データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第65代第2次田中(昭和47.12.22〜49.12.9)
[国会回次] 第72回(常会)
[演説者] 福田赳夫大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1974/1/21
[参議院演説年月日] 1974/1/21
[全文]

 昭和四十九年度予算の御審議をお願いするに当たりまして、その大要を御説明申し上げますとともに、当面の財政金融政策と今後における経済運営のあり方について、所信を申し述べます。

 新しいこの年は、日本国にとって試練の年であります。この試練を乗り越えて、落ちつきのある、そして公正な新しい社会への扉を開く、これこそが、本年わが国の当面する最大の課題である、かように存じます。

 申し上げるまでもなく、戦後二十九年の今日、われわれは当時夢にも思い得なかった豊かな生活ができるようになり、また、国際社会でのわが国の地位もとみに重きを加えてまいったのであります。これは戦後わが国経済がなし遂げた偉大な成長発展の成果そのものにほかなりません。

 ところが、この偉大な経済発展とうらはらをなすかのように、物価の高騰、自然環境の汚染破壊、過密過疎、各種社会資本の立ちおくれなどの諸問題が、あたかも吹き出もののようにふき出し、一国も早い果敢な解決をわれわれに迫っておるのであります。

 あれを思い、これを見詰めるとき、いまやわれわれは、静かにかつ謙虚に過去の歩みを顧み、これからの新しい行く手をさがさなければならない、かように存じます。

 申すまでもなく、経済の成長発展は、それ自体が目的ではありません。われわれの目指すところは、国民の安らかな暮らしとそのための健全な環境をつくり上げることであり、経済の成長発展はそのための手段でしかないのであります。

 わが国は、恵まれた内外の環境のもとで、経済成長の成果の多くをさらに次の成長につぎ込み、急速な復興と発展をなし遂げ、大きな経済力をたくわえるに至ったのであります。いまやわが国は、この偉大な成長を踏まえ、われわれの終局的に目指すところ、すなわち、国民の安らかな暮らし、そのための環境整備へと経済のかじのとり方を大きくかつ明確に転換すべきときにきていると思うのであります。

 このような考え方に立つとき、今後の経営運営には、これまでのような高い成長を期待することはできませんし、また、それは適当でもありません。しかしながら、国民の求めるものは着実に解決されていきます。国民の求めるもので解決できない問題は何一つありません。なぜならば、われわれは、これに対する手段、すなわち、問題を解決するに足る経済力、財政力を持つに至っておるからであります。

 国民のすべてが一体となってこの道を進むならば、わが国は、単に物質的豊かさだけでなく、心の落ちつきをあわせ持った、誇るに足るべき日本社会を建設し得るものと確信をいたします。

 ところが、この重要な転換への門出にあたりまして、わが国は憂慮すべき障害に直面しておるのであります。異常な物価高の火の手に包まれ、石油問題はこの火の手にさらに油を注いでおるのであります。

 異常な物価上昇は、家庭や企業の将来に対する設計を失わせ、また、経済活動の混乱を招くばかりでなく、社会的公平をそこなうのであります。物価の安定こそは、わが国が当面する最大にして最優先の課題であります。

 物価の安定を実現するためには、まず何をおきましても総需要の抑制をはかることが肝要であります。財政金融諸政策の運営にあたりましては、その眼目をこの一点にしぼって臨む所存であります。この施策は、先般成立を見ました国民生活安定緊急措置法、石油需給適正化法等の適切な運用とも相まちまして、現下の経済諸動向を鎮静化し、物価問題を解決するきめ手となるものと信じます。

 もとより、この道はきびしいものであり、その過程におきましては若干の摩擦があることは、これは免れません。政府としては、この摩擦が弱い立場の人々に片寄ることのないように特別の意を用いるとともに、今後の経済の推移に応じて起こり得べきあらゆる事態に対処し、機動的弾力的な施策を講じてまいります。しかしながら、この道は、たとえどれほどきびしいものであろうとも、わが国が現下の緊急な事態を克服し将来への展望の足がかりを築くためには、避けて通ることのできない道であります。そのきびしさのゆえにたじろいでは断じて相ならないと思うのであります。

 昭和四十九年度予算の編成にあたりましては、以上申し述べました財政金融政策の基本的方向にのっとり、政府が率先して総需要の抑制につとめ、物価の異常事態を克服する決意を明らかにするとともに、その中にあっても、国民福祉の向上に直結する諸施策につきましては、とくにその充実をはかることといたしております。

 その特色は次の諸点であります。

 第一は、予算及び財政投融資計画を通じてその規模を厳に抑制するとともに、公債及び政府保証債の発行額を縮減したことであります。

 すなわち、昭和四十九年度における一般会計予算の総額は十七兆九百九十四億円、財政投融資計画の規模は七兆九千二百三十四億円となっておりますが、その前年度当初予算及び当初計画額に対する伸び率は、いずれも前年度におけるそれを大幅に下回っております。

 また、公債及び政府保証債につきましても、それぞれ前年度当初発行予定額より千八百億円及び五百億円縮減することといたしておりますが、これにより一般会計における公債依存度もまた大幅に低下することとなります。

 第二は、国民負担の軽減、適正化を推進する見地から、この際、所得税について画期的な減税の実施に踏み切ったことであります。

 今回の所得税減税は、特に給与所得者の負担軽減を中心とする趣旨から、給与所得控除の抜本的拡充に重点を起き、人的控除の引き上げと税率緩和とをあわせ行うことといたしております。その結果、夫婦子二人の給与所得者について見ますると、平年分において課税最低限は現行百十五万円から百七十万円に引き上げられまするし、独身の給与所得者の課税最低限は四十五万円から七十七万円に引き上げられることになるのであります。同時に、中堅以上の所得者につきましてもかなりの程度の軽減が行なわれ、全体としてバランスのとれた所得税負担の軽減と相なるものであります。

 これにより、昭和四十九年度における所得税の一般減税の総額は、約一兆四千五百億円と空前の規模のものと相なるのであります。

 このほか、法人税及び法人住民税の税率の引き上げを行ない、また、間接税のうち印紙税及び自動車関係諸税について、税率調整を通じその負担の増加をはかるとともに、個人住民税、小規模住宅用地の固定資産税等地方税負担の軽減、租税特別措置の改善合理化などを行なうことにより、税制全般にわたり負担の適正化を推進することにいたしております。

 第三は、公共投資につき特にその抑制をはかったことであります。

 すなわち、一般会計の公共事業関係費を前年度当初予算額を下回る規模に圧縮するなど、公共投資につきましては、きびしい抑制方針をとりました。ただ、その中にありましても、住宅対策費、下水道その他の生活環境施設整備費等につきましては、国民福祉の向上をはかる観点から特に配慮をいたしております。

 第四は、公共料金を極力凍結するなど、物価の抑制に特段の配慮を払ったことであります。

 すなわち、現下の物価の状況にかんがみ、国有鉄道運賃及び米の政府売り渡し価格の改定時期をそれぞれ六カ月延期するとともに、郵便料金につきましても、通常郵便物の料金引き上げを織り込まないことといたしております。

 また、国民生活安定緊急措置法及び石油需給適正化法の執行体制の整備をはかるとともに、国民の日常生活に関係の深い生鮮食料品の円滑な流通と価格の安定、消費生活改善のための情報提供の施策等について配慮をいたしております。

 第五は、財源の重点的かつ効率的な配分をはかるとともに、最近の諸情勢に即応した諸施策の充実につとめたことであります。

 特に社会保障につきましては、福祉年金につき、その支給月額を老齢福祉年金において五千円から七千五百円に引き上げる等の改善を行なうとともに、厚生年金及び国民年金における物価スライド制による年金額の引き上げ、生活扶助基準の引き上げを行なうほか、老人福祉対策、身体障害者対策、母子福祉対策等各般にわたり、きめこまかい施策を一そう推進することにいたしております。

 次に、中小企業対策につきましては、小企業経営改善資金融資制度の拡充改善等小規模事業対策について重点的に配意するほか、商工組合中央金庫、中小企業信用保険公庫等に対する出資の増額、政府関係中小企業金融三機関の融資規模の拡大等を行なうこととし、施策の充実をはかっております。

 また、文教及び科学技術の振興につきましては、教員給与及び教員定数の改善、私学助成の強化、原子力安全研究の充実等の諸施策の推進をはかっております。

 以上のほか、公害の防止及び環境保全対策、海外経済協力、食糧の安定的供給、資源及びエネルギー対策等各般の施策を推進するとともに、現在解決を必要とする諸問題に即応した体制の整備をはかるため、宅地開発公団の新設、海外技術協力事業団等の統合による国際協力事業団の新設、電源開発促進税の創設とこれに伴う特別会計の設置等を行なうことといたしております。

 第六は、現下の経済情勢に顧み、その推移に適切に対処するため、予算及び財政投融資計画の弾力的運営に配意しておることであります。

 最後に、地方財政について申し述べます。

 地方財政につきましては、国と同一の基調により、公共投資をはじめとし、歳出を極力抑制することといたしており、また、地方交付税交付金につき、昭和四十九年度の特例措置として、国税三税の三二%相当額から千六百八十億円を減額調整することといたしております。

 なお、補助事業に係る超過負担の解消、地方債計画における政府資金比率の改善等については特に配慮しておりますが、地方公共団体においても、地方財政の適切な運営を確保するため、財源の重点的かつ効果的な配分を行なうよう強く期待するものであります。

 以上、昭和四十九年度予算の大要につき御説明いたしましたが、当面の金融政策につきましても、財政政策と同様の方針のもとにその運営を行なうべきことはもちろんであります。

 すでに御承知のとおり、金融面におきましては、累次にわたる引き締め措置に加えて、先般さらに公定歩合の大幅引き上げ等の措置が講じられ、量的にはその効果もかなり浸透しつつあるのでありますが、その質的側面につきましても特段の意を用うる考えであります。

 これらの措置は、供給力の制約のもとで、国民生活及び国民経済の安定を確保しつつ、総需要抑制を短期間のうちに実効あらしめんとする強い政策意図に出るものでありますが、資本市場における長期資金調達につきましても、産業界、証券界等の節度ある態度を期待したいと存じます。

 なお、中小企業金融につきましては、その健全な発展を損なうことのないよう十分配慮してまいります。

 貯蓄を奨励し国民の堅実な消費生活の実現をはかることは、健全な経済発展を確保していくための重要な用件であります。このような観点から、政府は、さきに預貯金金利引き上げ等の措置を講じたところでありますが、さらに、割り増し金付貯蓄の制度を導入するとともに、勤労者の財産形成を一そう促進するための格段の意を用いることといたします。

 次に、国際収支の動向について申し上げます。

 わが国の国際収支は、昨年春以来、輸入の著しい増加によって貿易収支の黒字幅が縮小するとともに、長期資本が大幅な流出超過を続けた結果、全体としてはかなりの赤字傾向となり、これに伴って外貨準備高も減少してまいっておるのであります。さらに、石油問題の動向いかんによっては、わが国の国際収支は少なからぬ影響を受けるおそれもあるのであります。

 このような状況のもとにおいて、私は、当面の経済運営にとって、国際収支の改善は物価問題と並び特に重要な課題の一つと相なっておると考えます。

 もとより、現在進めている財政金融政策の効果が浸透し景気が鎮静化してまいりすま{前2字ママ}れば、貿易収支面においてもかなりの好ましい影響が生ずることが期待されます。しかしながら、同時に、資本収支等の面においても、かつての大幅な黒字基調時代に講じられた諸施策の転換をはかっていく必要があるものと考えます。

 政府は、今後とも国際収支の好ましい姿を実現するため、国内経済の運営及び対外経済政策に一そうの努力を傾注してまいる所存であります。

 最近の国際情勢を大観いたしますと、国際政治は緊張緩和へとその流れを変えてまいりましたようでありますが、しかし、経済面では、逆に不安と動揺が打ち続き、資源問題を契機といたしまして、この様相はさらに複雑化してまいっておるのであります。

 資源に恵まれないわが国にとって、世界の平和と繁栄は、その生存と成長のための不可欠の前提であります。わが国は、国際経済社会の安定と発展のため、その地位にふさわしい協調の役割りを積極的に果たしてまいらなければならないと思います。

 このため、通貨、通商にわたる新たな国際経済秩序の確立に寄与し、また、真に開発発展途上国の立場に立った経済協力を強力に推進するなど、国際経済社会の安定と発展に一そう努力すべきものと考えます。同時に、いまや世界的な広がりを持って問題化しておる物価、公害、資源等の諸問題の処理について、国際的協調のもとに積極的な努力を重ねるとともに、国内経済の運営に当たりましても、世界の中の日本という立場に立ちまして、常に節度を失わず、また、国民の間に特に物を大事にする風潮を育成しなければならないと思います。

 以上、当面の財政金融政策の運営について申し述べた次第でありますが、最も重要なことは、この異常な事態を克服した後のわが国社会のあり方についてであります。

 申すまでもなく、国民が多大の犠牲を払ってこの難局を脱しようとするのは、成長と繁栄に陶酔した昭和元祿調を復元するためであっては断じてならないのであります。物さえあれば、金さえあれば、自分さえよければという物と金とエゴの支配する時代は、過去のものにしなければならないと存じます。心のゆとりと落ちつきを取り戻し、金では買えないものの価値を再認識し、社会の公正と連帯の中で、みずからの生きる喜びを感ずるような、人間主義にあふれた新しい社会を建設しなければならないと存じます。

 私は、今後の経済政策の使命が、このような新たな社会建設の経済的基盤を整えるにあることを深く認識し、この目標達成のため、物価、国際収支、資源、環境の諸問題に十分配意しながら、財政金融政策の運営に万全を期してまいる決意であります。

 時代のいかんを問わず、一国の進歩と繁栄への道は、決してたんたんたるものではないと思います。わが国の歩みを顧りみまするときに、その道程には数々の試練の歴史があったのであります。しかし、わが国民はすぐれた力で今日までそれらを次々と克服してきたのであります。

 直面する試練がいかに深刻なものであろうとも、われわれの先祖、われわれの先輩の克服し得て、しかもわれわれに克服し得ないことはないはずであります。いま、われわれ一億国民は、各界各層ひとしく同じ船に乗り合わせておるのであります。この船が激浪を乗り切ることができるよう、勇気をもって立ち上がろうじゃありませんか。

 政府は立ち上がっておるのであります。私も最善を尽くしてまいります。

 国民各位の御協力を切望いたします。