[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第31回(常会)
[演説者] 佐藤栄作大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1959/1/27
[参議院演説年月日] 1959/1/27
[全文]
ここに、昭和三十四年度予算を提出するに当たりまして、わが国の当面する内外の経済情勢とこれに対処すべき政府の財政金融政策の基本方針を明らかにし、予算の概要を説明いたしたいと存じます。
顧みれば、昭和三十三年のわが国経済は、世界経済の停滞を反映して、おおむね伸び悩みの状態を続けて参りました。しかしながら、最近における世界の経済及び貿易の情勢は、アメリカの景気回復を契機として好転の気配がうかがわれ、わが国経済を取り巻く環境は、ようやく明るさを加えて参っております。これとともに、国内経済の動向も、一部になお若干の問題を残してはおりますものの、漸次停滞から着実な上昇に転じつつあります。国際収支も引き続き黒字基調を維持し、昨年末における外貨準備高は八億六千百万ドルに回復いたしました。私は、この間における国民各位の御努力に対し、深甚なる敬意を表するものであります。
このように、内外の経済情勢には好転のきざしが見られるのでありますが、なお対内的にも対外的にも取り組まなければならない問題が多々あると存じます。
戦後、わが国経済は急速な成長を遂げて参りましたが、その成長は、ともすれば国内需要の過度の膨張を伴いやすく、国際収支の悪化をめぐって幾たびか経済の大幅な変動を経験してきたのであります。また、その成長の内容も、経済の各部門にわたって必ずしも均衡のとれたものであるとは言いがたいのであります。他面、西欧諸国における通貨の交換性回復にも見られるごとく、国際競争は、より自由な基盤の上に今後ますます激しくなることと予想されるのであります。これらを考え合せますと、経済の急激な変動を避け、その安定的な成長を進めるよう常に心がけるとともに、経済の体質をこのような国際環境に十分対処し得る健全なものにしなければならないことを痛感いたすのであります。すなわち、経済の安定成長とその質的改善がわが国当面の経済政策の基本となるべきであると信ずるものであります。
次に、昭和三十四年度における財政政策について申し述べます。
まず、経済の安定成長を期するため、長期にわたり通貨価値の安定を確保することを第一義として、財政の健全性を堅持することといたしました。これがため、一般会計の規模は、租税収入その他の普通歳入と経済基盤強化資金の使用とによって支弁し得る範囲にとどめるとともに、財政投融資においても、新規原資のほかは、合理的な限度において、繰り越し資金を使用し、民間資金の活用をはかることといたしております。
次に、経済の質的改善に資するため、国民生活の安定向上と経済基盤の充実強化をはかることを主眼とし、減税の実施、国民年金制度の創設、道路及び港湾の整備拡充並びに公立文教施設の整備充実等の重要施策を推進することといたしました。
このような方針のもとに編成いたしました昭和三十四年度の財政の規模は、一般会計予算においては、歳入歳出とも一兆四千百九十二億円でありまして、昭和三十三年度予算に対し九百八十億円の増加となり、財政投融資計画においては、五千百九十八億円でありまして、昭和三十三年度当初計画に対し一千二百三億円、改定計画に対しては八百四十五億円の増加となっております。これは経済の健全な成長を財政の面から着実に実現していくために必要なものであり、また、経済の発展に歩調を合わせた適度なものであると確信いたします。
以下、政府が特に重点を置きました重要施策について申し述べます。
まず、中央、地方を通ずる減税を中心とする税制の改正であります。この減税は、低額所得層の負担軽減を通じて国民生活の安定向上と中小企業の経営の改善をはかることを主眼としたものであります。
所得税につきましては、扶養控除を引き上げるとともに、最低税率の適用範囲を拡大することといたしております。この改正により、たとえば、夫婦と子供三人の五人家族の給与所得者の場合、所得税を課されない限度が現在の約二十七万円から約三十三万円に引き上げられるなど、低額所得者の負担は著しく軽減されるのであります。このほか、退職所得の特別控除額の大幅な引き上げ、物品税及び入場税の軽減合理化を行なうことといたしております。
次に、地方税につきましては、特に中小企業の税負担の軽減をはかるため、個人事業税の基礎控除を現行十二万円から二十万円に引き上げ、法人事業税の税率を引き下げるとともに、所得税の減税に伴う住民税の軽減、固定資産税の免税点の引き上げ等をはかることといたしております。
以上の改正により、初年度におきましては、国税四百三十二億円、地方税百一億円、計五百三十三億円の減税となり、また、平年度におきましては、国税四百八十八億円、地方税二百二十九億円、計七百十七億円の減税となるものと見込まれるのであります。
このような減税を行う反面、最近の経済情勢に即応して、租税上の各種特別措置について所要の整備合理化をはかるとともに、道路整備の財源に充てるため揮発油税の引き上げを行なう等、各般の要請にこたえて税制の改正を行なうことといたしております。なお、租税と一般の債権との関係の合理的調整をはかる等のため、国税徴収法を全面的に改めることといたしております。
しかしながら、税制につきましては、経済の推移等に照らし、なお解決を要する問題が少くないのであります。企業課税のあり方並びに国及び地方団体を通ずる税体系の確立の問題は、その最も大きなものでありまして、政府といたしましては、この際、法律により税制調査会を設置し、広く各界の意見を求めて、これらの問題の解決をはかりたい所存であります。
次に、社会保障の充実に努めたことであります。
民生の安定向上が、社会的にも経済的にも重要な意義を持つことは言うまでもないところであります。政府は、今回新たに老齢、障害、母子の三年金の制度を創設することといたしましたが、昭和三十四年度におきましては、これらの無拠出の援護年金として支給を開始することとし、所要額百十億円を計上しております。また、国民皆保険計画の推進、児童保護、結核対策、失業対策、住宅建設等各般にわたり、それぞれ相当の増額を行い、社会保障の充実を期することといたしております。
次に、経済発展のための基礎部門の整備拡充であります。
昭和三十四年度におきましては、道路、港湾の整備を中心に大幅に経費を増額計上いたしました。すなわち、道路整備につきましては、昭和三十三年度以降五カ年間に総額一兆円に達する資金を投入することとし、昭和三十四年度はこの計画に即して一般会計において二百九十五億円を増額いたしたのであります。
港湾につきましては、四十八億円を増額計上しているのでありますが、このうち、特に輸出、石油、鉄鋼、石炭等にかかる特定港湾については、今回新たに特定港湾施設工事特別会計を設け、その急速な整備を行うことといたしております。
このほか、治山治水、災害復旧等につきましても、それぞれ事業の重点的遂行に必要な予備措置を講ずることとし、また、電力、輸送等基礎部門の開発につきましては、既定計画の遂行に必要な資金措置を講ずることといたしました。
次に、農林漁業につきましては、そのわが国経済に占める地位の重要性にかんがみ、昭和三十四年度においても格別の配意をいたしたのであります。すなわち、従来に引き続き生産基盤の充実と流通の改善とに重点を置いて、その振興をはかることとしております。これがため、土地改良、開拓、林道開発、漁港整備等の事業に約五十五億円を増額するほか、農林漁業金融公庫の融資ワクを拡大し、また、農林水産物の流通改善のために各種の措置を予定しているのであります。
なお、わが国農林漁業の基本問題につき、新たに調査会を設けて検討を進めることといたしております。
次に、文教及び科学技術の振興について申し述べます。
教育水準の向上と、健全な次の世代の育成のためには、教育環境の整備改善をはかることがきわめて重要であります。これがため、いわゆる「すし詰め教室」の解消等を昭和三十四年度以降五カ年間で実施する計画を立て、教員数の充足と文教施設の整備を遂行することとし、義務教育費国庫負担金、文教施設費等、各般にわたり相当の増額を行うことといたしました。
また、科学技術の振興につきましては、既定計画により原子力関係機関の研究施設の整備を進めるほか、基礎的研究部門を整備充実するための国立学校運営費等の増額、各省試験研究機関における研究要員の待遇改善、民間の研究に対する助成等の措置を通じて、各分野における均衡ある進展を期することといたしております。
次に、中小企業につきましては、そのわが国産業における役割と特質とにかんがみ、国民金融公庫及び中小企業金融公庫において、合せて一千五百五十五億円の貸付を予定し、これに必要な資金措置を講ずるほか、商工組合中央金庫に対する政府出資を増加する等、中小企業金融の一そうの円滑化をはかるとともに、これら三機関の貸出利率の引き下げを行い、減税と相待って、その経営の改善に資することといたしました。
さらに、中小企業設備近代化のための経費を増額いたしますほか、新たに中小企業退職金共済制度を創設し、経営の安定と従業員の福祉の増進をはかることといたしております。
次に、輸出振興が経済の安定成長のため欠くべからざる条件である点にかんがみ、昭和三十四年度におきましても、輸出増進のための経費及び資金の確保には特に留意いたしております。すなわち、国連特別基金への加入、技術援助の強化等に要する経費を計上するほか、日本輸出入銀行に対する財政資金の供給に格段の配慮をいたしているのであります。
最後に、地方財政について申し述べます。
地方財政は、ここ数年来の国、地方を通ずる健全化の努力等によりまして、全体としては著しく改善されてきております。昭和三十四年度におきましては、地方税の減税を予定する一方、地方財政の基礎をさらに強化するため、地方交付税の率を一%引き上げて二八・五%とし、昭和三十二年度清算分を含め、地方交付税交付金を二百四十六億円増額計上するほか、地方団体の起債ワクを拡大するとともに、その資金の重点的な配分をはかることといたしております。これらの措置により、地方団体の行政水準の向上と住民福祉の増大が推進されることと存じますが、地方団体におきましても、この際さらに経費使用の合理化をはかり、財政の一そうの健全化に努められるよう希望いたします。
なお、この際、昭和三十四年度予算と同時に提出いたしました昭和三十三年度一般会計予算補正について、一言申し述べます。
今回の補正は、義務教育費国庫負担金、災害復旧費等の義務的経費の追加を主たる内容とするものでありまして、その総額は百十八億円であります。その財源といたしましては、砂糖消費税、関税等の自然増収及び専売益金の増加等をもってこれに充てることといたしております。これにより、昭和三十三年度一般会計予算の歳入歳出の総額は、それぞれ、一兆三千三百三十億円となるのであります。
以上、予算に関連する重要施策について申し述べましたが、次に金融政策について一言いたします。
経済の安定成長と質的改善をはかるためには、申すまでもなく国民貯蓄の増強が必要とされるのでありますが、同時に、投資の量と質とを常に適正に保つことがきわめて需要であります。投資の適正化は、まず民間経済の自主的な調整に待つべきものと考えられるのでありまして、そのためには、企業が堅実な投資態度を持するとともに、金融機関が真にその健全性、合理性を発揮することが肝要であります。
本年度に引き続き、昭和三十四年度においても財政は相当の散布超過となる見込みでありますが、これは資金需給の緩和により金利水準の低下と金融機関の日本銀行依存の是正とをもたらし、金融の正常化を招来する好機であると存じます。私は、この際、金融機関に対し、その資産構成の健全化、支払い準備の充実、経営の合理化等に努めるとともに、過当競争を排除し、融資の適正化を図るよう協調を保つことを強く要請いたすものであります。政府といたしましても、常に経済情勢の推移に留意し、日本銀行の金融調整機能の弾力的な運用と相待って、財政金融を通じて適切な調整に遺憾なきを期する所存であります。
また、私は、企業が自己資本の充実に努め、長期資金はできる限り増資または社債によってこれを調達する等、企業の自主性の確保と経営の安定とに心がけるよう希望いたします。政府といたしましても、再評価積立金の資本組み入れの促進をはかり、増資登録税の軽減を行う等、企業資本の充実を一そう推進いたしたいと考えております。
次に、為替政策の基本的方向について申し述べます。
今般、わが国は、国際通貨基金及び国際復興開発銀行の出資増加に際し、特別増額割当を受ける見込みでありますが、これは、わが国経済発展の実績に徴し、世界経済におけるその重要な役割が信認されたからにほかならないものと考えます。
申すまでもなく、国際通貨基金の目的とするところは、為替及び貿易の自由化と、国際協調による世界貿易の拡大、世界経済の繁栄にあるのであります。すでに西欧諸国においても、通貨の交換性を回復して、着々とこの方向に進みつつあるのでありまして、わが国としても、このような基本的動向に即して、今後の為替及び貿易政策を進めて参ることが必要であると存じます。この際、政府は、為替管理のあり方等につきまして、単に技術的な問題にとどまらず、より広い見地に立って、根本的に検討して参りたいと考えます。同時にまた、このような為替及び貿易の自由化の傾向により、国際競争がますます激化するものと予想されることは、さきに申し述べた通りでありまして、われわれとしては、従来に増して輸出増強への努力を傾ける必要があると考えます。
以上のような自由化と国際競争の激化という情勢を考えますと、やはり輸出増強をはかり、外貨準備を着実に増大させていくことが肝要であり、また、通貨価値の安定を政策の基本として堅持することがいよいよ必要となってくることを痛感するのであります。私は、わが国経済がこのような基盤の上に発展して参りますならば、世界経済の中にあってその前途はまことに明るいものがあると信じて疑わないのであります。
以上、わが国の当面する内外の経済情勢と政府の財政金融政策の基本方針を明らかにするとともに、予算の概要を説明いたしました。
私は、ここに提出いたしました予算を中軸とする財政経済諸施策が、経済の健全な成長を進め、規模に満ちたわが国の将来を約束するものであることを確信いたすものであります。
今や、海外諸国における自由化と合理化への機運は、まことに注目に値するものがあります。わが国も、このような国際的動向に歩調を合わせつつ、自由と責任の原則に基く民間経済の自主的な活動を基礎として経済の発展に努めて参らねばなりません。政府といたしましては、国民のはつらつとした創意と工夫とを十分に生かしつつ、国民経済の均衡ある発展のために合理的調整を行い、もって国民生活の安定と雇用の増大を着実に推進して参る所存であります。何とぞ政府のこの方針を了とせられ、全幅の御協力を賜るよう切望する次第であります。