[内閣名] 第56代第1次岸(昭和32.2.25〜33.6.12)
[国会回次] 第27回(臨時会)
[演説者] 一萬田尚登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1957/11/1
[参議院演説年月日] 1957/11/1
[全文]
わが国当面の経済情勢並びにこれに対処すべき財政金融政策につきまして、所信を申し述べたいと思います。
申すまでもなく、国民経済の運営に大切なことは、安定と成長ということであります。国民生活の向上も、雇用の増大も、経済の成長なしには実現し得ないのであります。しかしながら、経済の安定が失われますと、この成長の基礎そのものがくずれてしまうのであります。政府といたしましては、従来とも、わが国経済安定の端的な表現としての国際収支の動向に常に留意して、この安定と成長との調和をはかりまして、経済の運営を進めて参ったのであります。
しかるところ、輸出の増大を中心といたしまして着実に発展して参りましたわが国の経済は、昨年度下期ごろより国内投資を中心とする膨張に転じ、これがため、本年に入ってからは輸入の急増を引き起こして、国際収支は急激に悪化の傾向を示すに至ったのであります。このような成長の行き過ぎを是正するために、政府といたしましては、五月以降、金融の引き締めを中心とする総合的な対策をとって参ったのでありますが、幸いにいたしまして、国民各位の御理解と御協力によりまして、現在までのところ、おおむねその所期の目的を達しつつあると考えられるのでありまして、年初来逆調を示しておりました国際収支も、九月以降、実質的に黒字に転ずるに至ったのであります。
しかしながら、このような国際収支の黒字が、単に過去における輸入の行き過ぎの反動としての一時的な減少にとどまるものであってはならないのであります。経済の実体そのものが、国際収支の均衡を回復し、さらに進んで過去の赤字を取り返し得るような実力を備えなければならないのであります。このような真の意味での国際収支の改善を実現し、経済の長期的発展の条件を整備することが肝要なのでありまして、問題はむしろ今後にあるというべきであります。
翻って最近の国際経済の動向を見ますと、ここ数年来続いて参りました世界的好況にも漸次頭打ちの様相が現われ、世界経済におけるドル資金の遍在、後進地域における購買力不足等と相待ちまして、わが国の貿易環境は必ずしも有利であるとは申せないのであります。このような情勢のもとにおきまして、いわゆる縮小均衡に陥らぬようにするためには、さらに一段とわが国輸出の伸張をはかることが必要であるのでありまして、それにはよほどの覚悟と努力がなければなりません。
すなわち、投資及び消費を通じ国内需要を抑制してこれを輸出に振り向ける態勢を整えることが、当面の経済政策の中心となるのでありまして、このような観点から、国民は消費を節約して貯蓄に励み、企業は投資を控えて経営の堅実化をはかり、財政もまた政府みずからの消費と投資とを控えるという態度が必要であると存じます。これがため、金融面におきましては、貯蓄の増強を推進しつつ従来の引き締め基調を堅持し続けるとともに、財政の面におきましては、特にそれが経済の基本的動向に対して大きな影響を持つことにかんがみ、ここ当分の間は、いやしくも景気に対する刺激的要因とならないよう、歳出の実質的増加を厳に抑制することを基本的な方針といたすべきものと考えます。このことは、さきに政府が昭和三十三年度予算に関する基本構想において明らかにいたしたところであります。
政府といたしましては、以上申し述べましたような基本的な考え方を持ちまして、今後の財政金融政策を進めて参る所存でありますが、今国会におきましては、輸出の振興と貯蓄の増大についてさしあたり必要とする措置につき、御審議を願うことといたしております。
すなわち、輸出振興のため税制上の特別措置についての法律案等を提出し、また、貯蓄増強推進策の一環として、郵便貯金の金利及び預け入れ限度額の引き上げ並びに国民貯蓄組合のあっせんによる預貯金等の非課税限度額の引き上げについて、所要の法律案を提出いたしたのであります。
なお、当面特に配意をしなければならないものとして、中小企業金融対策につき一言いたします。財政金融を通ずる引き締め政策の推進に当たりまして、政府が最も意を用いておりますのは、中小企業等経済的に弱い面にしわ寄せが起こらないようにすることであります。これがため、従来とも、中小企業金融については特に留意して参ったのでありますが、今回、中小企業金融公庫、国民金融公庫の資金源の増加につきまして所要の予算措置を提案し、今後の施策に万全を期することといたしました。
以上、当面の財政金融政策についての考え方を申し述べましたが、かように経済の堅実な運営をはかり、将来の発展の素地を作り上げるならば、わが国経済の前途はまことに洋々たるものがあると信ずるものであります。
私は、国民諸君の深い御理解と御協力とを期待してやみません。