[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第77回(常会)
[演説者] 大平正芳大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1976/1/23
[参議院演説年月日] 1976/1/23
[全文]
ここに、昭和五十一年度予算の御審議をお願いするに当たり、当面の財政金融政策につき、所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明いたしたいと存じます。
世界経済は、石油危機発生以来、激しいインフレと厳しい不況に苦しんでまいりましたが、ようやくにして最悪の状態を脱し、このところ、先進諸国を中心に回復への胎動が見られるようになりました。わが国経済もまた、物価もようやく安定し、昨年春以来経済活動も立ち直りの兆しを見せてまいりましたが、回復の足取りは必ずしも力強いとは言えない状況であります。
御承知の通り、石油危機発生以来、政府はインフレの克服に最重点を置いた政策運営に徹してまいりましたが、幸いに国民各位の理解と協力を得まして所期の成果をおさめつつあります。今後におきましては、物価の安定を維持しながら、景気の着実な回復と雇用の安定を実現してまいることが最も重要な政策課題であることは申すまでもございません。
すでに政府は、昨年二月以来四次にわたる景気対策を実施し、日本銀行もまた、これと相呼応いたしまして公定歩合の引き下げ等金融緩和の措置を講じてまいりました。これらの施策の効果もありまして、景気は徐々に回復の過程をたどっておりますが、設備投資の不振その他最終需要の伸び悩みのもとで、経済活動の水準はなお低く、雇用不安が遠のいたとは言い得ない事態が続いております。国民生活の安定と向上を図るため、新しい年こそは、この経済の回復を一層確実なものにすることによりまして、企業の健全な活動を維持し、雇用の機会を確保してまいらなければなりません。
新しい年は、また、経済の均衡のとれた発展を確保するため、その体質の改善を図らねばならない年でもございます。しかし、資源、環境、立地問題等内外の制約条件は依然として厳しい反面、高度成長になれた考え方や慣行は社会のあらゆる分野に根強く残っております。このような状況の中で、国民生活の着実な向上を図り、経済の均衡ある発展を確保してまいることは容易なことではございません。国民経済の各分野にわたり、経済の新しい展開に即応した体質の転換を図ってまいる必要が、今日ほど強く要請されておる時期はないと思うのであります。
申すまでもなく、まず財政におきまして、今後の新しい環境に適合し得るよう歳出、歳入両面にわたり、従来の惰性を排しつつその合理化を推進しなければなりません。これまでの高度成長下におきましては、中央、地方を通じまして、毎年相当多額な税の自然増収を期待することができ、それによって国民の多様な欲求が比各的容易に充足されてまいりました。そして、そのことを当然視する傾向さえ生まれてまいりました。しかし、財源面での厳しい制約が予想されまする今後におきましては、限りある財源の配分につきまして厳しい選択を迫られるのは当然のことでございます。その意味におきまして、既存の制度、慣行の見直しを含め、極力歳出の合理化、効率化を進める一方、福祉の充実のために必要な負担を国民がどのような形で分かち合うかという問題についても、真剣に取り組んでまいらなければなりません。このような観点から私は、祖税や社会保険料の負担、公共料金等のあり方について、国民の合意を得ながらその見直しを進めてまいることが、ひとり財政上の見地からだけではなく、真の福祉の実現のためにも、避けて通ることのできない課題であると考えております。
私は、以上申し述べましたような基本的な方向に沿って、今後の財政金融政策を運営してまいりたいと考えますが、その際次の三点について特に慎重な配慮を払ってまいる必要があると考えております。
まず、第一は引き続き物価の安定を図ってまいることでございます。
物価の安定は、正常な経済活動を維持し、社会的公正を確保してまいるための不可欠の前提でございます。現在物価は基調として落ち着いた動きを示しておりますが、本年三月末において、消費者物価の上昇率を一けた台にとどめるという政府の目標達成に努めることはもちろん、今後とも物価の動向には周到な注意を払い、景気の回復を急ぐ余りインフレの再燃を招くことのないよう十分留意してまいらなければならぬと考えております。
第二は、国際収支の均衡に配意することでございます。
わが国の国際収支は、石油危機を契機といたしましてかつてない大幅な赤字を記録し、このため巨額の外資の取り入れを行って事態に対処してまいりました。幸いにその後は順調な改善傾向をたどっておりますものの、いまだ相等大幅な赤字の域を脱するに至っておりません。今後、輸出の増加が期待されるとはいえ、国内景気の回復に伴う輸入の増加や長期資本収支の悪化が見込まれることなどから、国際収支の赤字幅はむしろさらに増大する傾向さえ予想される状況でございます。かくて国際収支の問題は、わが国経済にとりまして依然として大きな制約要因であり、このような見地からも財政金融政策の運営に厳しい節度が求められておるのでございます。
第三は、財政の健全化に努めることでございます。
昭和五十一年度予算の編成に当たりましては、五十年度に引き続ききわめて厳しい財源事情にありますが、景気回復のために財政が果たすべき役割りを考慮し、五十年度補正予算に引き続き、特例公債を含む多額の公債の発行により対処することといたしました。しかしながら、このことはあくまでも当面の事態に対処するための特例的な措置でありまして、安易な公債依存を排し、速やかに特例公債に依存しない財政に復帰することが、財政運営の要諦であることは申すまでもないことであります。政府としては、中央、地方を通ずる財政の正常化をできるだけ速やかに実現いたしますよう努力を傾けてまいる決意であります。
昭和五十一年度予算は、以上申し述べましたような考え方に立って、国民生活と経済の安定及び国民福祉の充実に配意しつつ、景気の着実な回復と雇用の安定を図るとともに、財政体質の改善合理化を進めることを主眼として編成いたしました。
その特色は、次の諸点でございます。
第一は、予算及び財政投融資計画を通じ、その規模を経済の動向に即し、かつ、財政の課題にこたえるに足るものとしたことでございます。
すなわち、五十一年度予算は、総合予算主義の考え方に立ち、内外の諸情勢の変化に伴う新たな状況に即応しえる態勢のもとに、中央、地方を通ずる適正な行財政水準の維持に見合う歳出を計上するよう努めました。また、公共事業関係費等の拡充によって景気の回復を促進するとともに、財政体質の改善合理化を図るため一般行政経費の抑制等に配慮いたしました。
この結果、一般会計予算の規模は、二十四兆二千九百六十億円となり、前年度当初予算に比べ一四・一%増となっております。
また、財政投融資計画につきましても、厳しい原資の制約のもとにありまして、国民生活の向上と福祉の充実に資する分野に対し重点的に資金を配分するとともに、社会資本の整備と輸出金融の拡充等に意を用いました。その結果、前年度当初計画額に対し、一四・一%増の十兆六千百九十億円となっております。
これらによる中央、地方を通ずる政府の財貨サービス購入の伸び率は、政府の経済見通しによる国民総生産の伸び率を上回るものとなっております。
なお、公債につきましては、極力その増加を抑制する努力を払ってまいりましたが、五十年度に引き続き多額の発行を行わざるを得ないこととなり、発行総額は七兆二千七百五十億円となっております。このうち三兆五千二百五十億円は財政法第四条第一項ただし書きの規定に基づく公債の発行によることとし、残余の三兆七千五百億円につきましては、別途御審議をお願いいたしまする昭和五十一年度の公債の発行の特例に関する法律に基づく公債の発行を予定いたしております。これにより、一般会計における公債依存度は二九・九%となっております。
なお、公債の消化に当たりましては、従来同様、市中消化の原則を堅持してまいる所存でございます。
第二に、税制面におきましては、現下の経済情勢及び財政事情を総合的に勘案し、一般的な減税を行わない反面、一般的な増税もこれを避けつつ、現行税制の仕組みの中で若干の選択的な増収措置を講ずることにとどめました。一方、この機会に、各種の政策目的から設けられている租税特別措置につきまして、一層の負担の公平を期する見地から全面的な見直しを行い、いわゆる企業関係の特別措置を中心としまして、相当大幅な整理合理化を行いますとともに、交際費課税をさらに強化することにいたしております。今回の租税特別措置の整理合理化は、その規模におきましても、内容におきましても、従来に例を見ない積極的なものであると考えております。
選択的な増収措置といたしましては、自動車関係諸税につきまして、中央、地方を通ずる財政状況と自動車に係る税負担の現状にかんがみ、資源の節約、環境の保全、道路財源の充実等の要請を勘案して、揮発油税、地方道路税及び自動車重量税について、税率の引き上げを行うことといたしております。
第三は、公共事業関係費等の投資的経費の拡充に努めたことでございます。
すなわち、景気の着実な回復に資するとともに、住宅及び社会資本の充実の要請にこたえるため、公共事業関係費を増額し、住宅、生活環境施設のほか、治山治水等の国土保全施設、農業基盤等の整備を進めることといたしております。
なお、昭和五十一年度予算の編成に当たりましては、住宅、下水道、公園、湾岸、港湾、空港、交通安全施設及び沿岸漁場整備の八事業につきまして、それぞれ昭和五十一年度を初年度とする長期計画を策定することといたしております。
また、文教及び社会福祉施設につきましても、予算の増額に配意いたしたところであります。
以上のほか、公共事業等の経費に係る予見し難い予算の不足に充てるため、新たに公共事業等予備費一千五百億円を計上し、経済情勢の推移等に機動的に対処し得るよう配意いたしております。
第四は、財源の重点的、効率的な配分を図ることにより、最近の諸情勢に即応した諸施策の充実に努めたことであります。
まず、社会保障につきましては、真に必要な福祉施設について重点的にその充実を図ることといたしております。すなわち、社会的、経済的に弱い立場にある人々の生活の安定に資するために、生活扶助基準の引き上げ、各種年金制度の改善等を行うほか、心身障害者等に対しきめの細かい配慮を行いました。また、社会福祉施設の職員の処遇改善等各般の施策を積極的に推進いたしますとともに、社会保険料及び受益者負担の適正化等、制度の合理化に努めることといたしております。
さらに、最近の雇用情勢に対処いたしますため、雇用調整対策、中高年齢者を中心とする職業転換対策等につきましても、その充実に配意いたしてあります。
次に、文教及び科学技術の振興につきましては、公立文教施設の整備を促進いたしますほか、高等学校の建物の新増設に対して新たに国の補助を行う道を開くことといたしました。さらに、私立学校に対する助成や育英事業の充実、原子力の安全確保対策や核融合研究の推進等、各般の施策につきその拡充を図ることといたしております。
また、中小企業対策につきましては、特に、小企業経営改善資金融資制度の大幅拡充等、小規模事業対策に重点的に配意いたしますとともに、政府系中小企業金融三機関等の融資規模を拡大することといたしております。
以上のほか、発展途上国に対する経済協力の充実を図りますとともに、貿易の振興に資するため輸出金融の拡充に特に配意することといたしております。また、国際的な資源・エネルギー問題の動向等に顧み、石油資源の開発、石油及び非鉄金属の備蓄の推進等を図ることといたしております。
また、食糧の安定供給の確保、自給力向上のための諸施策を推進し、農産物の価格安定、流通対策の充実を図ることといたしております。公害防止及び環境保全対策等についても、引き続き各般の施策を積極的に推進することといたしております。
さらに、国鉄運賃、電話料金等の公共料金につきましては、物価の落ちつきが定着化しつつあることもあり、受益者負担の原則に立ってその適正化を図ることとし、もって事業経営の健全化を進めることといたしております。
なお、日本国有鉄道の財政再建問題につきましては、経営の刷新、合理化、運賃等の改定と並行いたしまして、過去の債務に対する対策その他所要の助成措置を講ずることといたしております。
第五に、地方財政対策としましては、地方交付税交付金について、国税三税の三二%相当分三兆八千九十七億円を計上するほか、臨時地方特例交付金六百三十六億円及び資金運用部資金からの借入金一兆三千百四十一億円の特例措置を講じ、これらにより、五十年度当初予算に比べ一七・一%増の五兆一千八百七十四億円を確保することといたしました。さらに、地方財政対策の一環として地方債一兆二千五百億円を特別に発行すること等により、地方財政の運営に支障なからしめるよう措置いたしたところでございます。
この際、私は、地方公共団体に対し、国と同一の基調により、一般行政経費の抑制と財源の重点的かつ効率的配分を行い、節度ある財政運営を図られるよう要請するものでございます。
以上、昭和五十一年度予算の大要につき御説明申し上げましたが、次に、当面の金融政策の運営について申し述べたいと思います。
金融政策につきましては、昨年来、預貯金金利を含む金利水準全般の引き下げを図るとともに、金融の量的緩和を進めてまいりましたが、その効果は着実にあらわれ、貸し出し金利は順調に低下し、企業の資金繰りにも余裕が出てまいりました。このたびの預金準備率引き下げもこの基調を一層強めるものでございます。今後におきましても、財政政策と同様、景気の回復と雇用の安定を図ることが現下の緊要な政策課題であるとの認識のもとに、金融政策の面におきましても、情勢の推移に応じ弾力的、機動的な運営に配意してまいる所存でございます。
また、五十一年度におきましては、前年度に引き続き国債、地方債等公共債の大量発行が予定されております。その発行に当たっては、そのときどきの金融情勢を勘案し、民間金融の圧迫にならないよう配意いたしますとともに、公社債市場につきましては、その整備のため積極的な努力を続けてまいりたいと考えます。民間金融機関におきましても、公共債の円滑な消化に協力されますとともに、産業金融とりわけ中小企業金融、あるいは住宅金融等につき格段の努力を払われますよう要望するものでございます。
最後に、国際通貨秩序の再建とわが国の立場について申し添えたいと存じます。
私は、新春早々ジャマイカで開かれましたIMFの暫定委員会に出席してまいりました。
一九七一年八月、米ドルの金交換性停止を契機といたしまして、国際通貨体制が混乱に陥って以来、これまで種々の機会を通じて新しい国際通貨秩序の再建についての検討が続けられてまいりました。今回の会合は、その最終的な合意がIMF協定改正案として結実したものでありまして、いわば画期的な意義を有するものであると思います。
これによりますと、協定改正後におきましては、IMFを中心とした国際協調体制のもとに、各国はフロートを含めて自由にそれぞれの為替相場制度を選択できることになります。なお、将来世界経済が安定した段階におきましては、安定的なしかし調整可能な平価制度に移行する道が開かれております。
新しい国際通貨秩序に対する合意の成立は、ジャマイカの会議であわせて合意を見ましたIMFの第六次増資によるその信用供与力の拡大とともに、世界経済秩序に対する信認の回復と世界貿易の安定的発展に貢献するものであると考えます。わが国は、世界経済に重い責任を持つ国家といたしまして、この合意を踏まえて、世界経済の秩序の安定と発展に積極的な役割りを引き続き果たしてまいらなければならないと考えております。
世界経済の異常な混乱のなかでわが国が直面してまいりました厳しい試練は、すでに長期に及んでおります。そのため、一部には先行きに対する悲観や焦燥感あるいは活力の減退を懸念する向きがないではございません。
しかし、わが国がこの間にたどってまいりました道程を振り返ってみますと、インフレの克服と国際収支改善ための努力は見るべき成果をおさめ、国際的にも評価されております。憂慮されておりました物価と賃金との悪循環の問題も、労使の節度ある対応によりまして回避され、また諸外国に先駆けて景気回復の糸口をつかむことにも成功しつつあると思うのであります。
もとより、世界経済の先行きは流動的で、われわれの前途にはなお幾多の困難が横たわっております。しかし、われわれはすでに幾たびかの試練に際会し、柔軟で弾力性に富む対応力を発揮し、これを乗り越えてまいりました。一歩一歩着実に問題の解決に当たってまいりますならば、必ずや当面する困難を克服し、明るい展望が開かれてまいるものと確信いたします。
国民各位の一層の御理解と御協力をお願い申し上げる次第でございます。