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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第13回(常会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1952/1/23
[参議院演説年月日] 1952/1/23
[全文]

 昭和二十七年度予算の提出にあたりまして、政府の財政金融政策に関し、率直に所信を申し述べたいと存じます。

 平和條約の発効に伴い、わが国が六年有余にわたる占領治下の状態を脱して、再び独立国となる日の近いことを思うとき、心からなる喜びを感ずるものであります。しかしながら、それは同時に、わが国が経済的にもみずからの力と責任とにおいて生きて行かなければならないことになることはもとより、国際的な義務を履行し、さらに積極的に国際社会に貢献すべき使命をになうことを意味するものであります。われわれは、この際、わが国経済の過去を顧みるとともに、その現状と、みずからの弱点とを十分に認識し、光輝ある将来に向つて一層の努力を続けるため、覚悟を新たにいたしたいと思うのであります。

 昭和二十年八月、敗戦の日を迎えたころの、あのさんたんたるわれわれの生活は、いまだに記憶に新たなるところでありまするが、それはそのまま当時のわが国経済の姿であつたのであります。荒廃した国土、破壊され消耗した生産施設、しかも海外から何百万人という引揚げの人口を加えて、われわれの経済はいたずらに混乱を増すばかりであつたのであります。物価と賃金の惡循環が始まり、財政も金融もその秩序を失い、経済はまさに崩壊の寸前にあつたのであります。

 その後、わが国民諸君のたゆまざる努力は、米国の援助を得て、よくこの危機を切り抜けたのでありまするが、昭和二十四年二月、国民絶対多数の支持を受けて、わが自由党内閣が時局の収拾に臨みました時におきましては、鉱工業生産水準はいまだ戰前の七割にも達せず、食糧事情もなお十分でなく、いわゆる惡性インフレーションは依然高進を続け、財政も赤字、企業も赤字、家計もまた赤字という状態は、さらに通貨の増発、物価と賃金の上昇をもたらして、経済全体の姿を異常にゆがんだものとしていたのであります。

 このときにあたり、わが自由党内閣の実行いたしました政策は、まず財政の総合的均衡をはかつて惡性インフレーションの原因を排除し、これによつて安定した通貨の上に、本来の価格機能を通じて経済の正常化、能率化をもたらし、わが国経済を国際経済に参加せしめつつ、その自立発展をはかるという構想によつたのであります。その政策の具体的内容につきましては、ここに繰り返して申し述べる必要はないと思いまするが、今その成果を一瞥いたしまするならば、鉱工業生産は、昭和二十四年の二月に比し、現在は二倍程度に増大いたしております。輸出は、昭和二十三年度三億四千万ドルであつたのが、昭和二十六年度は、いわゆる特需等を含めまして約十七億ドルと、すなわち五倍の顯著な伸長を示しておるのであります。

 物価と賃金の悪循環は断ち切られました。物価及び流通の分野において広汎に行われておりましたやみ経済は、おおむね正常化されました。これとともに、通貨に対する信用も回復を見たのであります。

 国家財政は、その規模、すなわち国民所得に対する割合において、昭和二十三年度の二一%から、二十六年度には一七%に縮小いたしました。租税負担におきましても、また同じく二〇%から一五%に減少いたしたのであります。

 企業における自己資本の蓄積は、資産再評価等の措置とも相まつて、不十分ながらも促進され、貯蓄性預貯金及び証劵投資も増加し、資本蓄積の面においても、ある程度の正常化が見られたのであります。

 国民生活も、たとえばエンゲル係数、すなわち家計費のうち食糧費の占める割合は、六四%程度から最近は五四%程度にまで改善され、統計の上でも回復の跡が見られるのでありまするが、消費の内容及び質の向上を考慮に入れまするならば、計数に現われた以上の充実を見たものと考えるのであります。

 私は、この機会において、政府の施策に協力を惜しまれなかつた国民諸君に、心からなる感謝をささげたいのであります。その間、安定政策の実行が、ある部面にとつては相当きびしく苦痛であつたことも否定いたしません。しかし、それは国民経済全体の合理化と安定化のために、まことにやむを得なかつたところであります。国民諸君が大乗的見地から、よくその苦しみに耐え、積極的にこれを克服せられましたことに対し、衷心より敬意を表する次第であります。

 以上申し述べましたごとく、わが国経済は著しい回復を示し、特に朝鮮動乱後において飛躍的な発展を見ておるのでありまするが、しかしながら、このような回復は、米国の対日援助に負うところが大きく、また朝鮮動乱後の世界的な軍備拡張に伴う国際経済の好況と、わが国の地理的條件に基くいわゆる特需の増大とによるところが多いのであります。将来国際経済のいかなる変動にも自力をもつてよく対処し得るやいなやという見地から検討いたしますときに、遺憾ながら、わが国経済はなお幾多の弱点を有し、その基礎は必ずしも強固であるとは申しがたいのであります。

 御承知のごとく、わが国は、戰争の結果、その領域は本土のみとなり、生産設備等に重大なる損害を受け、また在外財産はほとんどその全部を喪失し、海外における経済活動の足場を失つたのであります。一方人口は、現在すでに八千四百万以上に達し、年々百三十万人内外の自然増加を示しておる状態であります。このように、わが国経済は、狭隘な基盤の上に多数の人口を養わなければならないという、基本的に困難な條件に立つておるのであります。

 しかも、わが国経済は、あらゆる面で蓄積の不足という重大な弱点を持つております。山林の濫伐、河川、道路の損傷、鉄道、通信、港湾施設等の修理不足、地力の低下、その他国土、資源の荒廃は、いまだはなはだしいのであります。企業の面におきましても、資本の不足がいまだ著しく、特に自己資本の不足は、金融機関のオーバー・ローンや、あるいは事業会社のオーバー・ボローイング等の現象を招来し、経済情勢の変動に対しまする企業の彈力性が非常に乏しくなつておるのでありまして、これがため常にインフレ的傾向を激化する可能性を包蔵する反面、また常にデフレ的現象を深刻化する危險をも伴うという、いわゆる経済の低の浅さに苦しまなければならない状態であるのであります。また個人生活の面におきましても、住宅はなお不足し、日常生活は文化的なものにはなおほど遠く、貯蓄の不足は常に生活を不安定なものとしておるのであります。

 このような貯蓄の不足とも関連いたしまして、わが国は産業構造におきましても弱点を有するのであります。産業の基盤たる動力及び輸送力、ことに電力、船舶等が不足する反面、一部には過剩設備があり、また設備近代化の立遅れ、償却の不足等がいまだ十分に是正せられていない実情であります。

 貿易におきましても、全体的にわが国経済の海外依存度が高いのみならず、ドル圏から多く輸入し、ポンド圏に多く輸出するという貿易構造は、ポンド貨に兌換性が乏しいことと相まつて、いわゆるドル不足、ポンド過剩の問題を起しておるのであります。また現在の国際情勢のもとにおいては、遠隔の地から必要な原料を輸入するという不利を克服しなければなりません。

 また、わが国人口問題とも関連いたしまして、農山漁村、中小企業等、比較的経済力の薄弱な部門に多くの人口が依存しておりまする関係上、経済不安がただちに社会不安につながる傾向が強いのであります。

 このような各部面における弱点は、物価の動きにもこれを見ることができるのであります。朝鮮動乱勃発後において、わが国の物価が相当の上昇を示したのは、一般の輸出及び特需の好調に基因するものであり、わが国の物価は、海外物価の動向に大きく左右されるのであります。また、わが国産業における合理化の不徹底な部門においては、国内価格が国際価格を上まわるものもあり、特に最近における一般的なコストの上昇傾向は、わが国物価の国際物価に対する割高を来すおそれなしとしないのであります。

 このように、わが国経済には、今後補強を必要とする部面が多々あるのでありまして、これまでの経済の回復のみを見て楽観することは許しません。ことに独立国として国際経済に参加するに際しましては、種々の苛烈な條件が予想されます。賠償の提供、旧債務の拂い、国内治安の確保等の責任が加わるのみならず、国際経済の基調が今後いかに変動いたしましても、他国の援助に依存せず、みずからの力をもつてこれを乘り切らなければならないのであります。いわんや、米国その他友好国との経済協力、東南アジアの開発等を通じて広く国際社会の安定と福祉とに貢献せんと念願するわれわれは、まことに任重くして道遠しの感を抱くのであります。現下の情勢において、国際経済の正確な見通しを立てることは、何人にとつても困難であろうと存じます。しかしながら、来年度においても、世界的軍備拡張の大勢よりいたしまして、国際経済はおおむね強含みを続ける反面、世界各国のインフレーション抑制の政策によつて、全体としては堅実な歩みを続けるであろうと見るのが、まず妥当であります。朝鮮動乱勃発後わが国経済が経験した急激な景気の上昇を再び期待するような甘い考えを持つことは危險であると考えます。従つて、将来のわが国経済の使命から申しましても、また当面の見通しから申しましても、真劍に経済を合理化し、堅実化し、みずからの力をさらに強くする努力を拂うべきであると存じます。経済の向上をはかる上において、みずから努めずして成り、みずから働かざるして実現する手品のごとき方策はあり得ないのであります。私は、この際、国民諸君がインフレーションを是認し、インフレーションを謳歌するの政策が、いかに口に甘く、からだに害のあるものであるかを十分理解されることが最も大切であると思うのであります。

 敗戰に続くこの六年余の経験は、われわれにとつて決して無意義なものではありません。国際的には協調の精神を知り、政治的には民主主義の理念を学び、経済的には、結局において健全なる運営方針によることがいかに大切であるかを体得いたしたのであります。今後の国民経済の運営も、この方向に沿つて行われなければならないと信ずるのであります。

 今後の経済運営における課題は、国民生活の向上を終局の目的としつつ、次の三つの要素をいかにあんばいするかにあると考えます。

 第一は、国際的関係から生ずる問題であります。すなわち、いかに賠償、対外債務の支拂い、安全保障及び治安確保等に必要な支拂いに対処するか、また国際収支の拡大と均衡とをいかに実現するかということであります。

 その第二は、経済の充実発展のための要求であります。すなわち、国内投資をどの程度の速度と規模において実現するかということであります。

 その第三は、民生の安定という見地からの要請であります。すなわち、国民の当面の生活をどの程度の歩調と内容において向上させるかということであります。

 この三者は、互いに競合する反面、また互いに原因となり結果となる関係にあるものでありまして、国民経済全体として最大の効果をあげ得るよう、この三者の順序と振合いを調整することが政治の役割であるのであります。また財政金融政策の任務は、国民経済の正常にして能率的な機能をでき得る限り生かしつつ、必要な限度においてこれに調整を加えて行くところにあると考えるのであります。来るべき昭和二十七年度こそは、わが国の経済がよく国際経済の中に伍して存立を維持し、着実に拡大発展を実現できるかできないかの岐路に立つておるのであります。この意味において、経済の運営は一層堅実に、さらに真劍に行うことが緊要であると存じます。

 以下、昭和二十七年度予算について説明いたします。

 今回の予算編成にあたつては、以上申し述べましたような経済運営の基本的な考え方に立脚いたしたのでありまして、まず財政の規模を国民経済力の限度にとどめることが絶対に必要であると考えたのであります。すなわち、平和條約に基き、また平和回復後の独立国家としての責務にかんがみ当然に負担しなければならない諸経費のみならず、各部面における財政支出への要望はきわめて多額に上りまするが、国民の負担能力を考慮して極力財政規模の圧縮に努め、一般会計の予算総額を八千五百二十七億円余にとどめております。これは五兆三百億円程度と見込まれる国民所得に対し一七%弱に当り、昭和二十六年度における割合と同程度であります。その結果、税制につきましても、原則として従来とつて参りました措置を引き続きそのまま踏襲することといたし、国民負担の軽減適正化をさらに一歩進めることができたのであります。政府といたしましては、今後とも増税に訴えるがごときことは極力これを避ける所存であります。

 次に、財政収支均衡の方針は従来通りこれを堅持し、一般会計はもとより、各特別会計及び政府関係機関を通じて総合的に収支の均衡をはかつております。言うまでもなく、財政は金融面の施策と相まつて国民経済の健全なる運営を確保し、その合理化と発展とをはかるべきものでありまするから、予算の執行にあたつては、総合的な資金需給の情勢等を勘案し、実情に即応した措置を講ずる考えであるのであります。

 次に経費の配分に関しましては、平和の回復に伴い、わが国は日米安全保障條約の精神に基き、進んで相互安全保障の責任を果し、かつ国内治安力を確保増強する必要があるのでありますが、賠償、外債の支拂い等の諸経費をも合せ、これら経費が国民経済に過度の圧迫とならないよう、あとう限りの配意をいたしました。その結果、いわゆる内政費につきましても、前年度以上の金額を確保し得ることとなり、あげてこれを経済力の増強と民生の安定とに振り向け、その効率的活用と重点的配分に努めておるのであります。

 次に、予算の内容のうち特に重要なものにつきまして概略説明いたします。

 まず第一に平和回復に伴う措置といたしましては、防衛支出金六百五十億円、警察予備隊費五百四十億円、海上保安庁経費のうち警備救難に関するもの約七十億円、安全保障諸費五百六十億円、連合国財産補償費百億円、平和回復善後処理費百十億円、総計約二千三十億円を計上いたしました。

 防衛支出は、日米安全保障條約に基いて駐留する米軍に関して、わが方において支出を予想される経費であります。自衛権を行使する有効な手段を持たないわが国といたしましては、防衛のための暫定措置として米軍の駐留を希望したのでありまして、これに関する経費の一部を負担することは当然の措置であります。その内容は、近く行政協定の締結等によつて具体的に定められることとなりまするが、米軍の装備、食糧、被服、給與等は米国側において負担し、その他の経費については両国において分担することが予想せられますので、わが方の負担は米国側のそれに比して僅少であると考えます。

 警察予備隊及び海上保安庁につきましては、その内容を充実し、機能を強化するため、所要の措置を講ずることといたしました。すなわち、警察予備隊におきましては、現在の人員七万五千名をさらに三万五千名、海上保安庁におきましては、八千名をさらに六千名増員するとともに、装備、施設等の拡充をはかることといたしたのであります。

 安全保障諸費は、治安の確保を期するため、警察予備隊及び海上保安庁に計上いたしました経費のほか、たとえば営舎の建設、通信、道路、港湾当初施設の整備、巡視船等における装備の強化、監視施設の充実等について特段の措置を講ずるとともに、治安に関する機構の確立、学校その他教育訓練機関の設置等をも考慮いたしておるのであります。今後における諸情勢の推移により、内容がさらに具体化するのをまつて、これらの経費の配分を適切に行いたい所存であります。

 連合国財産補償費は、平和條約に基き連合国財産に関する保障のために要する経費でありまして、連合国財産補償法の規定に従つて計上いたしたのであります。

 平和回復善後処理費は、連合国に対する賠償、対日援助費の返済、外貨債の償還その他対外債務の支拂い及び占領によつて損失をこうむつた本邦人に対する補償等を予定いたしております。計上いたしました金額が比較的に僅少でありますのは、対外的な経費の支拂いにつきましては、交渉等の関係上、年度の当初からの支出を必要としないと認められること、及び昭和二十六年度補正予算に計上されました平和回復善後処理費が来年度に繰越して使用できることを見込んだためであります。

 第二に経済力の増強のための措置といたしましては、まず食糧増産対策に重点を置いております。今後人口増加による需要量の増大に対応するためにも、また国際収支の観点からいたしましても、食糧自給度の向上をはかることが肝要であります。これがため、来年度予算におきましては、本年度に比し約百億円を増額して四百三億円を計上し、土地改良事業及び開墾、干拓事業の推進、農業共済保險事業の改善充実等をはかることといたしたのであります。

 次に国土資源の維持開発であります。来年度における公共事業費は、その最重点を災害の復旧及び治山治水事業に置き、昭和二十六年度以前にこうむりました全災害の約三割を来年度中に復旧する予定であります。また河川事業につきましては、電源開発を兼ねた総合開発事業としてこれを推進する計画であります。

 また経済基礎の充実をはかるため、特別会計を含めて千百八十三億円に上る産業投資を予定いたしております。

 第三に、政府は、民生の安定及び文教の振興のため積極的な施策を講ずることといたしました。

 すなわち、まず生活困窮者の保護、健康保險その他の社会保險、結核対策及び失業対策につきまして五百二十七億円を計上し、本年度に比して六十七億円を増加いたしております。

 なお住宅事情の急速な改善に資するため、住宅金融公庫に対し百五十億円の投融資を予定いたしておるのであります。

 次に戰死者遺家族及び戰争による傷病者に対する援護措置につきましては、遺家族年金その他として二百三十一億円を計上するほか、交付公債約八百八十億円をもつて遺家族一時金に充てることといたしました。政府は、国民諸君とともに、戰死者に対しあらためて敬弔と感謝の意を表し、遺家族及び傷病者の方々に深い同情の念を抱くものでありまして、今後ともあとう限りの援護措置を講ずる所存でありまするが、財政の現状にかんがみ、また将来にわたる国民負担を考慮いたしまして、ただいまのところ、この程度にとどめざるを得なかつたのであります。

 文教の振興につきましては、六・三制校舎の急速な整備を行うため所要の経費を計上いたしまするとともに、学術振興、職業教育のための施策の充実について特段の配意を加えることといたしました。

 次に地方財政につきましては、平衡交付金を千二百五十億円に増額するとともに、別途資金運用部資金による地方債引受けのわくを六百五十億円に拡張いたしました。最近地方財政は逐年膨脹の一途をたどり、財政困難の声が高い実情にあります。このような地方財政の状況に対しましては、政府並びに地方公共団体ともに根本的な検討を加え、行政事務の刷新、歳入の確保、経費の節減及び効果的な使用等について特段のくふう、努力が肝要であると存ずるのであります。

 次に歳入のおもなるものといたしましては、租税及び印紙収入を六千三百八十一億円、日本専売公社益金を千二百五億円と見込んでおります。本年度の租税収入は、昨年十二月末の実績において予算額の七二%に達し、年度を通じて予算額を確保し得る見込みであります。

 来年度の経済状況につきましては諸種の観測もあり、租税収入の見込みが過大にあらずやという論を聞くのでありまするが、今後生産、物価ともに堅実な歩みを続け、国民所得も順調に増加するものと考えられますので、六千三百八十一億円の租税及び印紙収入を確実に見込むことができるのであります。従いまして、租税収入不足の結果増税に訴えなければならないようなことは、今後絶対に起らないと確信いたしております。

 税制の改正につきましては、先般所得税の軽減を中心として租税負担の合理的調整の措置を講じ、平年度約千億円に達する減税を実施いたしたのでありまするが、来年度におきましても、従来の措置を維持するのほか、さらに所得税及び相続税の負担の軽減合理化をはかり、また課税の簡素化及び資本の蓄積に資するため、税制改正を行いたい所存であるのであります。すなわち、所得税につきましては、生命保險料控除の限度の引上げ、譲渡所得税の軽減簡素化等を行い、相続税につきましては、税率の引上げ、基礎控除及び生命險金控除の引上げ、退職金控除の新設等の改正を行う予定であります。また法人税につきましては、徴収猶予の場合の利子税の引下げ等、その合理化をはかることといたしております。また砂糖消費税につきましては、その負担の状況及び統制の廃止を考慮して増徴を行うことといたしました。

 次に、金融に関する施策について申し述べます。

 まず、財政による産業資金の確保の問題であります。本来産業資金は民間資本の自発的蓄積にまつのが望ましいのでありまするが、現状においてはいまだ不十分でありますので、来年度におきましては、市中金融機関による供給が困難と思われまする長期産業資金、中小企業資金及び農林漁業資金等について、財政資金によりこれを積極的に確保する方針をとることといたしました。すなわち、一般会計、資金運用部資金及び見返り資金を合せまして千百八十三億円に達する財政資金の活用をはかつておるのであります。なおこのほか、資金運用部資金については、今後の状況により、金融債の引受等による産業資金の供給についてさらに努力とくふうをいたしたいと存じております。

 次に資本蓄積の増強であります。政府は昨年来特に資本蓄積の増強に意を用い、これがため積極的に諸施策を講じて参つたでありまして、その成果は見るべきものがあります。すなわち、昨年中における金融機関の一般預金の増加額は六千億円を越え、前年の増加額の一・七倍余に達しております。投資信託は総額百三十三億円という好成績を収め、株式の拂込金額もまた約七百五十億円に達する状態であります、このような趨勢にもかかわらず、資本の蓄積は生産の復興に比べまして著しく立ち遅れているのでありまして、政府は引続き資本蓄積のための諸施策をさらに強力に推進いたす所存であります。すなわち、税制において資本優遇の措置を講じますほか、企業の社内留保の確保については今後とも十分配慮して参ることといたします。また近く郵便貯金の利子及び預金限度の引き上げ、国民貯蓄組合の非課税限度の引き上げ及び無記名定期預金の実施等の措置を講ずるのほか、特に電源開発資金等に充てるため、新たに貯蓄債券を発行する計画であります。資本蓄積の不足を短期間に一挙に解決することはなかなか困難でありまするが、政府は国民とともに、着実に資本蓄積を推進して参りたいと存じております。

 次に金融機関の経営等に関する問題であります。金融機関の経営方針につきましては、特に経営の健全化と、資金の効率的な活用について要望いたしたいのであります。これがため、資金の吸収蓄積に一段と努力されることは申すに及ばず、資金の運用にあたりましても、かねて政府の要望いたしておりまする不要不急資金の貸出しの抑制について積極的に協力されることを期待いたします。今後の情勢によりましては、信用調整の措置は一層その必要性を加えることも予想されますが、政府といたしましては、できるだけ金融機関の自主的措置にまつ所存であります。自立後の経済運営にあたり、金融機関の任務はまことに重大であります。この際各金融機関はよくその公共的使命を自覚し、その役割を遺憾なく果されることを切望いたすのであります。

 なお金融機構につきましては、政府は逐次その整備をはかつて参つたのでありまするが、今後とも事態に即応して金融体制の整備確立を進めたい所存であります。

 最後に、国際金融の問題について申し述べます。終戰当時、わが国は外貨資金をまつたく持たなかつたのでありますが、国民諸君の努力によりまして、貿易も漸次伸張を見まして、外貨も充実して参りました。昨年米国の対日援助が打切られた後も、国際収支上の著しい困難を来すこともなく、今日のわが国の外貨保有高は約九億ドルに達して、昨年三月末に比し約四億ドルの増加を示し、米国の対日援助額を控除いたしましてもなお約二億七千万ドルの増加と相なつておるのであります。

 しかしながら、このような表面上の好転にもかかわらず、なお幾多の問題を包蔵していることは否定できません。これまでの国際収支の好況も、実は朝鮮動乱に伴う特需の影響による一時的な部面が少なくなく、また今後はこれまでのような外国の援助も期待するわけに参らぬことはもとよりであります。また新たに各種の対外債務の支拂いの問題を控えておるのであります。従つて、健全な国際収支上の自立がすでに達成されたものと考えることは、尚早であります。われわれは正常なる輸出の増進に対し、今後一段と努力することが必要であると思うのであります。

 さらに、わが国の国際収支の現況については、これを通貨別にも検討して、ポンド手持高の異常な増加の現象に注目する必要があります。これを漫然放置するときは、外貨収支の面から貿易が行き詰まるおそれがあるのであります。これが打開策のための基本的な方針として、極力通貨別にも均衡のとれた貿易の拡張に努むべきでありまして、特にポンド地域またはオープン勘定地域からの輸入の促進にまず主眼を置くべきであります。御承知の通り、外貨予算面に置いて、本年度第四・四半期には、これらの地域からの輸入を増加することといたし、その運用面におきましても、自動承認制の拡大をはかり、輸入保証金の割合を引下げる等の措置を講じたのでありますが、国内金融の面におきましても、日本銀行の融資あつせん等の活用を期待しておるのであります。

 次に、外貨資金と国内資金との調整の問題であります。外貨資金の蓄積に努めなければならぬことはもちろんでありますが、これに見合つて放出されまする国内資金がインフレーションの要因となる危險があるのであります。政府は、いわゆるインヴェントリー・ファイナンスによりまして、この間の調整をはかつておるのでありますが、本来は外貨資金の増加に見合う国内資金は民間において蓄積されることが望ましいのであります。

 現在為替銀行は、為替業務の取扱いにつき、その資金の大半を財政資金及び日本銀行からの融資に依存しておるのでありますが、政府は為替銀行がその自主性を回復し、その創意とくふうによつて正常な為替取引を円滑に進め得るように育成して参りたいと考えております。

 なお国際通貨基金及び国際復興開発銀行への参加も近く実現を見るものと期待されまするが、今後ともわが国は現行為替レートを堅持し、外貨導入その他国際的な資金の交流の円滑化に努め、国際金融の本道を進んで参りたいと考えるのであります。

 以上、昭和二十七年度予算に関連いたしまして、政府の財政金融政策の大綱について申し述べた次第であります。

 繰返して申しまするが、今やわれわれは、国際社会において再び栄誉ある地位を確立するための出発点に立つておるのであります。この際、政府も、地方公共団体も、企業も、家庭も、おのおの独立国としての自覚に欠くることなきやを謙虚に反省すべきときであると存じます。この意味におきまして、私はここにあえて国民諸君に訴えたのであります。企業は、濫費を愼み、資本の蓄積に努めるとともに、合理化を進めて、国際経済の変動によく耐え得る実力を涵養し、個人生活は、享楽に堕することなく、健全な家庭生活を楽しみ、苦しい中にも節約と貯蓄に努め、将来と子孫のために備えていただきたいのであります。また公務員諸君は、予算執行に当り、常に適正を旨とするはもちろん、さらに進んで積極的にその能率的な使用をはかるため、くふうと努力とをお願いいたしたいのであります。

 私は、日本国民の勤勉と叡智とは必ずやよくわが国経済の弱点を克服して、みずから頼むところのある経済を確立し、世界各国民の尊敬と友情とをかち得ることを諸君とともに確信するものであります。