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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第50代第4次吉田(昭和27.10.30〜28.5.21)
[国会回次] 第15回(特別会)
[演説者] 向井忠晴大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1953/1/30
[参議院演説年月日] 1953/1/30
[全文]

 昭和二十八年度予算の提出にあたり、政府の財政金融政策につきまして所信を申し述べたいと存じます。

 今後におけるわが国経済運営の基本は、国際経済の情勢に即応しつつ、経済の基礎を充実強化し、その健全なる発展を促進することにあると信ずるのであります。

 今日、世界経済は、朝鮮動乱後の異常な好況状態が鎮静して、調整過程にあると存じます。この過程において、海外における需給事情の緩和に伴う輸出価格の低下等により、わが国経済の一部にも景気後退の現象が見られるのであります。いわゆる底の浅い日本経済においては、このような景気後退の現象は、中小企業等の面に相当深刻な影響を及ぼし、これが対策を必要としておるのでありますが、わが国経済としては、基本的にはどうしてもこの世界経済の調整過程に適応して行かなければなりません。加うるに、わが国の国際収支は、特需等の臨時的な外貨収入に支えられて均衡を維持している現状でありまして、正常な輸出の増進をはかることが何よりも緊要であります。しかも、今後世界市場においては、輸出はさらに困難の度を加えることが予想されるのであります。いまだ基礎の強固でないわが国の経済が、このような国際情勢のうちによくその自立を達成し得るかについては、必ずしも楽観を許さない状況であります。

 従つて、わが国経済の運営にあたつては、決して安易な道を選ぶべきではなく、あくまでも堅実な経済施策の基調を保持し、一段と経済の合理化、能率化を進め、経済力の充実をはからなければなりません。企業経営においても、戦時中及び戦後を通じて、とかく放漫に流れがちであつた風潮を改め、政府の補助救済への依頼心を捨てて、みずからの責任においてその経営の基礎を確立することが必要であり、また国民生活においても、一層勤労に励むとともに、浪費を排することが肝要であります。

 世界各国が、現にインフレの抑制に努力し、堅実な歩みを続けておるこの際、わが国の財政金融の運営も放漫にならないよう、厳に戒むべきであります。わが国としては、今後も全体として健全財政及び通貨安定の基調を引続き維持し、国内物価と国際物価との均衡をはかることが必要であります。

 従つて、私は、安易な景気振興策のごときはとるべきでないと存ずるのでありますが、わが国経済の現状、最近の財政金融情勢等から見て、今日必ずしも財政収支の総合的均衡に関する従来の方式をそのまま踏襲する必要はなく、むしろ財政と金融を通じ弾力ある施策の運用をはかるべきものと考えます。すなわち、この際、経済活動の状況、国際収支の見通し等を勘案しつつ、財政による投融資を積極化するため、ある程度蓄積資金の活用を予定するとともに、市中消化の可能な範囲内において公債を発行し、民間資金を吸収してその活用をはかりますことは、けだし時宜に適したものと存じます。しこうして、このような財政政策に照応して、金融面の施策も適当な運営をはかることに努め、財政と金融を通じ、資金の総合調整に遺憾なきを期する所存であります。

 このような基本構想のもとに、二十八年度予算を編成いたしたのであります。

 まず財政の規模について申し述べます。わが国の国土並びに各種の施設は、いまだ戦後の荒廃から十分には立ち直つていない現状でありまして、その復興のため各部面における財政支出への要請はきわめて多額に上りますが、国民の負担能力を考慮して、極力これが縮減に努め、一般会計の予算総額を九千六百五億円余にとどめました。これは、昭和二十七年度の予算額九千三百二十五億円に対し、二百八十億円の増加となるのでありますが、国民所得に対する比率においては若干の減少となり、財政投融資の総額を含めた場合の割合も本年度とほぼ同程度であります。

 歳出面におきましては、一般経費の節減に努めますとともに、防衛関係費の削減をはかり、またいわゆるインヴエントリー・ファイナンスの方式をとりやめ、余裕財源を経済力の増強と民生の安定とに振り向け、限られた財政支出のうちにおいて、あとうる限りその重点的配分と効率的活用に努めました。歳入面におきましては、従来とつて参りました減税の方針を維持し、さらに国民負担の軽減適正化を実現しているのであります。しこうして、一般会計の収支の均衡はこれを保持しております。

 次に、来年度におきましては、財政の総合収支の均衡についてある程度弾力的な運営を企図しているのでありますが、この点に関連して、財政投融資について申し述べたいと存じます。

 来年度の財政投融資は総額三千五十五億円に達するのでありますが、その財源については、一般会計の歳入をもつてまかなうもの並びに資金運用部等の通常の原資のほか、特に保有国債の売却等による蓄積資金の活用に配慮いたしますとともに、日本国有鉄道、日本電信電話公社の建設資金調達のため市中公募債発行の道を開くことといたしました。さらにまた、新たに産業投資特別会計を設置し、三百億円の特別減税国債の発行を予定いたしております。この国債は、減税と結びつけることによつて民間資金を吸収し、これを産業の開発、経済の発展に活用することをねらいとするものであります。その蓄積資金の活用につきましては、財政金融を通じてインフレ的な効果を生じない程度にとどめており、また公社債券及び特別減税国債は完全に市中消化にまつものでありますから、この面からもインフレの懸念は存しないのであります。

 来年度における税制の改正につきましては、まず国民生活の安定をはかるため、先般実施いたしました所得税の控除及び税率の軽減措置を平常化いたしますほか、所得税、相続税、酒税等につき、さらに一層の負担の軽減合理化をはかることといたしました。次に、資本蓄積の促進に資するため、第三次再評価を実施するほか、企業合理化のための特別償却制度の拡張、準備金制度の改善等を行う方針であります。また特別減税国債の消化を容易ならしめるため、その購入者に対する減税の措置を講ずることといたしております。なお富裕税を廃止し、また有価証券の譲渡所得に対する課税を廃止して、有価証券取引税を創設することといたしました。

 これらの税制改正により、来年度一般会計歳入中、租税及び印紙収入の総額は七千八十億円と見込まれるのでありまして、これは従前の制度による収入見込額約八千九十億円に比して、所得税を中心として一千億円余の減税となるのであります。

 次に、昭和二十八年度予算の内容のうち、特に重要な事項について説明いたします。

 まず第一に、防衛支出金として六百二十億円を計上いたしましたが、これと保安庁経費八百三十億円との合計千四百五十億円は、安全保障諸費を含めた本年度のこの種経費一千八百億円に比して、三百五十億円の減少となつております。なお保安庁経費につきましては、装備施設の充実をはかることとし、人員はほぼ現状にとどめる方針であります。

 第二に、経済力の充実発展のための措置といたしましては、まず、財政投融資の面におきましては、特に政府の重要施策である電源開発、外航船舶の建造、中小企業及び農林漁業の振興、国鉄事業の拡充等に重点を置くことといたしております。

 次に、食糧増産対策及び公共事業につきましては、本年度に比し二百七十二億円を増額し、千五百十三億円を計上いたしております。すなわち、土地改良、開墾、干拓事業等の推進により食糧自給度の向上をはかるとともに、公共事業につきましては、治山治水、特に河川の総合開発及び道路の建設等の推進に意を用いたのであります。

 第三に、民生の安定のため積極的な施策を講ずることといたしました。まず、現在民生安定の重点が住宅の建設にあることにかんがみ、公営住宅の建設に百二十五億円を計上し、住宅金融公庫に対する百八十億円の投融資等と相まつて、住宅対策の強化をはかることといたしております。また生活困窮者の保護、国民健康保険その他の社会保険、結核対策及び失業対策につきましては六百七十八億円を計上し、本年度に比し百十五億円を増額しております。

 次に、旧軍人等の恩給問題につきましては、慎重に検討を加えました結果、現在及び将来の財政の許容する限度においてこれを復活することといたしたのであります。なお恩給の対象とならない戦死者遺族、戦傷病者及び未帰還者留守家族に対しましても、従来の援護措置を強化することとし、これらに要する経費として五百億円を計上いたしております。

 第四に、文教の振興のための経費でありますが、まず義務教育に要する経費は、その全額を国庫で負担する方針のもとに、九百二十億円を計上いたしました。教育施設につきましては、国立、公立及び私立を通じて、その改善につき考慮を払い、特に六・三制実施のための校舎の装備はすでに相当な充実を見たのでありますが、引続き来年度においても危険校舎の改築等を行う計画であります。さらに研究費等、学術振興のための施策にも意を用いております。

 地方財政につきましては、義務教育費を全額国庫負担とする方針といたしましたため、地方財政平衡交付金制度に相当の変更が加えられたることとなり、平衡交付金としては八百億円を計上したのでありますが、義務教育費負担金とを合計いたしますと、本年度に比し二百七十億円の増額となるのであります。なお別に資金運用部による地方債引受のわくを八百七十億円に拡張いたしました。

 なお、地方財政につきましては、今後地方制度全般の問題と関連して、根本的に検討を要すると認められますので、地方制度調査会の審議等をまつて、急速にこれが改善をはかりたい所存であります。

 以上申し述べましたように、来年度予算におきましては、必要経費を重点的に計上いたしたのであります。予算の執行にあたつては、政府といたしましても、常にその適正を期することはもちろん、さらに進んで積極的にその能率的な使用をはかる所存でありますが、国民諸君におかれましても、中央地方を通じ、予算の適正な執行に対して一層関心を寄せられることを切望してやみません。

 次に、金融に関する施策について申し述べます。今後の金融政策につきましては、財政面の施策と相まつて、物価の安定を維持しつつ、産業の振興発展に必要な資金を確保し、生産及び貿易の拡大をはかり、わが国経済の健全な発達を期することが主眼であります。

 まず昭和二十八年度予算に関連する金融上の施策について申し述べますと、第一は、財政による産業投資の問題であります。本来、産業資金は民間資本自体の蓄積にまつべきものでありますが、長期産業資金、中小企業資金、農林漁業資金等、民間における資金調達が困難と思われるものについては、来年度においても財政資金をもつて積極的に確保をはかることとし、一般会計、資金運用部及び産業投資特別会計を合せまして、総額一千七百六十五億円に達する財政資金の活用をはかる予定であります。その主たる内容としては、日本開発銀行に六百億円、日本輸出入銀行に四十億円、電源開発株式会社に二百億円、農林漁業金融公庫に二百三十億円、中小企業金融公庫に八十五億円、国民金融公庫に八十億円の資金をそれぞれ供給するとともに、資金運用部による金融債の引受三百億円を予定しております。

 第二は、資本蓄積の促進であります。産業の振興、経済の発展は、民間資本の蓄積、特に企業の自己資本充実がその基本であります。幸いに昨年中における金融機関の一般預金の増勢には見るべきものがあり、その増加額は九千八百億円に達し、前年の増加額の一倍半に近く、また昨年中における株式発行高は一千二百億円余に達する好成績を収め、資本蓄積の促進に資するところ大なるものがあります。政府といたしましても、引続き資本蓄積を強力に推進する考えのもとに、預貯金利子に対する所得税の源泉選択税率の引下げ、有価証券に対する譲渡所得課税の廃止、生命保険料控除の引上げ、特別償却の範囲の拡張、貸倒れ準備金及び価格変動準備金制度の改善等、税制上の措置を講ずるほか、第三次再評価を行う方針であります。私は、この際、国民諸君が以上のような政府の施策と相呼応して、勤勉と貯蓄を旨とし、資本の蓄積に努力せられんことを切望してやみません。

 第三は、中小企業金融の充実改善であります。政府は、かねてより中小企業金融の改善に関し深甚の考慮を払つて参つたのでありますが、今般国民金融公庫を通ずる資金供給の増加をはかるほか、新たに中小企業金融公庫を設置して、財政資金の活用により、一段と中小企業金融の積極化をはかる所存であります。

 なお、中小企業信用保険制度の改善、信用保証協会の法制化等についても、近くこれを実施する考えであります。

 この際特に申し述べたいことは、財政と金融との調整の問題であります。来年度におきましては、国庫の収支状況に対応して、金融面においては一層資金の吸収に努力を払うとともに、一段と資金の効率的運用をはかることが最も重要な課題であると考えます。経済の回復と通貨の安定に伴い、金融が漸次正常化の道をたどり、ある程度その弾力性を回復してきた今日、この基盤の上に立つて、資本蓄積方策の強化、日本銀行を通ずる信用政策の弾力的運営等により、財政及び金融を通じて総合的な資金の調整に一層努力する所存であります。かくして通貨の安定と経済の円滑な循環を確保して参りたいと存じます。

 民間金融機関においても、このような事情を考慮して、今後貯蓄の増強をさらに一段と促進し、公社債券、社債等の円滑な消化をはかるとともに、過度の日本銀行借り入れ依存の傾向を脱却するよう努力せられたいのであります。また、資金の融通にあたつては、極力不要不急の資金を抑制し、緊急資金の確保に努め、基幹産業に重点を置いて経済基盤の培養、産業の合理化等に必要な資金の供給に特に配意されたいのであります。

 なお、貸出金利については、国際的に見ても割高であり、企業の金利負担の軽減、ひいては貿易の促進に寄与するためにも、できるだけこれを引き下げることが切に望ましいところでありますから、金融機関としては、経営の合理化と資金量の増大に努め、貸出金利の引き下げを可能ならしめる素地を醸成し、これが実現を期せられたいのであります。

 今後の国際経済に関する政策の基調は、現行為替レートを維持しつつ、友好諸国との経済協力を緊密にして、国際収支及び貿易の拡大均衡化をはかり、わが国経済の自立と発展を達成し、あわせて世界経済の安定と向上とに寄与することにあるものと存じます。

 わが国の国際収支は、引続き昨年も相当の受取り超過を示し、今日外貨保有高は、十一億ドルを越え、この一年に二億ドル余の増加と相なつております。しかしながら、現在までの国際収支の好況は、特需等の臨時的な外貨収入にまつところが少くない実情であります。さらに、最近における世界的な貿易縮小の傾向に伴い、正常貿易の面では特にポンド地域及びオープン・アカウント地域への輸出が減少を見ているのであります。

 従つて、貿易の振興に今後一段と努力をいたすことは、真に現下の務であります。今後の貿易振興の道は、産業の合理化、設備技術の近代化を一段と進め、品質の改善、価格の低下にたゆまざる努力を続けるとともに、諸外国との経済強調のもとに海外市場の開拓確保をはかることにあるものと信じます。

 政府におきましても、つとに外貨資金の積極的な活用をはかる施策を進め、また諸外国との通商航海条約等の締結、ガツトへの早期加入の実現を促進して来たのであります。さらに、過般本邦為替銀行に対する外貨預託制度を実施するとともに、外国為替の売買に伴う手数料の引下げを行い、また近く日本輸出入銀行の機能の拡充、輸出信用保険制度の改善、貿易商社等に対する租税上の優遇措置等、貿易振興のための施策を講ずる所存であります。今後も、国際金融及び為替取引の正常化、為替銀行の育成強化については、さらに一層の努力を重ねたいと存じます。

 以上、昭和二十八年度予算に関連して、政府の施策を申し述べたのであります。今日、内外の諸情勢を見まするに、わが国経済の前途は必ずしも楽観を許さないのでありますが、国民の一人一人が、やすきを求めることなく、着実な努力を惜しまないならば、わが国経済は必ずやさらに充実発展の道を歩むものであることを確信する次第であります。