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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第20回(臨時会)
[演説者] 小笠原三九郎大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1954/11/30
[参議院演説年月日] 1954/11/30
[全文]

 政府は、ここに昭和二十九年度補正予算案を国会に提出して御審議を煩わすことといたしました。

 今回の補正予算案の編成にあたりましては、本予算編成後に生じました諸事情に基き、本予算に対して所要の調整を加えるにとどめたのでありまして、従来の政策全般を貫く基本的の構想は何ら変更していないのであります。従いまして、補正の項目も、本年度発生災害復旧費、社会保障関係経費、地方交付税交付金等、必要最小限度の経費に限つてその所要額を追加計上いたしますとともに、その財源は主として既定経費の節減によりまかなうこととし、総額は本予算同様一兆円のわくを堅持いたしたのであります。すなわち、一般会計の歳出の追加額は三百八億円であり、これに対し、歳入の増加額は三億円でありまして、その差額三百五億円は歳出の節減等によりまかなうこととし、これにより、昭和二十九年度一般会計予算総額は、歳入歳出とも九千九百九十八億円と相なるのであります。

 次に、その内容について概略御説明いたします。

 第一は災害復旧事業費であります。本年度発生災害の復旧並びに冷害対策につきましては、現在まで予備費支出等をもつて措置して参つたのでありますが、今回、本年度内の復旧事業として、予備費充当額のほかに六十九億円を新たに計上して、その復旧の促進に努めることといたしております。

 第二は、社会保障関係経費であります。経済の健全化の推進に伴う社会情勢の推移にかんがみまして、生活保護費及び失業対策費につき、それぞれ七十億円及び三十七億円を追加計上いたしますとともに、公共事業費節約額の一部の組みかえ等によりまして、新たに緊急就労対策事業費九億円を計上し、失業者、生活困窮者等の生活の安定に資することといたした次第であります。

 第三は地方財政に関する措置であります。まず地方交付税交付金でありますが、本年度におきましては、法人税の自然増収に伴う増加と、本年度に限り所得税及び法人税の収入見込額に対する定率を若干引き上げることによる増加とを合せて四十億円を追加計上いたしましたが、これは都道府県警察費の不足を補填するためのものであります。

 また、地方譲与税譲余金につきましては、本年度に限り譲与税額が法定されておりますが、他面税収の減少が見込まれますので、不足財源を一般会計から補填するため三十五億円を計上いたしたのであります。

 なお、義務教育費国庫負担金につきましては、前年度の不足額を補填するため八億円を計上した次第であります。

 以上のほか、所要経費について必要最小限度の補正追加をいたしました。

 これらの歳出の増加に対する財源は主として既定経費の節減によりまかなうことといたしたのであります。すなわち、法律案の不成立による繊維品消費税の歳入欠陥、その他歳入の減少の見込まれる反面、法人税等の増収が予想されますので、差引歳入の増加額三億円のほかは、物件費、施設費等既定経費の節減等三百五億円をもつてこれに充てることといたしたのであります。

 以上のほか、特別会計及び政府関係機関の予算につきましては、日本国有鉄道、日本専売公社、その他必要最小限度のものに限り補正予算を提出いたした次第であります。

 何とぞ政府の方針を了とせられ、本補正予算案に対して、すみやかにご賛成あらんことをお願いいたします。

 なお、この機会に、わが国経済の現況と、これに対する今後の方針につき一言申し述べたいと存じます。

 政府は、昭和二十九年度予算の編成にあたりまして、国収際支{前4字ママ}の均衡を回復し、経済自立の基盤を確立するために、通貨価値の安定をはかり、経済の健全化を推進することをもつて財政経済施策の中核とすることといたしたのであります。これに伴い、昨秋以来、政府は財政規模の圧縮、金融の引き締めを中心とする一連の経済健全化政策をとつて参りましたが、本年二月以降漸次その効果が現われ、物価の下落、国際収支の好転に見られますように、今日までにおおむね所期の成果をあげ、日本経済は全体としてかなりの改善を見つつあると申し得るのであります。

 すなわち、卸売物価につきましても、今年二月を境として逐月下落を続け、最近においてはピーク時に比べ約七%の低落を見ておるのであります。一昨年来騰貴を続けておりました小売物価も、本年初頭よりようやく横ばいないし下押し傾向を示して参りました。また、金融の基調も正常に復し、、市中銀行の本年十月に至る一年間の対民間貸出しの増加額は前年同期の四七%にとどまつており、他面、郵便貯金、定期預金等の貯蓄性預金は順調に増加いたしております。日本銀行券の発行高も、財政資金の散布超過にも関わらず順調な推移を示しており、八月半ば以来常に前年同期を下まわる状況であります。これらの事実は、経済健全化政策の浸透と国民の通貨価値に対する信用度の向上を物語るものであり、一年前に憂慮されておりましたインフレ気構えはおおむね解消したと思われるのであります。

 このような通貨及び物価事情の好転に伴い、輸出は三月以来毎年伸長を示し、本年度上半期の実績は前年同期に比し二七%の増加となつております。一方、輸入は、金融の引締め、不要不急品の輸入抑制等の措置により三月以来漸減し、上半期は前年同期に比べて七%減少いたしたのであります。

 このような輸出の増加、輸入の減少によりまして、特需収入の相当な減少にもかかわらず、国際収支において、赤字は一月の八千八百万ドルから逐月減少し、六月には遂に一千百万ドルの黒字に転ずるに至りました。以後、七月千八百万ドル、八月三千八百万ドル、九月三千九百万ドル、十月五千三百万ドルと黒字を続けておるのであります。

 もとより、経済健全化政策のこのような成果の陰には、施策の進展に伴う摩擦的現象として手形の不渡り、失業等の事例も見受けられるのでありますが、政府といたしましては、今後ともあとう限り善処する所存であることは、あらためて申し述べるまでもございません。今日、世上一部においては、安易を求めるの余り、現在政府がとつております政策の緩和を望む向きも見られるのでありますが、諸般の事情の好転にもかかわらず、なおわが国経済の前途には楽観を許さぬものが多々あるのであります。

 昨年来の米国における景気後退の現象は本年半ばをもつてほぼ終息したと考えられますが、英国、西独、その他西ヨーロッパ諸国におきましては、それぞれ自国経済のインフレ傾向を抑圧し、国際競争力の培養に努め、通貨の交換性の回復、貿易の自由化等に向つて着実な歩みを続けているのでありまして、今後の海外市場における競争はますます熾烈を加えることを覚悟いたさねばならないのであります。わが国の国際収支は最近著しく好転して参つたとは言うものの、その背後には、ポンド・ユーザンスによる支払の繰延べ、金融のための輸出、一部オープン勘定地域に対する債権の累積等の問題もありまして、今後特需の減少に対応する正常輸出の伸長、外貨収支の実質的改善等には、なお幾多の努力を要するのであります。従つて、政府といたしましては、現行為替レートを堅持することはもちろん、今後とも財政規模を圧縮し、金融引締めの基調をゆるめない方針であります。

 しかしながら、経済健全化政策は、終局において、外国貿易の発展をはかり、経済規模拡大のための基盤を育成せんとするものであります。従いまして、国民各位におかれましても、貯蓄の増強、生産性の向上、コストの引下げ等につき今後一層くふう努力を払われ、わが国経済自立の基盤を確立することに努められたいのであります。

 さらに、わが国の国際収支の均衡が一に輸出の伸長いかんにかかつている事実にかんがみ、海外における既成市場を育成して参るとともに、ビルマ賠償問題の解決を契機として経済外交を強力に推進し、東南アジアを初めとして新しい市場の開拓に努めるはもちろん、中共ソ連圏との貿易についても、自由主義諸国との国際協力の線を守りつつこれを伸長せしめいたいと考えております。

 以上申し述べましたような苦難に満ちた道を通ることにより、初めてわが国経済の安定した拡大均衡は達成せられ、過渡的な摩擦犠牲も解消して、わが国経済の真の繁栄は築かれるのであります。万一にも安易について従来の政策を緩和いたすならば、一年有余にわたるわれわれの努力はすべて水泡に帰することとなるのであります。国民各位におかれましても、政府の意のあるところを了とせられ、いましばらく乏しきに耐え、なお一そうの御協力を賜わりたいと存ずる次第であります。