データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第55代石橋(昭和31.12.23〜32.2.25)
[国会回次] 第26回(常会)
[演説者] 池田勇人大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1957/2/4
[参議院演説年月日] 1957/2/4
[全文]

 ここに、昭和三十二年度予算を提出するに当り、わが国財政経済についての所信を申し述べるとともに、予算の大要を御説明いたします。

 私は、まず、日本経済がめざましい発展を遂げ、今日の繁栄を見るに至ったことを、国民各位とともに喜びたいと存じます。すなわち、鉱工業生産は昭和二十八年を基準として三七%増大いたしました。これは、西ドイツの三八%に匹敵し、アメリカの七%、イギリスの一三%をしのぐものであります。また、輸出は昭和二十八年度当時と比べまして二倍に増大し、国際収支もこの三カ年黒字を続けて参ったのであります。

 このような生産及び輸出の拡大とともに活発な投資活動が行なわれました結果、わが国産業の基礎は著しく充実し、同時に、経済の各分野に好況が行き渡ることになったのであります。中小企業の経営状況も改善されましたし、雇用情勢も好転して参ったのであります。しかも、この間、物価は安定した推移をたどり、卸売物価はわずかに上昇いたしましたが、国民生活に密接な関係を持つ消費者物価はほとんど横ばいという好ましい状況で推移して参りました。

 このように、安定した経済基調の上に経済の拡大発展が実現しつつあることは、戦後の復興期には見られなかった現象であります。日本経済の実力が一段と大きくなったことを示すものといえましょう。これは、国民各位のたゆまざる努力のたまものであることはもとより、過去三カ年にわたる健全化政策と世界経済の空前の繁栄とにささえられたものであります。

 ところで、このような著しい経済の拡大に対し、昨年半ばごろより、基礎部門である電力、輸送力等に不足が生じ、いわゆる隘路問題が表面化して参りました。また、今日国民生活の面におきましては、衣食はすでに戦前水準に回復いたしましたが、ひとり住宅は著しく立ちおくれておるのであります。さらにまた、一般的好況にも関わらず、日の当らぬ場所に生活する人々はなお少くないのであります。このような産業活動及び国民生活の面における不均衡を是正しながら、全体として経済力を強化、拡大し、社会保障の充実をはかっていくことが、今後における施策の眼目であると存じます。

 翻って世界経済の動向を見まするに、両三年来、欧米諸国はわが国に先んじて未曾有といわれる繁栄を経験し、経済活動の活況と世界貿易の拡大をもたらしました。しかも、この好況は、朝鮮動乱当時のそれと異なり、平和的な需要に基く繁栄であったのであります。

 最近におきまする中近東及び東欧の紛争以後も、世界景気の原動力であるアメリカにおきましては、好景気が持続するものと見られており、また、西欧諸国におきましても、経済上の困難を克服しつつ景気の維持に努めておりますことを考えますれば、多少の波動はあるにいたしましても、世界の景況は今後もなお高水準を続けるものと見て差しつかえないと存じます。

 しかし、わが国に先んじて合理化、近代化により生産力を充実してきた欧米各国の実情にかんがみれば、国際市場における輸出競争は一段と厳しくなることは疑いのないところであります。また、欧州共同市場などのようにブロック経済化の動きも見られるのであります。私は、このような世界経済の趨勢にかんがみまして、わが国の輸出力をますます強化する必要を痛感する次第でございます。

 このような内外の経済情勢を前提といたしまして、この際とるべき財政政策の基本的方向について申し述べたいと存じます。

 今日、わが国の経済水準は、かつて例を見なかったほど高いのであります。しかしながら、国民の生活内容を、今日よりは明日、今年よりは来年と、着実に向上させて参りますためにも、また、年々増加する労働人口に就職の機会を与え、完全雇用の目標に近づくためにも、なお一段と経済規模の拡大をはからなければならないのであります。

 私は、経済の発展を推進するものは、国民の創意工夫と、企業の自主的努力を基本とする民間経済のはつらつたる活動にあると信じます。この意味におきまして、戦後なお著しく過重かつ不公平である租税負担の軽減合理化をはかり、国民の勤労意欲を高め、民間資本の蓄積を進め、国民生活と経済活動に明るい希望を持たせることが必要であると存じます。

 幸いにいたしまして、わが国経済の発展は、昭和三十二年度において二千億円に近い租税の増加収入を確実に見込み得るに至りました。私は、この際提案せんとする一千億円を上回る所得税の減税が、経済の発展に大いに寄与することを信じて疑わないのであります。

 また、私は、経済の発展は均衡のとれた姿で進められることが必要であると存じます。先ほど申し述べました日本経済の内部に見られる各種の不均衡は、民間経済の活動のみによっては是正しがたいものであります。ここに、財政は積極的にその機能を発揮し、産業基盤強化のための基礎部門への投資、住宅対策の強化拡充、中小企業対策の強化、社会保障の充実等に力をいたさなければならぬと存ずるのであります。このように、財政が財政としての役割を積極的に遂行することが積極財政の真意でありまして、決して放漫なる支出や安易な助成策を意味するものではございません。

 次に、経済の発展は安定した基調で進めらるべきものと存じます。私は、経済の現状がインフレ的であり、あるいはインフレに陥るおそれがあるとは考えません。しかし、今後も安定した基調のもとに経済の拡大を続けるためには、あくまでも財政の健全性を貫くべきであると存じます。この意味におきまして、昭和三十二年度予算においては、一般会計の歳出は確実なる通常歳入の範囲にとどめて厳に収支の均衡を確保し、また、財政投融資も原資の増加に見合ってこれを増加いたしております。いずれも昭和三十一年度に比べましてその規模を増加いたしておりまするが、健全性の原則は断じて貫徹しておるのでございます。

 以上、私は財政政策の基本的な考え方について申し述べました。これと並んで、今後の金融政策の基本について申し述べます。

 財政が健全であると同様、金融もまた健全でなければなりません。健全な金融とは、通貨価値の安定を第一義とするとともに、経済発展のために必要な資金を円滑に供給する役割をになうものであります。これがためには、財政が収支均衡であるがごとく、民間経済においても蓄積を越えて資金の供給が行われてはならないのであります。今日、民間の資金需要はきわめて旺盛でありまするが、安易に蓄積の範囲を越えることは厳に戒めねばなりません。この際といたしましては、資本の蓄積に努力するとともに、普及の投融資はこれを抑制し、経済発展のために真に緊急な資金を確保することが、金融機関においても、また企業においても、とるべき態度であると存じます。

 もとより、金融の繁閑、財政収支の状況等により、一時的に日本銀行の信用供与に増減がありましても、特に懸念するに及ばないと存じます。金融政策は、政府と日本銀行が緊密に連絡しつつ、常に経済の実情に即して、健全な基調のもとに弾力的に運用さるべきものであります。

 ここ両三年来の健全化政策によって、経済は安定し、通貨価値に対する国民の信頼が高まって、金融機関の預貯金は順調に増大し、金利水準は低下し、金融の正常化は大いに進みました。今後も、健全な財政と相待って、金融もまた正常な基調を維持すべきものと存じます。健全な金融政策を実施して参りますためには、国民貯蓄の増加が何よりも肝要でございます。この貯蓄があって初めて経済が健全に発展し得るのであります。国民各位が、減税等によって増加いたしました所得を、できるだけ貯蓄に向けられんことを望んでやみません。金融機関においても、その経営の健全合理化をはかって、預金者の信頼にこたえる体制を一そう整備するとともに、経済の均衡ある拡大のために必要とされる資金を円滑に供給し得るよう、積極的努力されんことを期待するものでございます。

 なお、政府は、将来における日本銀行の通貨調整機能を充実、強化する方針のもとに、支払準備制度を創設し、公定歩合政策、公開市場政策と相待って、弾力的な金融調整を行い得る体制を準備する所存でございます。

 次に、為替及び貿易面の施策について申し述べます。わが国経済の発展を安定した基調の上に進めて参りますためには、国際収支の均衡を確保することが重要であります。今日、輸入増大の傾向が見られ、また、経済の拡大とともに、その傾向は今後も続くものと予想されるのでありますが、この輸入増大がやがて輸出の増加となるものである限り、何らこれを憂うるには及ばないのであります。従いまして、このような輸入が単に国内において費消されるにとどまり、輸出の増加を伴わず、持続的に国際収支の均衡を失することとならないよう努めなければなりません。

 これがため、健全な財政金融政策と相待って、輸出増進のために今後一そうの努力をいたすことが必要であると存じます。しかも、今後の世界経済の推移を見ますときは、国際的な輸出競争はなお一そう激しくなるものと予想されます。産業の合理化、新産業の育成等により、国際競争力を培養強化しつつ、海外市場の開拓、拡充をはかることは、今後の急務と申すべきであります。なお、海外投資及び国際経済協力につきましては、積極的にこれを促進すべきでありますが、このためには、特に民間企業の創意と努力に期待するものでございます。

 以上、今後の財政経済運営の基本方針につき、政府の考え方を明らかにいたしました。

 昭和三十二年度予算は、この趣旨にのっとり、通貨価値の安定を主眼として、健全財政の方針を堅持いたしましたが、同時に、過去三カ年間にわたる一兆円予算のワクにとらわれることなく、積極的に経済拡大のための重点施策を推進するよう努力いたしたのでございます。

 一般会計予算の総ワクは、一兆一千三百七十四億円でありまして、三十一年度当初予算に比し、一千二十五億円の増加となっております。財政投融資は三千二百四十六億円と、六百七十三億円の増加でありますが、経済規模の拡大等を勘案いたしますれば、この程度の規模は適当であると存じます。

 次に、政府が特に重点を置きました重要施策につき、その概要を申し述べます。

 まず第一は、税制を改正し、大幅な減税を行うことといたしたのであります。すなわち、所得税について、初年度一千九十億円、平年度一千二百五十億円の減税を実施することを中心として、法人税、住民税、事業税等にわたって租税負担の軽減をはかることといたしたのであります。特に所得税の減税につきましては、低額所得者の負担の軽減に留意しながら、税率の累進度の緩和に重点を置いて、大幅な減税を行うことといたしました。これにより、夫婦子供三人の給与所得者に例をとりますと、所得税は、平年度におきまして、年収三十万円で六割五分、五十万円で五割程度、税負担が軽減されることになるのであります。事業所得者についても、ほぼこれと同程度の軽減を行うことといたしておりますほか、特に中小企業者の税負担の軽減合理化に資するため、中小法人の法人税の軽減を行い、地方税におきましても、個人及び法人を通じて事業税の軽減をはかる等、格別の考慮を払うことといたしております。

 このような減税を行う反面、今日の経済情勢に即応し、かつ負担の公平をはかるため、現在設けられている租税上の各種減免措置の整理合理化を行うなど、所要の改正を行うことといたしております。これによる増収額は、揮発油税の増徴分を除き、初年度約二百五十億円余に達する見込みでございます。

 第二は、わが国産業発展の基礎をつちかうことに重点を置き、特に、最近の経済各部門の間の不均衡をできるだけ是正いたすことに努めたのでございます。すなわち、電力につきましては、最近の急激な需用増加にかんがみ、電力五カ年計画の改訂に即応して、開発銀行、電源開発株式会社の電力資金を相当増額することといたしております。また、輸送力に関しましては、道路、港湾、国鉄の建設事業を飛躍的に増強することといたしたのであります。道路について申し上げますれば、一般会計の予算額約三百五十億円から約五百五十億円に増額して一・六倍の建設工事を予定し、これれにより幹線道路等の改良舗装を一段と推進いたしますほか、道路公団においては、その工事規模を倍以上に増加して、関門トンネルを昭和三十二年度のうちに完成し、新たに名古屋─神戸間の高速道路に着工することといたしました。港湾についても、予算額を五割増加して工事を進め、また、国鉄の建設工事について見ますと、その規模を五百八十四億円から一千六十九億円と、ほぼ倍額に増加して、電化の促進、線路の増強並びに通勤対策の強化、車両の拡充を実施することといたしております。なお、これに関連して、国鉄運賃、揮発油税率の引き上げを予定いたしております。

 次に、貿易の振興、海外投資、技術協力の積極化につきましては、輸出入銀行の資金を増額し、その業務の拡充をはかるほか、経済外交の強化、海外宣伝調査費の増加、輸出保険制度の改善を行うことといたしております。

 中小企業対策としては、国民、中小両金融公庫の貸付予定額を、合計約二百七十五億円増額して一千百億円とし、商工組合中央金庫の貸付利率を現行の一割五厘から一割以内に引き下げ、さらに、中小企業信用保険特別会計より信用保証協会に融資を行うことにより保証業務の拡充をはかり、中小企業金融の一そうの改善に資することといたしました。

 また、農林漁業の経営の安定をはかるため、新農村建設事業を協力に推進し、農業協同組合の整備、農林漁業研究の充実、森林資源の維持、漁港修築工事の促進についても配意するとともに、農林漁業金融公庫の融資を拡張いたしました。これに加えて、寒冷地農業対策として、新たな施策を講ずることといたしております。

 さらに、国土の総合開発につきましては、特定多目的ダム建設工事特別会計及び特定土地改良工事特別会計を新たに設けまして、ダム建設事業及び食糧増産対策事業を経済的、効率的に実施して、工事のすみやかな完成を期する道を開くことといたしました。また、東北、北海道、離島等、後進地域の開発と産業地帯の立地条件の整備に努めることといたしております。

 第三は、国民生活をより健康で明るいものとするため、特に施策の充実強化をはかり、福祉国家の理想に向って大きく前進することといたしたのであります。

 まず、生活保護法による扶助基準額及び失業対策事業の賃金水準を引き上げたほか、母子加算制度の拡充、母子福祉貸付金の増額等、母子家庭に対する援助を手厚くするための措置をとったのであります。さらに、世帯更生貸付金を増額し、医療費貸付金制度を創設する等、恵まれない人々のための社会保障の充実に努めたのであります。さらに、医療施策の面におきましても、遠からず国民皆保険が達成されるよう国民健康保険の普及を推進し、結核対策としては、予防措置の全額公費負担を実現することにより、この早期撲滅を期することといたしたのであります。

 次に、住宅対策については、おおむね昭和三十六年度までに住宅不足を解消することを目途として、政府の施策による建設戸数を約二十万戸に増すことといたしました。これに民間建設による戸数を加えますれば、年間約五十万戸の建設を期待し得るものと存じます。また、上下水道その他環境衛生施設の整備につきましても、格別に配慮いたしております。

 文教の振興につきましては、小中学校の統合、二部教授の解消等を促進するための文教施設費を増額し、学校給食及び教科書の給付の対象を拡大するとともに、国立西洋美術館、国立競技場の新設等、文化、スポーツの振興についても、特に配意いたしました。

 なお、引揚者対策につきましては、在外財産問題審議会の答申もあり、引揚者の現況に即して、この際その対策を実施し、多年の懸案を解決する所存でございます。

 以上のほか、二、三の重要な点について申し添えたいと存じます。

 最近の技術の高度化に即応して、科学技術の振興につきましては特段の措置を講じ、科学技術振興費を百十六億円から百七十九億円に増額したのであります。特に、原子力の平和利用につきましては、動力資源対策としてきわめて重要でありますので、大幅に予算の増額をはかることといたしました。

 次に、自衛体制の整備につきましては、質的増強に重点を置いて自衛力の漸増に努めることといたしております。防衛庁費につきましては、従来の予算消化の実情を勘案し、予算計上額を極力圧縮し、防衛分担金の減額と相待って、防衛関係費としては、昭和三十一年度と同程度の規模にとどめたのでございます。

 なお、治安対策の強化につきましても、所要の予算を計上いたしております。

 公務員の給与につきましては、人事院勧告の趣旨に沿い、給与の改訂、合理化を行うこととし、これに伴い、義務教育費国庫負担金の増額等、必要な措置を講じております。

 なお、食糧管理特別会計の合理化については、特別調査会を政府に設置して、全面的に検討し、米価その他この会計の基本問題を処理することといたしております。

 次に、地方財政についてでありますが、ここ数年来の健全化の努力により、ようやくその再建も軌道に乗って参りました。幸い、経済の好調のため、昭和三十二年度においては、地方税収の相当な増加が見込まれますが、今回さらに地方交付税の税率を一%引き上げることにより、地方の行政内容を豊富ならしめ、住民福祉の増進をはかることといたしました。公営企業の拡充、新市町村建設助成の強化につき特別の配慮をいたしましたのも、同様の趣旨によるものでございます。

 終りに、昭和三十一年度補正予算につき一言申し上げます。

 この補正は、産業投資特別会計への繰り入れ及び地方交付税の増額を内容といたしております。産業投資特別会計への繰り入れは、三十一年度の大幅の自然増収を将来にわたって有効な用途に充てる趣旨で産業投資に向けることとして三百億円計上し、このうち百五十億円は昭和三十二年度財政投融資の原資として使用し、残りの百五十億円は昭和三十三年度以降において弾力的に運用しようとするものであります。

 以上、当面の経済情勢と、これに対処すべき財政金融政策の基本的な考え方を明らかにし、予算の大綱について御説明いたしました。

 ここに提案いたしました予算は、あくまでも健全性を貫いた予算であります。私は、この予算を中軸とする財政経済諸施策が、健全な基調のもとに経済の均衡ある発展を積極的に推進し、希望に満ちた明るいわが国の将来を約束するものであることを確信するものであります。国民各位も政府の意のあるところを了とせられ、一そうの御協力を賜わるよう切望いたす次第であります。