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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第65回(常会)
[演説者] 福田赳夫大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1971/1/22
[参議院演説年月日] 1971/1/22
[全文]

 昭和四十六年度予算の御審議をお願いするにあたりまして、その大綱を説明し、あわせて、今後における財政金融政策について所信を申し述べたいと存じます。

 私は、昨年二月の国会におきまして、一九七〇年代は、経済の質的側面を重視すべき年代であり、安定成長路線のもとに、真の福祉の向上を目指すべきであることを強調いたしました。そして、このような考え方に基づいて財政金融政策の運営に当たってまいったところであります。

 一九六〇年代におけるわが国経済の発展は、世界の奇跡といわれるほど目ざましいものでありました。特に、ここ数年間の成長は、超高度成長ともいうべき勢いであります。もし、このような勢いで成長を続けることができるとするならば、このすでに大きな日本経済と同じ規模の経済が、わずか五年の間に、さらにもう一つでき上がることになろうというのであります。

 しかし、もしこのような趨勢をたどった場合に、わが国の経済ははたしてどういう状態になるのでありましょうか。原料や資源の確保は困難となり、交通施設や輸送設備も間に合わず、労働力の不足はさらに深刻となるでありましょう。また、物価の上昇や公害の発生など成長に伴うひずみ現象は、ますます激化するでありましょう。こうした経済成長を制約する諸条件が越えがたい隘路となりまして、やがては、日本経済の成長自体に行き詰まりと混乱を招くことは必定であります。

 私は、国家百年のために、このような事態は断じて避けなければならないと存じます。すなわち、このような事態を未然に防止し、日本経済がもろもろの制約条件を乗り越え、均整のとれた息の長い発展を期するためには、景気の行き過ぎを是正し、経済発展を安定した軌道に乗せることが、何よりも肝要であると存じます。

 一昨年九月から実施されました金融調整措置は、このような考え方に基づいてとられたものであります。その効果は実体経済面に徐々に浸透し、昨年秋以降景気は沈静化してまいりました。

 私は、今後、経済の動きにきめこまかい配慮を払いながら、財政金融政策を機動的、弾力的に運営してまいりたいと存じます。

 すなわち、もし、再び過熱化の動きが生ずるようなことがありますれば、抑制の方策をとること、これはもちろんでありまするけれども、逆に、沈静化が過度に進行するような事態に対しましては、財政金融政策の総力をあげて、その下ざさえの役割りを果たす所存であります。昭和四十六年度予算において、経済の動向に機動的に対処し得るよう万全の措置を講じたのも、かかる考え方からであります。

 かくして、私は、景気転換の過程におきまして、景気の過熱もなければ、大きな落ち込みもない、均衡のとれた安定成長を確保することができると信じておりますし、また、そのために全力を尽くす決意であります。

 昨年は、超高度成長から安定成長への転換の年でありました。

 そして本年こそは、この転換に伴う困難を乗り越えて、安定成長路線の定着をはかり、息の長い繁栄に向かって、新たなる第一歩を踏み出すべき重要な年といたしたいと存じておるのであります。

 このような安定成長の基盤に立つとき、初めてわれわれの目指す福祉社会の建設が可能となるのであります。

 福祉社会の建設に当たって第一に重要なことは、そのための環境条件の整備をはかることであります。この見地からは、特に、物価の安定と公害の防止が当面最も大きな課題であります。

 まず、物価の安定につきましては、卸売り物価は、昨年春以来落ちついた推移を示してまいりました。

 現在、先進工業国の多くが景気停滞のさなかにおきまして、消費者物価のみならず、卸売り物価の上昇にも悩まされていることを考えまするときに、わが国における卸売り物価の安定は、ひときわ目立っているところであります。 しかしながら、消費者物価が根強い上昇基調を続けておりますることは、これは大きな問題であります。

 政府といたしましては、総需要の水準を適度に保つとともに、生産、流通、消費の各面にわたって総合的な施策を一段と強化し、消費者物価の安定のために最大限の努力を傾けてまいりたいと存じます。

 また、物価の安定を確保するためには、賃金その他の所得の急激な上昇が物価に悪影響を及ぼすことのないよう、国民各位の理解と関係者の節度ある態度が強く望まれる次第であります。

 次に、公害問題でありますが、狭い国土に一億の人口を擁し、他に比類のない高密度の経済活動を営んでいるわが国だけに、特に、世界に先駆けて対処していかなければならない問題と考えます。人間と自然の新しい調和、美しい国土の保全を目ざしまして、政府も国民もその英知と努力を傾けるならば、私は、必ずやこの問題を解決することができると確信をいたしております。

 第二に重要なことは、福祉社会建設のための積極的な施策の展開であります。

 このためには、社会資本の整備、社会保障の充実に一段と努力するとともに、農林漁業、中小企業等の近代化を進めることによって、経済全体の均衡のとれた発展を確保し、経済成長の成果を国民の福祉に直接結びつけていくことが肝要であります。

 特に、社会資本の整備拡充は、国民生活を質的に向上させるための施策の根幹をなすものであります。すなわち、これまでの急速な経済成長により、所得の水準は大幅に上昇したにもかかわらず、ストックの充実が必ずしも十分とはいえないのであります。今後は、公私両部門にわたる蓄積の充実に一そう配意してまいらなければなりません。

 このため、公共部門におきましては、長期的な観点から、生活関連施設、交通施設をはじめとする社会資本の計画的整備を進め、民間部門におきましては、貯蓄の奨励や財産形成の促進等により、個人資産の蓄積を一そう推進することが必要と考えます。

 わが国経済の目ざましい発展の結果、国際社会におけるわが国の地位は、今日急速に高まってまいり、これに伴って、世界に対するわが国の責務もますます大きいものとなってまいりました。

 先進工業国の一員として、わが国が国際社会の中で果たすべき役割りは、国際協調のもとで、世界経済の自由な交流を一そう推進するとともに、開発途上国に対する経済協力を促進することにより、世界の平和と繁栄のために積極的に寄与してまいることと存じます。このことは同時に、わが国経済の一そうの発展のためにも必要不可欠なのであります。

 このような観点から、まず貿易・資本の自由化をさらに促進していかなければなりません。すでに、残存輸入制限は八十品目にまで減少してまいりましたが、これをさらに本年九月末には四十品目に縮減する予定であります。また、資本の自由化につきましては、昨年九月に第三次自由化を行ない、積極的に自由化業種の拡大につとめましたが、さらに本年秋、第四次自由化を実施し、一段と自由化を徹底することといたしております。

 次に、経済援助や特恵関税の供与などを通じて、開発途上国に対する経済協力に努めることが、必要と存じます。経済援助につきましては、開発途上国の自助努力を積極的に支援していくという方針のもとに、昭和五十年までに、国民総生産の一%という目標を達成するように努力しておるのであります。特恵関税につきましては、本年七月を目途にこれを実施する予定であります。

 また、国際金融面におきましても、国際通貨体制の安定を確保していくために、今後とも積極的な役割りをになっていく所存であります。

 このような国際経済との結びつきの上に立ちまして、金融政策におきましては、金利機能の活用、競争原理の導入、預金保険制度の創設等により金融の効率化をはかるとともに、投資者保護の徹底等資本市場の育成整備を強力に進め、わが国経済の体質強化に資するようつとめたいと存じます。

 また、経済情勢の推移に即応して、財政政策との密接な連携のもとに、金融による景気調整機能の適切な発揮につとめてまいる所存であります。

 次に、昭和四十六年度予算について、説明いたします。

 その特色は、次の諸点であります。

 第一に、経済の動向に即応した適切な財政運営を行なうよう配慮し、機動性を備えた中立的性格のいわゆる中立機動型予算としたことであります。

 すなわち、わが国経済の安定的成長を確保するため、財政の規模を適正なものとするとともに、公債及び政府保証債の発行額は、それぞれ前年度当初予定額と同額といたしました。

 さらに、経済情勢の推移に応じて、機動的に財政運営を行なうため、政府保証債の発行限度等を弾力化するとともに、使途を特定しない国庫債務負担行為の限度額を増額するなどの配慮を行なっておるのであります。また、不測の財政需要に円滑に対処するため、一般会計予備費の増額をはかったところであります。

 第二は、租税負担の軽減合理化をはかったことであります。

 国民の租税負担の軽減をはかるため、所得税、相続税及び住民税の減税を行なうことといたしました。これによる減税額は、平年度約二千八百億円と見込まれます。

 また、経済社会情勢の推移に対応して、公害防止、資源開発等のための税制上の諸施策を講ずるとともに、自動車について新税を創設することといたしております。

 第三に、予算及び財政投融資計画を通じ、財源の適正かつ効率的配分につとめ、国民生活の充実向上をはかるための諸施策を着実に推進したことであります。

 特に、現下の重要な課題とされておる物価の安定と公害対策の推進につきましては、格段の配慮を行ないました。

 かくして、一般会計予算の総額は、歳入歳出とも九兆四千百四十三億円となり、昭和四十五年度当初予算に対し、一兆四千六百四十五億円、一八・四%の増加と相なっております。

 財政投融資計画の総額は、四兆二千八百四億円でありまして、昭和四十五年度当初計画に対し、七千五億円、一九・六パーセントの増加となっております。

 以下、政府が特に重点を置いた施策について、その概要を申し述べます。

 第一に、税制の改正であります。

 昭和四十六年度の税制改正におきましては、中小所得者の所得税負担の軽減を主眼として、給与所得控除を中心に諸控除を引き上げるとともに、新たに青色事業主特別経費準備金制度を設けることとし、平年度約二千億円の所得税減税を実施することといたしました。この結果、たとえば、給与所得者の課税最低限は、平年分で夫婦と子二人の場合九十八万五千円に、夫婦と子三人の場合は百十五万四千円に、それぞれ引き上げられることに相なります。

 このほか、現下の政策的諸要請に応じ、公害防止、海外投資、資源の開発、企業体質の強化、貯蓄の奨励、住宅対策等の措置を講ずるとともに、輸出振興税制の見直しを行ない、あわせて交際費課税を強化するなど、租税特別措置について当面の経済社会情勢の推移に即応するよう格段の配慮を加えたところであります。

 また、来年度におきましては、道路その他の社会資本の充実の要請を考慮して、自動車の使用者に新たに応分の負担を求めることとし、自動車重量税を創設することといたしております。

 なお、地方税につきましても、住民税の課税最低限の引き上げを行なうとともに、事業税、電気ガス税の軽減を行なう一方、市街化区域内の農地の固定資産税の負担について合理化をはかる等の措置を講ずることといたしております。

 第二は、社会資本の整備と公害対策の拡充強化であります。

 わが国経済の均衡ある発展と国民生活の質的な向上を期するため、各種社会資本の整備につき格段の配慮を行ないました。すなわち、住宅及び下水道、環境衛生施設等の生活環境施設の大幅な充実、道路、港湾、空港その他の交通施設整備の拡充をはかるとともに、治山治水等の国土保全のための施策を一そう推進することといたしております。

 また、住宅建設並びに下水道、港湾、空港及び交通安全施設の整備につきましては、それぞれ昭和四十六年度を初年度とする新規五カ年計画を策定することといたしております。

 公害対策につきましては、その推進をはかるため、新たに環境庁を設置することといたしますとともに、下水道等の生活環境施設の大幅な充実、水質保全対策、大気汚染防止対策等の強化、公害防止のための研究調査の充実等、各面にわたり特段の配慮を加えております。また、関税面におきましても、新たに低硫黄原油に対する関税の軽減を行なうとともに、重油脱硫に対する関税の軽減率を大幅に拡大することといたしました。さらにまた、財政投融資計画及び税制におきましても、特に重点を置いて、公害対策の拡充強化をはかっているところであります。

 第三は、物価の安定のための諸施策の充実であります。

 物価対策につきましては、年々その充実をはかってまいりましたが、昭和四十六年度におきましても、低生産性部門の生産性の向上、流通機構の整備、労働力の流動化の促進、競争条件の整備、生活必需物資等の安定的供給、住宅及び地価対策等の各般の施策を一段と充実し、物価の安定を期してまいる所存であります。また、関税引き下げの物価に及ぼす影響を考え、ケネディランウンドによる関税一括引き下げの繰り上げ実施をはじめ、生活関連物資の関税の引き下げに特段の配慮を行なっております。

 なお、公共料金につきましては、厳にこれを抑制する方針のもとに、郵便料金、電報料の改定に当たりましても、必要最小限にとどめるよう、料金改定の幅、実施の時期等について十分配慮をいたしておるのであります。

 第四は、社会保障の充実であります。

 わが国の社会保障制度の整備上、かねてから懸案とされておりました児童手当制度は、昭和四十七年一月から実施されることに相なりました。

 また、社会福祉施設の整備を一段と充実するとともに、生活扶助基準の引き上げ、児童、母子、老人、身体障害者等の福祉対策の充実等各般の施策にきめこまかく配慮するほか、厚生年金、福祉年金の改善を行なうことといたしております。

 なお、健康保険財政の健全化に資するため、所要の改善合理化の措置を講ずることといたしております。

 第五は、農林漁業及び中小企業の近代化であります。

 農業につきましては、米の生産が需要を大幅に上回り、政府手持ち過剰米が七百万トンにものぼっている状況にかんがみ、米の生産調整対策を講ずるとともに、農産物需要の動向に即応した農政の推進をはかることといたしております。すなわち、昭和四十六年度産米につきましては、政府買い入れ数量を需給上必要な五百八十万トンにとどめることとし、このため、休耕、転作等生産調整の態様に応じた奨励措置を講じ、二百三十万トンの減産を期することといたしておるのであります。また、引き続き生産者米価の水準を据え置く方針とするほか、政府手持ち過剰米の計画的な処理に着手することといたしました。さらに、稲作から他作物への転換の促進、水田の他用途への転用の推進につきましても、所要の配慮を行なっておるところであります。

 他方、需要に即応した農林漁業の振興とその生産性の向上をはかるため、農林漁業の基盤整備、構造改善の推進、農林漁業金融の充実、流通改善の推進等々各般の施策につき配慮いたしておるのであります。

 中小企業対策につきましては、中小企業振興事業団、国民金融公庫、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫等の融資規模の拡充を中心に、その充実をはかっております。

 第六は、文教及び科学技術の振興であります。

 文教につきましては、その充実向上に特に配意したところであります。すなわち、文教施設の整備、私学教育の振興、特殊教育の充実、社会教育施設の整備等各般の施策を推進するとともに、新たに、教員の勤務の特殊性に即し、給与制度を改善し、また、児童生徒急増市町村の義務教育施設を整備するため、特別の助成を行なうことといたしておるのであります。

 科学技術の振興につきましては、動力炉開発、宇宙開発、海洋開発等を中心に、その拡充をはかっております。

 第七は、経済協力の推進と貿易の振興であります。

 このため、日本輸出入銀行及び海外経済協力基金の事業規模の拡大、技術協力の強化、特恵関税の供与等の措置を講ずることといたしております。

 第八は、沖縄復帰対策の推進であります。

 明年に控えた沖縄の本土復帰を円滑に進めるため、沖縄と本土との一体化をさらに強力に推進し、沖縄における住民福祉の向上、産業経済の振興、各種社会資本の整備等各般にわたる施策を大幅に拡充することといたしました。

 第九は、防衛力の整備であります。

 昭和四十六年度を最終年度とする第三次防衛力整備計画の目標をおおむね達成することを目途といたしまして、他の諸施策との均衡を勘案配慮しつつ、防衛力の整備をはかることといたしております。

 最後に、昭和四十六年度の地方財政は、引き続き、地方税、地方交付税等の歳入が相当増加すると見込まれるのでありますが、国と同一の基調により重点主義に徹し、適切な財政運営を行なうとともに、将来に備え、その健全化を一そう推進するよう期待するものであります。

 なお、この際、昭和四十五年度補正予算について、一言申し述べます。

 今回、公務員給与の改善、過剰米の処理等に伴う食料管理特別会計繰り入れの追加、地方交付税交付金の増額等を内容とする補正予算を提出いたしました。

 これらに要する財源としては、昭和四十五年度における税の自然増収等をもって充てるほか、既定経費の節減及び予備費の減額を行なうことといたしました。また、この際、昭和四十五年度における公債発行額を五百億円減額することといたしております。

 以上の結果、この補正により追加される額は、二千六百三十三億円であり、昭和四十五年度予算は、歳入歳出とも、それぞれ八兆二千百三十億円と相なるのであります。

 以上、予算の大綱について説明いたしたところであります。

 戦後四分の一世紀の間、わが国経済は国民の勤勉と努力によって目ざましい成長をなし遂げてまいりました。完全雇用はすでに達成されたのであります。国際収支の基調にも不安はなくなってまいったのであります。しかし、内には、物価上昇、公害、交通難、過密過疎問題など、成長に伴うひずみが表面化しております。外には、各国とも、成長鈍化の中で激しい物価の上昇に悩まされておる状況であります。世界経済の今後の動向には注視を怠ることはできないのであります。

 このような内外情勢のもとにおきまして、財政金融政策の運営は、慎重のうちにも機動的かつ弾力的でなければならないと信ずるのであります。私は、全力を尽くして、日本経済の中に安定成長路線を確立し、定着させたいと存じます。そして、その上に立って、希望と活力に満ちた福祉社会を実現するとともに、世界平和と繁栄に寄与貢献し、国際社会で尊敬され期待されるような立派な日本国の建設に邁進する決意であります。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願いする次第であります。