データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第71代第1次中曽根(昭和57.11.27〜58.12.27)
[国会回次] 第97回(臨時会)
[演説者] 竹下登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1982/12/3
[参議院演説年月日] 1982/12/3
[全文]

 ここに、昭和五十七年度補正予算の御審議をお願いするに当たり、その大綱を御説明申し上げ、あわせて当面の財政金融政策の基本的な考え方について、私の所信を申し述べたいと存じます。

 まず、今回提出いたしました昭和五十七年度補正予算の大綱について御説明申し上げます。

 一般会計予算につきましては、歳入面において、世界経済停滞の影響等による経済情勢の変化に伴い、当初予算に対し、租税及び印紙収入の減収が避けられない見通しとなりましたので、六兆一千四百六十億円を減額いたしました。このため、従来にも増して既定経費の徹底した節減、税外収入の確保、追加財政需要の圧縮等を行ったところであります。

 しかしながら、これだけをもってしては今日の事態に対処できません。このため、異例の措置として国家公務員の給与改定を見送るほか、当初予定した国債費の定率繰り入れを停止することとし、今国会に所要の法律案を提出いたしました。

 このような措置を講じましても、歳入不足額は、なお約三兆四千億円となります。この歳入不足につきましては、残念ながら特例公債の追加発行によって対処せざるを得ません。

 このほか、災害の早期復旧に要する経費につきましては、建設公債の追加発行によることとしております。

 歳出につきましては、景気の回復及び史上最大規模となった災害の早期復旧のために、公共投資の追加を行うとともに、義務教育費国庫負担金等の義務的経費等、真にやむを得ない経費につきましても、所要の措置を講ずることとしております。その結果、歳出の追加総額は、一兆二千二百八億円となっております。

 他方、厳しい財政事情にかんがみ、既定経費の節減に努め、三千二百五十四億円を減額するほか、予備費についても、一千二百億円を減額することとしております。また、税収の減額に伴い、地方交付税交付金につき、一兆六千九百五十七億円の減額を行っております。さらに、国債費の定率繰り入れを停止することにより、一兆一千九百八十四億円が減額され、歳出の修正減少額は、三兆三千三百九十五億円となります。

 以上によりまして、昭和五十七年度一般会計予算の総額は、歳入歳出とも、当初予算に対し二兆一千百八十七億円減額され、四十七兆五千六百二十一億円となります。

 公債の追加発行額は、三兆九千五十億円となり、うち特例公債は三兆三千八百五十億円となります。この追加発行される公債につきましては、その円滑な消化に鋭意配慮してまいりたいと考えております。

 地方財政につきましては、一般会計からの地方交付税交付金が一兆六千九百五十七億円減額されますが、交付税及び譲与税配付金特別会計において、資金運用部資金から一兆五千四百三十三億円の借り入れを行うことにより、所要の地方交付税総額を確保して、地方団体の財政運営に支障の生じないよう配慮することとしております。

 以上の一般会計予算補正等に関連して、特別会計予算につきましても、所要の補正を行うこととしております。

 さらに、一般会計及び六特別会計において、総合経済対策の一環として、一般公共事業に係る国庫債務負担行為総額二千七百七十四億円を追加することとしております。

 なお、財政投融資計画につきましては、総合経済対策を推進するため、すでに弾力条項を発動して、住宅金融公庫の貸付枠の追加に要する資金等について機動的に対処し、総額三千三百二十億円の追加を行ったところであります。

 以上、昭和五十七年度の補正予算の大綱を御説明申し上げました。何とぞ、御審議の上、速やかに御賛同くださるようお願い申し上げます。

 次に、財政再建の問題について申し述べます。

 政府としては、これまで財政再建のため、昭和五十九年度に特例公債依存体質から脱却することを目指して、歳入歳出両面にわたり、できる限りの努力をしてまいりました。特に、歳出面におきましては、国債費と地方交付税を除いた一般歳出の伸びを厳しく抑制いたしました。昭和五十年代前半には各年度平均一八%にも達していた一般歳出の伸びを、昭和五十五年度には五・一%、昭和五十六年度には四・三%にまで圧縮し、また、昭和五十七年度には予算編成史上初めてゼロシーリングを採用して、これをわずか一・八%にまで抑制したのであります。

 しかしながら、第一次石油危機に次ぐ第二次石油危機を契機として、世界経済は大きく低迷いたしました。先進諸国はインフレと世界恐慌以来と言われるような失業に悩み、世界経済は第二次大戦後最悪とも言える状態にあります。世界は一つの舟、一つの共同体と言われるほど、相互に密接につながっております。世界経済が低迷を続けている中で、日本だけがひとり高い成長を達成することは不可能であり、わが国の成長率も低下し、税収の伸びも急激に鈍化することとなったのであります。

 このように、わが国財政を取り巻く環境は大きく変わり、昭和五十九年度に特例公債依存体質から脱却することは、きわめてむずかしくなったと言わなければなりません。

 諸外国に比べて比較的良好な状態にあるわが国経済の中で、財政は未曾有の困難に直面しており、最優先に取り組むべき課題として残されているのであります。

 財政がこのような困難に直面している現在、これを一日も早く再建し、新しい時代の要請に沿い得るよう、財政の対応力を回復することが、わが国社会の前進のために何よりも必要であります。いまや、行政改革とともに、財政再建についての国民の世論は盛り上がっております。今日ほど財政再建が幅広い国民の支持を得ていることは、かつてなかったことであり、心強い限りであります。

 昭和五十八年度予算におきましても、すでに概算要求の段階で画期的なマイナスシーリングを採用し、要求額を大きく抑制してまいりました。予算編成に当たりましては、現下の諸情勢に即応した行財政の守備範囲の見直し、歳出構造の一層の合理化を図ることを基本として、歳出をさらに厳しく切り込んでいく考えであります。また、歳入構造の合理化、適正化にも努めてまいる所存であります。

 今後とも、困難に憶することなく、財政再建のためにできる限りの措置を進めていく決意であります。国民の御理解と御協力を得て、国民各層で痛みを分かち合っていただくように切にお願いする次第であります。

 次に、最近の経済情勢と当面の財政金融政策の運営について、一言申し述べたいと存じます。

 世界経済は依然として困難な状況にあります。先進諸国はおおむねインフレ抑制を第一とし、厳しい引き締め政策を実施してきております。この結果、ようやくインフレは全般的に鎮静化しつつありますが、世界景気の回復はおくれており、OECD諸国全体の失業者数は、三千万人を超えるにいたっております。

 一方、わが国経済は物価、成長率、雇用、いずれの数字をとりましても、諸外国に比べてすぐれた実績を示しております。特に、物価は極めて安定しており、景気は基調として内需を中心に緩やかな回復の方向にあります。しかしながら、輸出の減少の影響もあり、生産、出荷には伸び悩みが見られます。

 このような情勢にかんがみ、景気の回復を着実なものとし、わが国経済を持続的安定成長路線に円滑に乗せていくため、先般、政府は総合経済対策を決定いたしました。災害復旧事業のほか、債務負担行為による一般公共事業の追加、地方単独事業の活用、住宅建設の促進等、総額二兆円強の事業規模の公共投資等の追加を行うことといたしました。その他、中小企業対策、不況産業対策、雇用対策等にも配慮いたしました。これらは、財政再建と両立できる範囲で、当面考えられる有効な措置を盛り込んだものであります。これらの対策の着実な実施により、わが国経済は内需を中心とした自律的な回復への道を歩んでいるものと期待いたしております。

 金融面では、一昨年八月以来一連の金融緩和措置を講じてきており、現在では、金融は緩和した状態にあると考えております。今後とも、適切かつ機動的な金融政策の運営に努めてまいることは申すまでもありません。

 対外経済関係につきましては、保護貿易主義の台頭を抑え、自由貿易体制を堅持していくことは、わが国の最も重要な課題であります。このような観点から、政府はさきに、二次にわたる市場開放対策を決定いたしました。これらの対策が所期の成果を上げるよう、引き続き努力してまいりたいと考えております。

 また、開発途上国の経済発展のための自助努力を支援するとの観点から、今後とも経済協力の効率的実施に十分配慮してまいる所存であります。

 夏ごろから懸念され始めた国債金融不安については、今後とも債務国、債権国、IMF等当事者が適切に対応することによって、当初心配されたような深刻な事態には至らないものと考えております。

 さらに、国際通貨の安定は、わが国経済のみならず、世界経済の円滑な発展のために欠くことのできないものであります。年初来十月までの為替相場は、米国の高金利、国際金融不安等を反映し、全面的なドル高となっておりました。しかし、日米金利差の縮小、わが国長期資本収支の赤字幅の縮小などから、行き過ぎたドル高・円安は次第に是正され、円相場は、わが国経済の良好なファンダメンタルズを反映し、円高方向に改善されつつあります。今後とも関係諸国と密接な連絡を保ちつつ、円相場の一層の安定に努めてまいりたいと考えております。

 いまや、国際社会におけるわが国の重要性はいよいよ高まってきており、国際経済社会に貢献することはわが国の大きな責務であります。

 現在、先進諸国はいずれも大きな財政赤字に悩まされております。全般のIMF・世銀総会でも広く認識が得られたように、財政赤字を縮小し、経済の活力を回復することは、世界共通の課題であると言っても過言ではありません。

 わが国経済の世界経済に対する影響力が大きなものとなっている現在、日本経済がその最大の弱点である財政赤字を率先して克服し、健全な発展を遂げることは、世界経済の発展にとりましても、その基礎的な条件を提供するものであります。

 すでに、石油危機からの回復過程において、国民は賢明に対応し、世界で最も円滑にこの危機を乗り越えてまいりました。特にインフレ抑制、省資源等の面で示された国民の英知には、卓越したものがあります。この英知が財政再建に結集されたとき、私は、道を{前1字ママ}険しくとも、必ずや財政の対応力は回復し、国際社会にも積極的に貢献し得る日本社会の構築に向かって、大きな前進ができるものと確信をいたしております。

 国民各位の御理解と御協力をお願いする次第であります。