データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第52代第1次鳩山(昭和29.12.10〜30.3.19)
[国会回次] 第21回(常会)
[演説者] 一萬田尚登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1955/1/22
[参議院演説年月日] 1955/1/22
[全文]

 私は、この機会に、わが国経済が直面する基本的な動向を明らかにいたしまして、今後これに対処すべき財政金融政策に関する所信を申し述べ、国民各位の協力を得たいと存じます。

 国内資源に乏しく狭小なる領土に膨大なる人口を擁しておりますわが国といたしましては、自給自足によって生産の拡大、国民生活の向上を図ることはとうてい望み得ないのでありまして、わが国経済の発展は諸外国との間の経済交流の増大に待たねばならないのであります。従いまして、われわれといたしましては、国際経済の動向に常に十分な注意を払いますとともに、これに応ずる国内経済体制の整備をはからねばなりません。

 最近におきまする国際経済の特徴的情勢は、世界の主要国が貿易及び為替の自由化に向って真摯な努力を傾けているということであります。

 西欧諸国におきましては、戦後欧州経済の一体化が叫ばれ、欧州経済協力機構、支払同盟等の結成強化が促進され、諸国間の紐帯の緊密化がはかられるとともに、各国またこの目標に向ってそれぞれの通貨及び物価の安定、経済の復興、貿易規模の拡大等に邁進しておるのであります。最近における各国の保有外貨の増加、国際収支の改善等には著しいものがあります。西欧主要国の通貨の交換性は遠からず実現するものと思われるのであります。

 米国におきましても、かかる情勢を促進すべく、自国経済の安定を通じまして世界経済の自由化を促進することに重大な関心を寄せるとともに、互恵通商法の延長等によりまして貿易の自由化に寄与せんとしつつあるのであります。このような動向を反映いたしまして、一時憂慮せられておりました米国の景気後退の現象も最近は解消したのでありまして、今後もかかる景況は持続され、国際取引も促進されるものと見られているのであります。

 東南アジア地域諸国の経済も、昨年下半期以降米国等の景気好転の影響を受けまして概して好転し、国際収支の面でも幾分改善が見られるようになって参りました。

 今日、世界の貿易の半ば近くは、ドルその他の交換性のある通貨によって行われているのでありますが、もし英国、西ドイツ等の通貨が交換性を回復いたしました暁には、世界の貿易の大部分が交換可能通貨によりまして行われることになり、貿易の自由化も一段と促進されることとなるのであります。その反面、国際場裏におきます競争はますます激化していくことを覚悟いたさねばならないのであります。かくのごとき世界の基本的動向に対しまして、わが国の態勢は果たして整備されているでありましょうか。これこそ最も最大な問題であると考えるのであります。

 戦後十年を経ました今日、わが国の生産及び国民所得はすでに戦前の水準を突破いたしました。しかしながら、このような一応順調に推移して来たかに見えまする繁栄にもかかわらず、現下の国際情勢に対処するわが国経済の基礎はいまだ十分に固まったとは申しがたいのでありまして、経済発展の基礎足るべき輸出貿易の規模におきましては、まだ戦前の半ばにも達していない状態であります。

 国際収支の面におきましては、本年度は幸い二億数千万ドルの実質的黒字を期待し得るに至っておるのでありますが、これは必ずしもすべてが国際競争力ある正常な輸出の伸張によるものではないのでありまするとともに、輸入規模の縮小もあったのでありまして、国際収支の状況は、なお今後の特需の減退等とも考え合わせますると、不安定な基礎に立っていると申さざるを得ないのであります。

 翻って、従来の経済政策を顧みまするに、国内的には、一貫した方針に従い総合的に施策する面が欠け、その場限りの対策に終始しがちであって、これがために、対外的には、かえって為替及び貿易管理の強化、外貨予算の引き締め等を行わざるを得なくなり、その結果として、貿易及び為替の自由化という国際経済の基本的動向に対しましてむしろ逆行する方向に施策がおもむくことともなっていたのであります。

 私は、現下の国際情勢にかんがみまして、また、わが国経済は国際的な経済交流の増大のうちにおいてのみその安定した発展が可能であるという基本的性格から考えまして、この際、従来の施策に対比し重点の置き方を変えるべきであり、対外経済政策が国際経済の基本的動向である自由化の趨勢になるべくすみやかに即応して運営されるよう改善することをもって第一義といたしまして、それが可能なるごとく国内経済政策の運営に計画性と総合性を盛り込んでいくことが、今後のわが国の財政金融方策の基本となるべきものと確信するのであります。

 すなわち、終戦後のわが国経済の再建に当っては、その戦争による被害があまりにも甚大であったためもありますが、各人がただいちずに生産の回復、消費生活の向上に立ち向かってきた結果、技術の立ちおくれ、経営の放漫、無秩序な産業構造、企業の過大な借入金依存等の脆弱なる経済基盤を内包したまま、表面的な経済力の拡充が行われて来たのであります。これをそのままに放置いたしますならば、国際物価に比べての国内物価の割高と国際収支の不安定は解消せず、とうてい国際競争に伍していくことはできないのであります。

 従いまして、今後の国内経済政策におきましては、健全な財政金融政策により経済の健全化をはからねばならないのでありますが、経済力の貧弱なわが国といたしましては、ただ単に従来のような成り行きにまかせるという行き方ではなく、かかる目的が着実にかつ計画的に達成されていくような総合的かつ効果的な施策を必要とすると考えるのであります。これがためには、今後わが国経済の向かうべき理想的な目標と方向を描きつつ、これが実現のため必要な諸施策を段階的、総合的に実施して参る構想が樹立されねばなりません。今回政府が昭和三十年度以降六カ年にわたる経済の構図を描いて、前半三カ年においては、経済の正常化、なかんずく正常貿易による国際収支の均衡と将来の経済発展の基盤の確立に主眼を置き、後半においては、特需に依存することなく、正常貿易によって国際収支の均衡を維持しつつ経済の拡大発展と完全雇用の達成をはかることを目標といたしまする総合経済六カ年計画を立案いたしましたのも、またこの趣旨にほかならないのでありまして、この計画は、今後さらに各方面から検討を加えて、逐次具体的な施策のよるべき基準といたしたいのであります。

 以上のような基本的態勢を現実問題としていかに実現していくかにつきましては、もとよりこれに多大の困難が伴うことは当然でありますが、首尾一貫した計画のもとに、遅疑逡巡するところなく邁進するの勇断を必要とすると考えるのであります。かかる全体的視野に立つ場合とらるべき財政金融面の施策につき、以下基本的な考えを申し述べてみたいと存じます。

 まず、為替貿易の自由化方策でありますが、その前提は、何といっても、わが国産業の国際競争力を培養強化し、正常な輸出を伸ばして国際収支の実質的改善をはかることであります。この意味におきまして、根本的な点といたしまして、重要基礎産業及び輸出産業の合理化、コストの引き下げをはかるほか、商社を育成強化し、輸出入銀行の資金の確保をはかり、また税制の面におきましても輸出免税措置を拡大する等、総合的諸施策により極力輸出の振興を行う考えであります。

 このような輸出振興のための諸施策に相応じ、補償リンク制度の廃止、特別外貨割当の削減、バーター取引等の特殊貿易の縮小等、為替及び貿易の正常化に努めるとともに、為替貿易の現行諸制度に関しましても、自由化の線に沿うて検討を加える所存であります。すなわち、現行レートを堅持することはもちろんでありますが、さしあたり現在の複雑な為替相場の建て方を簡素化して弾力性を持たせ、保有外貨の管理運用制度の円滑化をはかるとともに、今後重要輸入物資別に、これに対する外貨予算の運用の長期化、弾力化を検討いたしたいと考えております。

 以上のような為替貿易の自由化方策を実現して参りますためには、これを可能ならしむるがごとき強力な国内的裏づけを必要といたすのでありまして、その最も重要なるものといたしまして物価の動向を考えねばなりません。幸いに物価は昨年中下落の傾向に転じたのでありまするが、この傾向をさらに持続せしむることが肝要と存ずるのであります。これがためには、通貨価値の安定を維持するとともに、その基盤の上に経済の合理化、健全化を進めなければなりません。特に財政におきましては、健全性を堅持するとともに、物価下落を盛り込んでこれを編成すべきであると信じます。

 この意味におきまして、まず国の昭和三十年度予算におきましては、一般会計の総ワクは一兆円以内にとどめることといたしまして、その範囲内において重点的に政府の重要施策を推進いたす考えであります。財政投融資につきましても、その総ワクはほぼ前年度程度といたしまして、その運用に当り、生産、輸送、民生等各面にわたって、総合性を保持しつつ、その効果を十分発揮し得るよう重点化を図る方針であります。さらに、財源の調達に当りましては、租税その他通常の収入によってまかなうことといたしましたして、新たな公債発行はこれを行わない考えであります。

 また、地方財政につきましても、特に年々規模が膨張し、また赤字が累積しておる現状にかんがみまして、その規模の抑制をはかるとともに、極力健全化を推進することが緊急と存じます。このため、まず地方団体の自主的努力による経費の節減及び収入の確保を期することが肝要でありますが、同時に、地方行政機構及び事務の抜本的簡素合理化をはかり、国の補助金等の整理、効率化をはかりまして、地方負担を軽減するとともに、地方道路税の創設等によりまして地方の自主財源を充実いたしたい考えでおります。なお、すでに生じました地方団体の赤字につきましては、その再建整備の促進のため適切な法的措置を講じたい考えでおります。

 次に、金融面におきましても、健全金融の方針を堅持いたしまして、財政金融一体となり、経済の健全化の基礎を造成すべきでありまして、政策の基調はいささかのやすきをも許すべきものではないと思うのであります。ただ一口に財政金融一体とは申しますが、私は、金融はその本来の機能に従い、経済の実情に応じて、ある程度の弾力性をもって運営されることが望ましいと思うのでありまして、財政が健全に運営されることと相待ちまして、今後できるだけ金融の正常な機能発揮をはかるようにいたしたいと思います。

 このような意味での金融正常化の方向においてまず取り上げねばならぬ問題は、預貯金の増強と企業資本の充実とによる民間資本の蓄積の推進ということであります。金融機関の日本銀行からの借り入れ依存の傾向は逐次是正せられて参りましたが、まだ十分とは言いがたいのであります。企業の金融機関に対する依存の弊風もなお改善せられておるとは言えません。国民経済の拡大発展を期するためには、このような状態をすみやかに脱却いたしまして、正常にして安定した経済基盤を確立することが何よりもまずその大前提とならなければならぬと信ずるのであります。このような民間資本蓄積の充実に伴い、金融正常化の一環といたしまして、国際金利水準に比しなお高位にあるわが国の金利水準の低下をはかり、コストの引き下げに寄与することを政策の目標としつつ、戦後の特殊事情によりまして不均衡を免れなかった現行金利体系の整備をはかって参りたいと存じます。このことはまた、日本銀行を中心とする金融の調節方式の問題と相関連するものでありまして、従来の日本銀行の金利政策はもっぱら高率適用制度を中心といたしまして運営されて参りましたのを改め、今後は中央銀行本来の正常な金利政策をとるようにいたすとともに、公開市場操作その他の金融調節の方式をも取り上げるように進めて参りますとともに、また日本銀行法その他の金融に関する諸制度の整備ということも慎重に検討いたしたいと存じます。なお、以上のごとき施策と相待ちまして、金融機関の資金運用につきましては、これが長期的な経済計画の線に沿って適切かつ効率的に行われるように、さらに一そうの配意を加えて参るようにいたしたいと存じます。

 以上、金融の正常化ということにつきまして申し述べましたが、当面この方向に向かってまず力をいたさねばならぬことは、何をおいても預貯金その他の資本蓄積のより一そうの増強をはかるということであります。資本蓄積の促進は戦後一貫して取り上げられて参りました政策でありますが、私といたしましては、現在までの施策をもってしてもなお十分ではないと考えるのでありまして、民力を涵養し国民貯蓄を助長するためには、そのような環境を作り出すための思い切った措置を講じて参りたいと思うのであります。特に資金吸収の面におきましては、通貨価値を安定し、通貨に対する信用を高めることをすべての施策の根底といたしますとともに、たとえば臨時に預貯金利子に対する課税を全廃する等、国民の貯蓄意欲を大いに高揚いたしまして、これを一大国民運動にまで盛り上げるようにいたしたいと存ずるのであります。

 以上、為替及び貿易の自由化、財政の健全化、金融の正常化を今後の施策の基本方針とすることについて申し述べたのでありまするが、この方策の推進は相当きびしいものでありまして、安易な考え方は絶対に許されないのであります。しかしながら、その推進の課程におきまして生じまする経過的、摩擦的現象はこれを緩和いたしまして、民生の安定をはかり、国民が明日への力をたくわえつつ、当面の困難を克服し得るよう、適当の配意を加えて参ることは当然と言えましょう。

 従いまして、昭和三十年度の予算の編成に際しましては、一般の補助金、物件費、施設費等の経費につきまして根本的な再検討を加えまして、徹底的にその重点化、効率化をはかり、極力これを節減いたすことにいたしまして、民生の安定等に欠くべからざる部面については特に計画的、重点的に考慮いたして参りたいと存じておりまするが、その主なるものは次の諸点であります。

 その第一は、住宅政策の拡充であります。今日、わが国民生活は、衣食の面におきましてはほぼ戦前の水準程度まで回復いたしましたが、ひとり住宅につきましては、なお著しい不足を見ておる現状であります。従いまして、この際、民生の安定の見地から、政府は住宅対策の飛躍的拡充をはかる所存であります。すなわち、本年四月における住宅不足は二百八十四万戸に上ると見られております。これに年々の新規需要は二十五万戸程度と見られるのでありまするが、これらの不足を今後十年間に解消することを目標といたしまして住宅建設の長期計画を樹立いたしますとともに、この計画に基きまして、少なくとも昭和三十年度におきまして四十二万戸程度の住宅建設を実現いたしたいと考えております。このため、まず財政的措置といたしましては、公営住宅の予算を増額するほか、住宅金融公庫の資金を充実いたし、厚生年金資金の勤労者厚生住宅への還元融資を確保する等の措置を講ずることといたしたいと考えております。しこうして、集団庶民の住宅の建設、不燃化の促進、宅地対策の拡充に特に重点を置きまするとともに、公費によります住宅の建設及び運営の方式の合理化をはかる考えであります。さらに、従来民間の自力によりまする住宅建設が建設総戸数の半ば以上を占めておりまする実情にかんがみまして、民間の住宅建設の意欲を大いに促進するために、税制上の特別償却制度の拡張等を行う所存であります。他面、不要不急の建物の新築は、当分の間これを抑制する措置を講じたいと考えております。

 その第二は、社会保障の強化であります。長期的には、総合的な経済計画のもとに完全雇用を実現することを目標といたしておりまするが、さしあたり、来年度におきましては、失業者につき生産に寄与し得るよう極力これが吸収をはかるとともに、生活困窮者の救済に遺憾なきを期するため、失業対策費その他の社会保障関係費を充実するとともに、緊急就労対策事業を拡充し、公共事業等についてもできるだけ失業者の就労促進をはかるよう、その施行地域、工事種目等に適切な配慮を加え、これを実施して参る所存であります。

 その第三は、中小企業対策の充実であります。経済健全化政策の円滑な推進をはかるため、中小企業対策を重点的に充実することといたし、これがため、中小企業を組織化、系列化して企業の合理化をはかるほか、金融面におきましては、国民金融公庫、中小企業金融公庫等に対する資金を確保するとともに、中小企業の租税及び金利負担の軽減について所要の措置を講じたいと思います。

 第四は、税制の改正であります。現行の租税制度は、わが国の社会、経済の実情に即しないという批判もありますので、政府といたしましては、根本的に再検討を行いたいと考えておりますが、さしあたり来年度におきましては、民生の安定に資するとともに資本の蓄積を推進するため所要の改正を行いたい所存であります。すなわち、勤労者、中小企業者、農民等の低額所得者の負担軽減を中心とする所得税、法人税、事業税の軽減を行うことといたし、また、臨時に預貯金利子に対する課税の免除、配当所得に対する源泉課税の軽減を考慮いたしております。これらの措置に伴って生じたる財源の不足は、消費税その他間接税の増収等をもって補填する方針であります。これらの直接税の減税額は、平年度において五百億円程度に達する見込みであります。

 なお、防衛問題につきましては、わが国の国力に相応した自主的な防衛態勢を整えることを目標といたしまして、財政経済の規模を勘案しつつ、自衛隊を漸次充実することを基本方針といたし、昭和三十年度における自衛隊の充実につきましては、防衛費の総額を前年度のワク内にとどめることにいたし、防衛分担金の減額を求めることにいたしたいと考えております。

 以上、政府が実施いたしたいと思う財政金融政策の概要を申し述べました。

 正常な輸出や生産の増加によりまして国際収支の継続的な均衡と経済の拡大発展を確保し、年々増大する人口に雇用の機会を与え、生活水準の向上をはかりますことが、一挙に実現し得るとは考えられません。今日の経済健全化は、そのような目標実現の地固めを行う第一段階であります。しかも、この施策は、その実現の課程においてなお容易ならぬ困難を持つものであります。同時に、健全化に伴う犠牲ないし摩擦は極力これを調整いたしまして、将来の希望に向かって邁進しなければならないのであります。

 私は、以上に述べました政府の施策が広く輿論の支持を受けることを確信いたすものでありますが、あらためて国民各位の協力を期待し、ここに決意を新たにいたしまして、わが国経済の自立発展のために最善の努力を誓うものであります。