[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第76回(臨時会)
[演説者] 大平正芳大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1975/10/17
[参議院演説年月日] 1975/10/18
[全文]
ここに、昭和五十年度補正予算を提出するに当たり、その大綱を御説明申し上げ、あわせて、最近の内外経済情勢と当面の財政金融政策につき、所信の一端を申し述べたいと存じます。
まず、一般会計予算につきましては、歳入面におきまして、租税収入等につき当初予算における見込みに比し大幅な減少が見込まれるに至り、それを補てんする必要が生じたのであります。歳出面におきましても、景気の回復と災害復旧のための公共事業等の追加、国家公務員等の給与の改善等緊急に措置を要する追加財政需要が生じてまいりました。このような状況に対処するため、政府は次のような措置をとることとし、これに必要な予算補正を行うことといたした次第であります。
歳出におきましては、まず、景気の回復及び災害復旧のための公共事業等の追加を行うこととしております。すなわち、一般公共事業、災害復旧事業、公社、公団等による公共投資を初め政府関係金融機関による住宅対策、公害対策等につき事業規模にして約一兆六千億円の追加を行い、これに中小企業に対する金融措置を加え、約二兆一千億円の施策を実施することとし、これらに必要な歳出予算として四千二百十一億円を追加計上いたしております。
さらに、人事院勧告の実施に伴う国家公務員等の給与改善費、雇用保険国庫負担金等の義務的経費の追加等につきましても所要の措置を講ずることといたしておりますので、歳出の追加総額は八千二百三十億円となっております。
他方、各省庁の一般行政経費等の節減七百四十一億円、予備費の減額一千億円のほか、所得税、法人税及び酒税の収入見込み額の減少に伴い地方交付税交付金につき一兆一千五億円の減額を行っておりますので、歳出の修正減少額は一兆二千七百四十六億円となります。
以上、歳出の追加及び減少を加減いたしますと、一般会計歳出総額は当初予算に対して四千五百十六億円減少することになるのであります。
歳入につきましては、景気の停滞等に伴う租税及び印紙収入の減収見込み額が三兆八千七百九十億円となりますほか、日本専売公社納付金の減少一千四百二十八億円も見込まれますので、その他収入の増百六十五億円、昭和四十九年度剰余金受け入れ七百三十七億円及び歳出予算の減少額四千五百十六億円を控除いたしましても、歳入不足額はなお三兆四千八百億円に上る見込みであります。この歳入不足につきましては、政府といたしましては、公債の発行によって対処せざるを得ないと考えております。そして、このうち一兆一千九百億円は財政法第四条第一項ただし書きの規定に基づく公債の追加発行によることとし、残余の二兆二千九百億円については、別途提出いたしております昭和五十年度の公債の発行の特例に関する法律案に基づく公債の発行を予定いたしております。
なお、公債の発行に当たりましては、従来通り市中消化の原則を堅持し、資金需給の動向等をも慎重に見守りつつ、その円滑な消化を図ってまいる所存であります。
以上によりまして、昭和五十一年度一般会計補正後予算の総額は、当初予算額に比し、歳入歳出とも四千五百十六億円減少して、二十兆八千三百七十二億円となるのであります。
地方財政につきましては、次のような措置を講ずることにいたしております。
まず、交付税及び譲与税配付金特別会計におきまして、国税三税の減額に伴い一般会計からの受け入れが一兆一千五億円減少するのでありますが、地方団体に交付する地方交付税交付金の総額は当初予算通りの額を確保することといたしております。さらに、地方公務員の給与改定等の財源に資するため同交付金に四百十五億円を追加することといたしております。
これに必要な財源につきましては、一兆一千二百億円を資金運用部資金から借り入れますとともに、さらに地方財政の状況を考慮し、本年度限りの特別の措置として、一般会計に計上した臨時地方特例交付金二百二十億円を受け入れることといたしております。
さらに、地方税の減収及び公共事業等の追加等に伴う地方負担の増加に対処するため、総額約一兆二千七百億円の地方債を追加し、そのうち資金運用部資金により三千七百億円を引き受けることにいたしております。
また、特別会計予算及び政府関係機関予算につきましても、一般会計補正等に関連いたしまして所要の補正を行うことにいたしております。
なお、財政投融資計画につきましては、総合的な景気対策の推進及び地方財政対策等のために、すでに弾力条項を発動して機動的に対処してまいりましたが、今回の予算補正におきまして、日本国有鉄道等に対し総額一千四百九十九億円の追加を行うことといたしております。その結果、昭和五十年度の財政投融資の追加の総額は、弾力条項の発動分も含め一兆三千九百五十七億円になります。
以上、昭和五十年度の補正予算の大綱を御説明申し上げました。何とぞ、関係の法律案とともに、御審議の上、速やかに御賛同くださるようお願い申し上げます。
この機会に、最近の内外経済情勢と当面の財政金融政策につき、一言申し述べたいと存じます。
石油危機を景気として発生した一昨年来の世界経済の異常な混乱は、各国の懸命な努力の結果、ようやく収束に向かいつつあります。激しい物価騰貴はおおむね鎮静化の傾向をたどり、先進工業国の国際収支も逐次改善の方向にあるものと考えられます。しかし、このようなインフレ克服の努力は、同時に経済活動水準の著しい低下を招き、失業の増加と国際貿易の縮小をもたらしました。また、資源や技術を持てる国としからざる国との間の経済的格差はますます拡大する結果となり、世界はきわめて深刻な景気の後退に直面したのであります。
わが国におきましても、一昨年の石油危機を契機として、昨年二月には対前年同期比、卸売物価は三七%、消費者物価は二六%という異常な騰貴を見、賃金もまた三〇%を超える上昇を記録するに至りました。
政府としては、まず、何よりも、こうした異常な事態を収拾すべく、財政金融両面を通ずる厳しい総需要抑制策を実施してまいりました。幸いにいたしまして、国民各位の理解と協力を得て、物価、賃金ともに最近とみに落ち着いた動きを示しております。また、石油代金の急増により悪化しました国際収支も昨年半ば以降、漸次改善の方向をたどっております。しかし、かかる一連のインフレ抑圧措置は、一方において経済活動の沈滞と雇用の減退を招き、わが国経済は久しく経験したことのない長期にわたる景気の停滞に遭遇することとなりました。
本年の春以降、鉱工業生産は上昇に転じ、景気はようやくにして底入れしたように思われますが、生産活動の水準はなお低く、雇用の安定と企業経営の健全性の回復を、経済の自律的反転力にのみ期待することは困難であります。したがって、政府の強力な措置によって経済活動の水準を引き上げることが強く要請されるわけであります。特に、現在のように貿易が縮小し、設備投資や個人消費支出が停滞しておる情勢のもとにおきましては、景気回復の起動力として有効需要の造出に寄与する財政支出に多大の期待が寄せられておるのであります。
申すまでもなく、財政もまた、このような景気の停滞を反映して中央地方を問わず大幅な歳入不足に陥り、厳しい財源難に直面しております。しかし、政府はただいま申し述べました内外の経済情勢及び現時点での財政に課せられた重大な役割りにかんがみ、大幅な歳出の削減や一般的な増税は行わないこととするのみならず、積極的に本年初来三次にわたる景気対策を進め、さらに先般、財政金融両面にわたる総合的な景気対策を推進することとしたのであります。
他方、政府は特例法に基づく公債を発行せざるを得ない状況にかんがみ、一般行政経費につき、従来になく厳しい節減に努めております。また、歳入面におきましても、金融機関等の貸し倒れ引当金の繰入限度額を引き下げて歳入の確保にも努力を払っております。今国会に改めて提出いたしました酒、たばこ、郵便の歳入三法案につきましても、厳しい財源事情にかんがみ速やかに成立するよう強く期待いたしている次第であります。
今回の補正予算により、昭和五十年度の公債発行額は総額五兆四千八百億円となり、公債依存度は二六・三%に達します。従来の高度成長期におけるような多額の税の自然増収を期待し得ないこと等を考慮いたしますと、今後の財政運営はきわめて厳しいものになることが予想されます。もし、やすきについて財源の調達を公債の多額な増発に依存するようなことになれば、著しい公債の累増を招き、財政の健全性は失われることになります。申すまでもなく、財政の健全性を堅持することは国民生活の向上と経済の安定的成長の基盤でありまするから、特例公債に依存しない堅実な財政にできるだけ早く復帰するよう、あらゆる努力を傾注する所存であります。
このため、現在編成作業中の昭和五十一年度予算につきましても、従来以上に厳しい決意をもって歳出の効率化、合理化に努めてまいらなければならないと考えております。また、税制上の諸問題や公共料金のあり方等につきましても全面的な見直しを行ってまいる必要があると考えております。
次に、景気の着実な回復と雇用の安定を図るため、量質両面にわたる金融政策の機動的、弾力的運営が要請されておることは申すまでもありません。とりわけ当面、金利政策が重要であります。金利につきましては、本年四月以降、三次にわたる公定歩合の引き下げが行われ、市中の貸出金利もこれに追随して着実に低下しつつあります。しかしながら、従来の引き下げが預貯金金利据え置きのままで行われたため、このままの状態では市中貸出金利の一層の低下を図ることが困難な状況になっております。預貯金金利につきましては、これまでこれを据え置きとし、極力慎重に配慮してきたところでありますが、幸い物価の情勢もかなり落ち着きを見せており、他方不況の克服が強く要請されておりますので、金利全般にわたってその水準の引き下げを促進することが適当でもあり、緊要な課題でもあると考えます。
このような観点から、このたび預貯金金利の引き下げを図ることとして所要の手続を進めているところであります。幸いに、この引き下げによって国内の各種金利の低下が促進されれば、一段と景気の着実な回復が期待され、ひいてはそれが国民生活の安定と向上につながってまいるものと確信いたします。
また、まじめに経営を行っておる企業が金融面で不測の困難に陥ることのないよう、従来からきめ細かい配慮を払ってきたところでありますが、今後ともこの点につきましては十分留意してまいる考えであります。
資源・エネルギー価格の高騰が世界経済にもたらした影響はきわめて根深く、各国それぞれの環境の相違は別として、一様に厳しい対応を迫っております。各国は、国際協調の原則のもとに世界経済の均衡回復のため努力を重ねておりますが、今般、石油輸出諸国が一〇%の石油価格引き上げを決定いたしましたことなども含め、世界の政治経済の方向はきわめて流動的で、前途は必ずしも楽観を許しません。
これまで長く内外の諸条件に恵まれて目覚ましい高度成長を遂げてまいりましたわが国は、石油危機の衝撃を最も激しく受けておるほか、公害、立地問題等による制約も次第に厳しさを増してきております。
このような環境のもとで、物価の安定と国際収支の均衡を確保しつつ、わが国経済の発展を図ってまいりますことは決して容易なわざではありません。しかし、われわれが新たな決意と忍耐、英知と努力とをもってこの事態に対処してまいりますならば、必ずやこの難局を克服することができるものと確信いたします。
国民各位の一層の御理解と御協力をお願い申し上げる次第であります。