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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第16回(特別会)
[演説者] 小笠原三九郎大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1953/6/16
[参議院演説年月日] 1953/6/16
[全文]

 昭和二十八年度予算の提出にあたり、その大綱を説明し、あわせて府政{前2字ママ}の財政金融政策について所信の一端を申し述べたいと存じます。

 昭和二十八年度予算は、前国会において衆議院の議決を経た後不成立となつた予算を基礎とし、その後の情勢の推移に伴う必要な調整を加えて編成したものであります。最近、朝鮮において休戦の見通しが濃くなつて参りましたが、予算編成の前提となる経済情勢には、当面急激な変化を生ずることはないものと考えられまするので、特にこのための改編を行わなかつた次第であります。

 今回提出いたしました昭和二十八年度一般会の計予算総額は九千六百八十二億円余であります。各方面における財政支出への要望は厖大な金額に上りましたが、全体としての財政規模を極力圧縮することに努め、一般会計と財政投融資とを通じて見ますれば、不成立予算に比し若干の減少となつております。他面、税制につきましても、従来の減税方針を踏襲し、一千億円余に上る減税を実現することといたしました。

 次に、本年度予算におきましては、一般会計の収支の均衡はこれを保持しつつ、財政資金全体の収支としては、ある程度弾力的な考え方をもつて臨んでいるのであります。すなわち財政投融資の増額に努めているのでありますが、その財源については、ある程度蓄積資金の活用を予定いたしまするとともに、市中消化の可能な範囲内において特別減税国債及び公社債券を発行して、民間資金を吸収活用する等の配慮をいたしております。

 次に、経費の配分に関しましては、あとう限りその効率的活用と重点的配分とに努めたのであります。すなわち、一般経費、特に行政費について節約を行いますとともに、防衛関係費を削減し、その財源を経済力の増強と民生の安定とに振り向けたのであります。

 次に、予算内容のうち、おもな事項について説明いたします。

 まず、歳入に関連し、税制の改正について申し述べます。すでに酒税、物品税の負担軽減等の改正を行つたのでありまするが、その他のものについては、原則として前国会に提出した税制改正案を踏襲する予定であります。すなわち、目下暫定措置として実施している所得税の軽減措置を平常化するほか、所得税、相続税等につき一層負担の軽減合理化をはかり、国民生活の安定に資するとともに、でき得る限り課税の簡素化にも努めております。次に、資本蓄積を促進するため、第三次再評価の実施、企業合理化のための特別償却、準備金制度の拡充、預貯金利子に対する所得税の源泉選択課税率の引下げ等の措置を行うことといたしております。さらに、富裕税を廃止し、また有価証券の譲渡所得に対する課税を廃止して、低率の有価証券取引税を創設することといたしました。これらの税制改正の結果、租税及び印紙収入の総額は七千百六十一億円となり、従前の制度による収入見込額八千百八十四億円に比べますると、一千二十三億円の減少となるのであります。

 次に、歳出におきまして、まず防衛支出金として六百二十億円を計上いたしましたが、これと保安庁経費約七百十九億円との合計約千三百三十九億円は、安全保障諸費を含めた前年度のこの種経費千八百億円に比較して、約四百六十億円の減少となつております。保安庁経費は、本予算施行の遅延等のため、不成立予算に比し約百十億円を減少しております。なお、連合国財産補償費は四億円を計上するにとどめたのでありまするが、前年度の繰越金と合わせますると、百億円の支出を行い得ることに相なつております。

 次に、経済力の充実発展のための措置としては、まず財政投融資の面におきまして、特に電源開発、外航船建造、中小企業及び農林漁業の振興、国鉄事業の拡充等の重点を置くことといたしております。食糧増産対策及び公共事業につきましては、前年度に比し二百七十三億円を増額し、千五百十四億円を計上しており、さきに不成立となつた予算とおおむね同額であります。

 次に、民生安定のための経費としては、まず公営住宅等の建設等に百二十五億円を計上し、住宅金融公庫に対する百八十億円の投融資と相まつて、住宅対策の強化をはかつております。また、生活困窮者の保護、社会保険、失業対策、結核対策等の経費は、前年度に比し百四十七億円を増加し、七百十億円にいたしております。なお、旧軍人等の恩給、戦死者遺族、戦傷病者及び未帰還者留守家族の援護措置の強化に要する経費として、不成立予算と同様、五百億円を計上いたしております。

 次に、文教の振興でありますが、義務教育費国庫負担金は、半額国庫負担の建前のもとに、五百四十億円を計上いたしました。教育施設につきましては、国立、公立及び私立を通じて、その改善に考慮を払い、危険校舎の改築等をも行う予定であります。

 地方財政につきましては、義務教育費を半額国庫負担とする建前をとり、かつ最近の地方財政の収支を検討して、地方財政平衡交付金千二百五十億円を計上いたしました。これと義務教育費国庫負担金とを合計いたしますると、前年度に比し三百四十億円の増額となり、また不成立予算に比較いたしましても七十億円の増加となるのであります。なお、財政資金による地方債引受のわくを八百八十五億円に拡張し、うち六百九十五億円を資金運用部資金、百九十億円を簡保資金により引受けることといたしました。別に公募による地方債百八十億円を予定いたしております。地方財政の現状はまことに容易ならざるものがあり、根本的な対策を講ずる必要があると考えられまするが、地方団体自身においても、機構の縮小、行政費の節約等により、急速にその健全化をはかるよう一層努力されたいのであります。

 以上が歳出の主要なものでありまするが、予算執行の適否は、その編成に劣らず、きわめて重要な問題であります。政府は、従来とも監査制度の活用に留意いたして参りましたが、今後さらに一層これを強化し、もつて冗費の節約並びに予算の適正かつ効率的な使用をはかる所存であります。

 次に、金融に関する施策について申し述べます。今後の金融政策の運営にあたつては、財政面の施策と相まつて、経済自立の達成に必要な資金を確保いたしまするとともに、通貨価値の維持について万全の配慮を加え、国民経済の健全な循環を確保して参りたいと存じます。

 まず、わが国経済にとつて現下の急務である資本蓄積の促進については、民間資本の蓄積、特に企業の自己資本の充実が基本であります。幸い、昨年度中における株式発行高は千三百四十億円に達する好成績を収め、また貯蓄金の増加額も九千四百億円に達し、資本蓄積の成果には見るべきものがあります。この際、私は、国民諸君がこの上とも勤勉と貯蓄とに努め、冗費を省き、濫費を戒め、着実に資本の蓄積に努力せられんことを切望してやみません。政府におきましても、国民貯蓄の一層の増強に資するとともに、企業の内部留保の充実を促進するため、さきに申し述べましたごとき税制上の優遇措置を講ずることといたしました。

 資本の蓄積と並んで、この際特に考慮すべきことは、資金の効率的運用であります。民間金融機関としては、わが国経済の現状にかんがみ、今後貯蓄の増強を一段と促進するとともに、資金の融通にあたつては、極力不要不急の資金を抑制し、経済基礎の充実、産業の合理化等に必要な資金の供給に特に配意されたいのであります。また民間企業におきましても、資金の一層効率的な使用に努められんことを特に切望いたします。

 次に、本年度におきましても、財政資金をもつて積極的に産業資金を確保する方針のもとに、まず日本開発銀行の融資については、電力、造船、鉄鋼、石炭等基幹産業に重点を置いて、限られた資金の有効な活用に特に意を用いる所存であります。中小企業金融に関しましては、一般会計及び資金運用部を通じ百億円の財政資金を供給し、新たに中小企業金融公庫を設置して、一段と中小企業金融の積極化を図る所存でありますが、なお国民金融公庫を通ずる資金供給の増加をはかりますほか、中小企業信用保険制度の改善、信用保証協会の法制化等についても、遠からずこれを実施したい考えであります。また農林漁業金融につきましては、先般農林漁業金融公庫の発足を見たのでありますが、その後の実績も順調であり、今回資金量をさらに増加いたしまして、その機能の拡充を期しております。

 今日、わが国の産業にとって国際競争力を充実するためには、生産コストの低下をはかることが緊要であり、金融機関においても、その公共的使命に徹し、率先経営の合理化と資金量の増大に努め、過度の日本銀行借り入れ依存の傾向を脱却し、進んで貸出し金利の引き下げを可能ならしめ、もつて産業界の要請にこたえ得るよう格段の努力を払われたいのであります。

 この際特に申し述べたいことは、通貨価値の安定を確保することであります。資本蓄積のための努力も、コスト低減のための施策も、通貨の安定なくしてはその効果を期待しがたく、健全通貨の維持のためには、何をさしおいても万全の措置を講ずる所存であります。幸いにして、金融も漸次正常化の道をたどり、ある程度その弾力性を回復しておるのでありますから、この基礎の上に立つて、国庫の収支状況に対応しつつ、金融面において資金の吸収に努めるとともに、日本銀行を通ずる信用政策の弾力的経営により、財政及び金融を通ずる資金の総合的な調整に一層の努力をいたしたいと存じます。

 次に、国際収支、貿易等、国際経済の問題について申し述べます。

 わが国の国際収支は、昨年度においてはなお多少の受取り超過を示しておりますが、最近外貨保有高はやや減少し現在約十億ドルと相なつております。しかも、最近までの国際収支の好況も、実は特需等の臨時的な外貨収入に負うところが少くなく、正常貿易の面では、世界的な貿易縮小、国際競争激化の傾向に伴い、特にポンド及びオープン、アカウント地域への輸出が減退を見ております。このように、わが国の国際収支の現状及び将来は決して楽観を許さない実情であります。従つて、今日の国際経済情勢のもとにおいて、すみやかに国際収支を経常的な姿で均衡させるために、われわれはあらゆる努力を傾注しなければならないと存じます。すなわち、国内産業の振興、物価の活用等により自給度の向上をはかるとともに、不要不急物資の輸入を抑制し、外貨資金を経済の充実発展に最も有効に活用する方策を講ずる必要があると存じます。もとより、今後国際収支を改善し、経済を自立せしめ得るかいなかは、何よりも貿易の振興いかんにかかつており、正常な輸出の増進に対し一段と努力することが必要であります。

 輸出増進のためには、まず経済外交を積極的に推進し、友好諸国との経済協力を一層緊密にして行きたいと存じます。過般日米友好通商航海条約の調印を見、両国間の経済関係は一層増進されるものと期待されるのでありまするが、今後も引続き諸外国との通商関係の改善、ガツトへの早期加入の実現を促進し、輸出の伸長、海外市場の開拓のための努力を続ける所存であります。特に東南アジア諸国との経済提携を緊密化し、これら地域との貿易の拡大をはかり、世界経済の発展と向上とに寄与して参りたいと考えるものであります。しかしながら、貿易振興の基本は、産業の合理化、設備、技術の近代を一段と進め、品質、価格において国際的に優秀低廉な商品の生産にたゆまざる努力を続けることにあると信じます。すなわち、輸出価格が国際的に割高である現状にかんがみ、生産コストを引下げて国際競争力を培養して行くことが何より肝要であり、補給金政策のような安易な考え方は、極力これを排すべきであると存じます。また、直接貿易の衝に当る貿易商社等について、その地位を強化することが必要であります。政府におきましても、近く日本輸出入銀行の機能の拡充、輸出信用保険制度の改善、貿易商社等に対する租税上の優遇措置等、貿易振興のための施策を講ずる所存であります。

 先般、国際通貨基金との間に、わが国通貨の平価は現行為替レートを基礎とすることに決定を見、今後ともわが国は現行為替レートを堅持し、国際収支及び貿易の拡大均衡化をはかつて参りたいと考えるのであります。また、過般来、政府におきましては、国際復興開発銀行からの外貨の導入につき鋭意努力を重ねつつあつたのでありますが、電力設備の合理化のための融資については、近く実現を期待し得るに至りました。今後も、国際金融の正常化、為替銀行の育成強化等、国際経済面の施策については、さらに一層の努力をいたす所存であります。

 今日、世界経済の情勢は、全般的には横ばいないし下押しの傾向をたどり、世界各国は、国際収支の均衡、インフレの抑制に努め、堅実な歩みを続けているのであります。このときにあたり、世界注視の的であつた朝鮮休戦も実現の機運となり、わが国の経済自立態勢を急速に確立することの必要がいよいよ痛感されるのであります。顧みますれば、過去三年にわたる朝鮮動乱が直接間接にわが国経済に与えた影響については、多言を要しません。動乱に伴う特需等の需要の増大は、わが国経済に一時的には好況をもたらし、これによりわが国経済の回復が促進されたことも事実であります。しかしながら、他面、一時の好況によつて経済の合理化、能率化を怠り、経済自立への努力がかえつて等閑に付されたこともまた率直に認めざるを得ないと思います。今日、わが国経済の基礎はいまだ脆弱たるを免れず、国際収支も特需等によつて辛うじて均衡を保つている実情でありまして、この際一日も早く特需依存の態勢を脱却して、経済の自立を達成せんとする決意を新たにしなければならないと存じます。

 政府におきましては、長期的な視野のもとに、今後自立達成のための施策を強力に推進いたしたい所存でありますが、その過程においては幾多の困難を予想しなければなりません。財政金融政策におきましても、今後いやしくも放漫に流れることなく、安易なる考え方を排し、一層堅実な運営をはかつて行くべきものと存じます。財政については、今後種々重大な問題を控えておる現状でありますので、中央地方を通じ、行財政の刷新改善、税制の全面的改正を行い、極力行政運営の能率化、簡素化に資したいと考えておる次第であります。国民諸君におかれましても、このような政府の施策に呼応して、政府の補助、救済にのみ依頼することなく、経済の合理化、能率化への努力を通じて自立達成の一翼をになわれたいのであります。

 以上、昭和二十八年度予算に関連いたしまして、政府の財政金融政策の大綱について申し述べた次第であります。私どもは、今日の困難な世界情勢のうちにおいて、政策の重点をわが国経済自立の達成に集中し、国民諸君の心からなる協力を得て、これが目的の実現に邁進せんとするものであります。