データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第39回(臨時会)
[演説者] 水田三喜男大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1961/9/28
[参議院演説年月日] 1961/9/28
[全文]

 一昨日、政府は、国際収支改善のための一連の総合的な政策を決定、実施することといたしました。また、九月十八日には、輸入担保率の引き上げを行ないました。これよりさき、すでに去る七月に、民間設備投資の繰り延べの要請と、公定歩合の引き上げが行なわれたのでありますが、なお逆調を続けております国際収支に対し、さらに強力に対処するため、今回、各般の措置を講ずることといたした次第であります。

 最近における国際収支の動向を見ますと、昨年末以来増加の傾向を示しておりました輸入は、本年度に入り、一段と高水準に推移いたしております。反面、輸出は、対米輸出の不振や旺盛な内需に伴う輸出余力の減退から伸び悩みを見せ、本年度初来、大幅な経常収支の赤字を続けておりまして、その額は、八月までに累計八億二千九百万ドルに達しております。五月以降におきましては、総合収支でも赤字を記録するに至り、一時、二十億ドル余を数えました外貨準備も、八月末では十七億二千百万ドルになっており、このままで推移いたしますときには、やがては、困難な事態に直面することも予想されるに至ったのであります。

 このような国際収支の逆調の根本的な原因といたしましては、国際経済環境の変化もありますが、高水準の民間設備投資を中心とする内需の強調があげられます。とりわけ、民間の設備投資は、一昨、昨年度と二カ年にわたり急増いたして参りましたが、本年度に入りましても、その投資意欲は依然として根強いものがあり、設備投資の現在の規模は、経済全体との関係から見ますと、均衡を失している水準にあると申すべきでありましょう。また、消費その他の内需も、行き過ぎの感を免れないのでありまして、これらの要因が相待って、輸入を増大させ、輸出の停滞をもたらしているのであります。

 このような内需の動向に顧み、今回とられました対策も、経済を引き締め、内需を抑制することを一つの重点といたしております。すなわち、政府は、まず、みずから措置できる施策を行なうこととし、官庁営繕の一部を繰り延べるとともに、財政投融資及び公共事業費等についても、その一部の繰り延べを行なうことといたしました。金融面におきましては、従来講じて参りました各種の金融引き締め政策の効果と、今後における各般の情勢を勘案しながら、産業面の行政指導の強化等と相待って、金融の引き締めを強化していくことといたしております。特に、ビル建設等を含む設備投資に関しましては、不急の融資を抑制するよう、金融機関に対し行政指導を行なう方針であります。さらに、消費節約の一環として、貯蓄増強を一そう推進することといたしたのであります。

 国際収支の改善をはかりますためには、以上のような内需抑制策と並行して、積極的にわが国商品の国際競争力を強化し、輸出を振興することが肝要なことは申すまでもありません。そのため、従来の施策に加えて、新たに、税制面においては、輸出所得控除制度を簡素化して、控除額算定基準を、原則として、所得基準のみとするほか、輸出産業について特別償却制度の創設を検討することといたしました。また、輸出金融を特に優遇するとともに、輸出保険につきましても、保険料率の引き下げなど、所要の改善をはかることといたしております。

 以上、今回とりました諸措置について申し述べましたが、その実効を上げますためには、なんと申しましても、経済界を初め、国民全体の良識と協力に待つところが大でありまして、私は、国民各位に、この点を強く率直に訴えたいのであります。なお、今時の国際収支の赤字は、主として実需の強調に起因しているため、対策は持続的に実施する必要があるのであります。従いまして、明年にわたりましても、予算、金融その他各般の分野において引き締めの方針を堅持し、忍耐強く対処していかねばならぬものと考えております。

 私は、このたび、国際通貨基金及び国際復興開発銀行の年次総会に出席し、加盟諸国の財政金融関係の首脳者と親しく意見を交換する機会を得たのでありますが、その際、痛感いたしましたことは、自由主義諸国間におけるわが国の国際的地位が年を追って高くなり、国際金融経済の面におきましても、わが国の動きが、あまねく諸国の注目を引くところとなったことであります。このことは、もとより、わが国経済の目ざましい発展によるものでありますが、なお、私が特に申し上げたいのは、昭和二十八、九年及び三十二年の両度の国際収支の危機に際しまして、わが国民が、よく耐乏と努力とをもって事に対処し、政府の施策と相待って、その難関を見事に克服したことが、かえって、諸外国のわが国に対する評価を一段と高からしめたことであります。

 申すまでもなく、企業の自発的活動と勤労者の不断の努力を発展の起動力とする経済社会におきましては、経済成長の速度にかなりの変動を生ずるのは避けがたいところであり、国民所得倍増計画におきましても、年々の成長率には高低のあることを予想いたしておるのであります。倍増計画の目標設定の基礎といたしました昭和三十五年度の経済規模は、すでに計画作成当時の予想を大幅に上回っております。さらに、昭和三十六年度におきましても、実勢のまま推移いたしますときは、その成長の伸びは、当初の予想を相当上回ろうとしておるのでありまして、倍増計画の想定するところと比較いたしますと、現状におきまして、すでに計画の予定した水準をはるかに越えているのであります。今回の措置により、今後成長の速度が一時的には若干鈍化することとなりましても、これによりまして、経済の各面の均衡が回復されますならば、将来の成長は期して待つべきものがあります。しかして、均衡の回復が早ければ早いほど、将来の成長は円滑となるのであります。昭和二十八、九年及び三十二年の場合を顧みましても、これらの危機を乗り切りました後においては、常に、わが国経済は飛躍的発展をなしてきております。これらを考えあわせまして、私は、今後、国民所得倍増計画の所期する目標の実現には、いささかの不安もないものと確信いたすものであります。

 以上、わが国経済の現状と経済運営の基本的態度について申し述べましたが、次に、今回提出いたしました昭和三十六年度補正予算の大綱と、当面の財政金融政策について御説明いたします。

 初めに、補正予算について申し述べます。

 補正予算の編成にあたりましては、ただいま申し述べました最近の経済情勢にかんがみまして、補正いたします経費は、緊要にしてやむを得ない最小限の事項にしぼることといたし、その規模につきましても、極力圧縮することに努めたのであります。

 すなわち、一般会計予算におきましては、本年発生災害に関する対策、国家公務員等の給与の改善、食糧管理特別会計への繰り入れ、生活保護基準等の引き上げ、公立文教施設の一部及び公営住宅における建築補助単価の改定並びに地方交付税交付金及び臨時地方特別交付金について所要の経費を追加することとし、これに応じて、法人税等租税及び印紙収入の自然増収を見込むことといたしております。その総額は九百九十七億円でありまして、これにより、昭和三十六年度一般会計予算総額は、歳入、歳出とも二兆五百二十四億円と相なるのであります。

 まず、歳出追加の内容につきまして、その概要を御説明申し上げます。

 第一は、災害対策費であります。

 去る、六、七月の梅雨前線豪雨、九月の第二室戸台風等、本年発生災害の規模はかなり大きいものとなり、これによって各地に大きな損害の発生を見るに至りました。これに対し、すでに政府は、現行法令及び既定の予備費をもって応急の措置を講じて参ったのでありますが、今回、被害激甚な地域の復旧事業等について、各種の特例措置を講じますとともに、災害対策費として百四十九億円を追加計上することといたしたのであります。このほか、新たに追加される予備費百二十億円も、主として災害対策に充てられることとなる見込みであります。

 私は、この機会をかりまして、これらの災害により被害を受けられた方々に対しまして、深くご同情申し上げますとともに、被災者各位がすみやかに復興に立ち上がられることを衷心から希望いたす次第であります。

 第二は、給与改善に関する経費であります。

 国家公務員の現行給与水準は、前年度におきまして、民間給与との間の格差を是正するため、その引き上げをいたしましたにもかかわらず、その後の民間給与の上昇に伴い、再びこれとの間に相当の格差を生じております。このため、先般の人事院勧告の内容を尊重いたしまして、本年十月一日から所要の改定を行なうこととし、これに要する経費として総額百八十四億円を計上しております。

 第三は、食糧管理特別会計への繰り入れであります。

 昭和三十六年産米麦の買入価格が当初予算における見込みを上回って決定され、また、買入数量見込みが増加するに至ったこと等によりまして、食糧管理勘定における損失が大幅に増加する見込みとなりましたので、同勘定の損益を調整する資金に充てるため、調整勘定へ追加繰り入れを行なう等、三百億円を追加計上いたしております。

 第四は、生活保護基準等の引き上げであります。

 生活保護基準につきましては、三十六年度当初予算におきまして大幅な改善を行なったのでありますが、最近における物価の動向に顧みまして、さらに生活扶助基準を五%引き上げ、被保護者階層の生活保障に特に配慮することといたした次第であります。また、この趣旨に即して、児童福祉施設における収容児童の食費等につきましても、所要の改定を加えることといたしており、これらに要する経費は六億円であります。

 第五は、公立文教施設の一部及び公営住宅における建築補助単価の改定であります。

 最近、建築費はかなり上昇するに至っておりますが、国内経済情勢に顧みまして、この際、建築関係経費の追加は、原則として行なわないことといたしたのであります。しかしながら、公立文教施設の一部及び公営住宅につきましては、事業の性質上、既定の計画を確保する必要がありますので、その補助単価を改定し、これに必要な経費二十三億円を追加計上することといたしております。

 最後に、地方交付税交付金及び臨時地方特別交付金二百十三億円であります。

 これは、所得税及び法人税を歳入に計上いたしますことに伴い必要となる経費であります。これによりまして、地方公務員の給与改善が国家公務員に準じて行なわれる場合の所要財源は確保されるものと存ずる次第であります。

 なお、以上の一般会計補正に応じ、災害対策等に伴う地方公共団体の資金需要の増加に充てるため、地方債についても所要の追加を行なうことといたしております。

 次に、歳入について御説明いたします。

 以上、申し述べました歳出に対する財源といたしましては、租税及び印紙収入の自然増収をもって充てることといたしております。当初予算におきましては、一兆六千六百四十八億円の租税及び印紙収入を見込んだのでありますが、経済規模の予想以上の拡大を反映いたしまして、法人税等において、当初見積もりに比し、相当程度の増加が予想されることとなりましたので、さきに申し述べました歳出需要の増加に対応して、現在確実と見込まれます法人税等九百九十七億円の増加を見込んだものであります。

 次に特別会計予算の補正の大要について申し述べます。

 まず、産業投資特別会計におきましては、現下の経済情勢における輸出振興の重要性にかんがみまして、日本輸出入銀行に対し八十億円の追加出資を行ない、政府資金による融資百二十億円の追加と相待って、輸出金融の充実に万全を期している次第であります。このほか、主として、一般会計予算の補正及び公務員給与の改善に関連して、食糧管理特別会計等の特別会計について、所要の補正を行なうことといたしております。

 以上、昭和三十六年度補正予算の大綱を御説明いたしました。何とぞ政府の方針を了とせられ、本補正予算に対し、すみやかにご賛同あらんことをお願いいたします。

 次に、租税について申し述べます。

 租税につきましては、すでに、本年度当初予算におきまして、中小所得者の負担の軽減をはかり、企業基盤の強化に資するため、所得税及び法人税を中心として、国税だけで平年度千百三十億円に及ぶ減税を実施したのでありますが、なお、国民の租税負担は、戦前ないし諸外国と比較して決して軽くないと考えております。従って、今後においても、引き続き適切な減税措置を講じ、国民の租税負担の軽減に努めて参りたいと考えている次第であります。

 なお、輸出振興のための税制改正については、すでに申し述べましたが、このほか、最近における木材価格の値上がりが、わが国の経済及び国民生活に与えている影響に顧みまして、木材の伐採を促進し、その価値の引き下げに資するため、二年間を限り、山林所得課税の軽減の特別措置を講ずることといたした次第であります。

 次に金融政策について申し述べます。

 金融政策の基調に関しましては、すでに申し述べましたとおり、引き締めの方針を堅持いたしますとともに、その運用にあたりましては、日本銀行との緊密な連携のもとに、機動的、弾力的に対処する所存であります。もとより、金融政策が円滑にその成果を上げますためには、政府の行ないます経済諸政策が、これと歩調を合わせて進められることも必要でありますが、何よりも、国民各位の協力が肝要であると考えます。特に、経済活動のにない手である産業界が、経済の現状に即した大局的判断により、金融界との連絡協調にあたられることを心から期待いたすものであります。

 なお、今後の金融政策の推進にあたりましては、中小企業金融対策に特に留意して参らなければならないものと考えます。すなわち、財政金融を通ずる引き締め政策の進展に伴い、政府が最も意を用いておりますのは、中小企業等、経済的に弱い面にしわ寄せが起こらないようにすることであります。これがため、従来とも、中小企業金融については格別の配意を加えて参ったのでありますが、今後、年末における資金の需要等をも考慮いたしまして、政府関係におきましては、国民金融公庫、中小企業金融公庫及び商工組合中央金庫に対して、総額三百五十億円の資金の手当を行なうとともに、情勢に応じて、市中金融機関の中小企業向けの融資を促進するために、総額二百億円の金融債等の買い入れを考慮するなど、時宜に応じた対策を順次実施して参る所存であります。民間金融機関におきましても、中小企業金融に対し、今後とも、従来に増して、一そうの努力を尽くされますことを期待するものであります。

 次に、為替、国際金融政策について申し述べます。

 最近における国際収支の逆調と、これが対策につきましては、すでに申し述べたところでありますが、高水準の輸入と輸出の伸び悩みとに根本の原因があることに顧みまして、貿易・為替面におきましては、去る九月十三日に、外国為替銀行に対し、現地貸付についての所要の規制を行なうとともに、九月十八日には、輸入担保率の引き上げを実施いたした次第であります。関係業界の格段の御協力を切望いたすものであります。

 次に、輸出の振興につきましては、かねてより着々対策を講じて参りましたところに加え、今回、さらに、諸方策を決定、実施することといたしました。業界におかれましても、輸出増進のため一そう意欲を高揚され、不断の工夫を尽くされますことを強く要望いたすものであります。幸いにして、アメリカの景気も本格的な立ち直りを見せてきつつあるときでありますので、私は、このような国をあげての輸出への努力が、必ずや大きな成果を収めるものと確信いたすのであります。

 なお、これと関連いたしまして、私は、いまだ、わが国に対し、ガット三十五条を援用する等の差別的措置を行なっている国があり、これがわが国の輸出に好ましくない影響を与えていることをはなはだ遺憾に思うものでありまして、今後とも、強力に差別待遇の早期撤廃につとめる所存であります。

 次に、貿易・為替の自由化について申し上げます。

 政府は、従来から自由化を進めて参りましたが、本年七月、わが国の貿易自由化率を明年九月末までに九〇%程度に引き上げることを目途として、これをさらに促進する方針を決定した次第であります。わが国のこのような自由化への努力にかんがみ、先般の国際通貨基金当局との年次協議に関する理事会の決議におきましても、現在の貿易・為替の諸制限を直ちに撤廃すべき旨の勧告はなされなかったのでありますが、政府といたしましては、ただいま申し述べました方針に基づき、自由化のわが国経済に与える影響等を考慮しながら、その具体的な推進をはかって参りたいと存ずるのであります。

 以上、わが国経済の現状と当面の財政金融政策に関する所信を申し述べました。

 私は、このたび、ウイーンに参りましたおり、欧州経済共同体の六カ国が、多年のわだかまりを捨て、幾多の障害を打破し、英断をもって経済統合の実現に努め、着々その実行を上げ、著しい発展を遂げつつある実情にふれたのであります。また、英国がきわめて根の深い同国経済の危機に直面し、これに対処してとることとした思い切った対策を知り、万難を排して難局を克服せんとする同国朝野のかたい決意に、非常な感銘を受けたのであります。

 幸いにして、わが国経済は、若さに恵まれ、そこに蔵された伸びんとする力にははかり知れないものがあります。現在、わが国は、発展途上に横たわる一つの起伏に直面したとも言い得るのでありますが、やがて、国民各位の努力によりこれを乗り越えて、輝かしい成長と国民所得倍増への大道を歩むものとかたく信ずるものであります。