データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第19回(常会)
[演説者] 小笠原三九郎大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1954/1/27
[参議院演説年月日] 1954/1/27
[全文]

 ここに、昭和二十九年度予算案を提出いたします。この予算は緊縮予算であります。日本経済をインフレから脱却せしめ、正常な軌道に乗せる第一着手であります。なぜこのような予算を編成するに至つたか、また、今後の財政金融政策はどうあるべきかについて、この際政府の考えを率直に申し述べてみたいと思うのであります。

 わが国の経済は、終戦以来一般に予想されていたよりもはるかに急速に回復向上し、生産も著しく増加し、国民生活も相当よくなつて参りました。最近は、町にはビルディングが立ち並び、ネオン・サインが輝き、ぜいたくな輸入品が店頭に飾られ、その他消費生活もはでになりまして、わが国経済は非常に繁栄しているかのような外観を呈しているのであります。しかしながら、深くその実態を掘り下げてみますると、まことに寒心にたえないものがあるのであります。

 戦後、わが国の経済は、援助や特需等の臨時的な外貨収入によつてささえられて来たのでありますが、これらの収入は早晩減少消滅すべき性質のものであります。現に、最近の世界情勢の推移は、わが国が一日も早く正常な輸出を増進し、これによつて必要な輸入をまかなう自立態勢を整える努力をしなければならないことを示唆しているのであります。

 しかるに、昭和二十八年度のわが国の国際収支は、特需等の臨時収入が減少していないにもかかわらず、輸出の不振と輸入の増大のために、なお全体として二億ドルに上る赤字を示したのであります。この赤字は、前年まで毎年三億ドル以上の受取り超過を続けていたことを思いますれば、真にわが国国際収支の急激な悪化を意味するものと申さなければなりません。

 一方、最近のわが国の物価の趨勢を見まするに、世界各国の物価が次第に下がりつつあるのに反し、昨年中漸騰を続け、秋以降は朝鮮動乱の勃発直後よりも高く、戦後の最高を示している状況であります。

 わが国の保有外貨は、昨年末においてドル換算で九億七千万ドルに減少しております。もしこのような情勢のまま推移するならば、遠からず、貿易のために運転資金として必要な最小限度の金額、四、五億ドルを割ることとなり、わが国経済の運営上欠くことのできない貿易にも支障を来すこととなりましょう。外貨に余裕のある間は、輸入を増加することによつて国内の物価騰貴を押えることもできますが、外貨が減少いたしますれば、それにつれて物価騰貴を押さえることが困難となり、これがためにかえつて輸入を刺激し、外貨の減少に拍車をかけ、悪循環的にインフレは高進することとなるのであります。かくして、必要な食糧や原材料の輸入に事欠くに至れば、悪性インフレのために、民族独立の裏づけとしての経済の自立は不可能に陥るのみならず、わが国経済は崩壊し、国民生活は困窮を告げることになるのであります。今にして今日のインフレ的な経済基調を転換是正しなければ、悔いを千載に残すでありましょう。

 そもそも独立国家として国際経済社会に伍して行く以上は、国際経済との関連を無視して自国の経済を運営するわけには参らないのであります。あたかも独立人格を有する個人が家計の収支を相償わせなければならないと同様に、国家もまた国際収支の均衡を確保しなければ、独立国家としての誇りを保つことはできないのであります。これがためには、常に経済の基調を世界経済の基調に適応させることが必要であります。

 今日、世界各国は、いずれも通貨の健全性の維持、インフレの抑制、国際収支の均衡確保に多大の努力を払い、経済の合理化、消費の節約等堅実な経済施策を続けていることは、周知の事実であります。わが国もまた、経済の運営にあたつては、国際収支の均衡を確保することの重要性について一段と認識を深め、通貨価値の安定を経済諸政策の中核とすべきであると存じます。

 最近におけるわが国国際収支の急激な悪化にかんがみ、この際率直に昭和二十八年の財政金融について反省を加えたいと存じます。昭和二十七年度補正予算以後、占領からの解放に伴う反動的機運も手伝い、また政局の不安定にも基因し、加うるに累次にわたる異常な災害の発生もあり、財政は総合収支均衡の原則から遠ざかり、相次いで予算の膨張を来したのであります。このような財政面の緩和も、国際収支の均衡を破らない限度においてはさしつかえないと考えられたのでありまするが、今日から見れば行過ぎとなつたことを認めざるを得ないと存じます。戦争による荒廃消耗からまだ十分に立ち直らないわが国としては、国民生活の向上を初めとして、種々急速に実施いたしたいことは山積しているのでありまするが、国力及び国際収支の均衡という観点から、そこにおのずから限度があるのであります。他面、金融面においても、財政上過去の蓄積資金が放出されるのに対応し、信用の収縮が行われ、財政と金融との総合調整によつて経済が適正に運営せられることを期待いたしたのでありますが、実際は相当の信用膨張を生じ、インフレ的傾向を助長する重要な要素となつたことも深く反省しなければならないと存じます。従つて、今後は財政の緊縮をはかり、金融の引締めを強化することが絶対に必要であります。すなわち、これにより物価の引下げをはかり、わが国通貨の国際的価値を確立し、経済の合理化、近代化を促進し、輸出を増進し、堅実にして正常な国民経済の発展を期さなければなりません。

 今回の予算編成にあたりましては、以上申し述べました経済運営の基本的な考え方に立脚し、輸出の増進、輸入需要の減退を通じて国際収支の均衡を回復するため、金融その他の施策と相まつて、積極的に物価の引下げをはかることを基本方針といたしたのであります。朝鮮動乱勃発後の物価騰貴率は、米国の約一割、英国の約二割七分に対し、わが国は約五割六分となつているのでありますが、昭和二十九年度においては、昭和二十八年度の物価騰貴を考慮し、とりあえず五分ないし一割の引下げをはかることを目標といたしたいと存じます。将来の特需の減少を考慮いたします場合には、右程度の物価の引下げでは十分ではないと思われますが、経済界に対する急激な影響を避ける等の考慮を加えて、まずこの程度が適当であると考えた次第であります。

 昭和二十九年度予算においては、右の基本方針に基き、均衡財政の原則を貫き、また断固たる決意をもつて財政の緊縮を実行いたしました。

 まず、均衡財政の原則に立ち返る意味において、歳入面におきまして、過去の蓄積資産のとりくずしに依存いたさないのはもちろん、公債の発行もとりやめ、財政面からのインフレ要因を厳に排除する考え方をもつて臨んでおります。また租税収入等につきましては、財政の緊縮と金融の引締めに基く物価の低下等を前提として、堅実にこれを見積ることが妥当であると考えたのであります。

 これと同時に、財政支出の緊縮を断行いたしました。従来からの趨勢によれば、財政の規模は相当の膨張を来すべきところでありましたが、これを大幅に削減し、また支出の重点化、効率化をはかることに努めたのであります。

 すなわち、一般会計の予算総額を一兆円未満に縮減することを目途とし、九千九百九十五億円にとどめました。これは、昭和二十八年度の予算額一兆二百七十二億円に比し、約二百七十七億円の減少であり、また一般会計と財政投融資を通じて見ますれば、五百九十億円の減少となつております。なお、これにより、昭和二十五年度以来逐年膨張の一途をたどつて来た傾向に終止符を打ち、久しぶりに前年度を下まわる予算を編成したのであります。この結果、国民所得に対する比率におきまして、一般会計の場合の割合も、また財政投融資を含めた場合の割合も、それぞれ本年度に比し若干の減少となるのであります。

 財政規模の縮小に伴い、特に配意いたしましたのは、限られた財源の範囲内において経費を有効に配分するということであります。

 内外の情勢を勘案し、自国の防衛はみずから行うという態勢に一歩を進める方針のもとに、防衛関係費を増額し、また、積極的に賠償問題を解決して東南アジア諸国との友好的な経済関係を確立するため、賠償の支払い等に必要な経費を計上いたしました。

 同時に、財政の緊縮、経済の正常化に伴う失業等の摩擦に対処するため、民生安定のための社会福祉関係経費についても、これを重点的に確保いたしました。

 財政投融資、公共事業費及び食糧増産対策費等につきましては、資金の重点的かつ効率的使用をはかることとし、本年度予算に比し多少減額したものもあるのでありまするが、これらの経費に重点を置く従来の方針はなお十分に踏襲されておるのであります。

 他面、中央、地方を通ずる行財政の整理刷新、各種補助金等の根本的再検討その他一般経費の節約を実行いたしたのであります。

 なお、物価引下げの基本方針にかんがみ、予算編成上、一般物価に影響を及ぼすおそれのある米の消費者価格、官業料金の引上げは、あとう限りこれを避けることといたしました。

 次に、予算内容のうち、特に重要なるものについて概略説明いたします。

 まず防衛関係の経費につきましては、自衛力の漸増をはかるため、保安庁経費において本年度に比し百七十五億円を増額するとともに、これに対応して、防衛支出金において三十五億円を減額し、合計一千三百七十三億円を計上いたしました。

 次に、平和回復善後処理費を本年度に比し百二十億円増額し、総額百五十億円を計上いたしましたのは、賠償問題の解決をはかる等のためであります。なお、連合国財産補償費は、二十六億円を計上するにとどめたのでありますが、繰越しを合せますると、百億円の支出を行い得ることに相なつております。

 次に、経済力の充実発展のための措置であります。まず財政投融資の面におきまして、全体としては、金融引締めによる民間投資の抑制と相まつて、財政投融資の削減を行うことといたしたのでありますが、電源開発、中小企業につきましては、特に配意を加えております。

 公共事業費及び食糧増産対策費につきましては、従来総花的傾向のうらみなしとしなかつたのでありますが、来年度におきましては、治山治水対策、道路事業、土地改良等に重点を置いて計上し、この際新規計画は一切認めず、さらに一部既定計画の休止を断行するほか、零細補助金についても、これを大幅に整理し、本年度に比し総額において百四十一億円を削減し、一千六百九億円を計上いたしました。

 次に、民生安定のための経費といたしましては、まず住宅対策として、約十万戸の建設を行うことを目途とし、公営住宅の建設等に百三十四億円を計上し、住宅金融公庫及び勤労者住宅に対する投融資百八十億円と相まつて、本年度に引続き住宅対策の推進をはかることといたしております。

 また、生活保護、社会保険、失業対策、結核対策等社会福祉関係経費につきましては、本年度に比し三十八億円を増加し、七百七十四億円を計上いたしました。なお、旧軍人遺族等の恩給については、制度の平年度化に伴う増額等により、本年度に比し百八十八億円を増額し、六百三十八億円を計上いたしております。

 次に、文教の振興につきましては、教員の給与費支出額の半額を国庫において負担することとし、義務教育費国庫負担金として七百億円を計上いたしました。文教施設については、六・三制実施のための一般校舎の整備に重点を置くとともに、戦災復旧、危険校舎改築のため所要額を計上いたしました。

 警察につきましては、わが国の実情に即した警察制度の改革を行うため、本年七月より国家地方警察及び市町村自治体警察を廃止して都道府県警察をおき、これに伴い定員を大幅に減ずるとともに、負担区分を調整いたしましたので、本年度に比し六十二億円の減少となつたのであります。

 地方財政につきましては、中央地方を通ずる財政の調整をはかり、地方財政の健全化に資するため、入場税を国税に移管し、タバコ消費税を創設するとともに、地方財政平衡交付金制度を廃止し、新たに地方交付税交付金、地方譲与税譲与金制度を設けるほか、警察制度の改正整備に伴い経費の調整減額を行うことといたしました。申すまでもなく、予算の厳正なる執行なくしては、予算編成の目的を達成することは望みがたいのであります。政府は、わが国経済の健全化の成否がかかつてこの予算の厳正な執行にあることを深く銘記し、いやしくも経費が不正不当に使用されることなきよう、監査の強化をはかるはもちろん、経費の適正かつ効率的な使用に万遺憾なきを期する所存であります。

 地方公共団体においても、この際行財政の徹底的整理を断行し、財政規模を極力圧縮することに努め、もつて地方財政の再建整備を強力に押し進められんことを特に要望してやまない次第であります。

 次に、歳入に関連し、税制の改正について申し述べます。過去数回にわたる減税にもかかわらず、国民負担はなお過重であり、さらに租税負担の軽減をはかることが望ましいのでありますが、現下の財政及び経済の情勢にかんがみるときは、この際、消費意欲を刺激し、歳入総額の減少を来すがごとき租税の軽減措置は、これを避けることを適当と認めたのであります。しかしながら、特に低額所得者の負担が過重になつている不合理な現状を是正するため、税制につき若干の調整を加えることが必要であると考えられますので、所得税につき、基礎控除及び扶養控除の引上げを行う反面、奢侈的消費の抑制をはかるため、奢侈品、高級品に対する課税を中心とする間接税の新設、増徴を行うことといたしました。なお、資本蓄積の促進等のため税制改正については、後に申し述べるとおりであります。

 次に、金融に関する施策について申し述べます。財政緊縮の方針と相呼応し、金融面においては、健全金融の方針を強化し、通貨の信用を高めるために万全を期して参る所存であります。この際、金融面において安易な態度に堕することは、絶対に避けるべきものと考えております。すなわち、昨年九月以降、日本銀行の信用政策、国庫の指定預金の運用等について、金融引締めの方針をとつて参つておるのでありまするが、本年当初、日本銀行効率適用制度をさらに強化するとともに、輸入金融抑制のための措置を講じた次第であります。これらの基本方策は、今後さらに強化することが必要と存ずるのであります。

 このように信用の収縮をはかる方針でありまするから、産業界においては、今日よりこれに即応して事業計画の調整等を行い、円滑なる経営をはかることに努められたいのであります。また、金融機関においても、信用の収縮に伴い、信用の供与にあたつては一層適実を期することに努められたいと存じます。政府といたしましては、従来から銀行その他の金融機関がみずからの判断に基き、不要不急の融資を避け、国民経済全体の立場から特に緊要と認められる部面に対し、重点的に資金を供給することを期待する方針をとつて参つたのであります。私は、この際、金融機関が、わが国経済の当面する重大にして困難なる事態を十分に認識せられ、融資の面を通じてこの難局の打開に積極的に協力せられることを切に希望するものであります。

 金融機関は日本銀行からの借入れに依存し、企業は金融機関からの多額の借入金に依存しておるために、ややもすれば経営の安定に欠けるのが現状であります。また、安易な経営に堕する傾向も認められるのであります。この状態はすみやかにこれを是正し、経済及び金融の正常化をはかることがきわめて肝要であります。しこうして、これがために基本的に必要なことは、実質的な国民資本の蓄積を促進することであります。すなわち、企業はみずからの努力によつて自己資本を充実し、金融機関は預貯金等の資金吸収に着実なる努力を傾けることが特に要請されるのであります。

 私は、この際、国民諸君がこの上とも勤倹貯蓄に努め、消費を節約し、国民経済の必要に即応して生活を合理化し、企業もまた不健全な経営体制を刷新し、真剣に合理化近代化に努力し、相ともに資本蓄積の大道を邁進せられんことを切望してやみません。

 政府といたしましては、資本蓄積の重要性にかんがみ、企業の自己資本の充実、資本構成の是正をはかり、資産の再評価を促進するため、新規増資等について税制上特別の措置を講ずる方針であります。また、資金吸収面におきましても、長期預貯金、生命保険等につきまして税制上の優遇措置を講じ、一段と貯蓄の増強に資せしめたい考えであります。また、貯蓄の増強については、金融機関の預貯金の安全性を確保し、世人の金融機関に対する信頼感にこたえることが大切であります。これがため、金融機関の資産内容の健全化及び預金者等の保護については、さらに特段の配意くふうを加えて参りたい所存であります。なお、この際、金融機関の日本銀行依存の弊風を改め、金融の正常化を促進するため、適当なる方策を講ずることを考慮中であります。

 次に、貿易為替等国際金融の問題について一言申し述べます。現下わが国の貿易為替政策の最大の課題は、貿易の振興、特に正常輸出の増大をはかることにあります。

 まず、今後輸出の増進をはかるためには、経済外交を積極的に推進し、友好諸国との経済協力を一層緊密にして参りたいと存じます。過般、わが国のガツトへの仮加入が実現し、各国との友好的な通商関係が一層促進されることが期待されるのであります。今後さらに諸外国との通商航海条約の締結、賠償の早期解決による通商関係の回復に努め、輸出の伸長、海外市場の開拓をはかる所存であります。特に、東南アジア諸国との経済関係を増進し、これら地域との貿易の拡大を通じて世界経済に寄与して参りたいと存じます。

 昨年十二月からロンドンにおいて開催された日英会談の結果、日英両国の貿易収支の目標額についても、近く両国間に了解が成立する運びになつたのでありまして、これに応じて今後英国側が輸入制限の緩和をはかることが期待されるのであります。これは、今後ポンド地域への輸出の伸長を通じて、国際収支の改善をはかる上において少からざる効果のあることを信ずるのであります。

 しかしながら、貿易振興の基本は、企業の合理化、設備技術の近代化を一段と進め、品質、価格において国際的に優秀低廉な商品の生産にたゆまざる努力を傾注することにあると存じます。これがためには、企業の生産コストを切り下げることに努めなければなりません。

 このように、輸出の増進に対し努力しなければならないことはもちろんでありまするが、これと同時に、今日の外貨の状況等を考えますと、輸入面の施策についても改善すべき点があると存じます。輸入の減少をはかるためには、財政金融の引締めにより一般的に輸入需要の減退をもたらすことが必要でありまするが、需要を無視して、為替政策上輸入を制限することは、かえつて物価の騰貴を来す結果となるのであります。従つて、今後の外貨予算の編成及びその実施にあたりましては、不要不急のぜいたく品につき徹底的に輸入の抑制をはかる反面、生活用品、原材料等の輸入についても、財政金融政策の強化に伴う輸入需要の減退状況等を勘案しつつ調整をはかる考えであります。

 なお、わが国の貿易上の地位を強化するためには、直接貿易の衝に当る貿易商社についても、その強化をはかることが必要であります。政府におきましては、輸出取引に関する租税上の優遇措置の拡充等の施策を講ずる所存であります。また、国際金融及び為替取引の正常化に資する一環として、近く外国為替銀行制度の整備について法的措置を講じたい所存であります。

 最後に、為替政策の基本たる為替レートの問題について、この際、世上一部の臆測を一掃するために、政府の所信を申し述べます。現行為替レートを切り下げることは、百害あつて一利なし、政府としては、あくまでも現行為替レートを堅持する方針であります。

 以上申し述べました財政金融政策に関連して、失業その他のデフレ的現象を過度に懸念する向きもありましよう。また、逆に補正予算の編成及び金融引締め政策の後退等によつて、結局はこの健全化の方策が放擲されるのではないかと見る向きもありましよう。しかしながら、今日われわれ日本国民が強く銘記しなければならないことは、年々通貨量の増発を前提とした従来のインフレ的な経済から敢然として離脱しなければならないということであります。終戦後今日まで、わが国経済は、前述のごとく国際収支等の面において恵まれた関係もあり、また、物価が漸騰を続けて来たために、賃金水準、農家所得も逐次上昇し、企業もまた比較的高利潤をあげて来たのであります。このようなことは、もはや期待すべきではないのでありまして、今後は、所得や利潤の増加は、特需等の臨時収入によつてではなく、また、インフレの継続によつてでもなく、国際的に適正なる物価水準を維持しつつ、正常なる輸出や生産を増加することによつて実現しなければなりません。すなわち、いたずらに名目的な所得の増加に期待することなく、物価の引下げによつて実質的に国民生活の改善を実現し、経済の合理化近代化により生産コストの引下げをはかり、輸出の増大のために国際競争力をつちかわなければならぬのであります。

 従つて、この予算案を中心とした一連の健全化方策は、民族の独立発展のために断固として貫徹しなければならないものであります。もとより、その間に生ずるデフレ的現象については、これによつて経済の混乱を来し、社会不安を醸成するような事態に立ち至らぬよう考慮すべきはもちろんであります。本年度の予算案及び金融引締め政策についても、この点を考慮し、急激な変化を避け、漸進的に健全化を進めるよう配意いたしておるのであります。

 言うまでもなく、万一対策を必要とするような事態が生じた場合には、適宜の措置をとるにやぶさかではないのでありますが、インフレからの脱却の過程において、ある程度の摩擦的現象が生ずるのはやむを得ないのであります。このゆえに、ただちに健全化の方針を緩和するがごときことは、国民経済全体のためになすべきところではありません。すなわち、今後、補正予算を編成したり、金融引締めの方針を緩和することは、避けるべきものと考えております。

 財政の規模を一兆円以内にとどめるということは、国民輿論の一致した要望でありまして、私はこれを、日本民族の独立精神の現われとして、まことに力強く感じている次第であります。

 政府は、ここに国民諸君と相携えて、あくまでも日本経済を健全ならしむるための着実な努力を続け、もつて日本経済永遠の繁栄発展の基礎を確立いたしたいと存じます。