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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第53代第2次鳩山(昭和30.3.19〜30.11.22)
[国会回次] 第22回(特別会)
[演説者] 一萬田尚登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1955/4/25
[参議院演説年月日] 1955/4/25
[全文]

 私は、前国会において、我が民主党内閣が実行すべき財政金融政策の基本方針を明らかにいたしました。ここに提出いたします昭和三十年度予算は、この基本方針に即して編成したものでありまして、その大綱を説明いたしますとともに、この際、私は、わが国経済の実情を顧みまして、今後政府のとらんといたします施策について所信を申し述べたいと存じます。

 昭和二十九年度の国際収支じりは、三億四千四百万ドルの黒字となりました。これは主として昨年来の財政金融健全化政策の効果の現われでありますことは申すまでもありません。しかしながら、昨年度の輸出増加は、海外諸国の好況や輸入制限の緩和等外的要因に基くものが多く、また特殊の輸出助長措置に基づくものが少くなかったという面も看過できないのであります。また、固定的な債権が累積し、短期の流動債務が増加したという実質も考えねばなりませんし、また今後特需収入の減少傾向も覚悟しなければなりませんので、国際収支の前途は決して気を許すわけに参らないのが実情であります。

 最近、海外におきましては、欧米諸国の好景気も、その行き過ぎ、インフレへの進行を警戒する空気となっております。英米その他の国において中央銀行の公定歩合引き上げが行われ、また特に国際収支の困難を感ずる国におきましては輸入制限の強化等の措置もとられるに至っておるのでありまして、今後海外の需要面は決して楽観を許さないのであります。他面、西欧主要国は、貿易の自由化、通貨の交換性回復を目標といたしまして一歩々々着実な努力を重ねており、その進展に伴い各国間の輸出競争は当然激しくなってくるものと予想すべきであります。

 従って、わが国といたしましては、なお経済を合理化し、生産コストの低下をはかり、物価をできるだけ引き下げて、輸出産業の対外競争力を強化することが依然肝要であると申さねばなりません。

 なお、貿易為替自由化の趨勢に沿った体制を整えていきまするため、政府は、外貨予算の編成に当り、通貨別区分を設けない予算のワクを拡大し、自動承認制の金額を増加する等の措置を講じました。また、為替相場の建て方の簡素化、また外貨預金制度の改正等を逐次実行に移して参ったのであります。

 翻って国内経済の動向を見まするのに、昨年度の一兆円予算と、これに関連する金融引き締め政策によりまして、経済は漸次健全化の方向に進んで参りました。金融面におきましては、全国銀行の預金の増加額は昨年度中ほぼ四千億円に近く、貸し出し増加額は二千三百億円にとどまり、これらの結果といたしまして、日本銀行貸出金は年度間一千六百五十億円を減少いたしました。しかしながら、このことは、国際収支の巨額の受け超その他の理由で国庫の異常な散超があったことに基因する面も少くないのでありまして、経済健全化の地ならしができて正常な預貯金の増加と企業経営が健全化されたことに基くとは言い切れないのであります。

 さらに、企業経営の面においても、引き締め政策が企業の不自然な収益率を是正せしめ、また新規借り入れを困難にしたことは事実でありますが、その反面、従来のインフレ下におけるがごとき安易な態度を捨てて、経営を合理化するとともに、自己資本の充実に努め、極端な借入金依存をみずから是正していこうという堅実な傾向が見えております。しかしながら、この努力もいまだ十分とは申しがたいのでありまして、あるいは資本蓄積を怠り、あるいは合理化投資が過剰投資となって、真に合理化の効果を発揮し得なかったというような事例をなくしていくためには、なお新たなる決意と工夫とを要するのであります。

 さらに、物価の動きを見まするに、財政金融面の施策と相まって、昨年度間を平均して、卸売物価は二十八年度に比して約三%の低下を見たのでありますが、国際物価水準に比してはなお割高な面があり、消費者物価に至っては、昨年八月以来わずかに下落を示してはおりますが、年度間を平均いたしますれば、まだ二十八年度より若干高いところにとどまっているのであります。

 このように見て参りますと、従来の財政金融健全化の基調はなおこれを継続すべきものと信ずるのであります。ことに、今後の経済の拡大発展を図るためには、国民の勤倹による貯蓄の増強と企業の健全経営によって資本の蓄積を強化することを第一義としなければならないのであります。すなわち、消費を節約して貯蓄を増大し、経営を健全にして資本の充実をはかり、これらによって重要な方面に対する資金の供給を確保し、産業活動を盛んならしめ、もって雇用の増大をはかる方向に進むべきものであると存ずるのであります。従って、政府といたしましては、法人税の軽減等により企業資本の充実をはかるとともに、さらにこの際預貯金利子に対する一切の課税を停止し、貯蓄の飛躍的増強を意図いたしておるのであります。

 金融機関としても、かかる政策に即応して、その公共的性格をその経営態度に反映するよう常に十分なる自覚を有していかなければならないと思うのでありまして、みずからの経営の健全化、合理化をはかるのみならず、進んで貸出金利の引き下げをはかって企業コスト低下に協力するとともに、資金供給については、わが国経済の自立発展に真に寄与する資金を確保することになお一そうの努力を傾けられたいのであります。政府といたしましても、これが所期の効果をおさめ得るよう期待いたしておるのでありまするが、事態の推移に応じさらに所要の措置を考慮いたしたいと存じております。

 今回提出いたしました昭和三十年度予算は、総合経済六カ年計画の構想に沿い、前に述べましたような見地から、まず現在の経済健全化の基調を堅持し、将来における経済の自立発展についてその地固めを行うことを眼目といたしましたが、その間、民生の安定はもちろん、失業等の摩擦的現象に対する措置につきましても十分に配意した次第であります。すなわち、本予算におきましては、第一に、財政収支の均衡を確保し、一般会計予算の総ワクを一兆円以内にとどめることといたしました。第二に、国民の粗税負担の現状にかんがみ、特に低所得者層の負担軽減を主とする減税を実施することにいたしました。第三に、限られたる財源の範囲内において、各種の重点施策の遂行に必要な経費を確保する一方、補助金の整理、物件費の節減等、経費の節約、効率化に一そう配意を加えることにいたしました。

 以上の方針により編成せられました昭和三十年度の一般会計予算は、前年度とほぼ同規模の九千九百九十六億円と相なります。

 次に、予算の内容につきまして、その概要を説明いたします。

 まず歳入面でありまするが、政府は、国民生活の安定を図り、資本の蓄積を促進するため、平年度約五百億円に達する減税を実行することといたしました。

 すなわち、本年度におきましては、所得税の基礎控除額及び給与所得控除の限度額の引き上げ、専従者控除の限度額の引き上げ、税率の引き下げ等によりまして、勤労者、中小企業者及び農民等の低額所得者を中心とする所得税の軽減をはかることにいたしており、{前1字ママ}ます。この結果、たとえば勤労者につきましては、夫婦及び子供三人の場合、給与の平均月額一万九千円程度までは所得税を負担しないですむこととなるのであります。また、別途、個人の事業税につきましても、基礎控除額の引き上げにより、特に中小事業者の税負担の軽減をはかることといたしております。

 資本蓄積の促進の面におきましては、臨時に預貯金利子に対する課税を免除し、配当所得に対する源泉課税の軽減を行うとともに、生命保険料控除の限度額を引き上げることといたしました。さらに、法人税につきましては、昭和二十七年以来百分の四十二に引き上げられました税率を百分の四十に引き下げることといたしております。

 このほか、輸出振興をはかるため輸出所得控除の限度額を引き上げるとともに、住宅建設の促進のため新築貸家に対する特別償却額の引き上げ等、税制上の優遇措置を講ずることにいたしておるのであります。

 これらの措置によりまして、平年度において五百十四億円、本年度におきましては三百二十七億円に達する減税が実現されることとなるのであります。

 歳出につき政府が重点を置きましたのは、まず住宅対策費であります。すなわち、政府は、財政資金により約十七万五千戸を建設することを目途といたしまして、一般会計に二百十八億円を計上いたしましたほか、資金運用部資金等の財政投融資を含め、昨年度に比しまして百四十億円を増額いたしまして、四百二十四億円の資金を振り向けることといたしました。これによりまして、公営住宅のほか、住宅金融公庫及び勤労者厚生住宅の資金の充実をはかるとともに、新たに日本住宅公団を設立し、不燃性集団庶民住宅の建設を促進することといたしたのであります。なお、これと平行し、民間における住宅建設の意欲を促進いたすため、さきに金融機関の融資準則について住宅の順位の引き上げを行いましたが、このほか、すでに申した税制上の優遇措置、住宅融資保険制度等各種の施策を講ずることといたしております。これらの措置によりまして、本年度約四十二万戸の住宅建設を実現できるものと信ずる次第であります。

 次に、社会保障関係費であります。この経費は、今年度におきましては昨年度に比し五十二億円を増加いたしまして一千六億円を計上し、生活困窮者の救済等に遺憾なきを期しまするとともに、他面、社会保険の充実をはかっておるのであります。特に失業対策費につきましては、昨年度に比し四十六億円増額いたしまして二百八十九億円計上いたしましたが、このほか、公共事業、特に道路整備事業及び鉱害復旧事業等におきまして、機動的運営をはかり、失業者の吸収に遺憾なきを期する所存であります。

 貿易の振興対策費につきましては、海外広報宣伝、国際見本市の開催参加、重機械相談室の充実等、海外市場の維持拡大に関する措置を一層強化することといたしました。なお、さきに申し述べました通り、輸出免税の拡大等、税制上の配慮を加えるとともに、輸出入銀行に対する財政資金の融資を大幅に増額いたしたのであります。

 次に、防衛関係費について申し上げます。わが国の自主的な防衛体制を整えるため、国力に応じて漸次自衛隊の充実をはかって参りますことは政府の基本方針でありまして、本年度は陸上自衛隊二万人の増員を中心といたしまして自衛隊を強化することとし、防衛庁経費を、昨年度に対し百二十五億円増額いたし、八百六十八億円を計上いたしました。また施設提供等の経費についても、昨年度に対し二十七億円増額をし、七十九億円を計上いたしました。しかしながら、国民経済の現状を考えまするとき、防衛関係費総額としてこれを増額いたしますことは困難でありますので、その増加額の全額を防衛分担金の減額によることといたし、米国政府と交渉の上、防衛分担金は昨年度より百五十二億円を減じ三百八十億円といたしました。従って、防衛関係経費の総額は昨年度の一千三百二十七億円のワク内にとどまったのであります。

 地方財政につきましては、赤字累積の現状にかんがみまして、その刷新改善は各方面から強く要請されているところでありますが、これには、まず地方団体の自主的努力によって徹底的に経費を節減するとともに、収入の確保をはかることが根本であると考えるのであります。近時、地方公共団体の側においても、財政健全化について真摯な努力を傾けられる向きもあり、政府といたしましても、積極的にこれを援助するため、各般の措置を講ずることといたしました。すなわち、補助金等の整理合理化を促進し、補助率を改訂する等、地方負担の軽減をはかったのでありますが、他面、地方交付税交付金につきましては、定率の増加に伴い、昨年度に比し、百三十二億円を増額して千三百八十八億円を計上いたしたのであります。このほか、地方財源の充実をはかるため、専売公社の収益のうちから三十億円を交付いたしますとともに、特に本年度に限りまして、入場税の一割相当額を一般会計に帰属させることを取りやめまして、入場税の全額を他方に譲与する等の措置を講じたのであります。さらに、地方道路税を創設いたしまして、道路整備五カ年計画の実施等に伴う地方道路の財源を確保することといたしております。また、地方財政の再建のため自主的努力を進められている地方公共団体に対しましては、再建整備のため特別の地方債の発行を認め、その政府の引き受けあるいは民間引き受け分に対する利子の補給を行う等の施策を実行する考えであります。

 次に、財政投融資につきましては、一般会計、資金運用部資金等新居おいてほぼ前年度程度の財源を調達いたしますとともに、新たに砂糖等輸入特殊物資の超過利潤の吸収によりまして七十億円、さらに、目下米国政府と交渉中の余剰農産物買い入れのため見返り資金二百十四億円の借り入れをも見込みまして、総額三千二百七十七億円といたし、昨年度に比しまして四百二十七億円の増額を予定いたしたのであります。

 しこうして、その配分につきましては、民生の安定、輸出の振興及び経済基盤の育成に特に重点を置くよう配意いたしております。

 すなわち、住宅対策のための資金を充実いたしましたことは、すでに述べたとおりであります。

 中小企業対策といたしましては、国民金融公庫及び中小企業金融公庫に対する投融資総額二百十五億円を予定いたしました。両公庫の本年度の資金化し出し資金に対しまして八十七億円の増加となっているのであります。また、商工中央金庫に対しましても、金融債の引き受けのほか、新たに十億円の出資を行うことといたしております。

 輸出の振興のためには、輸出入銀行に対する投融資といたしまして、昨年度の五十億円に対し百七十億円を増額し、二百二十億円を予定いたしております。

 開発銀行につきましては、自己資金を合せ昨年度とほぼ同額の五百九十五億円の資金を予定いたしておりますが、その運用に当りましては、特に石炭、鉄、肥料等の重要基礎産業の合理化に重点を置く考えであります。

 電源開発会社におきましては、本年度は事業の量が相当増加する時期に当りますので、財政資金の供給は昨年度の二百四十五億円に対しまして約三百億円を見込んでいるのであります。

 財政による投融資につきましては、従来とかく資金の獲得、金利負担の軽減等の立場から、安易にこれに依存しようとの態度が見られないとは言えないのであります。窮屈な資金事情から特に重点的に配分すべきものであることに思いをいたし、真に合理化の精神に徹し、いやしくも救済融資となり過剰投資となることなく、わが国産業全体のコスト引き下げ、国際競争力の増大に資する基礎をつちかうべきものと考えております。

 以上、わが国経済の現状とこれに対処いたすべき施策について申し述べたのでありまするが、これに対し、今日巷間には、その基調を緩和し、何らかの景気対策を要望する声がないとは申せないのであります。しかしながら、内外の経済情勢にかんがみるとき、わが国経済の拡大発展は、経済健全化を貴重とした資本蓄積を基礎として初めて達成されるのであって、インフレ的景気政策はこの際とるべきものではないと思うのであります。このことがあえて安易を避けて困難な道を選ぶゆえんであります。国民各位もこれを了とせられまして、経済繁栄の基礎確立のため衷心より協力を寄せられんことを期待いたしたいのであります。