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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第68代第1次大平(昭和53.12.7〜54.11.9)
[国会回次] 第87回(常会)
[演説者] 金子一平大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1979/1/25
[参議院演説年月日] 1979/1/25
[全文]

 ここに、昭和五十四年度予算の御審議をお願いするに当たりまして、当面の財政金融政策につき、所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明いたしたいと存じます。

 顧みますれば、一九七〇年代は、わが国経済が高度成長から安定成長へ、量的拡大から質的向上へと転換を迫られ、加えて、石油危機を契機として、世界経済が戦後最大の不況と激しいインフレに見舞われた厳しい試練の年月でありました。

 本年は、その七〇年代の最後の年であり、八〇年代へ向けて新しい進路を開くための年であります。このようなときにおける財政金融政策の果たすべき役割りは、まことに重大なものがあると痛感する次第であります。

 最近のわが国経済の情勢は、ようやく石油危機の後遺症から脱却して、安定した成長への道を着実に歩むに至っていると言えます。特に昨年は、物価が安定する中で、公共投資の拡充、施行促進の効果が浸透し、設備投資や個人消費も次第に堅調に向かいまして、内需を中心として順調に景気回復が進んだ年でありました。また、企業収益にも改善の傾向が見受けられ、民間経済の活力が発揮できる素地ができ上がりつつあります。

 他面、雇用情勢は、求人数が増加するなど改善の兆しが見受けられますが、新規労働力の増加等もあって、総じて厳しいものがあります。また、国際収支は、その改善のための諸努力に加えて、大幅な円レートの上昇による調整効果もあり、輸出数量の減少、輸入数量の増大が見られ、経常収支の黒字縮小基調が顕著になってきておりますが、なお一層の縮小が国際的にも期待されております。

 こうした中にあって、政府は、国民生活の安定と経済の適正な成長を図るため、積極的な財政運営を行ってまいりましたが、その反面、財政収支の不均衡は、ここ数年、拡大の一途をたどっております。

 私は、このような内外情勢のもとにおいて、特に次の三点を緊要な課題として、一九八〇年代へ向けての政策運営に万全を期してまいりたいと考えております。

 すなわち、第一は、各分野において均衡のとれた経済社会を実現することであり、第二は、世界経済の安定と発展のために、積極的に貢献することであります。第三は、危機的状況にあるわが国財政を再建するために、一刻も早くその健全化への第一歩を踏み出すことであります。

 まず第一は、均衡のとれた経済社会の実現であります。

 現在、わが国経済は、重大な構造変革期を迎えております。すなわち、技術革新の鈍化、立地・環境等国土資源の制約、海外資源・エネルギー価格の高騰など、これまでの高度成長を支えてきた内外の諸条件の変化により、わが国経済は、成長率の低下、産業構造の変革等を余儀なくされるに至りました。この過程において、失業率の上昇、需給の不均衡、財政の赤字拡大等の種々の構造的問題が発生し、その国民経済に与える影響が憂慮されております。

 今後におきましては、従来のような高度成長の再現を求めても、その達成はもはや困難であります。また、現下の構造的諸問題は、経済全体の需要を拡大するだけでは解決できない面があると考えられます。私は、わが国経済が抱える諸問題に対処するためには、現在の構造変革期の実態を正確に把握し、新しい経済構造に即応したじみちな努力を続けることが要請されていると考えます。このためには、景気全般に対する配慮とあわせて、実態に即した個々の施策を着実に積み重ねてまいりたいと存ずるのであります。

 以上のような観点から、私は、今後においては、雇用、需給、物価、国際収支、財政等国民経済の各分野において、均衡のとれた経済社会の実現を目指すことが何よりも肝要であると考えます。このような各分野の調和の上に立った経済発展こそ、新しい社会の基盤を確立するものであると確信している次第であります。

 第二は、世界経済の安定と発展のために貢献することであります。

 各国経済の相互依存関係が近年とみに深まっている情勢のもとで、いずれの国も、自国のことのみを考えて経済運営を行うことはできません。世界経済が現在抱えている課題は、雇用機会の増大、インフレの克服、国際収支の不均衡の是生等の諸問題であります。わが国は、世界経済に大きな影響を及ぼす立場にある国の一つとして、これらの課題の解決のため、積極的に貢献していかなければなりません。

 このため、わが国としては、まず、対外均衡の回復を一層確実なものとする必要があります。すでに、わが国の経常収支の黒字は、顕著な減少傾向を示しているほか、長期資本収支における流出も増大しておりますが、この傾向が、今後とも継続するよう努力してまいりたいと考えております。

 また、世界経済の円滑な発展のためには、通貨の安定が不可欠であります。このため、各国政府が基礎的諸条件の改善に努めるとともに、介入政策等の面で緊密な連絡と協調を保つことにより、為替相場の急激な変動を抑制し、あわせて市場の心理的不安感を除去することが重要であります。わが国としては、通貨安定のため、今後とも各国と協力してまいりたいと考えております。

 次に、世界貿易拡大のためには、自由貿易体制を維持強化していくことが急務であります。政府は、従来より東京ラウンド交渉に積極的に取り組んでまいりましたが、いまや、最終的段階を迎え、実りある内容をもって早期に完結するよう、一層の努力を傾けてまいりたいと考えます。なお、外国為替管理制度等については、その全面的な見直しを行い、原則自由の新しい法体系とするため、目下、鋭意作業を進めております。

 さらに、世界経済の均衡のとれた成長のためには、開発途上国の経済発展を支援していく必要があり、わが国としても、ODA三年倍増、援助条件の一層の改善等経済協力の大幅な拡充強化を図ってまいることとしております。

 第三は、わが国財政の再建であります。

 わが国財政は、昭和五十年度以降、特例公債を含む大量の公債に依存する異常な状況にあり、昭和五十四年度においては、歳出、歳入についてのあらゆる努力にもかかわりませず、なお十五兆円を上回る公債発行を余儀なくされております。今日の財政収支の状況は、租税の自然増収によって均衡を回復することがとうてい期待できない、いわば構造的な赤字に陥っていると言えます。このまま安易に財政赤字を積み重ねれば、われわれの子孫に大きな負担を残し、財政の機動的運営を困難とするばかりでなく、経済にインフレ要因を持ち込み、経済そのものの安定を阻害するおそれがあります。わが国経済の健全な発展のためには、財政の再建が、いまや最も緊要な課題であることは何人も否定できないところであると思います。

 財政再建のためには、まず、歳出の厳しい見直しが必要であります。昭和五十四年度予算編成に当たっては、一般行政経費を極力抑制するとともに、政策的経費についても根底から見直すなど、歳出の節減合理化へ一層の努力をいたしました。今後の財政運営に当たっても、国民各位の御理解と御協力を得て、引き続き歳出内容の効率化を推進してまいる所存であります。

 同時に、福祉の充実等についての国民の強い要望を考えますれば、今後ともある程度の財政規模を維持することはどうしても必要でありまして、したがって、これに見合う歳入を確保しなければなりません。このためには、まず、制度と執行の両面にわたる税負担の公平を図ることが強く要請され、政府としては、後に申し述べますように、社会保険診療報酬課税の特例の是正を初めとする租税特別措置の整理合理化を一層強力に進めることとしております。

 しかしながら、現在の財政収支の不均衡は、これらの努力のみでは解決ができない大きさになっております。わが国財政は、もはや一般的な税負担の引き上げによらなければ、経済の安定、福祉の向上という財政本来の使命を果たすことができないところまで来ているのであります。先般の税制調査会においても、このような考え方に立って、早期に一般消費税を実施すべきである旨、答申が取りまとめられました。政府といたしましては、この趣旨に沿って、一般消費税を昭和五十五年度のできるだけ早い時期に実施するために必要な諸準備を積極的に進めてまいる所存であります。

 財政再建への道が険しいことは覚悟いたしております。しかし、申すまでもなく、健全な財政運営なくして経済の発展と国民生活の向上は期しがたいところであり、それは、国民の適正な負担に裏づけられて初めて成り立つものであります。財政収支の不均衡の解消は、究極的には、財政を支える国民各位の御協力によらざるを得ないのであります。国民各位の御理解を切にお願いする次第であります。

 昭和五十四年度予算は、以上申し述べました考え方に立って、現下の厳しい財源事情のもとで、経済情勢に適切に対応するとともに、できる限り財政の健全化に努めることを基本として編成いたしました。

 その大要は、次のとおりであります。

 第一に、一般会計予算におきましては、まず、経常的経費について、その節減合理化に努め、緊要な施策に重点的に配意しながら、全体として極力規模を抑制することといたしました。このため、各省庁の経常事務費を初めとする一般行政経費を極力抑制するとともに、政策的経費についても、既定経費を含め、各種施策の優先順位を十分考慮し、もって歳出内容の質的向上に努めたのであります。

 他面、投資的経費につきましては、景気情勢にもかんがみ、厳しい財源事情のもとではありますが、できる限りの規模を確保することとし、特に、公共事業関係費、文教・社会福祉施設整備費等の拡充に配意することといたしました。

 以上の結果、両部門を合わせた一般会計予算の規模は、前年度当初予算に対し一二・六%増の三十八兆六千一億円となっております。

 第二に、税制等の改正につきましては、まず、現下の厳しい財政事情に顧み、揮発油税等の税率の引き上げ、たばこの小売定価の改定等を行い、歳入の確保に努めるほか、受益者負担の適正化を図ることとしております。

 また、税負担の公平確保の見地から、社会保険診療報酬課税の特例を是正するとともに、有価証券譲渡益課税を強化するほか、価格変動準備金の段階的整理を初めとして、企業関係租税特別措置の整理合理化等を一層強力に進めることとしております。

 他方、経済社会の要請に即応して、産業転換投資の促進、優良な住宅地の供給増加等に資するため、所要の措置を講ずることとしております。

 第三に、公債につきましては、昭和五十四年度の租税及び印紙収入予算額が、五十三年度において、五月分税収の年度所属区分を変更したこととの関連もありまして、税制改正後で、前年度当初予算と同額程度しか見込まれず、歳出の増加額のほぼ全額を公債の増発によらざるを得ない状況にあります。公債の発行額は、十五兆二千七百億円を予定しており、公債依存度は、三九・六%に達しております。この公債発行額のうち、建設公債は、七兆二千百五十億円、特例公債は、八兆五百五十億円を予定しており、特例公債依存度は、二七・一%となっております。

 なお、別途、特例公債の発行のための昭和五十四年度の公債の発行の特例に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることといたしております。

 このように公債発行額が多額なものとなりましたので、資金運用部資金による一兆五千億円の引き受けを予定するほか、公募入札分を前年度の一兆円から二兆七千億円に拡大する等の措置を講ずることといたしております。

 第四に、財政投融資計画につきましては、民間資金の積極的活用を図りつつ、経済情勢に適切に対応するため、事業部門の事業規模の確保に特に配慮するとともに、住宅、生活環境整備、文教等国民生活の安定と向上に直接役立つ分野に対し、重点的に資金を配分することといたしております。この結果、財政投融資計画の規模は十六兆八千三百二十七億円となり、前年度当初計画に比べ一三・一%の増加となっております。

 第五に、主要な経費について申し述べます。

 昭和五十四年度予算の編成に当たりましては、財源の重点的、効率的配分に努めることとし、既定経費の整理合理化を図りながら、社会経済情勢の推移に即応した緊要な施策については、個々に所要の措置を講ずることといたしております。

 まず、公共事業関係費につきましては、前年度当初予算に対し二〇%の増加を確保しており、特に、災害復旧等事業費を除く一般公共事業関係費は、前年度当初予算に対し二二・五%の増加となっております。

 なお、公共事業関係費の内容につきましては、引き続き、住宅、下水道・環境衛生等の生活関連施設の拡充に重点を置いております。

 特に、住宅対策につきましては、住宅金融公庫の貸付限度額の引き上げ、住宅宅地関連公共施設整備の一層の推進等、その充実を図ることとしております。

 次に、社会保障関係費につきましては、物価、賃金の安定等から、前年度当初予算に対し、一二・五%の増加となっておりますが、真に緊要な施策については、重点的な配慮をいたしております。

 まず、生活保護基準の引き上げ、各種年金の改善等を行うとともに、心身障害者対策、老人対策、母子保健対策等の拡充に努めることとし、社会福祉関係施設の整備についても大幅に拡充することとしております。

 また、医療供給体制の整備を一層推進する一方、医療保険については、社会経済の変化に即応し、給付と負担の適正化を図る見地から、健康保険制度の改正を行うこととしております。

 雇用対策につきましては、特にその充実に努めたところであります。すなわち、景気の回復を通じて雇用の安定と増大を図るとともに、特に、再就職の困難な状況にある中高年齢者の雇用開発のための措置を大幅に拡充するほか、定年延長、職業訓練、心身障害者の雇用促進、職業紹介等各種施策の拡充に格段の配慮をいたしております。また、離職者の生活安定のため、失業給付の充実を図ることとし、支給期間について所要の延長措置を講ずることとしております。

 文教及び科学技術振興費につきましては、まず、小中学校校舎の新増築を中心とした公立文教施設等について、事業量の大幅な拡大を図ることとしておりますほか、私立学校に対する助成や育英事業の拡充等について特段の配慮をいたしております。

 中小企業対策費につきましては、円高等の影響を受けている産地中小企業に対する振興対策の推進及び中小企業信用保険公庫に対する出資の増額等信用補完制度の充実に重点的に配意するとともに、政府系中小金融三機関等の融資規模の拡大を図ることとしております。

 エネルギー対策費につきましては、引き続き、原子力平和利用の促進、石油備蓄対策の拡充等を図るとともに、新エネルギー技術等の研究開発の一環として、日米協力による国際的な研究に着手することとしております。

 経済協力費につきましては、ODA三年倍増の方針に従い、二国間の無償援助及び技術援助の大幅な増額を図るとともに、国際機関に対する分担金、拠出金等についても積極的な協力を行うこととしております。

 以上のほか、総合農政の一層の推進のため、地域農業生産体制の再編成に必要な経費を計上することとしております。

 また、日本国有鉄道の予算につきましては、定員削減等の経営合理化及び所要の運賃改正を見込むほか、これらとあわせて必要な助成措置を講ずることとしております。

 第六に、地方財政対策について申し述べます。

 昭和五十四年度の地方財政におきましては、四兆一千億円の財源不足が見込まれますが、これに対しては、一般会計からの臨時地方特例交付金、資金運用部資金からの借り入れ及び建設地方債の増発により所要の財源措置を講じ、その運営に支障が生ずることのないよう配慮しております。

 地方交付税交付金については、国税三税の三二%相当額に臨時地方特例交付金等を加算し、これに資金運用部資金からの借入金二兆二千八百億円を加えるなどにより、総額七兆六千八百九十五億円を地方団体へ交付することとしております。

 また、地方債につきましては、その円滑な消費等を図るため、政府資金及び公営企業金融公庫資金による引き受けを四兆百三十億円と大幅に増額するとともに、一般市町村に係るいわゆる財源対策債については、原則として全額政府資金で引き受けるなど、きめ細かい配慮をいたしております。

 この際、私は、地方公共団体に対し、国と同一の基調により、一般行政経費の節減合理化を推進するとともに、財源の重点的かつ効率的配分を行い、節度ある財政運営を図るよう特に強く要請するものであります。

 以上、予算の大要について御説明いたしました。

 次に、当面の金融政策の運営について申し述べます。

 金融面におきましては、昭和五十年来講じられてきました金利水準全般の引き下げ、金融の量的緩和のための措置の効果が実体面に浸透しており、市中貸出金利は、戦後最低の水準まで低下しております。この結果、企業の資金繰りも総じて緩和基調に推移しております。

 当面の金融政策の運営に当たりましては、現在の緩和基調を維持することを基本として、引き続き、物価の安定に留意し、通貨供給の動向を見守りながら、金融情勢に適切に対処してまいりたいと考えております。

 さらに、昭和五十四年度におきましては、国債、地方債等の公共債の発行が実に二十六兆円に近い巨額なものになると見込まれますが、金融情勢等に十分配慮しながら円滑な消化に努めたいと考えております。また、国債の種類及び発行方式の多様化、安定的な投資化の育成、流通市場の整備等については、今後とも、なお一層配慮し、国債管理政策の適切な運営に努めてまいる所存であります。

 いまや、われわれは、国際的視野のもとに、均衡のとれた新しい経済社会に向かって歩み出さなければなりません。今後の流動的な内外の諸情勢を考えるとき、その行く手は、決して平たんなものでなく、多くの困難な障害が予想されます。これらの障害を克服するに当たって、われわれは、新しい時代における経済各分野の姿はいかにあるべきか、そのため、政府は何をなすべきであり、何をなすべきでないかを常に問い直しながら、一歩一歩着実に前進していかなければなりません。

 さらに、私は、単に経済面についてのみでなく、広く、人間と自然、個人と社会、経済と環境等国民生活のすべてにわたって、調和とゆとりのある社会の実現を図らなければならないと考えます。今後の財政金融政策の運営に当たっては、このような観点から全力を傾注してまいりたいと考えております。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願いする次第であります。