データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第48回(常会)
[演説者] 田中角栄大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1965/1/25
[参議院演説年月日] 1965/1/25
[全文]

 第四十八回国会に臨み、昭和四十年度予算の御審議を求めるにあたり、その大綱を御説明いたしますとともに、財政金融政策の基本的な考え方について所信を申し述べたいと存じます。

 本年は、昭和四十年代の始まる年であります。

 戦後二十年、新生日本は、荒廃の中から立ち上がり、急速に経済の復興を成し遂げ、その後もたくましい成長力を持って発展を続けてまいりました。二十年のうち初めの段階は、いわゆる傾斜生産方式等によって窮乏経済から脱却し、生産及び国民生活を戦前水準に戻すことを目ざして努力した復興の時期でありました。それに続く段階は、経済の拡大と近代化を進めて、国民総生産を自由世界の五指に数えられるようになった時期であり、同時に、貿易・為替の自由化が次第に進み、国際経済社会における地位が向上してきた時代であります。

 これから始まる四十年代は、開放経済体制に本格的に移行したわが国が、引き続き着実な成長を続けつつ、先進諸国に比肩し得るような質的強化をなし遂げ、世界の繁栄にも一そう積極的な貢献をしていくべき時代であると考えるのであります。

 これに関連して、まず申し述べたいのは、わが国が開放体制に踏み切ったことの意義を、あらためて明確に把握しておきたいということであります。

 申すまでもなく、わが国は、人口密度が高く、しかも資源に乏しいのでありますから、貿易、特に加工貿易によって国を立てなければなりません。そして、わが国の貿易を伸ばすためには、世界貿易が自由化され、拡大していくことが必要なのであります。近年、世界貿易の自由化、国際協力の緊密化は急速に進展しつつありますが、わが国がみずからの門戸を開放することによって、この世界の動きに伍し、これを積極的に推進しながら、一部に残存する対日制限等の撤廃を求めていくことは、わが国にとってきわめて重要なことであります。このように考えてくれば、わが国が開放体制への本格的移行に踏み切ったことは、過渡的には若干の困難を伴うとしても、結局は、前進を続ける世界経済の中にあって、わが国経済をさらに伸ばしていくため、みずからが選んだ道であったことは明らかであります。

 この開放体制への移行に伴い、わが国は、国際経済社会の有力な一員として活動することになったのでありますが、わが国が、その国際的地位の一そうの向上をはかっていくためには、国際的視野に立った健全な財政金融政策の運用によって、通貨価値の安定につとめていくことはもちろん、常に国際収支の均衡とその健全化に留意することが肝要となるのであります。このためには、海外市場の開拓をさらに推進するとともに、わが国の輸出力を一段と増強していくことが最も大切であります。近年、高度成長の過程において、わが国産業の輸出力は急速に強化されてまいりましたが、、今後さらに輸出を伸ばしていくためには、企業体質の改善強化、産業構造の高度化、産業秩序の確立並びに科学技術の開発向上等について一そうの努力を積み重ねていかなければならないのであります。

 次にもう一つ申し述べたいのは、経済合理性に徹するということであります。

 開放体制に移行することにより、貿易・為替が自由化されることを契機として、自由な経済原則が、わが国経済の運営の全面にわたって、より強く働くようになるのであります。わが国企業が、今後、世界市場における品質、価格の競争と国際経済の波動に耐えて一そうの発展を期するためには、自由な経済原則のもとに、効率を重んずる合理的な経営態度に徹することが最も肝要であると考えるのであります。いたずらに業容の拡大に走ることなく、過当な競争を廃するとともに、技術と信用の向上をはかり、労使協力の基調のもとに、真の競争力と抵抗力を涵養することが、みずから頼むところのあるりっぱな企業に成長する道であると申さねばなりません。私は、この際、わが国の企業が、広く国際的視野に立って、新しい経済環境にふさわしい合理的な経営感覚を身につけ、収益を重視し、蓄積を厚くして、その質的充実につとめられんことを強く期待したいのであります。

 以上、時あたかも昭和四十年代を迎えた年の初めにあたり、わが国経済の進むべき方向と課題について、所懐の一端を開陳した次第であります。

 次に、最近における内外の経済動向について申し述べます。

 昨年の世界経済は、米国においては一九六一年以来の拡大基調が続き、西欧諸国においてもかなりの成長が見られるなど、おおむね順調に推移しましたが、特に世界貿易は好調であり、その伸びは一〇%を越えているものと見込まれるのであります。しかしながら、年末にいたり、英国の国際収支改善対策、英、米、加の公定歩合引き上げ等、注目すべき措置が相次いで行なわれました。本年の世界経済及び世界貿易は、昨年におけるような大幅な伸びを期待することはむずかしい状況にあり、かつ、米、英の国際収支対策をめぐる動きもあって、きびしさを加えつつあるものと思われるのであります。

 一方、わが国経済は、昨年一年にわたる調整の過程を経て、安定化に向かいつつあります。今回の調整措置は、直接には国際収支の均衡回復を目途としたものでありましたが、同時に、開放体制への本格的移行に備え、安定成長の基調を確保し、国際経済の波動に耐え得るような質的強化の地固めを行なうことをも意図したものであります。

 調整の効果は、経済の各分野に次第に浸透してまいりましたが、昨年秋以降、生産の動向、設備投資の意欲、並びに金融市場の動きなどには、おおむね平静な推移が見られるに至っており、経済は、自立的な調整過程に入ったものと思われるのであります。また、国際収支も、輸出の好調、輸入の落ちつきによってその均衡を回復しつつあります。昨年中の我が国の輸出は、前年に比して二割以上も増加し、国際収支改善の大きな要因となったのでありますが、これは、さきに述べましたように、海外市況が好調であったことによるとともに、わが国産業の輸出力が強化されたことにも基づくのものであります。

 本年の海外環境は、さきに申し述べたとおり、きびしさを増すことが予想されますが、世界の経済と貿易は、全体としては、なお着実な拡大を続けるものと思われるのであります。また、我が国の輸出力は、ここ数年の近代化、合理化投資の成果に基づいて、年を追って強化されていくものと考えられ、さらに、今回の調整過程を経て、輸出意欲が増進されつつあるのであります。したがって、本年も、輸出を大きく伸ばし、貿易収支の黒字確保を中心として国際収支の均衡をはかることは、一そうの努力を前提とするならば、十分可能であると考えるのであります。

 このような情勢にかんがみ、昨年十二月の預金準備率の引き下げに続いてさる一月九日には公定歩合の一厘引き下げが実施されたのであります。今後、わが国経済は、落ちついた歩みの中で次第に明るさを増していくことが期待されるのでありますが、政府といたしましては、この際、過度の安易感によって再び経済に行き過ぎが生ずることのないよう、財政面における健全均衡方針の堅持と相まって、金融政策においても、なお引き続き慎重かつ機動的な運営を行ない、内外の経済動向の推移に備える所存であります。

 さて、今回の予算編成にあたりましては、きびしい国際経済環境の中で、通貨価値の維持と国際収支の均衡を確保し、わが国経済の長期にわたる安定成長の路線を固めることを主眼といたしたのであります。このため、財政面から経済を刺激することのないよう、引き続き健全均衡財政の方針を堅持するとともに、極力予算規模の圧縮をはかることといたしましたが、その際特に意を用いたのは、次の諸点であります。

 まず、安定成長を前提とする以上、従来のような大幅な租税の自然増収を期待することはできず、他面、歳出増加の要求は依然として強く、国民の要望である減税を行なうことにはかなりの困難があったのであります。しかし、種々くふうをこらすことによって、広く国民一般の租税負担を軽減するため、平年度一千二百億円を越える一般的減税を行ないますほか、当面の要請にこたえ、貯蓄の増強、資本市場の育成等のため、政策的減税をも実施することにいたしたのであります。

 私は、常々、財政事情の許す限り減税を行なうことが必要であると考えているのであります。本格的減税の始まった昭和二十五年度以降の国税の平年度減税額を単純に合計しても、約一兆二千億円になり、しかも、そのうちの八〇%余は国民に最も関係の深い所得税であったのであります。この減税が、国民生活の安定向上、経済の発展に与えた効果は、まことに大きなものがあったと思うのであります。

 次に、歳出の面では、わが国経済の長期にわたる成長の基盤をつちかい、国民生活の向上発展に資する分野には、できる限りの配慮を加えることといたしました。特に、国民生活の向上とその環境の整備、低生産性部門の近代化、地域格差の解消、過密都市対策の促進等、社会開発を推進する重要施策を積極的に展開し、社会、経済の各分野、各地域にわたり、均衡のとれた発展、開発を期することをもって基本としたのであります。

 なお、歳出に関しましては、この際、財政需要の充足状況を勘案しつつ、その合理化と重点化を一段と推進することといたしました。このため、既定経費につきましても、その内容と効果を再検討して、非効率的な補助金の整理合理化など、一そうその節減につとめるとともに、新規の経費は、特に重要かつ緊急なものに限定することにいたしたのであります。

 私は、今後とも、財政支出の対象が漫然と増大し、財政に過度に依存する傾向が広がっていくことは避けなければならないと考えております。したがって、財政支出の対象とするについては、それが、個人や企業など、私経済の責任と能力を越えるものであるかどうか、政府で行なうことが効率的であるかどうかを十分吟味して初めてこれを取り上げるべきものと思うのであります。

 次に、財政と金融を一体として運営すべきことは、私が従来から申してきたところでございますが、このような趣旨から、今回の予算編成にあたりましては、財政投融資計画を通じまして民間資金を活用することに一そう留意いたしたのであります。このことによって、国民の蓄積資金の適当な部分を、社会資本の充実等、公共部門の整備に振り向け、資本形成における民間部門と公共部門の調和を保つことを期した次第であります。

 さて、今回提出いたしました昭和四十年度予算について御説明いたします。

 一般会計予算の総額は、歳入、歳出とも三兆六千五百八十一億円でありまして、昭和三十九年度当初予算に対し四千二十六億円、さきに成立いたしました補正予算を加えた予算額に対しては三千百七十六億円の増加となっておるのであります。

 また、財政投融資計画の総額は、一兆六千二百六億円でございまして、昭和三十九年度当初計画に対し二千八百四億円の増加となっておるのであります。

 政府が昭和四十年度において特に重点を置いて措置した重要施策につき、その大綱を申し述べてみたいと存じます。

 まず、減税を中心とする税制の改正であります。減税の考え方につきましては、さきに申し述べたとおりでございますが、中小所得者に重点を置いて所得税の負担を軽減すること、及び企業の体質改善、国際競争力の強化に資するため、中小企業の負担軽減に配意しつつ、企業課税の軽減を行なうことにより、平年度千二百四十億円に及ぶ一般的減税を実施するほか、貯蓄の増強、資本市場の育成等、当面要請される諸施策に対応する税制上の措置を講ずることといたしたのであります。

 すなわち、所得税におきましては、国民生活の安定に資するため、諸控除を相当大幅に引き上げることといたしておるのであります。この結果、たとえば、標準世帯である夫婦及び子三人の給与所得者の場合、所得税を課されない限度は、現在の約四十八万五千円から約五十六万四千円となり、中小所得者の負担は、相当程度軽減されることとなったわけであります。

 法人税におきましては、本格的な開放体制への移行に対処し、自己資金の充実と企業基盤の強化に資するため、法人の留保分に対する税率を、特に中小法人の負担の軽減に重点を置いて引き下げるほか、同族会社の留保所得課税の控除額の引き上げを行なうことといたしたのであります。そのほか、貯蓄の増強、資本市場の育成等、当面要請される諸施策に対応する税制上の措置を、この際思い切って講ずることにいたしたのであります。

 なお、地方税につきましても、地方財政の苦しい実情にもかかわらず、個人事業税の事業主控除の引き上げ、電気ガス税の免税点の引き上げ、その他所要の負担の均衡化、合理化をはかることにいたしておるのであります。

 また、関税率につきましても、最近の内外経済情勢に応じ、所要の調整を行なうことといたしておるのであります。

 国民経済の均衡ある発展を期するためには、農林漁業及び中小企業等、低生産性部門の生産性の向上と経営基盤の拡大強化を推進し、その近代化、高度化をはかることが肝要であります。

 このため、まず、農林漁業につきましては、農業構造改善事業、農業基盤整備事業等を大幅に拡充して、農業経営の近代化、生産基盤の強化をはかるとともに、新たに農地管理事業団を創設して、自立経営農家の積極的な育成を助長することにいたしたわけであります。

 また、中小企業につきましては、中小企業高度化資金等を飛躍的に拡充して、構造の高度化、経営の集団化、協業化を推進するほか、小規模企業共済事業団の新設、特別小口保険制度の創設等、小規模事業対策に特に重点を置いて予算を増額いたしたわけであります。

 さらに、税制面におきましても、さきに申したとおり、中小企業車の税負担の軽減に配意いたしましたほか、予算及び財政投融資計画を通じ、農林漁業及び中小企業金融の円滑化のため、政府関係金融機関等において、新規融資ワクの大幅な拡大をはかることにいたしたのであります。

 国民福祉の向上をはかるため、経済力と調和を保ちつつ、社会保障諸施策を推進することは、福祉国家にとって重要な使命の一つであります。

 このため、生活扶助基準の引き上げ、福祉年金制度の改善等を行なうとともに、低所得者層の妊産婦、乳幼児に対するミルクの無償給付を開始して、低所得者層に対する施策について、その一そうの充実を期することといたしたのであります。

 医療保険につきましては、国民健康保険の世帯員に対する七割給付の着実な推進をはかりますほか、既定の方針に従い、財政再建対策を講じますとともに、政府管掌健康保険等について、この対策を円滑に実施するため、特別の補助を行なうことといたしたのであります。

 恩給につきましても、民政安定の一環として、昭和四十年十月から三カ年計画で、恩給年額の改定等の改善を行なうことといたしたのであります。

 なお、産業構造の変化等に即応いたしまして、雇用対策を強化し、労働力の流動性を高めることといたしております。

 調和のとれた国民生活と住み良い社会を築くためには、衣食に比べ従来立ち遅れを見せていた住宅及び生活環境施設をすみやかに整備することが当面の急務であります。まず、住宅につきましては、予算及び財政投融資を大幅に増額して、政府施策住宅建設の促進と質の向上につとめるとともに、特に勤労者持ち家住宅の建設を推進するため、住宅供給公社の発足を予定いたしておるのであります。

 また、生活環境施設につきましては、上下水道、終末処理施設等に重点を置いて、その整備を促進いたしますほか、公害防止事業団を新設する等により、公害対策にも格段の配慮を加えることといたしたのであります。

 文教を刷新して健全な青少年の育成と人的能力の開発につとめるとともに、科学技術を振興して現下の要請にこたえることは、政府の責務であり、従来とも最も意を用いてきたところであります。

 これがため、昭和四十年度におきましては、引き続き教育水準の向上と教育環境の整備を推進するとともに、父兄負担の軽減にも配慮を加えることといたしたのであります。また、昭和四十年度以降に予想される大学志願者の急増に対しましては、国立大学の定員及び施設の拡充と私立学校振興会に対する財政投融資の大幅な拡充等により対処することといたしておるのであります。

 さらに、最近の科学技術の動向にかんがみ、原子力平和利用、産業公害防止等の主要研究を推進して、科学技術の一そうの向上を期することといたしたのであります。

 次に、公共投資につきましては、引き続き、社会資本を計画的に整備し、地域格差の是正につとめる等、その拡充をはかることといたしておるのであります。

 すなわち、道路整備につきましては、新たに石油ガス税を創設して道路整備財源の充実をはかる等、道路整備五カ年計画の重点的かつ着実な推進を期しておるのであります。次に、治山、治水対策及び港湾整備につきましては、新たに昭和四十年度を初年度とする新五カ年計画を策定して、事業の大幅な進捗をはかることといたしたのであります。また、将来の航空機輸送の増大に対処して、新東京国際空港公団を設立することといたしております。なお、日本国有鉄道につきまして、安全輸送の確保と輸送力の増強をはかるため、工事規模を大幅に拡充するとともに、日本電信電話公社につきましても、電信電話施設の整備拡充をはかることといたしたのであります。

 さらに、新産業都市の建設等、地域開発の促進のため、予算及び財政投融資の配分につき重点的に配意するとともに、新たに新産業都市等建設事業に対し、特別の財政援助を行なって事業の促進をはかることといたしておるのであります。

 輸出の振興等により国際収支の改善をはかり、また、国際経済協力を推進することの重要性は、さきに述べたとおりであります。

 このため、企業課税の軽減を行なうことにより、一般企業の国際競争力の強化をはかるほか、日本輸出入銀行を通ずる輸出金融を大幅に拡充いたしますとともに、日本貿易振興会等の事業活動を強化すること等によりまして、一段と輸出の伸長を期することとしております。同時に、貿易外収支については、外航船舶建造量の大幅な増加等をはかって、その改善に資することといたしているのであります。

 また、海外経済協力基金に対し追加出資を行なう等、経済協力体制の整備充実につとめることとしておるのであります。

 以上のほか、流動する国際情勢に対応して外交活動の強化充実をはかりますとともに、国力に応じた防衛力の自主的かつ計画的な整備につとめることといたしたのであります。

 また、法秩序の維持と交通安全の確保に資するため、司法活動の強化、警察力の充実等につきましても、相当の配慮を加えておるのであります。

 地方財政は、しばらく良好な推移をたどってまいったのでありますが、最近、地方税収入等の伸びの鈍化、人件費等経常的経費の増加等、悪化の傾向が見られるのであります。

 これが改善は、歳出増加を極力抑制するなど、本来地方団体自身の努力に待つべきものでありますが、国といたしましても、困難な財源事情にもかかわらず、今後における地方財政の一そうの健全化をはかる見地から、今回、特に地方交付税の率を現行の二八・九%から二九・五%に引き上げることにいたしたのであります。これにより、地方債の増額等と相まって、地方の行政水準と住民福祉の一そうの向上が期待される次第であります。

 財政投融資につきましては、以上、それぞれの項目においても触れたところではありますが、計画の策定にあたりましては、住宅の建設及び生産環境施設の整備、農林漁業及び中小企業関係金融の充実に重点を置くとともに、輸出の振興および道路、鉄道等、社会資本の強化等にも特に配意いたしておるのであります。

 次に、今後の金融政策について申し述べます。

 過去一年にわたる調整の過程を通じて、行き過ぎた企業規模の拡大は必ずしも収益の向上をもたらすものでないということが、広く経済界に認識されつつあります。

 企業の側にあっては、経営の重点を量的拡大から質的充実に移して、資金需要を適正化しつつ、その体質の改善を一そう推進することを切望してやみません。金融の側におきましても、過去の金融緩和期に見られたように、積極的な貸し進みによって折角落ちつきを見ている経済の基調をくずすことのないよう、慎重かつ堅実な融資態度を固めることを期待するものであります。

 政府といたしましても、このように金融情勢が落ちついていくこと見きわめつつ、金融の正常化の条件を順次整えてまいりたい所存でございます。

 長期資金の確保によって企業の資本構成を是正することは今日の急務であり、このため、貯蓄の増強と資本市場育成をはかることの重要性は一そう高まりつつあるのであります。この見地から、政府といたしましては、今回、企業及び投資家に対する一連の税制上の施策を実施することとしているのでありますが、今後とも、資本市場を拡大強化するため、公社債市場の育成、証券金融の拡充等、各般の施策を積極的に推進していく所存であります。

 なお、資本市場の健全な発展が、企業、投資家及び証券業者の、それぞれの立場における努力とくふうに待つものであることは申すまでもないところでありますが、特に、証券業界の体質改善とその機能強化が今日ほど急がれているときはないのであります。政府といたしましても、証券業の登録制を免許制に切り替えて、その経営基盤と信用の強化をはかる等、所要の措置を講ずる所存であります。

 国際経済面におきましては、かねてより各国間に検討が進められている国際流動性問題は、先般のIMF、世銀の東京総会において、IMFの増資による決議が採択されたことを契機として、新たな進展を遂げたのであります。一方、先般来の英国の国際収支危機に際しては、世界の主要国は、英国のIMFからの資金引き出しにあたり、初めて一般借り入れ取りきめを発動し、また、重ねて緊急借款を供与するなど、国際金融協力はますます緊密となりつつあるのでありますが、我が国といたしましても、積極的にこれらの協力に参加し、応分の寄与をいたしておるのであります。

 また、今日、開発途上にある国々に対する経済協力は、世界経済の拡大発展のためにますます重要となっておるのであります。わが国としては、国連貿易開発会議における諸決議において取り上げられているような諸問題、及び、ガットにおいて後進国貿易拡大のためにその規定と機構を改正する問題等にも考慮を払いつつ、国力の許す範囲内で協力と援助を行なっていきたい考えであります。ことに、アジア諸国は、地理的にも経済的にも、我が国とは最も密接な関係にありますので、援助を行なうにあたっては、これら諸国を中心に考えていきたいと存じておるのであります。

 なお、かねて懸案となっておりました、ガットにおける関税一括引き下げ交渉は、今般例外品目表の提出を終わり、いよいよ本格化する運びとなっております。この一括引き下げ交渉につきましては、世界経済の発展とわが国貿易の伸長という見地から、わが国としては、かねて積極的に参加する態度をとってきたのでありますが、今後もできる限りこれに協力していきたいと考えておるのであります。もちろん、交渉にあたっては、国内産業に対する影響に十分配慮するとともに、わが国の受ける利益と相手国に与える利益の均衡を確保するよう留意する所存であります。

 以上、財政金融政策の基本的な考え方と予算の大綱を御説明いたしました。

 初めに申し述べましたとおり、本年に始まる昭和四十年代は、わが国が国際経済社会の主要な一員として、さらに経済力の充実進展をはかり、世界の繁栄にも一そう積極的な貢献をしていくべき時期であります。日本国民がこの際決意を新たにし、戦後二十年にわたる経済発展の成果とそれに基づく自信の上に立って真剣な努力を続けるならば、経済の一そうの成長及びそれと調和のとれた豊かな社会の建設は必ず実現されるものと確信する次第であります。