額にとどまる見込みであるのであります。

 次に外国為替特別会計への繰入れとして百億円を計上いたしました。前にも申し述べましたように、わが国の輸出貿易は相当めざましい伸長を示しており、今後も引き続き活況が予想されるのであります。これに伴つてわが国の外貨保有高は相当増加いたしますので、外国為替特別会計において、これら外貨の保有に必要な資金に不足を生ずるのでありますが、この不足を日本銀行からの借入れ等の措置によつてまかないますことはインフレーションの原因ともなるおそれがありますので、今回はこれを一般会計からの繰入れにまつことにいたしたのであります。

 次に日本輸出銀行の設立、中小企業信用保険制度の新設、国民金融公庫に対する出資の増加に必要な経費を計上いたしました。この点につきましては後に申し述べたいと思います。

 次に災害の復旧につきましては政府は特に意を用いた次第でありまして、公共施設の復旧のため四十一億円、その他災害救助、文化財、農作物の災害対策等についても相当多額を計上いたしたのであります。他に規定予算の流用をも含めますと、災害関係経費は五十億円以上を増加することになるのであります。なお失業対策につきましては、今後公共事業費の積極的活用によりまして相当数の失業者を吸収できると考えるのでありますが、別途失業対策応急事業費十五億円、失業保険費十二億円余を増加計上することといたしたのであります。

 最後に、国家公務員の給與改善のために所要の経費を計上いたしました。国家公務員の給與改定につきましては、政府は経済安定に及ぼす影響、財源の関係等を考慮いたしまして、今日までその実施の時期について慎重に配慮して来たのでありますが、わが国の経済状態もようやく安定し、財源的にも余裕を生じましたので、この際人事院勧告の趣旨を尊重いたしまして、来年一月から月額平均千円程度の給与の引上げと、若干の年末手当の支給を行うことといたしました。なお地方財政の現状にかんがみまして地方財政平衡交付金を三十五億円増額することといたしましたが、これは地方公務員の給與改善の財源にも充当されるであろうと存じます。

 次に歳入について説明いたします。政府は先般国税、地方税を通ずる税制の改革を行い、租税負担の軽減をはかつたのでありますが、国民の租税負担はなお相当に重いのでありまして、できるだけすみやかにこれが軽減を行うことが刻下の急務であり、また現内閣の一貫した方針であります。従いまして、政府はこの際、前にも申し述べましたようにさらに一層の減税を行うこととし、別途必要な法律案を提出することといたしました。

 今回の減税は、所得税を中心とし、酒税、物品税等についても相当の軽減をはかつておるのでありまして、酒税につきましては十二月から、その他は来年の一月から実施の予定であります。この措置による本年度の減税額は約六十四億円でありますが、来年度の減税額は七百億円に達する見込みであります。本年度において実施いたしました減税に加えまして、国民の租税負担はここ一両年前に比較いたしまして、著しく軽減することになるわけであります。なお現在予定されている米価引上げの生計費への影響は、この減税によつて吸収し得る見込みであるのであります。

 次に金融問題について一言いたします。現下の金融施策の最も重要な課題は、国際経済の動きに対応いたしまして、わが国の経済が規模を拡大し、その活動が活発化してきましたこの機会を逸せず、この際産業の合理化を一段と促進して経済基盤の充実をはかるため資金の円滑適切な供給を確保することにあるのであります。なかんずく長期資金疏通が急務であり、このためには見返り資金、預金部資金等、政府部門に蓄積されました資金の再放出が強く要請せられるのであります。また中小企業のわが国において占むる地位の重要性にかんがみ、中小企業金融についても何らかの積極的な方途を講ずることが肝要であります。政府は先般来これら諸問題につきまして鋭意検討、努力を重ねて参つたのでありますが、今般次のような各種の措置を具体化する運びに至ったのであります。

 その第一は、日本輸出銀行を設定して、本年度内に一般会計及び見返り資金特別会計よりそれぞれ二十五億円、来年度においてそれぞれ五十億円、合計百五十億円を出資することといたしたのであります。従来、生産設備等の製造から代金決済までに長期の資金を必要とするものの輸出につきましては、とかく金融の円滑を欠き、海外からの引合いにも応じたい情勢にあつたのでありますが、この日本輸出銀行の設立によりまして、今後生産設備の輸出が多いに促進せられ、またこれに伴い関係産業の発達も期待できるのであります。

 その第二は、従来その運用が国債、地方債に限られておりました預金部資金を、今後新たに金融債にも運用することにいたしたことであります。この結果、預金部資金の積極的活用が可能となり、長期資金の供給に寄與するところが非常に大きいと存じます。

 その第三は、重要産業の合理化促進のために見返り資金を活用することであります。この点につきましては、さきにとりあえず十七億円を一般私企業に貸付けることにいたしておるのでありますが、このほかにおいてもさらに具体策を検討中でありまして、近く実施の運びに至ると存じておるのであります。

 その第四は、中小企業金融について各般の措置をとつたことであります。まず中小企業にたいする見返り資金のわくは従来一・四半期ごとに三億円であつたのを、三倍の九億円に増加いたしました。また中小企業信用保険制度を新設いたしまして、一般会計より本年度五億円、来年度十億円を支出いたします。さらに国民金融公庫に対する政府出資を、本年度十億円、来年度二十億円増加することにいたしておるのであります。これらの措置によりまして、中小企業金融も一段と円滑に行われると信じております。

 最後に資本蓄積の問題について一言いたします。わが国の経済が再建への道を順調に進んでおりますことは冒頭に申し述べたとおりでありますが、復興と自立とは一日にしてなるものではありません。ことに長期にわたる戰争と戰後の窮乏とによつて蓄積資本を消耗し、産業設備の老朽化を余儀なくせられましたわが国が、その立ち後れた産業設備を更新、近代化して各国と競争して参りますためには、今後莫大な資本の蓄積を必要とするのであります。従来その不足は米国の対日援助によつて補われて来たのでありますが、その援助が決して長く来待得るものでないことを考えますと、資本の蓄積こそ最大の急務であると信ずるのであります。政府は、この目的のために、つとに法人税の軽減、資産再評価の実施、公共事業の拡大等の措置を講じてきたのでありますが、なお今後預金金利の引上げを勧奨し、また証券市場の育成に努め、その他諸般の施策の実行にあたつては常にこの点に考慮を拂う所存であります。

 国土、資源に恵まれないわが国の経済が、その必要とする資本のすべてを蓄積することは至難の事業でありまして、適切な外資の導入がぜひとも必要でありますが、この際最も必要なことは、われわれみずからの努力であります。すなわち、おのおのの企業が、また国民の一人々々が、わが国経済の置かれている地位を十分認識して、最近の特殊事情によりまする好景気に楽観することなく、奢侈と冗費を排して将来に備え、資本の蓄積と貯蓄の増加に邁進することであるのであります。このことは、企業と国民みずからを、インフレーションの再発から守るためにも、また外資導入の前提である国際信用の確立をはかる上からも絶対に必要なことであるのであります。この点につきましての国民諸君の絶大な御協力を期待してやまない次第であります。

 以上、今回の補正予算につきまして御説明申し上げたのでありますが、なにとぞ御審議の上、すみやかにご賛成あらんことをお願いいたします。