データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第10回(常会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1951/1/26
[参議院演説年月日] 1951/1/26
[全文]

 昭和二十六年度予算案の提出にあたりまして、政府の財政金融政策につき重ねて所信を明らかにする機会を與えられましたことは、私の最も欣快とするところであります。

 顧みまするに、一昨昭和二十四年二月現内閣成立の当時、インフレーションの高進によつて危殆に瀕していたわが国の経済を、一挙にして安定へ転回させるため、政府は財政金融に関するあらゆる努力を結集するとともに、單にインフレーションの収束のみをもつて事終れりとせず、さらに進んで経済の復興自立のために邁進して参つたのであります。その結果、わずか一年有余の間に、物価と賃金の悪循環は完全にあとを断ち、生産の復興は目ざましく、また貿易もおおむね順調な進展を示しておるのであります。たまたま昨年六月、朝鮮動乱の勃発に伴い、世界的な需要増大の影響を受けまして、わが国の産業界はとみに活況を呈し、七月には、援助輸入を含めても、なおかつ輸出超過を記録するに至り、さらに十月に入つては、鉱工業生産は遂に戰前の水準を突破し、その後も上昇の一途をたどつておるのであります。この間、政府の施策に対して寄せられました国民諸君の心からなる御協力に対しましては、衷心より感謝いたしておるのであります。

 しかしながら、わが国経済の基盤は、何と申しましても脆弱な部面が相当残つておりまして、いかなる内外諸情勢の変動にも耐え得る程度には、いまだ達していないのであります。現に朝鮮動乱勃発後の物価騰貴が海外物価の上昇率を上まわつておりますことは、まことに注意を要するところであります。また経済の復興も着々その歩を進めてはおりまするが、米国の対日援助に依存しておりまする部面もなお相当多いのでありまして、完全な自立達成までには幾多の困難を克服しなければなりません。政府といたしましては、目前の一時的な好況に心をゆるめることなく、あくまでも堅実な経済施策の基調を保持しつつ、内外諸情勢の今後の推移に対しては適時適切な措置を講じ、経済の自立達成という目標に向つて着実に努力を続けていく所存であるのであります。

 昭和二十六年度予算は、このような基本構想のもとに編成いたしたのでありまして、そのおもなる内容は、まず第一に、一般会計はもとより、各特別会計及び政府関係機関を通ずる収支の均衡について特に留意したことであります。かくのごとき均衡財政が、わが国経済の現段階において有しまする意義につきましては、いまさら多言を要しないところでありまして、外国為替資金特別会計におきまする円資金の不足を補うため、特に一般会計より五百億円を繰入れることといたしましたのも、この趣旨にほかならないのであります。巷間ややもすれば、すでにこのようないわゆるインヴエントリー・フアイナンスの方式を転換すべき時期なりという声も聞くのでありまするが、目前の功を急ぐのあまり、堅実を忘れて九仭の功を一簣に欠くようなことは、私のとらざるところであります。政府は、一方においては積極的に施策の推進をはかりますとともに、他面インフレーションの要因の胚胎に対しましては万全の警戒を怠ることなく、均衡予算の基調を保持する方針であります。

 第二に、政府はさらに財政規模を縮小し、財政と国民経済との調和をはかつております。

 昭和二十五年度一般会計予算におきましては、二十四年度予算に比べ、実に十数年ぶりに約七百七十億円に達する財政規模の縮小を実現したのでありますが、昭和二十六年度一般会計予算総額は六千五百七十四億円余でありまして、本年度に比し、さらに七十一億円の減少となつております。国民所得の増大を考慮に入れまするならば、実質的には相当大幅な縮減と言い得るのであります。

 歳出を削減いたしましたおもなるものは価格調整補給金でありまして、昭和二十四年度当初予算において二千二十億円の巨額に上つておりましたものが、第三年目の明年度においては、約一割程度の二百二十五億円にまで減少いたしております。わが党年来の主張である熕瑣な経済統制の整理縮小も着着その歩を進め、公団はすべて清算の段階に入り、各種の経済統制も主食、輸入原料等を中心とする必要最小限度に限定せられ、経済は逐次正常な姿に立ち返つて参つたのであります。またその他の経費についても極力縮減をはかり、財政規模の縮小に寄與することといたしております。

 第三に、政府は再び大幅な減税を行う所存であります。その詳細は、近く提出を予定いたしております各税法案について御審議願うはずでありますが、所得税における基礎控除、扶養控除等の引上げ、その他の各種控除制度の創設、税率の引下げ、資産所得合算制度の廃止等の広汎な改正を中心といたしまして、法人税、印紙税等の各税につきましても負担の軽減をはかることといたしております。

 来年度一般会計歳入中、租税及び印紙収入の総額は四千四百四十五億円余でありまして、これは改正前の税法を適用した場合に比べまして七百四十三億円余の減税となつております。昭和二十四年度並びに二十五年度を通ずる画期的な減税に引き続き、先般の本年度補正予算における六十四億円の減税を先駆として、さらに今回の減税を行おうとするものであります。また専売品についても、すでに昨年末から食料塩の販売価格の引下げを行い、タバコは本年四月から重ねて値下げを実施することを予定いたしております。かくして国民の負担は合理的に調整されるとともに、相当軽減されることとなるのでありまして、国民生活の安定と資本の蓄積に資するところが少くないことを確信いたすものであります。

 世界各国においては、むしろ増税の傾向が著しい際にもかかわらず、わが国においては、かくのごとき減税が行われるのであります。この際納税者の各位は、この間の事情を了察せられ、進んで誠実な申告をし、納税の完遂、滞納の一層の特段の御協力を願いたいと存じます。

 政府といたしましても、従来の実績にかんがみ、この際税務行政の執行につき思い切つた転換をはかることとし、納税者の誠意に信頼して、その申告を尊重し、やむを得ない場合のほかは更正決定を極力避けるとともに、特別の事情がある場合には分納制度等を設けることといたしたいと考えております。また租税のいわゆる調査査察事務につきましても、従来とかく行き過ぎの非難がありますので、これらもすみやかに是正いたす所存であります。

 第四に、民生の安定、文教及び科学の振興等のため積極的な施策を行うことといたしました。

 政府が民生の安定及び国民生活の向上のため積極的な努力を継続して参りましたことは、各位のすでに御承知の通りでありますが、昭和二十六年度においても、引き続きこれらの経費は思い切つて多額に計上いたしております。すなわち、生活困窮者の保護、健康保險その他の社会保險、結核対策を初めとする保健及び衛生、失業対策、同胞引揚援護等の社会政策的事業につきましては、本年度に比し約三割の百二十億円を増額いたしまして五百六億円を計上いたしました。また住宅金融公庫に対しましても、さらに五十億円の出資を行い、資金運用部からも同額を融資いたしまして、合せて百億円の資金をもつて庶民住宅の不足緩和に資することといたしたのであります。

 文教及び科学の振興につきましても、特に留意したところでありまして、六・三制建物の整備のため四十三億円を計上いたしましたほか、育英資金を、本年度の五割以上の増加に当る二十三億円とし、また学校その他の研究費は、一般会計だけでも約七十九億円に達し、全年度の約五十四億円に対しまして約五割の増加となつております。

 なお公共事業費につきましても、国土資源の開発保全をはかり、経済基盤の一層の充実に資するため、災害復旧、治山治水事業等を中心として一千百四億円余を計上いたしました。

 第五に、政府資金の産業金融面に対しまする積極的活用をはかつておることであります。すなわち一般会計においては、日本輸出銀行及び国民金融公庫の増資をはかり、中小企業信用保險基金を増額するほか、農林漁業金融及び緊要物資の輸入のためにそれぞれ新設される特別会計に対する繰入れを計上いたしました。また見返資金特別会計からは、ただいま申し上げました日本輸出銀行及び農林漁業金融特別会計に対する出資または繰入れのほか、電力、海運等基幹産業及び中小企業に対して融資を行い、資金運用部資金による巨額の金融債引受け等と相まつて、現在最も緊要とされている長期資金供給の円滑化を期することといたしております。これらの政府資金が民間に蓄積される資本の活用とも相まつて、国土資源の開発保全、産業の育成合理化等のため大いにその成果を収めることが期待されるのであります。特に農林水産業方面への金融については、今回の措置によつて画期的な改善が行われることと存じます。

 次に、地方財政平衡交付金及び地方債の発行限度を増額し、地方財政の充実に資するとともに、別途地方税法を改正して、国税、地方税を通ずる税負担の合理化をはかることといたしております。なお地方財政につきましても、国の財政におけると同様、行政の能率化、経費の節減に一層の努力をいたすべきであると考えます。各地方公共団体の十分な御協力を切望するものであります。

 次に金融につきまして、特に資本蓄積を中心として政府の施策を申し述べたいと存じます。

 日本経済が、国際経済の変転きわまりない情勢に対処して自立を達成するためには、まず産業資本を充実し、企業経営の合理化をはからなければなりません。現在わが国の産業は、おしなべて資本の欠乏に悩んでおり、従来その不足の相当部分は米国の対日援助によつて補われて来たのであります。この援助の打切り後におきましても、これにかわる民間外資の導入が切に期待されるのでありますが、この際何よりもまず日本経済自体における資本の蓄積が緊要であります。もちろん、わが国の必要とする資本を一挙に蓄積することは、はなはだ困難でありまして、その障害となる要因に対しては随時これを排除することを怠らぬとともに、総合的な施策をもつて着実にその蓄積を促進することが肝要であります。

 政府は、従来財政面においても、長期資金を中心とする資金の供給につきまして各般の措置を講じて参つたのでありますが、明年度におきましては、特にこの点を重視いたしております。すなわち、さきに申し述べました見返り資金、資金運用部、農林漁業金融各特別会計等を主とする政府資金による産業資金の供給は九百七十七億円の巨額に達し、本年度六百五十六億円に対しまして実に三百二十一億円の増加となる見込みでありまして、これらの資金の適時適切な活用こそは、今後の金融施策において特に重要な地位を占めるものと考えます。なお財政資金による長期金融につき一層その効果をあげるため、全額政府出資により、日本開発銀行とも称すべき特種金融機関を設置すべく目下考慮中であります。これが発足のあかつきには、市中金融機関による金融を相補つて多大の効果を発揮するものと確信いたします。

 中小企業金融及び一般大衆の生業資金の融通につきましても政府は特に意を用いているのでありまして、明年度におきましては、見返り資金からの中小企業融資を四十億円とし、中小企業信用保險基金を十億円増額するとともに国民金融公庫に対しさらに二十億円の出資を行い、一層その円滑化に資することといたしたのであります。

 しかしながら、税制による資金供給にもおのずから限度があるばかりでなく、本来資本の蓄積は民間資本自体の充実に待つべきであります。政府は、直接間接に民間資本の蓄積を促進するため、所得税、法人税の減税を行うほか、さきに証券取引所を再開して以来、証券市場の育成をはかり、資産再評価の実施等の措置を講じ、また本年一月から定期預金等の金利の引上げを実施して参つたのでありますが、今後もあとう限り財政規模を縮小して一層の減税をはかり、法人、個人を通ずる資本蓄積余力の涵養に資する方針であります。特にこの際、いたずらに租税の公平理論にのみとらわれることなく、産業の復興、経済の再建のため、当面の施策といたしまして次の諸点につき早急に実現をはかるべく準備を取進めておるのであります。

 すなわち、法人企業の資本充実については、通常の積立金課税を廃止し、再評価積立金の資本繰入れを本年中に実施し、またさきに再評価を行わず、または再評価が不十分であつた企業についてさらに再評価を行う道を開くほか、固定資産の償却年限を一般的に短縮するのみならず、さらに重要産業については、特定の新規設備につき特別償却を認める等の特段の措置を講ずる考えであります。

 また貯蓄の増強方策といたしましては、預貯金利子の源泉選択課税を認め、生命保險の保險料及び保險金に関する課税上の優遇措置を講じ、税務行政の運営におきましても、貯蓄の増強に障害とならないように特に留意いたしたいと存じます。さらに長期資金の調達に重要な使命をになう証券市場の健全な発達を促進するため、取引方法の改善、証券金融の疏通に一層力をいたす所存でありますが、なお投資信託の復活をも準備中であります。

 私は、この際国民諸君が以上のような政府の施策に相呼応して消費を節し資本の蓄積に力を傾注されんことを切望してやみません。ことに金融機関に対しては、資金吸収の面における重要な役割に顧み、今後一層経営の健全化に努め、預貯金利子についてもさらに合理的な調整を行うことを期待いたします。

 資本の蓄積と並んで特に重要なことは、蓄積された貴重な資本をいかにして最も有効に活用するかという点であります。政府は、つとにこの点に留意し、積極的な指導を怠らなかつたのでありますが、各金融機関がその公共的使命を自覚し、必要な資金を緊要産業に対して適切に供給し、また貸出金利についても合理的た{前1字ママ}再検討を行うよう特に要望するものであります。同時に産業界においても、單に冗費の節約にとどまらず、進んで資金の最も効率的な使用につき格段の努力を願うものであります。

 最後に、政府は貿易の伸張について積極的な努力を継続する所存であります。貧弱な国土資源のもとに厖大な人口を抱えているわが国経済の自立と発展のためには、輸出貿易の振興は欠くべからざる要件であります。先般の臨時国会において決定された日本輸出銀行の設立もその趣旨によるものでありまして、同行は近く業務を開始する運びに至つておりますが、明年度におきましては、さらに一般会計及び見返り資金から合計百億円の増加出資を行い、その業務の拡張によつて輸出貿易の振興に多大の貢献をいたすことを期待しております。

 しかしながら、特に緊要なことは輸入の促進であります。国民生活を確保し、輸出原材料を獲得して一層輸出の振興をはかるためにも、はたまた輸出の増大に伴うインフレーション要因を未然に防止いたしますためにも、この際積極的に輸入を促進することが急務でありまして、政府は保有外貨の活用をはかり、また貿易協定による輸入及び船腹の増強についても機動的な処置を講じ、万遺憾なきを期する考えであります。

 昨年九月実施いたしました日本銀行によりまするユーザンス制度は、輸入促進のため相当の効果を収め得たのでありますが、その効果を一層拡大するため、ユーザンスの期間の延長または期限経過後の金融措置等、その改善を行う所存であります。さらに市中銀行が金融債発行によつて得た資金も、その相当部分が長期、中期の輸入資金または原材料の保有資金に活用せられるよう指導する等、国内金融においても特に輸入資金確保に重点を置きたいと考えております。

 なお政府は、みずからその財政をもつて緊要物資の輸入を確保するため、新たに特別会計を設けまして一般会計から二十五億円を繰入れることとし、その彈力的な運営によつて当面の需要を充足いたす予定であります。

 以上、昭和二十六年度予算案に関連いたしまして、政府の財政金融政策の大要につきまして申し述べた次第でありますが、本年は国民待望の講和の年であると信じます。わが国が政治的に独立国家として列国に伍して行くためには、経済的にも信を世界に博するための実力を備えなければならぬことは当然であります。これがためには、すでにかち得た安定の基盤の上に経済の復興自立を着実に積み上げて行くほかはありません。前途は光明に満ちておりますが、また多事多難であります。私は、この際国民諸君とともに、過去数年にわたる努力の跡を顧みると同時に、現在の国際情勢のもとにわれわれの置かれている立場をあらためて認識し、ここに決意を新たにして、わが国経済の復興自立に邁進いたしたいと存ずるのであります。