[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第68回(常会)
[演説者] 水田三喜男大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1972/1/29
[参議院演説年月日] 1972/1/29
[全文]
ここに、昭和四十七年度予算の御審議をお願いするにあたり、その大綱を説明し、あわせて今後における財政金融政策について、私の所信を申し述べたいと存じます。
新年を迎え、過ぎ去った激動の一年を回顧してみますと、国の内外にわたり、いわゆる戦後体制がその歴史的な役割を果たし、いまや、われわれは新たな発展と飛躍のための大きな転機を迎えていることを痛感いたします。まず、国際経済面においては、戦後四半世紀にわたり米国の経済力にささえられてきた国際経済が大きな試練を受け、新たな秩序の確立に向かって脱皮しようとしております。昨年八月以降の国際通貨体制の動揺と十二月末の通貨の多国間調整の実現は、まさにこのような変化を象徴するものであります。
また、昨年における一連の国際交渉を通じて、われわれは、今後の対外取引については、節度と自制を持たなければ、国際的摩擦を招くおそれのあることをあらためて認識いたしました。この意味におきまして、今後の経済運営にあたり、幅広い国際的視野に立つことがより一そう要請されるのであります。
次に、国内経済面に目を転じますと、わが国経済は、数年前までは、一人当たり国民所得において西欧諸国の水準をはるかに下回り、国際収支の天井の低さに悩まされていたのであります。このような時期におきましては、社会資本の整備や、社会保障の充実など、国民福祉向上のための各般の施策を進める場合に、景気過熱のおそれや、国際収支の赤字の増大という制約要因を意識せざるを得なかったのであります。
しかしながら、いまやわが国の経済力は、国民総生産において自由世界第二位を占めるほどの充実を見せ、国際収支の面においても、そのゆとりを活用し得る段階に立ち至ったのであります。これとほぼ時期を同じくして、成長と福祉との調和をめぐって国民の関心は高まり、今後の経済運営のあり方に対して、発想の転換を求める機運が高まってまいりました。これは、経済成長に伴って、国民の意識に大きな変化が生じたことによるものと考えます。
このような内外諸情勢の変化を顧みますとき、私は、本年こそは一九七〇年代を展望する長期的な視野のもとに、財政金融政策の転換の第一歩を踏み出すべき重要な年であると痛感しております。
私は、以上申し述べましたような現状認識と未来への展望のもとに、財政金融政策の基本を、内にあっては、わが国の充実した経済力を活用して、福祉社会の建設に、外にあっては、国際経済との調和に置き、もって均衡のとれた成長をはかりたいと考えております。
福祉社会を実現するために、次のような施策を講じてまいりたいと存じます。
まず第一に、国民の日常生活にゆとりと安らぎをもたらすために、住宅をはじめ、上下水道、公園、緑地等の生活環境施設を中心とした社会資本の整備を積極的に進めていくことであります。
国民は、物質的な豊かさだけではなく、さわやかな空気、澄んだ水、明るい太陽、緑に包まれた自然など、住みよい生活環境を求めており、政府がそのような新しい国づくりに主導的な役割りを果たすことをますます強く期待するようになりました。われわれは、社会資本の蓄積不足をできるだけ早く取り戻すべきであるという国民の強い要望に対し、十分にこたえなければなりません。
第二に、経済成長の成果が、社会のすべての階層に対して、十分に行き渡るようにするために、国民各層の強い連帯感にささえられた社会保障を充実していくことであります。わが国の社会保障の水準は、西欧諸国に比べて低位にあるといわれますが、その反面において、わが国の租税や社会保険料の負担が相対的に軽いことも事実であります。福祉社会の建設はわれわれの志向すべき国民的課題であり、政府は、このため一そう努力してまいる所存でありますが、国民各位におかれても、適正な負担を通じてこれに寄与されんことを期待しております。
第三に、消費者物価の上昇、公害の発生など、これまでの成長過程において生じてきたひずみ現象を是正していくことであります。昨年末に行なわれた円の切り上げは、物価の安定に対して好影響をもたらすことが期待されますが、消費者物価の安定のためには、輸入政策を積極的に活用する一方、低生産性部門や流通機構の近代化、合理化を含め、経済活動の能率を一そう高めていかなければなりません。産業公害の防止につきましては、企業の社会的責任としてでありますが、政府も、税制上、金融上の優遇措置により、企業の努力を支援してまいりたいと考えております。
戦後のわが国経済は、ガット、国際通貨基金等を中心とする国際経済体制のもとで、世界経済との深いつながりを持ちながら発展してきましたが、いまや世界経済の中で大きな比重を持つに至ったわが国経済は、今後国際経済との調和をはかってまいることが肝要であります。
このためには、まず第一に、国際通貨体制の安定強化のために積極的な役割りを果たすことであります。昨年末ワシントンで開催された十カ国蔵相会議における合意に基づいて、わが国は、これまでの一ドル三百六十円の対ドル基準レートを改訂して、一ドル三百八円にいたしました。今次の多国間の為替レートの調整の結果、世界各国は対外取引の安定を取り戻すことに成功しましたが、これによって国際通貨問題が最終的に解決されたわけではありません。わが国としては、関係諸国と相協力して、国際通貨体制の残された諸問題の根本的な解決のために努力してまいる所存であります。
第二に、ガットその他の場を通じて、自由無差別な貿易の促進を強く呼びかけると同時に、わが国の経済力や国際的地位にふさわしい経済の国際化を一そう推進し、保護貿易主義や経済ブロック化の傾向を牽制し、世界の平和と繁栄をはかることであります。
第三に、開発途上国との間の経済交流を深めていくことであります。このような観点から、昨年八月には特恵関税の供与を開始したところでありますが、今後一段と経済協力の拡充につとめるほか、開発輸入などを通ずる貿易の拡大にも配慮していく必要があると存じます。
なお、このような国際協調の推進にあたっては、経済的な面にとどまらず、広く人的交流を含めた国際交流の強化についても力を注いでいく必要があると考えます。
昨年後半以来、金融市場は、外国為替資金の大幅払い超等による企業の手元流動性の増加や民間設備投資の伸び悩み等による資金需要の落ち着きを反映して、これまでのほぼ慢性的な資金需要の超過基調から一転して、本格的な金融緩和の様相を呈しております。
このような情勢のもとで、国内景気の現況と海外金利の動向を勘案して、十二月二十九日に〇・五%の公定歩合の引き下げが実施されました。この結果、公定歩合は四・七五%と、実質的に戦後最低の水準となりましたが、今後とも、内外経済環境の変化に即応した妥当な金利水準の実現をはかっていくことが重要であると考えております。
また、今後予想される内外資金の流出入の増大など、通貨調整後の新しい情勢に適応し得るよう、準備預金制度の改訂等金融調節手段の整備拡大につとめてまいる所存であります。 同時に、最近におけるわが国資本市場の国際的な地位の向上、金融環境の変化、公債政策の積極的活用等の事態に対応し、公社債の円滑な発行、流通をはかる見地から、引き続き資本市場の整備育成に一そう配慮してまいりたいと考えております。
昭和四十七年度予算の編成にあたりましては、以上申し述べました財政金融政策の基本的方向にのっとり、財政の健全性を保ちつつ、積極的に有効需要の拡大をはかり、かつ、国民福祉の向上を強力に推進することを主眼といたしております。
その特色は、次の諸点であります。
第一は、通貨調整に伴う国際経済環境の新たな展開に即応しつつ、当面する国内経済の停滞をすみやかに克服するため、予算及び財政投融資計画を通じて、積極的な規模の拡大をはかったことであります。
このため、公債政策を活用いたし、建設公債、市中消化の原則を堅持しつつ、一般会計における公債発行規模を一兆九千五百億円に拡大しております。また、財政投融資計画における政府保証債の発行額は、四千億円を予定しております。
第二は、国民福祉の向上のための施策の充実をはかったことであります。
すなわち、各種社会資本の整備、社会保障施策の充実、物価対策、公害対策など国民生活の充実向上のための諸施策の推進に特に重点を置いております。
第三は、租税負担の軽減合理化をはかったことであります。
所得税につきましては、さきにその減税を特に早めて昨年秋に行なったところでありますが、昭和四十七年度には、個人住民税を中心として負担軽減を行なうことといたしました。これらの改正による減税額は、昭和四十七年度では約三千五百億円と見込まれます。
かくして、昭和四十七年度一般会計予算の総額は、歳入歳出とも十一兆四千七百四億円となり、昭和四十六年度当初予算に対し、二兆五百六十一億円、二一・八%の増加となっております。また、昭和四十七年度財政投融資計画の総額は、五兆六千三百五十億円でありまして、昭和四十六年度当初計画に対し、一兆三千五百四十六億円、三一・六%の増加となっております。
以下、政府が特に重点を置いた施策についてその概要を申し述べます。
まず、税制の改正であります。
個人課税の一般的軽減につきましては、さきの臨時国会において、千六百五十億円の所得税の年内減税を行ないましたが、これは、昭和四十七年度におきましては、二千五百三十億円程度の減税となるのであります。昭和四十七年度の税制改正におきましては、これに引き続き、地方税について個人住民税、個人事業税を中心として、千億円に及び減税を実施することといたしております。そのほか、所得税におきましては、老人扶養控除の創設、寡婦控除の適用範囲の拡大をはかっており、また、相続税におきましては、配偶者及び心身障害者に対する負担軽減を行なうことといたしております。
企業課税につきましては、法人税の付加税率の適用期間を二年間延長することにいたし、また、当面の経済社会情勢に即応する措置としては、輸出振興税制を大幅に整理縮減するほか、住宅対策、公害防止対策、中小企業対策等の措置を講ずることといたしております。
さらに、空港施設等の整備充実に資するため、航空機燃料税を創設することといたしております。
次に、歳出について申し述べます。
第一は、社会資本の整備であります。
経済動向に即応し、有効需要の積極的な喚起をはかり、国民生活の質的向上を期するため、住宅及び上下水道、公園、環境衛生施設等の生活環境施設の整備を重点的に推進するほか、道路、港湾、空港その他の交通施設の整備、治山治水等の国土保全のための施策についてもそれぞれ大幅な増額をはかっております。
なお、治山事業、治水事業及び都市公園の整備につきましては、それぞれ昭和四十七年度を初年度とする新規五カ年計画を策定することとしており、さらに、廃棄物処理施設につきましても新たな五カ年計画の策定を予定いたしております。
また、新幹線鉄道等の建設を円滑に進めるため、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する出費を大幅に増額するほか、日本国有鉄道の財政再建をはかるため、国からの助成を強化し、あわせて所要の運賃改定等を行なうことといたしております。
第二は、社会保障の充実であります。
まず、今後予想される老齢人口の増大に対処し、老人福祉の充実強化をはかるため、老人医療の無料化の実施、老齢福祉年金の大幅改善その他老人対策の飛躍的な拡充を行なうことといたしております。
さらに、社会福祉施設の充実、障害福祉年金及び母子福祉年金の改善、生活扶助基準の引き上げ、身体障害者、児童、母子等の福祉対策、特殊疾患対策の充実など各般の施策に配意し、福祉の向上に遺憾のないことを期しております。
なお、健康保険財政の健全化のため、所要の改善合理化措置を講ずることといたしております。
第三は、物価対策の推進であります。
消費者物価の安定をはかるため、昭和四十七年度におきましても、低生産性部門の生産性の向上、流通対策、労働力の流動化、競争条件の整備、生活必需物資等の安定的供給、住宅及び地価対策等の各般の物価対策を積極的に推進することといたしております。特に、近年価格上昇の著しい野菜をはじめとする生鮮食料品の安定的供給と円滑な流通をはかるため、生産、出荷、流通の各面にわたる施策を大幅に拡充することとしております。また、関税面におきましても、生活関連物資を中心に関税率の引き下げを行ない、物価の安定に資することといたしております。
第四は、公害の防止及び環境保全のための施策の推進であります。
より豊かで快適な国民生活の実現をはかるため、上下水道、廃棄物処理施設等の生活環境施設の大幅な拡充、水質保全、大気汚染防止、騒音防止等のための諸施策の推進、公害防止事業団、日本開発銀行等の公害対策関係融資ワクの大幅拡大、税制面における公害防止準備金制度の創設、公害防止施設特別償却の拡大など、各般の施策を講ずることといたしております。また、国立公園内の民有地の買い上げを進めるなど自然環境の保全にも配意しております。
第五は、農林漁業及び中小企業の近代化であります。
農林漁業につきましては、生産性の向上をはかりつつ、需要の動向に即応した農政を推進するため、野菜をはじめ果樹、畜産等の振興、稲策転換対策の推進、農業基盤、漁港、林道等の整備、構造改善の推進、農林漁業金融の充実、農畜水産物の流通改善等各般の施策を講ずることといたしております。
また、米の需給の実態に即応し、引き続き生産調整措置を講ずることとし、米価水準を据え置きとして所要の経費を計上いたしております。
中小企業対策につきましては、国民金融公庫、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫、中小企業振興事業団等の融資規模の拡大、小規模事業対策の強化等の施策を講じ、あわせて政府関係中小企業金融三機関等の貸し出し金利の引き下げを行なうこととしております。
なお、最近における繊維産業の状況にかんがみ、繊維工業の体質改善、離職者対策等についても十分配慮を行なっております。
第六は、文教及び科学技術の振興であります。
文教につきましては、公立文教施設整備の拡充、幼稚園教育の振興、育英事業の推進、私学助成の強化、医学教育の充実、社会教育施設及び体育施設の整備等各般の施策を講じております。
科学技術の振興につきましては、新しい原子炉の開発、宇宙開発、海洋開発等を進めるほか、電子計算機技術の振興にも配意しております。
第七は、海外経済協力と貿易対策であります。
新しい国際経済環境の展開に即応しつつ、海外経済協力基金及び日本輸出入銀行の事業規模の拡大、経済開発特別援助、技術協力の充実などにつとめております。
なお、原油等のエネルギー資源の安定的な確保についても、所要の措置を講ずることといたしております。
第八は、沖縄振興対策であります。
本年五月十五日、本土に復帰することとなりました沖縄の振興に遺憾のないよう、県民の生活と職業の安定、福祉の向上、教育の充実、各種社会資本の整備、産業経済の振興等各面にわたる施策に十分配意いたしております。
第九は、防衛力の整備と基地対策の推進であります。
防衛関係費につきましては、引き続き防衛力の整備をはかるほか、本土及び沖縄を通じ基地関係諸施策を推進することとしております。
最後に、地方財政対策について申し述べます。
昭和四十七年度の地方財政につきましては、景気の停滞による地方税及び地方交付税の伸びの鈍化、住民税、事業税等の地方税の大幅減税の実施等を考慮し、次の措置を講ずることといたしました。すなわち、昭和四十七年度限りの特例措置として、一般会計からの臨時地方特例交付金の繰り入れ及び資金運用部資金からの借り入れを行ない、また、沖縄の県及び市町村に交付する必要があると見込まれる地方交付税の財源につきましても、昭和五十年度まで経過的な特別の措置を講じ、既定分と合わせ、交付税及び譲与税配布金特別会計から総額二兆四千九百三十九億円の地方交付税交付金を地方公共団体に交付することにいたし、さらに、小学校校舎整備費補助金の補助率の引き上げ等による地方負担の軽減、地方債の増額等を行なって、地方財政の健全な運営を確保することといたしております。
以上、昭和四十七年度予算の大綱について御説明いたしました。
財政金融政策の究極の目標は、国民福祉の向上にあることは申すまでもありません。しかし、そのためにどのような政策手段を優先すべきかは、経済の成長段階に応じて変化すべきものであります。
いまや、内外経済の大きな転換期にあたり、今後の経済運営の課題は、現下の景気停滞をすみやかに克服して均衡のとれた成長を確保し、国民のはつらつたる創意を生かしながら、新たな国づくりを通じて生きがいのある福祉社会を建設することであります。
政府はこのような国民福祉向上のための路線に沿い、今後とも着実に施策を講ずる決意でありますが、国民各位におかれても、この新たな国づくりに積極的に参加され、その輝かしい成果を次の世代に伝えることができるよう、格別のご協力をお願いいたしたいと存じます。
各位の深い御理解を切望する次第であります。