[内閣名] 第56代第1次岸(昭和32.2.25〜33.6.12)
[国会回次] 第28回(常会)
[演説者] 一萬田尚登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1958/1/29
[参議院演説年月日] 1958/1/29
[全文]
ここに、昭和三十三年度予算を提出するに当りまして、わが国が当面いたします内外の経済情勢と、これに対処すべき財政金融政策の大要を申し述べますとともに、予算の概要を説明いたしたいと存じます。
昨年五月以来、国際収支の急激な悪化に伴ういわゆる外貨危機に対処いたしましてとられました緊急対策が、おおむねその所期の効果をおさめて参っておりますことは、ひとえに国民各位の御理解と御努力によるものでありまして、深く感謝の意を表するものであります。
最近の経済情勢について見まするに、引き締め政策の浸透に伴い、国内需要は漸次鎮静し、物価、生産、輸入等、各分野における経済の調整は次第に進んで参りました。このようにして、わが国経済の行き過ぎが是正されるに従い、国際収支も相当の改善を示しております。しかし、私はこの国際収支の改善を一そう確実かつ持続的なものとすることが必要であると考えております。言葉をかえて申せば、貿易の規模を拡大し、一たん失われた外貨を再び増加させるような態勢のもとに、わが国の経済を着実に発展させることが大切であります。
他面、国際的な経済環境を見ますと、ここ数年来空前の活況を呈して参りました世界経済も、昨年半ばごろより漸次景況の頭打ちを呈するに至りました。
まず、西欧諸国におきましては貿易の逆調、金・ドル資金の遍在が顕著となり、自国通貨の援護と外貨準備の獲得のための施策を持続しつつあります。また、世界景気の支柱でありましたアメリカ経済も、昨年以来、景気停滞の傾向が問題となっております。もとより、アメリカ等における景気調整政策も予想されるのでありますが、本年におきまする世界経済の動向は、決して楽観を許さないと考えます。しかも、この間にありまして、東南アジアその他後進地域の購買力の不足、欧州共同市場等経済ブロックの強化、各国の輸出競争の激化及び輸入抑制措置等、わが国の輸出環境は一段と厳しくなることを予期しなければなりません。
このような情勢に思いをいたしますと、来年度におきましては、政府の国民の一体となりまして輸出の伸張にあらゆる努力を集中することの必要を痛感する次第であります。政府は、さきに来年度の輸出目標を三十一億円五千万ドルと決定したのでありますが、この目標の実現のため、わが国経済の運営は、消費、投資及び財政を通じまして、あくまで健全なる基調を堅持し、いやしくも国内需要のために輸出の伸張が阻害せられることのないよう努めなければならないと思います。
以上申し述べました経済情勢を前提といたしますとき、昭和三十三年度における財政政策の基本は、あくまで国民経済を刺激しないよう堅実な基調を堅持し、その態勢のもとに、将来における国民経済の安定的成長の基盤をつちかうために、必要な諸施策を重点的に遂行することに置くべきであると考えております。
かような観点から、まず、異例の多額に上りました昭和三十一年度の剰余金のうち、法定の使途に充てるものをのぞく四百三十六億円は、これを一般の歳出に充てることなく、将来における経済基盤の育成強化に必要な資金に充てるほか、中小企業信用保険公庫保険準備基金、農林漁業金融公庫非補助小団地等土地改良事業助成基金、日本輸出入銀行東南アジア開発協力基金、日本貿易振興会の基金及び日本労働協会の基金の五つの基金として保留することにいたしました。
次に、昭和三十三年度の一般会計歳出は、この保留分四百三十六億円及び国債費の増加三百十億円をのぞきまして、昭和三十二年度に比し一千億円の増加にとどめ、その範囲において経済の発展、民生の安定等の重要施策を中心といたしまして、経費を配分いたしております。
なお、以上の二点と合わせ、中央、地方を通じまして大よそ三百億円の減税を行い、国民負担の軽減をはかるとともに、資本の蓄積、科学技術の振興等、経済発展の条件の整備をはかることといたしております。
また、財政投融資につきましては、民間資金との関連にも考慮を払い、国内経済の投資活動を適正な限度に維持しつつ、重点部門に資金の供給をはかり、国民経済全体として均衡ある発展を確保するよう配慮いたしております。しかして、その運用に当りましては、今後の経済情勢の推移を注視いたしまして、金融政策とともに弾力的かつ適切なる実行をはかるべきものと考えております。
このような財政政策に対応する金融政策の大要について申し述べます。
金融政策が、通貨価値の安定を中核としつつ、経済の均衡ある発展に資するよう運用されるべきことは言を待たないところであります。これがためには、まず、資本の蓄積、貯蓄の増強に努め、国民経済全体としての資金の需給を適正に維持することが必要であると考えます。私は、わが国経済の当面する最も重要なる課題は、輸出の振興とともに貯蓄の増強にあると信じます。政府といたしましても、国民貯蓄の増強のため必要な諸施策を推進する所存でありますが、国民各位も消費を節約し、貯蓄の増強に一段と努力せられるとともに、企業におきましても、堅実なる投資態度を保持し、自己資本の充実に努め、借り入れ依存態勢の是正をはかるべきであると考えます。
次に、経済の均衡ある発展を確保するためには、金融機関の経営を健全化し、その運営を適正化することが肝要であります。この点につきましては、まず、金融機関の資産内容を充実し、日本銀行依存の態勢を改善し、金融の正常化をはかることが必要であると存じます。特に昭和三十三年度は、国際収支の改善等に伴い、財政の対民間収支が散布超過に転ずることが予想されますので、この面からも日本銀行貸し出しの減少が期待されるのであります。また、限られたる資金量を最も効率的に活用するため、不要不急の投融資は厳にこれを抑制し、経済発展のために真に緊要な資金を重点的に確保することが大切であります。金融機関においても、すでにこのような意味における資金調整の重要性を認識して、資金調達委員会を設ける等、この面に努力しつつあるのでありますが、なお一そうその運営を活発なものとし、今後大いにその成果を上げることが期待されるのであります。
次に、為替政策の重点について申し述べます。冒頭に申しました通り、わが国の国際収支は、昨年秋以来改善の方向に向かいつつあるのでありますが、いまだ失った外貨を回復するに至らず、わが国が国際的信用を維持し、国際経済の波動にも耐え得るためには、保有外貨の増大に引き続き力をいたさなければなりません。今後、特需の減少が予想せられるときでもあり、賠償や経済協力による負担をも合わせ考えますと、輸出の伸張による貿易規模の拡大こそは、わが国経済の拡大均衡を可能ならしめる起動力でありまして、当面の為替政策の重点も、またここに置かれるべきであります。なお、政府といたしましては、輸出の振興に資するため、為替貿易関係法令についても再検討する所存であります。
以上、当面の財政金融政策の大要につき申し述べました。
以下、昭和三十三年度予算の概要を説明いたします。
一般会計予算の総額は、歳入歳出とも一兆三千百二十一億円でありまして、前年度予算に対し、一千七百四十六億円の増加となっておりますが、そのうち新たに経済基盤強化資金等として保留される四百三十六億円と、国債費の増加額三百十億円、合計七百四十六億円を除く歳出予算額は、前年度に比しまして一千億円の増加となっております。また、財政投融資は、民間資金及び外貨との関連をも考慮いたしまして、その総額を三千九百九十五億円といたしております。
次に、政府が特に重点を置きました重要施策について申し述べます。
まず、貿易の振興につきましては、日本貿易振興会への出資二十億円を計上して海外市場の調査開拓の機構を整備し、また、特別宣伝の強化、国際見本市への参加、中南米諸国に対する巡回見本船の派遣等、最も効果的な経費を重点的に増額することといたしました。
次に、経済発展のための基礎部門の整備拡充につきましては、道路の近代化を中軸とする輸送力の増強とエネルギー供給の確保に重点を置いております。
特に道路につきましては、新たに昭和三十三年度を初年度とする道路事業五カ年計画を樹立することといたしまして、これが実施を強力に推進するため、道路整備特別会計を設置するとともに、予算額におきましても、前年度に対し二割程度を増加することといたしております。さらに、日本道路公団の事業につきましても、名古屋─神戸間高速道路の建設を本格化するほか、主要な有料道路事業の推進をはかることといたしております。
また、港湾につきましても、重要な外国貿易港、工業港等を中心に、その整備を促進することといたしております。
次に、エネルギー資源の開発につきましては、外資の導入を含めまして、電源開発会社の資金の増額を見込みますとともに、日本開発銀行の電力及び石炭向け資金の充実をはかり、さらに石油資源開発会社の資金を増額することといたしております。
なお、経済基盤強化資金の設置につきましては、さきに申し述べたところでありますが、これは、道路整備、港湾整備、科学技術振興、異常災害の復旧または産業投資特別会計への繰り入れに必要な経費の財源を保留し、将来においてこれらの経費に使用し得ることといたす趣旨のものであります。
国民生活の安定のための経費といたしましては、まず、社会保障関係費を前年度に比べ百二億円増額し、一千二百五十七億円を計上いたしております。すなわち、医療保障の拡充をはかるため、診療報酬の合理化と国民健康保険及び日雇い健康保険に関する国庫負担制度を充実し、その基礎条件を整えることといたしました。
また、雇用対策につきましては、特に遺憾なきを期することといたしまして、失業対策事業の吸収人員を二十五万人に増加しているのであります。
住宅対策といたしましては、引き続き既定計画を推進し、民間の自力建設を合わせまして、おおよそ五十二万戸の建設を見込み、これに要する財政資金として、公営住宅、住宅金融公庫及び日本住宅公団を合わせて六百九十二億円を予定しておるのであります。
なお、旧軍人遺族等に対する恩給等につきましては、不均衡是正の措置を講ずることとし、その初年度分として三十七億五千万円を計上することといたしております。
次に、科学技術の振興につきましては、特に重点的に配慮いたしております。
原子力平和利用関係につきましては、原子力研究所出資等の大幅増額を中心といたしまして、前年度に引き続き相当の拡充をはかったのでありますが、特に昭和三十三年度は、原子力以外の一般の科学技術研究の強化に意を用いたのであります。すなわち、各種の科学技術研究機関の重点的拡充、大学等の試験研究関係の経費の大幅な増額をはかりますとともに、科学研究所につきましては、従来の組織を改めまして、総合研究の強化、新技術開発等のため、三億三千万円を出資することといたしました。
文教の振興につきましては、義務教育水準の向上を期するため、教員数の増加、教材費の単価の引き上げを行い、特に英才教育の充実をはかるため、新たに進学保障制度を創設するとともに、大学における理工系学生の増募、教育設備の充実等によりまして科学技術者の養成を強化することといたしましたほか、青少年に対する社会教育の充実を期した次第であります。
中小企業対策につきましては、まず、中小企業信用保険公庫を新設することを予定いたしております。これは、従来の中小企業信用保険特別会計を改組いたしまして、中小企業に対する金融の円滑化に資するため設けられるものでありまして、新たに国が二十億円を出資してこれを全国の信用保証協会に貸し付けることとするほか、保険準備基金といたしまして六十五億円を出資し、制度の整備充実に資することといたしております。そのほか、中小企業に対する設備近代化補助金を前年度に比べまして五割増加し、また、技術指導を強化するため公設試験研究機関における施設の充実をはかることといたしました。
なお、国民金融公庫及び中小企業金融公庫につきましては、すでに前年度において大幅な資金量の増加をはかったのでありまするが、昭和三十三年度においては、さらに貸付金の増加を予定いたしております。
農林漁業対策といたしましては、まず、生産基準の整備拡充のため、土地改良、開拓等の事業の強化におおよそ二十五億円を増額し、また、融資による土地改良事業の推進に資するため、新たに農林漁業金融公庫に非補助小団地等土地改良事業助成基金を設けまして、さらに漁港の整備促進と水産業の振興につきましても、格段の配慮をいたしました。他方、農家経営の多角化を促進するため、畜産振興対策に充実に努め、家畜導入の諸施策を講ずるのほか、新たに酪農振興基金を設置し、また、学童の牛乳飲用の助成に意を用いております。
自衛体制の整備につきましては、昨年六月国防会議において決定を見た長期防衛力整備計画に基きまして、自衛隊の充実をはかることといたしまして、所要の防衛庁経費を計上いたしましたが、他方、防衛分担金につきましては、駐留米軍の大幅撤退という特殊事情にかんがみまして、従来の一般方式による減額のほかに、三十億円の追加的削減を行うことの合意が成立いたしました。これによりまして、防衛関係費としては、前年度に比べ、おおよそ五十億円の増額にとどめたのであります。
次に、地方財政は、ここ数年来の健全化の努力によりまして、その再建もほぼ軌道に乗って参りました。今回さらに地方財政の基礎を確立するため、地方交付税の税率を一・五%引き上げることといたしましたが、これにより、地方税の相当の増収と相待ちまして、歳入構成の適正化が促進されますとともに、行政水準の向上と住民福祉の増進がはかられることと存じます。この際、地方団体におきましても、経費使用の合理化をはかり、財政の一そうの健全化に努められるよう切望いたす次第であります。
最後に、歳入に関連し、税制の改正について申し述べます。
まず、相続税の体系を根本的に合理化するとともに、課税最低限の引き上げ及び税率の緩和を行い、もって中小財産階層の負担の軽減をはかることといたしております。
次に、法人税率を二%引き下げるとともに、軽減税率の適用限度を拡張し、法人負担の軽減と自己資本の充実に資することといたしており、また、国民負担の現状に顧みまして、下級酒類の酒税をおおむね一割軽減するとともに、自転車、荷車等に対する地方税を廃止する予定であります。
さらに、国民貯蓄増強策の一環といたしまして、国民の着実な貯蓄意欲の向上に資するため、特定の長期貯蓄を行なった個人の昭和三十三年分及び昭和三十四年分の所得税につきまして、特別の控除制度を設けるとともに、科学技術の振興のため、試験研究用機械施設の特別償却制度を拡充いたします等、法人税その他において所要の措置を講ずることといたしております。
以上申し述べました税制の改正によりまして、国税の減税額は、初年度二百六十一億円、平年度三百七十三億円となる見込みであります。
以上、当面の経済情勢とこれに対処すべき財政金融政策について申し述べ、予算の概要について説明をいたしました。
政府は、ここに提案いたしました予算を中軸といたしまして、財政経済諸施策を着実に進めて参ることによりまして、国際収支を改善し、わが国経済の均衡ある発展を招来いたしたいと存じます。
国民各位の御協力をお願いしてやみません。