[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第34回(常会)
[演説者] 佐藤栄作大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1960/2/1
[参議院演説年月日] 1960/2/2
[全文]
ここに、昭和三十五年度予算を提出するにあたりまして、わが国の当面する内外の経済情勢と、これに対処すべき政府の財政金融政策の基本方針を明らかにするとともに、予算の大綱を説明いたしまして、国民各位の御協力を得たいと思います。
私は、まず、昨年初来、わが国経済がまことに力強い発展の過程をたどっておりますことを、国民各位とともに心から喜びたいと存じます。
昭和三十四年のわが国経済は、各般にわたり目ざましい上昇を遂げて参りました。すなわち、鉱工業生産は年間二四%、輸出は二〇%に及ぶ記録的な伸びを示し、これに伴い、雇用情勢も一段と好転を見せ、国民生活も一そう豊かさを加えて参ったのであります。しかも、国際収支は、この間、終始、黒字基調を持続し、昭和三十四年末の外貨準備高は十三億二千二百万ドルに達するに至りました。また、物価につきましても、最近に至り、比較的落ちついた動きを見せております。わが国経済が、安定を保持しつつ、このような発展を見ることのできましたことは、国民各位のたゆまざる勤労と蓄積の努力の結実であると考えられるのであります。
他面、世界経済の情勢を見ますと、アメリカ経済は、過般の鉄鋼争議の解決により、本年は一段と発展することが期待され、西欧経済も引き続き好況を持続するものと予想されます。また、低開発国援助に関する国際協力の機運も漸次活発化する等、総じて、世界経済は新たな拡大成長に向かうものと考えられるのであります。
このような内外の経済情勢を考えますれば、昭和三十五年のわが国経済の前途には明るいものがあるといえるのであります。この順調な経済の発展を長期にわたり着実に持続していくことが、わが国経済の課題であると存ずるのであります。
ただ、ここに特に注目する必要があると思いますのは、西欧諸国を中心とする貿易・為替の自由化が予想以上の速度で進捗していることであります。このことは、自由な通商を通じて資源の効率的な配分と利用をはかり、世界経済を繁栄に導こうとする世界各国の強い意欲を反映するものにほかなりません。かかる世界の流れの中にあって、貿易に依存するところの大きいわが国経済を新たに一段と発展させて参りますためには、積極的に自由化の推進をはかっていく必要があるのであります。
外に対し自由化を積極的に推進していくとともに、他面、内において着実な経済成長を期するためには、通貨価値の安定をはかり、経済の均衡を確保することが、従来にも増して必要となって参るのであります。今般のアメリカの予算教書に見られます黒字予算堅持の方針も、また、西欧諸国における公定歩合の引き上げ等、健全金融堅持の努力も、すべてこの考え方に基づくものにほかなりません。自由化に数歩立ちおくれたわが国といたしましては、いやしくも経済の均衡を失することのないよう留意することはもとより、経済各般の体質改善を進めることにより、国際競争力の強化に努めなければならないと考えるのであります。私は、かかる適切な経済運営の方針が堅持されますならば、わが国経済の今後の拡大発展には期して待つべきものがあると信ずる次第であります。
昭和三十五年度予算は、以上申し述べました経済運営についての考え方の一環として、財政面から経済に刺戟を与え、その均衡を破ることを厳に避ける意味におきまして、財政の健全性を維持することを基本方針といたしたのであります。かかる健全財政堅持の方針に基づき、公債の発行等の財源によることなく、一般会計予算の規模は、租税その他の普通歳入によって支弁し得る範囲にとどめるとともに、財政投融資についても、通常の原資によるほか、民間資金の活用は適正な規模にとどめることといたしました。
政府は、先般、世界経済における貿易・為替自由化の大勢に即応しつつ、今後のわが国経済を長期にわたって成長発展に導き、国民生活の向上と雇用の拡大をはかるため、国民所得倍増計画の立案に着手いたしたのであります。健全財政の堅持も、現下の好況をできる限り長期に安定持続せしめることにより、所得倍増の基盤を固める趣旨にほかならないのでありますが、経費及び資金の配分を行なうにあたりましても、所得倍増の基本的考え方に沿い、わが国経済の長期的な発展のための基礎条件の整備と、ともすれば経済発展におくれがちな方面に対する諸施策の推進とにその重点を置いたのであります。
すなわち、この方針に即し、まず、昨年発生いたしました大災害の実情にも顧み、将来再びこのような災禍を招くことのないよう抜本的な国土保全対策を樹立し、これを推進するとともに、当面緊急に措置すべき災害の復旧に万全を期することに予算の最重点を置くことといたしました。これとともに、産業基盤の充実、科学技術の振興、社会保障の充実、貿易の振興、農業基盤の整備、中小企業対策等につきまして特段の配慮を加え、必要な重要施策の拡充に努めたのであります。また、現在不況に当面いたしております石炭鉱業及び海運業につきましては、わが国経済におけるこれら産業の重要性に顧み、その合理化の促進を図るための助成措置を講ずる等、わが国経済の均衡ある発展のため、諸般の対策に遺憾なきを期することといたしました。
本予算におきましては、昭和三十四年度予算に比し、財源として使用し得る過去の剰余金等が八百五十八億円に上る減少を見ました上、災害復旧及び国土保全対策等の重要経費を確保し、かつ、財政の健全性を堅持するためには、減税の実施は後年度に譲らざるを得なかったのであります。租税負担の現況に顧みますとき、その軽減合理化の必要のあることはいうまでもありません。政府は、目下、税制調査会を通じ、税制全般について抜本的な検討をいたしておるのでありますが、その審議状況ともにらみ合わせ、今後、減税の実現に努めて参りたい所存であります。
このような方針のもとに編成いたしました昭和三十五年度の財政の規模は、一般会計予算においては、歳入歳出とも一兆五千六百九十六億円でありまして、昭和三十四年度当初予算に対し千五百四億円、すでに成立いたしました補正予算を加えた予算額に対して七百十五億円の増加となっており、財政投融資計画の規模は五千九百四十一億円でありまして、昭和三十四年度当初計画に対し七百四十三億円、改訂計画に対し三百十五億円の増加となっております。
以下、政府が特に重点を置きました諸施策について申し述べます。
まず、昭和三十五年度予算におきましては、昭和三十四年災害による被害の復旧の促進をはかることをもって最も喫緊の要務と考え、その復旧を所定の計画に従って促進するために必要な経費五百八十一億円を計上するとともに、その経験に顧みまして、国土保全のための諸施策を強力に推進することといたしました。このため、新たに治山治水にかかる長期計画を樹立し、今後十カ年の間に、治水事業については九千二百億円、治山事業については千三百億円、合計一兆五百億円に上る事業を遂行することといたしました。このうち、緊急に実施を要するものにつきまして、四千五百五十億円に及ぶ前期五カ年計画を作成することといたした次第であります。この計画を目標として、昭和三十五年度において所要の経費及び資金を優先的に確保いたしますとともに、また、今後この計画を強力かつ確実に進めて参りますために必要な体制を整えることといたしております。なお、一般会計に計上された治山治水関係費は六百二億円でありまして、前年度当初予算に比し二百億円の増加となっております。
次に、わが国経済の成長発展に伴いまして、その基盤の整備に努めるため、基礎的部門に対する公共投資を推進して参ることはきわめて重要であります。よって、道路及び港湾につきまして、それぞれ既定の計画に従い、その整備の促進をはかることといたしましたほか、国鉄の東海道新幹線工事の本格化、電信電話の画期的拡充等、輸送及び通信の分野におきまして整備充実をはかり、また、地方開発の促進につきましても配慮を加えることといたしております。さらに、住宅、環境衛生施設等、生活環境の改善につきましても、その推進をはかることといたしたのであります。
次に、わが国の社会保障制度は、ここ数年来著しい前進を続け、その面目を一新しつつあるのでありますが、昭和三十五年度におきましても、福祉年金の充実に加え、昭和三十六年度開始予定の拠出制年金の準備を行なうこととし、また、国民皆保険計画を予定通り昭和三十五年度内に達成することとするほか、生活保護等の施策についてもその充実をはかり、さらに、失業対策についても相当の改善を加える等、全体として社会保障関係施策を推進し、民生の安定を期することといたしております。この結果、社会保障関係費の計上額は千八百十七億円に達し、前年度に比し二百七十六億円の増加となっております。さらに、医療関係施策の一環として医療金融公庫を新設し、三十億円の資金をこれに充てることといたしております。
次に、文教の振興をはかり、健全な次の世代の育成に努めることは、常にわれわれの責務であります。また、技術革新の要請の即応して科学技術の振興をはかることは、当面の急務であります。この見地に立って教育環境の整備改善を計画的に実施することといたしたのでありますが、昭和三十五年度におきましても、引き続き、中学校生徒の増加等に対応し、教職員の増員と施設の整備を推進することといたしております。また、科学技術の振興につきましては、学校研究費の大幅な増額を行なうなど、基礎的研究部門の整備充実を促進いたしますほか、原子力研究分野、各省試験研究機関等に対しましては、それぞれの実態に応じ所要の措置を行なうことといたしております。
次に、農林漁業及び中小企業につきましては、わが国の社会及び経済に占める重要性にかんがみ、その安定と振興をはかり、体質改善に努めることがきわめて必要であると考えます。従って、昭和三十五年度におきましても、その対策に格段の配慮を加えることといたしたのであります。すなわち、農林漁業につきましては、土地改良、林道開発、造林、漁港整備等の事業を拡大し、その生産基盤の充実をはかるほか、農林水産物の流通改善の措置をさらに充実し、また、農家経営の多角化及び協同化についても必要な措置を講ずることといたしております。中小企業対策といたしましては、国民金融公庫及び中小企業金融公庫について、合わせて千七百五十五億円の貸付を予定するほか、中小企業信用保険公庫その他に対しても所要の政府資金を確保し、中小企業金融の一そうの円滑化をはかるとともに、中小企業の設備の近代化の推進、小規模事業対策の実施等、一段と配慮を加えることといたしております。
次に、輸出の振興がわが国経済の安定成長のための必須の要件であることは、あらためて申すまでもないところでありますが、昭和三十五年度におきましても、従来の施策をさらに充実することといたしております。また、主として東南アジアとの経済協力を促進するため、海外経済協力基金を設けますとともに、低開発国開発のために新設されるいわゆる第二世銀に加入し、海外経済交流の増進をはかることといたしております。
次に、石炭鉱業及び海運業は、いずれもわが国における重要産業でありまして、その安定強化をはかることは、国際収支、エネルギー及び雇用対策等の各面から見て、きわめて重要であると考えます。従って、これら産業の現状に顧みまして、必要な措置を講ずることといたしております。すなわち、石炭鉱業につきましては、その体質の改善と離職者対策に配意し、海運業に対しましては、その国際競争力を補うため、計画造船にかかる市中融資について、その支払い利子の一部を補給することといたしております。
最後に、地方財政について申し述べます。
昭和三十五年度の地方財政は、ここ数年来の国及び地方を通ずる健全化の努力と、現在の好況による地方財源の増加及び地方交付税の大幅な増加等のため、全体としては相当の改善を見ることとなります。また、昭和三十四年度に実施された国税の減税に伴い、昭和三十五年度において住民税が減税となる事情等を考慮するとともに、地方財政の健全化をさらに促進するため、臨時地方特別交付金三十億円を計上いたしております。このほか、地方団体の起債ワクの拡大をはかることといたしておりますので、これらの措置により、地方団体の行政水準の向上と住民福祉の増大が推進されることと存じますが、地方団体におきましても、さらに経費の重点的配分及びその効率的使用をはかり、財政の一そうの健全化に努められるよう希望いたします。
なお、この際、昭和三十五年度予算と同時に提出いたしました昭和三十四年度一般会計予算補正について一言申し述べます。
今回の補正は、災害復旧費、失業保険費等の主として義務的経費の追加であり、いずれも昭和三十四年度中に支出すべきものを計上いたしたものでありまして、その総額は百三十億円であります。その財源といたしましては、法人税、酒税等の自然増収及び税外収入の増加等をもってこれに充てることといたしております。これにより、昭和三十四年度一般会計予算の歳入歳出の総額は、それぞれ一兆五千百二十億円となることとなります。
以上、予算の概要を説明いたしましたが、次に、為替及び金融政策について申し述べたいと思います。
貿易・為替の自由化は今や世界的潮流となっておりますが、政府は、これに対処して、今後一そう自由化を推進する所存であります。すなわち、貿易の自由化につきまして、年次目標を立ててその実現を図るとともに、貿易外の自由化につきましても、計画的にその実施を進めて参りたいと考えております。しかして、自由化は、本来、温室的な経済環境を離れて、激しい国際競争に直面することを意味するものであり、これに伴い、国内の産業は相当な影響を受けることを覚悟しなければなりません。従って、企業においては、あくまで自主責任体制に徹して、過当な競争を自粛し、慎重な投資態度を持するとともに、長期的な観点に立って、体質の改善、資本構成の是正、経営の健全化等にたゆまざる努力を傾注せられたいのであります。
次に、金融政策の運営は、経済の急激な変動を調整してその安定的成長をはかることに目標があるのであります。さきに、準備預金制度の発動、公定歩合の引き上げが行なわれましたのも、景気の行き過ぎを事前に防止しようとする意図のものであり、一応その効果をおさめつつあるものと考えます。今後におきましても、常に経済情勢の推移に留意し、日本銀行との緊密な連携のもとに弾力的な金融政策を実施し、財政金融を通じて適切な調整を期して参る所存であります。なお、貿易・為替の自由化の進展に従い、経済の均衡維持のため金融面に課せられる役割はますます重要となるのであります。今後の金融政策といたしましては、準備預金制度、公定歩合制度等を適時適切に活用することはもちろん、金利につきましても、その経済調整の機能を強化しつつ、長期的には国際水準に近づき得るよう努力し、一そう金融の正常化を推進して参りたいのであります。金融機関においても、今後貿易・為替の自由化に伴い予想される各般の問題に対処するため、さらに経営の健全化を進めるとともに、融資態度を一そう合理化し、わが国経済の安定ある発展に貢献せられたいのであります。
以上、当面の経済情勢とこれに対処すべき財政金融政策の基本的な考え方を述べ、予算の大綱について説明いたしました。ここに提出いたしました予算は、あくまでも経済の安定成長を確保するための予算であります。私は、この予算を中軸とする財政経済諸施策が健全な経済を確立し、希望に満ちた明るいわが国の将来を約束するものであることを確信いたします。
国民各位も、政府の意のあるところを了とせられ、一そうの御協力を賜わるよう切望する次第であります。