データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第47回(臨時会)
[演説者] 田中角栄大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1964/11/21
[参議院演説年月日] 1964/11/21
[全文]

 私は、今回成立しました新内閣におきましても、引き続き大蔵大臣を拝命することになりましたが、任務の重大さを痛感し、微力を尽くして職責を全うする覚悟を新たにいたしておるのであります。本国会は、新内閣発足後初めての国会でございますので、補正予算の御審議をお願いする機会に、財政金融政策につきまして所信の一端を申し述べたいと存じます。

 申すまでもなく、一国の政治の理想は、国民が真に生きがいを覚え、働きがいを感ずるような国家社会を築き上げることにあります。このような理想を達成するためには、経済面において、国民経済の健全かつ着実な発展をはかってまいることが肝要であります。したがいまして、今後とも財政金融政策の基本的な課題は、国際収支の均衡と物価の安定を確保し得る範囲内で適度な経済成長をはかることであり、また、その成長の過程におきまして、経済社会の各分野における合理化、近代化を行ない、いわゆるひずみを是正しつつ、国民経済全体としての効率を一段と高めていくことであります。

 本年は、わが国が開放体制に本格的に移行した意義深い年であり、今後は、国際経済の波動に対処しつつ、国際収支の均衡を確保し、安定成長の路線を固めてまいらねばなりません。この際、最も大切なことは、国民経済のあらゆる分野におきまして、性急な量的拡大に走ることを避け、じみちに内容の充実を心がけ、今後の発展への足場を固めるという堅実な態度であると思うのであります。昨年末以来、国際収支の均衡回復と経済成長の安定化をはかるため調整政策を進めてまいったのも、基本的にはこのような局面に対処しようとするものであります。

 さて、わが国経済の最近の動向を見ますに、調整の効果は、漸次経済の各分野に浸透しつつあるものと認められるのであります。すなわち、国際収支は、輸出が海外経済環境の好調を背景に、国内産業の競争力の強化、輸出意欲の増進によって順調な伸びを示している反面、輸入が高水準ながら落ちつきを示していることにより、本年七月には貿易収支の均衡を回復し、続いて八月には、経常収支においても黒字に転じ、その後も好調な推移を示しておるのであります。また、卸売物価が軟調を続けているほか、鉱工業生産、民間設備投資等の動向にも、ようやく沈静化のきざしが見られるに至っておるのであります。

 しかしながら、国際収支につきましては、輸出の面におきまして、世界景気の動向や、今回の英国の緊急措置等、なお不確定な要素もあり、他方、現在の輸入原材料在庫の低水準から見て、生産、投資の動向によっては、今後再び輸入が増加するおそれもなしとしないのであります。したがいまして、開放体制下にふさわしい安定的な基調を固めていくためには、経済全般がさらに落ちつき、経済界に慎重かつ合理的な経営態度が行き渡るとともに、国際収支の持続的改善の方向が確実なものとなることを見きわめるまで現在の政策基調を維持することが新内閣としても必要なものと考えるのであります。

 今回の調整過程におきまして、種々の摩擦が生じていることも事実でありますが、調整政策の意図するところは、経済の安定化にあり、いたずらに経済活動を縮小せしめようとしているものではないのでありますから、これらの摩擦的現象に対しましては、個別にきめのこまかい配慮を加え、かりにも無用の混乱や不安を引き起こすことのないよう、臨機に万全の措置を講じていく所存であります。

 これに関連いたしまして、当面、中小企業の年末金融対策として、政府関係金融機関の資金量の増加、資金運用部資金による買いオペレーション等所要の措置を講ずるとともに、民間金融機関に対しましても、中小企業向け融資の円滑化について、細心の配慮を行なうよう強く要請いたしておるのであります。

 次に、当面の財政金融政策上の若干の問題について申し述べたいと存じます、

 まず、来年度の予算編成にあたりましては、さきに述べました経済の動向にかんがみ、引き続き健全均衡財政の方針を堅持し、経済に過度の刺激を与えないよう、財政面からも安定成長を確保してまいることが肝要であります。したがいまして、租税その他歳入の伸びにあまり多くを期待することはできませんが、その限られた財源の中にあって、経費の重点的、効率的配分につとめ、農業、中小企業の近代化、社会資本の整備を推進するほか、社会保障の充実、住宅など生活環境施設の整備、教育文化の振興等を効果的に進めてまいりたいと考えておるのであります。

 また、税制につきましては、わが国経済及び国民生活に及ぼす影響の重要性に顧み、かねてから最近の社会、経済の進展に即応した新しい税制のあり方について検討を進めているところでありますが、来年度におきましても、本年度に引き続き、さらに国民生活の向上と企業の国際競争力の強化をはかるため、財政事情の許す限り、租税負担の軽減、合理化につとめる所存であります。

 次に、本格的開放体制下におきまして、長期安定資金を確保し、企業の資本構成の是正をはかりますために、貯蓄の増強と資本市場育成の重要性は、ますます高まりつつあります。したがいまして、今後とも貯蓄の増強のため積極的に配意するとともに、企業、投資者及び証券業者を通ずる総合的な見地に立って、資本市場の育成強化に一段と努力してまいりたいと存じます。

 現在、証券市場における株式の需給の不均衡を改善するため、増資調整等の措置がとられておるのでございますが、今後とも、資本市場の健全な発展をはかり、将来の安定成長に必要な産業資金を確保するため、各般の施策を積極的に検討してまいりたい所存であります。証券業界においても、みずからその体質の改善に一段と努力することが望まれる次第であります。

 次は、国際金融並びに関税政策の問題であります。

 先般、東京で開催されましたIMF、世界銀行等の年次総会は、百をこえる世界の国々から財政金融に関する指導者多数の参集を得て、非常な成功裏に終了いたしたのでございますが、これは、関係者の努力はもちろん、広く国民の皆さまの御協力によるものでありまして、ご同慶の至りであります。この東京総会の機会に、世界各国の指導的地位にある人々が、わが国の実情に関する理解と認識を一段と深められましたことは、国際経済社会におけるわが国の立場に多大の好影響を及ぼすものと確信をしておるのであります。私は、この期間中、国際機関及び各国の指導者と親しく会談したのでございますが、その際、わが国が開放体制に本格的に移行したことに伴って、その国際金融上の役割りと責任が重きを加え、いわゆる南北問題に関しましても、先進国の一員として積極的に対処しなければならないことを、身をもって実感したのであります。

 わが国としては、国際協調の線に沿って、今後とも国際収支の健全化に一そう努力するとともに、国力の許す範囲において、低開発国援助についても貢献してまいりたいと考えるのであります。

 なお、ガットにおける関税一括引き下げ交渉がいよいよ本格化する運びとなっておるのでありますが、政府といたしましては、国内産業に対する影響を十分配慮するとともに、わが国の受ける利益と交渉相手国に与える利益との均衡を確保することに留意しつつ、今後の交渉に臨む所存であります。

 次に、昭和三十九年度の補正予算につきましては、近く国会に提出いたしますが、その大綱に関し御説明をいたしたいと存じます。

 御承知のとおり、本年度は、新潟地震をはじめ、春から夏へかけて各地方を襲った豪雨等のため、災害復旧に要する経費が多額にのぼることとなったこと、人事院勧告による国家公務員等の給与改善が昨年度のそれを上回るものであったこと及び三十九年産米の買い入れ価格が当初予算における見込みを上回って決定されたこと等のため、補正予算に対する財政需要は、例年同様に巨額なものとなりました。

 しかしながら、財源面におきましては、昨年末以来の景気調整策が漸次効果をあらわしてきておりますために、租税収入において法人税の減収が見込まれる等の要因により、例年のような規模の自然増収を期待することができず、補正予算を編成するにあたりましては、まことに困難な状況にあった次第であります。

 政府といたしましては、このような財源事情にもかかわらず、人事院勧告を尊重するたてまえから、例年よりも一月繰り上げて、本年九月から国家公務員等の給与改善を実施することといたしたのでありますが、その他の財政需要につきましては、極力緊急を要するものにしぼって補正計上することといたしております。その財源につきましては、租税及び印紙収入の自然増収約六百五十一億円のほか、税外収入の増約二百億円を補正計上するとともに、なお不足する分を捻出するため、 既定経費の節減を実施することといたしたのであります。

 この結果、近く国会に提出いたします補正予算の概要は、すでに資料として配布してございます「昭和三十九年度一般会計予算補正(第1号)等について」に示してありますように、

 一 公務員給与の改善を本年九月から実施することに伴い必要となる経費

 二 公共土木施設等の災害復旧等事業に必要な経費

 三 農業被害に対する再保険金の支払財源等に充てるための農業共済再保険特

   別会計への繰り入れ

 四 診療報酬改定に伴う増加経費

 五 食糧管理特別会計への繰入れ

 六 消費者米価改定に伴う生活保護費等の増加経費

 七 義務教育費国庫負担金等の義務的経費の精算不足額補てん

 八 所得税収入等の追加計上に伴う地方交付税交付金の増加の八項目でございまして、これらの歳出の追加額総額は千六十四億円となりましたが、他方、既定経費について二百十三億円の節減を行なっておりますので、補正予算の規模は八百五十一億円と相なるわけでございます。

 以上、一般会計予算について申し述べたわけでございますが、特別会計予算及び政府関係機関予算につきましても、ただいま申し上げました補正項目等に関連して、所要の補正を行ないますとともに、特に本年度の地方公務員の給与改善の財源につきましては、交付税及び譲与税配付金特別会計において借り入れの道を開くことといたしております。なお、財政投融資計画におきましても、災害復旧等に関連して地方公共団体、日本国有鉄道等についてそれぞれ所要の措置を講ずることといたしておるのであります。

 以上、当面の財政金融政策の考え方と本年度補正予算の大綱について申し述べたわけであります。補正予算が提出されました場合には、何とぞ政府の方針を了とせられ、すみやかにご賛同あらんことをお願いする次第であります。