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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第61回(常会)
[演説者] 福田赳夫大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1969/1/27
[参議院演説年月日] 1969/1/27
[全文]

 昭和四十四年度予算の御審議をお願いするにあたりまして、その大綱を御説明申し上げ、あわせて、今後における財政金融政策について所信を申し述べたいと存じます。

 わが国経済は、昭和四十年の不況を克服し、その後、三年もの長い間、一貫して拡大の歩みを続け、現在もなお、力強い上昇の勢いを示しております。

 かくて、ことしは、景気上昇の第四年目を迎え、わが国が従来経験したことのない長期の経済拡大をここに実現しようとしておるのであります。いまや、わが国の国民総生産は世界第三位に達したものとみられ、国際経済社会におけるわが国の地位は、ますます重きを加えつつあります。しかしながら、今後のわが国経済を展望いたしますと、その前途にはまことに楽観を許さないものがあるのであります。

 すなわち、国内におきましては、消費及び投資の両面において、引き続いて需要が強調に推移しているのに対し、海外では、アメリカにおける景気の鈍化傾向、流動的な国際通貨情勢など、先行き警戒を要する要因が少なくないのであります。また、国内における消費者物価上昇の動きは根強く、今後長期にわたる景気上昇の過程において、物価安定のために一そうの努力が要請されるのであります。

 このような情勢に対処いたしまして、わが国経済の均衡のとれた成長を持続し、明るく、豊かな社会を築いていくため、私は、当面、次の三つの点を眼目として、財政金融政策の運営に当たってまいりたいと存じます。すなわち、第一は、経済の持続的成長を達成することであります。第二は、物価の安定につとめることであります。第三は、経済の国際化に応ずる体制を整えることであります。私は、最善を尽くして、この三つの課題に取り組んでまいりたいと思います。

 まず第一は、経済の持続的成長を達成することであります。

 わが国経済は、目下順調な推移をたどっておりますが、経済の拡大が行き過ぎ、景気が過熱し、あるいは、その結果引き締めを招いて経済が深い谷間に落ち込むような事態は、ぜひとも避けなければならないものと考えます。経済の持続的成長こそは、国民の福祉と社会の安定の基盤であります。わが国経済の現在の好調を維持し、これを今後の長期の発展につないでいくことこそ、わが国が当面する最も重要な課題であると考えます。

 このような観点から、昭和四十四年度予算の編成に当たりましては、公債発行額を縮減して、公債依存度の引き下げをはかることといたしております。公債依存度の引き下げは、慎重な財政運営の態度を端的に表現するものであり、また、将来における財政の景気調整能力を拡大することにもなるのであります。私は、かつて、戦後はじめて本格的公債政策の導入に踏み切ったのでありますが、ここに、景気のよいときには公債依存度を引き下げるという基本原則を確立し、公債政策に不可欠の用件である節度というものをわが国財政に定着させたいと考えておるのであります。

 なお、予算の執行に当たりましては、内外経済情勢の変化を注視しながら、機に臨み、変に応じまして、その弾力的運用をはかってまいることは申すまでもないのであります。

 他方、金融政策につきましても、金融による景気調整手段の再検討を進めるとともに、金融政策と財政政策とが一体となって景気調整の機能を発揮するよう、一そう配意してまいる所存であります。

 第二に、私が重要視しておりますのは、物価の安定であります。

 今日、消費者物価安定の要請はきわめて強いのでありますが、消費者物価の問題は、経済成長の問題と切り離して論ずることはできないのであります。成長経済下における消費者物価の上昇は、経済成長にまつわる構造的要因に根ざすところが大きく、成長を持続し、成長を進めながら、しかも、同時に消費者物価の安定を確保するというところが問題のかなめであり、また、困難なゆえんでもあるのであります。すなわち、経済成長は福祉社会建設の基盤ではありまするけれども、消費者物価の上昇が過度にわたるときは、国民生活の不安定をもたらすことはもとより、貯蓄意欲の減退等を通じて経済成長自体に悪影響を及ぼすことにもなります。したがいまして、困難であるとはいえ、成長政策を進めながら、かつ、消費者物価を安定させる、つまり、成長と物価安定を両立させるかまえは全力を尽くして押し進める考えであります。

 消費者物価安定のためには、競争条件の整備、低生産性部門の近代化、流通機構の改善、公共企業体の合理化、輸入政策の活用等、経済の構造面にわたる施策を着実に積み重ねていくことが必要であります。同時に、財政金融政策の慎重な運営により、総需要が適正な水準を越えて膨張するのを防ぐことが肝要であります。今後、財政金融政策の運営に当たりましては、これらの点に十分配意してまいる所存であります。

 第三は、経済の国際化に応ずる体制の確立という問題であります。

 最近、世界各国間の交流は、日を追うて自由かつ緊密となり、わが国経済と世界経済との結びつきも、ますます緊密なものとなってまいりました。このような緊密化した国際経済社会において、一国経済の発展は、世界経済の繁栄なくしては不可能であり、また、国内経済の諸問題も、すべて世界の動きと関連して考察し、処理しなければならない状況となってまいりました。

 この間、世界におけるわが国の経済的地位は著しく向上いたしておるのであります。いまや、わが国は、その国力に応じ、経済協力その他の面において、国際社会における責任を果たしていかなければならない立場に立ち至っておるのであります。また、国際金融面におきましても、国際通貨基金の特別引き出し権制度の早期発動など、国際通貨体制の安定強化のため、積極的にその役割りを演ずべきときに到来しておるのであります。

 わが国が、今後一そうの発展を続けていくためには、貿易及び資本の自由化にまっ正面から取り組んでいかなければならないのでありますが、多面、国際化の進展に伴いまして、国際競争がますます激化していくこともまた覚悟しなければなりません。このような事態に対処し、わが国経済の効率化を推進するため、科学技術の振興、労働力の有効活用、企業体質の改善、資本市場の整備育成などに一段と努力すべきものと考えます。また、金融制度全般の再検討を行ない、適正な競争原理を導入するなど、金融の効率化を推進しなければならないと考えるのであります。

 昭和四十四年度予算は、以上申し述べました財政金融政策の基本的方針にのっとり編成いたしました。

 その特色は、次の諸点であります。

 第一は、公債依存度を引き下げたことであります。

 公債を伴う財政の景気調整機能を発揮させるとともに、財政体質の改善をはかるため、前年度に引き続き公債発行額の縮減に努力いたしました。すなわち、一般会計における公債の発行額は、前年度予算より一千五百億円減額いたしまして四千九百億円といたしております。これにより、一般会計歳入中における公債依存度は、前年度の一〇・九%から七・二%に低下することになっておるのであります。

 第二は、税負担の軽減をはかったことであります。

 最近における国民の税負担の状況にかんがみ、昭和四十四年度においては、中小所得者の負担軽減を主眼として大幅な所得税減税を行なうとともに、地方税につきましても、住民税を中心とする減税を行なうことといたしました。これによる減税額は、国税、地方税を通じて平年度約二千六百億円にのぼる見込みであります。

 第三は、物価の安定について格段の配慮を加えたことであります。

 すなわち、米、麦及び塩の価格を据え置く方針をとることとしたほか、公共料金の引き上げは、国鉄運賃を除き、極力抑制することといたしております。さらに、予算及び財政投融資計画を通ずる各般の物価安定対策につきましても、その拡充をはかっておるのであります。

 第四は、引き続き総合予算主義のたてまえを堅持し、補正要因の解消につとめたことであります。

 このため、公務員給与費、食料管理特別会計への繰り入れ等について所要の措置を講じました。

 かくして、一般会計予算の総額は、歳入歳出とも六兆七千三百九十五億円となり、昭和四十三年度予算に対し、九千二百十億円、一五・八%の増加となっております。財政投融資計画の総額は、三兆七百七十億円でありまして、昭和四十三年度当初計画に対し三千七百八十億円、一四・〇%の増加となっております。

 なお、国民経済計算上の政府財貨サービス購入の前年度に対する伸び率は一二・三%となり、国民総支出の伸びを下回る見込みであります。

 以下、特に政府が重点を置いた施策について、その概略を申し述べます。

 まず、税制の改正であります。

 昭和四十四年度の税制改正におきましては、中小所得者の負担軽減を主眼として、平年度一千八百二十五億円にのぼる大幅の所得税減税を実施し、夫婦と子供三人の給与所得者の課税最低限を平年度年収九十三万五千円程度まで、約十万円引き上げるとともに、給与所得控除の適用範囲の拡大、税率の緩和等を行なうことといたしております。

 土地税制につきましては、土地の供給の促進と投機的取得の抑制をはかるため、土地の譲渡益に対する課税につき分離課税方式を導入する等、画期的な改善措置を講じ、土地問題の解決に資することといたしております。

 このほか、租税特別措置につきましては、住宅対策、公害対策、原子力発電の推進、中小企業対策等、重点的に所要の措置を講ずるとともに、交際費課税の強化等、既存の制度の整理合理化をはかることといたしております。

 なお、地方税につきましても、住民税の課税最低限の引き上げ、青色事業専従者の完全給与制の実施など、中小所得者の負担軽減をはかることといたしております。

 次に、歳出について申し上げます。

 昭和四十四年度予算におきましては、限られた財源の適正かつ重点的な配分につとめ、国民福祉の向上のための施策を着実に推進することといたしております。

 以下、重点施策の概要について申し上げます。

 第一は、社会保障の充実であります。

 わが国の社会保障につきましては、経済の発展と国民生活の向上に応じ、年々充実をはかってまいりましたが、昭和四十四年度予算におきましても、生活扶助基準の引き上げを行なうほか、福祉年金の改善等、低所得者に対する施策の充実をはかっております。また、児童、母子、老人、身体障害者等の福祉対策、保健衛生対策につき、きめこまかく配慮し、その充実をはかるほか、二万円年金の実現を期し、年金制度の改善を行なうことといたしておるのであります。

 第二は、社会資本の整備充実であります。

 わが国経済の均衡ある発展を確保するため、各種社会資本の整備には特に重点を置き、治山治水、道路整備、港湾、漁港、空港の整備、農業基盤の整備、住宅・生活環境施設の整備などを一そう推進することといたしました。

 政府施策住宅の建設戸数は、前年度に対して七万六千戸余り増加し、五十七万三千戸といたしておるのであります。

 第三は、農林漁業、中小企業の近代化であります。

 農業につきましては、新しい農政の展開をはかるため所要の措置を講ずることといたしております。すなわち、最近の米の需給事情を勘案し、生産者米価及び消費者米価を据え置く方針をとることとし、食料管理特別会計への繰り入れを増額するとともに、米の自主流通を認めることといたしておるのであります。他方、農業の生産性向上と選択的拡大及び農家所得の安定的向上をはかるため、農業基盤の整備、畜産、園芸の振興、農産物の流通改善等を推進することといたしました。さらに、新たに稲作転換対策を実施するとともに、第二次構造改善事業に着手するほか、農業近代化資金の画期的拡充など、農林漁業金融の改善をはかりました。

 中小企業対策につきましては、中小企業振興事業団、国民金融公庫、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫等の融資規模の拡充を中心に、その充実をはかっております。

 第四は、貿易の振興及び経済協力の推進であります。

 貿易の振興につきましては、日本輸出入銀行の貸し付け規模の大幅な拡大をはかりました。

 対外経済協力につきましては、海外経済協力基金の事業規模の拡大、技術協力の推進、対外食糧援助など、わが国経済の実情に応じて、その推進をはかることといたしております。

 また、万国博覧会の開催準備のため、所要の資金を確保いたしております。

 第五は、文教及び科学技術の振興であります。

 文教につきましては、義務教育教職員の定数を改善し、教育内容の向上をはかるほか、文教施設の整備、私学の振興、特殊教育及び僻地教育の充実、文化、体育の振興など、各般の施策の推進に配意いたしました。

 科学技術につきましては、新しい動力炉の開発、宇宙開発、海洋開発を中心に、大幅な拡充をはかることといたしております。

 最後に、昭和四十四年度の地方財政は、地方税、地方交付税等の歳入の大幅な増加が見込まれるのでありますが、現下の経済情勢にかんがみ、国と同一の基調で節度ある運営を行なうとともに、将来に備え、地方財政の健全化を一そう促進するよう期待するものであります。

 以上、昭和四十四年度予算の大綱について御説明いたしました。

 わが国経済は、戦後二十数年間、幾多の困難を克服して、世界に例を見ない急速な成長を遂げてまいったのであります。しかし、わが国経済の将来を展望いたしますと、労働力の不足をはじめ、成長を制約する内外の諸条件は次第にきびしさを増すとともに、成長に伴う各種のひずみも拡大の傾向を持続するものと見られ、今後克服すべき障害のあまりにも多いことを痛感するのであります。激動する世界経済環境の中にありまして、わが国経済が今後ともさらに前進を続けていくには、いたずらに極端な飛躍を望むことなく、これらの障害を一つ一つ着実に克服していかなければなりません。このような努力を着実に積み重ねていくことによりまして、充実した経済力の基盤を確立し、その上に平和で希望と活力にあふれた社会を建設していくことが可能になるものと信じます。

 私は、この目標に到達するために、財政金融政策を、節度をもって、また、弾力的、機動的に運営し、当面経済の成長を長続きさせる、物価の安定につとめる、国際化に応ずる体制を確立するという、この三つの課題を果たすべく全力を傾け、国民の期待と国家の要請にこたえる決意であります。

 国民各位の御理解と御協力をお願いしてやまないのであります。