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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第58回(常会)
[演説者] 水田三喜男大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1968/1/27
[参議院演説年月日] 1968/1/27
[全文]

 ここに、昭和四十三年度予算の御審議をお願いするにあたり、その大綱を御説明申し上げ、あわせて今後における財政金融政策について、私の所信を申し述べたいと存じます。

 わが国経済は、いま、二つの課題に直面しております。一つは、国内景気を抑制し、すみやかに国際収支の大幅な赤字を解消することであります。他の一つは、長期的見地から、既存の制度、慣行、政策を再検討し、経済全体の効率化をはかることであります。

 この二つの課題に取り組んでいくに際して、われわれは、わが国を取り巻く国際経済環境がきわめて厳しい状況にあることを銘記しなければなりません。

 昨年十一月の英ポンドの平価切り下げに続き、本年初頭には米国の国際収支改善対策が発表される等、国際経済情勢は流動的な様相を深めてまいりました。今後の展開いかんによっては、ようやく上昇に向かいかけていた世界経済の順調な足取りが乱れるおそれもあります。本年は、このような厳しい国際経済環境の中にあって、前に述べた二つの課題を解決していかなければならないのであります。

 このような見地から、昭和四十三年の財政金融政策は、次の二点を眼目として運営する所存であります。

 第一は、景気の調整であります。

 昭和四十一年初頭、不況克服のため公債発行を伴う財政政策が導入された後、わが国経済は順調な上昇を続けてまいりましたが、昨年初めころより、国内総需要の堅調を反映して、国際収支の不均衡が次第に顕著となり、昨年秋には一連の引き締め措置を講ずるのやむなきに至りました。しかし、現在に至るも、国際収支は依然として大幅な赤字を続けております。このような赤字基調から脱却することは当面緊急の政策目標であり、本年初めには、公定歩合の再引き上げも行なわれたのでありますが、財政金融両面で引き続き景気抑制への努力が要請されているのであります。

 公債発行を伴う財政政策はここに三年目を迎えました。本年は、この財政政策が、金融政策と緊密な連携を保ち、歳出面、税制面、公債政策の各分野において、十分抑制的に運営され、その真価を実証すべき年であります。

 昭和四十三年度の予算編成にあたって、私は、この点を特に配慮いたしました。昭和四十三年度予算はきわめて厳しい内容のものとなっておりますが、私は、これが、結局、物価の安定にも役立ち、国民福祉の向上に寄与する最善の道であると信ずるのであります。

 第二は、財政等の体質の改善であります。

 わが国経済が均衡のとれた持続的発展を遂げていくためには、財政がその景気調整機能と資源配分機能とを十分に発揮していかなければならないのであります。しかしながら、最近、法律上、制度上、義務的に支出しなければならない経費の毎年の伸びは著しく、これのみで年々財政措置をかなりの速度で増大させる勢いにあります。このような財政の体質を放置するならば、景気抑制的に財政を運営する必要がある場合にも、容易にこれを行なうことができず、財政の景気調整機能を有効に発揮させることが困難となるのであります。また、このような状況のもとにおいては、財源を政策的意図をもって適正かつ効率的に配分する余地に乏しく、財政の資源配分機能の適切な発揮も期待できないのであります。しかも、今後は、税収が常に従来のように高い伸びを示すものとは考えがたく、いまにしてこのように硬直化した体質を改善し、安易に財政に依存する傾向を是正しなければ、将来、財政政策の行き詰まりを招くおそれすらあるのであります。

 昭和四十三年度の予算編成にあたっては、財政体質改善のために特段の努力を払いました。しかし、財政の硬直化打開という課題は、短時日の間に一挙に解決できる性格のものではありません。解決の第一歩は、このたびの予算編成において踏み出されたのでありますが、さらに引き続いて問題の根本的解決をはからなければならないのであります。

 今日、体質改善という課題は、ひとり財政のみに課されているわけではありません。内外諸情勢の変化に即応し、金融面その他経済の各分野にわたり、従来の制度、慣行にとらわれることなく、その効率化をはかっていくことが必要であります。政府は、今後、財政金融に関連する諸制度の根本的な検討と、その改善に取り組む決意であります。これには、数多くの困難が予想されますだけに、広く各界各層の御理解と御協力をお願いいたしたいのであります。

 昭和四十三年度予算は、以上申し述べました財政金融政策の基本方針にのっとり編成いたしました。その特色は、次の諸点であります。

 第一は、財政規模の増大を極力抑制したことであります。

 すなわち、一般会計予算の総額は、前年度補正後予算額に比べて、一一・八%の増加に押えました。これは、最近十年来の予算の伸びに比べて、きわめて低い伸び率であり、非常に抑制された姿となっております。

 財政投融資計画の前年度当初計画に対する伸びは一三%であり、これは、昭和三十四年度以来最も低い伸び率であります。

 国民経済計算上の政府財貨サービス購入も、前年度の実績見込みに対して一一・七%の伸びとなり、国民総支出の伸びを下回る見込みであります。

 第二は、公債依存度を大幅に引き下げたことであります。

 公債発行を伴う財政に景気抑制的な機能を発揮させるため、また、長期的観点から財政体質の改善に資するため、昭和四十三年度予算の編成にあたっては、公債発行額の圧縮にできるだけの努力を払いました。すなわち、一般会計における公債の発行額は六千四百億円、財政投融資計画における政府保証債の発行額は三千六百億円にとどめ、前年度に比べて大幅に減額いたしました。これにより、一般会計歳入中に占める公債発行収入の割合を、一〇%台まで引き下げることとしたのであります。

 第三は、新たに総合予算主義のたてまえをとったことであります。

 予算は、本来、年に一度すべての財政需要を見込み、各経費の優先順位を比較勘案して編成すべきものであります。従来は、公務員の給与改定及び食糧管理特別会計への追加繰り入れが、毎年恒例的に予算補正の大きな要因となっていたのでありますが、昭和四十三年度予算におきましては、このような慣行を排除することといたしました。すなわち、公務員の給与改定に備えて予備費の充実をはかりました。また、食糧管理特別会計への繰り入れについては、年度の途中において米価の改定等事情の変化があっても、これによって補正財源を必要としない方式の確立を期することといたしております。

 第四は、税負担の調整合理化をはかったことであります。

 昭和四十三年度におきましては、中小所得者の負担の軽減に重点を置いて、平年度一千二百五十億円の所得税の減税を行なうほか、当面の経済施策に即応する税制上の措置を講ずることといたしました。他方、来年度の経済の推移を勘案し、所得及び物価の水準等の状況に応じた間接税負担の調整等を行ない、歳入の充足をはかることといたしました。これにより、税制改正等による減収は昭和四十三年度においては生じないこととなります。

 第五は、財源の適正かつ効率的な配分につとめたことであります。

 一般会計予算及び財政投融資計画とも、その限られたワク内において、財源の重点的な配分を行ない、最大の効率が得られるように配意いたしました。特に、予算内容の更新をはかり、補助金の整理合理化を一そう推進することに留意いたしました。

 第六は、行政の効率化に格段の配慮を加えたことであります。

 すなわち、国家公務員の定員につきましては、極力減員につとめた結果、昭和四十三年度の国家公務員の定員は、前年度に比べて減少することとなります。これは、昭和二十九年度以来のことであります。

 また、行政機構につきましては、各省庁の部局、公庫、公団の新設は、一切これを行なわないことといたしました。

 かくして、一般会計予算の総額は、歳入歳出とも五兆八千百八十五億円となり、昭和四十二年度補正後予算に対し、六千百五十一億円の増加となっております。

 以下、政府が特に重点を置いた施策について、の概略を申し上げます。

 まず、税制等の改正であります。

 所得税につきましては、中小所得者の負担の軽減をはかるため、夫婦と子三人の給与所得者の課税最低限を年収八十三万円程度まで、約十万円引き上げることといたしました。また、障害者控除、寡婦控除等につきましても、引き上げを行なうことといたしております。

 租税特別措置につきましては、輸出の振興、技術開発の促進、中小企業の構造改善等に資するものを拡充する一方、価格変動準備金の積み立て率を引き下げる等、既存の制度の整備合理化を進めることといたしました。

 間接税等につきましては、酒税の増徴、たばこ小売り定価の改定を行ない、さらに、物品税の暫定措置について所要の調整を講ずることといたしております。

 なお、地方税につきましては、住民税の課税最低限を引き上げる等、負担の軽減はかることといたしました。{ママ}また、地方道路財源の充実をはかるため、新たに自動車取得税を創設することといたしております。

 次に、歳出について申し上げます。

 昭和四十三年度予算におきましては、限りある財源の中で、各種施策につき、相互の均衡をはかりながら、できる限りの配慮を加えることといたしました。

 以下、重要施策の要点について申し述べます。

 第一は、社会保障施策の充実であります。

 まず、低所得者対策といたしましては、生活扶助基準の引き上げ、福祉年金の給付月額の引き上げと所得制限の緩和等を行うことといたしました。

 また、児童保護、老人福祉、身体障害者保護、心身障害児保護、原爆被爆者援護等について、施策の充実をはかっております。

 第二は、文教の充実と科学技術の振興であります。

 文教の充実につきましては、義務教育における学級編成の改善、教育の処遇の改善をはかったほか、教材費の増額を行なうことといたしました。また、学校の施設・設備費等教育環境の整備を推進することとしております。さらに、大学入学志願者の増加に対処するため、学生の増募を行ない、また、私学については、新たに教育研究費の補助を行なう等、振興助成を進めることといたしております。このほか、育英奨学制度の充実をはかっております。

 科学技術の振興につきましては、動力炉の開発、宇宙開発、大型重要技術の研究開発等を促進することといたしております。

 第三は、各種社会資本の整備であります。

 公共事業費等の投資的経費は、本来、経済情勢に応じてその規模を弾力的に調整すべきものであり、昭和四十三年度におきましては、景気調整の方針にのっとり、公共投資の伸びを抑制することといたしました。

 その内容につきましては、各事業の緊要性を勘案し、抑制の方針のもとにおいても、事業の着実な推進に留意いたしました。

 すなわち、住宅建設につきましては、一世帯一住宅の実現を目標とする住宅建設五カ年計画に沿って、引き続きその促進をはかっております。昭和四十三年度における政府施策住宅の建設戸数は、前年度に対して四万四千戸余りを増加し、約五十万戸といたしました。

 また、下水道等の生活環境施設の整備を促進することといたしております。

 このほか、治山、治水等国土保全の推進をはかり、また、道路、港湾、空港等各般の施設の整備を進めることとし、このうち治山、治水、港湾につきましては、昭和四十三年度を初年度とする新五カ年計画を策定することといたしております。

 第四は、輸出の振興と対外経済協力の推進であります。

 輸出の振興につきましては、日本輸出入銀行の貸し付け規模の大幅な拡大をはかりました。

 対外経済協力につきましては、海外経済協力基金の事業規模の増大等、わが国経済の実情に応じて、その推進をはかることといたしております。

 なお、昭和四十五年に開かれる万国博覧会につきましては、その開催準備に遺漏なきを期しております。

 第五は、中小企業及び農林漁業の近代化であります。

 中小企業につきましては、その近代をはかるため、中小企業関連金融機関の資金量の増大、中小企業振興事業団の資金の拡充等をはかることとしております。

 農林漁業につきましては、農業基盤の整備、農林水産業構造改善対策等の施策を推進し、その近代化をはかることとしております。金融面におきましても、農業近代化資金、農業改良資金の融資ワクを拡大し、また、農林漁業金融公庫に総合施設資金を創設する等の措置を講ずることといたしております。

 さらに、流通面の近代化、合理化をはかるため、卸売り市場の整備を促進し、、また、国民金融公庫、農林漁業金融公庫及び中小企業金融公庫に特別融資制度を設けることとしております。

 これらの施策は、物価の安定に貢献するものと考えられます。

 第六は、交通安全及び公害防止のための施策に重点を置いたことであります。

 交通安全対策につきましては、歩行者保護のための施設の整備等を引き続き推進することといたしました。また、公害防止事業団の資金量の拡充、融資条件の改善をはかり、公害防止技術の開発等、施策の充実をはかっております。

 最後に、地方財政について申し上げます。

 昭和四十三年度の地方財政は、地方税、地方交付税等の歳入の大幅な増加が見込まれるのでありますが、現下の経済情勢にかんがみ、国と同一の基調で、節度ある運営を行なうことにより、地方財政の一そうの健全化が促進されるよう期待するのものであります。

 以上、昭和四十三年度予算の大綱について御説明いたしました。

 現行国際通貨体制の基軸をなす米ドル及び英ポンドをめぐり、最近、相次いで注目すべき措置がとられるに及んで、国際通貨問題の重要性は、いよいよ高まってまいりました。安定した国際通貨体制は、世界経済の交流を支える基盤であります。国際経済交流の発展なくして、わが国経済の健全な成長は実現しがたく、各国の理解と協力とによって、国際通貨体制の安定強化が達成されることが切に望まれるのであります。IMFの特別引き出し権制度も、このような協力の一つの成果として、その早期実施が期待されます。

 わが国も、国際経済社会の一員として、国際通貨体制の安定強化にできる限りの協力を行ない、世界経済の拡大発展に貢献したいと考えております。また、かかる協力をすることこそ、わが国の経済発展それ自体をささえるゆえんであると信じます。

 世界経済が拡大発展を遂げていくためには、各国が国際経済の自由な交流を促進する努力を続ける必要があると考えます。わが国も、各国と歩調を合わせて、本年から関税の一括引き下げを行なうこととする等、経済の国際化に沿った施策を着々と進めているのであります。

 経済の国際化の進展につれ、国際競争がますます激しくなることは覚悟しなければなりません。一方、国内的には、労働力不足の本格化等、長期的基本的な条件の変化も生じているのであります。このような内外の状況の変化を前にして、企業の体質の強化と金融の効率化とが切に要請されることはいうまでもありません。この要請に応えるためには、もとより産業界及び金融界の自主的な努力にまつべきものと考えます。政府も、資本市場の育成をはかるほか、金融制度全般にわたり再検討を行ない、競争原理の導入をはかる等、金融の効率化を進めるため、環境の整備につとめる所存であります。

 本年、わが国をとりまく世界経済の動向がいかなる展開を示すかは予断を許しがたく、このような情勢の中で、国際収支の均衡回復という目標に到達するには、多くの困難が予想されます。これらの困難に対処し、事態の変化に応じて、財政金融政策を機動的弾力的に運用しながら、政府は、景気調整の目的達成に、確固たる決意をもって当たる所存であります。同時に、この難局打開には、経済界をはじめ国民全体の御理解と御協力とが不可欠であることを、私は、強く訴えたいのであります。

 昭和四十三年は、調整の年、地固めの年であります。幸いにして、各階各層の深い御理解と心からの御協力が得られますならば、国際収支はやがて必ずや均衡を回復し、わが国経済は、国民の活力に支えられて、再び新たな発展を遂げていくものと私は確信いたす次第であります。