データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第71代第1次中曽根(昭和57.11.27〜58.12.27)
[国会回次] 第98回(常会)
[演説者] 竹下登大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1983/1/24
[参議院演説年月日] 1983/1/24
[全文]

 ここに、昭和五十八年度予算の御審議をお願いするに当たり、その大綱を御説明申し上げ、あわせて当面の財政金融政策の基本的考え方について、私の所信を申し述べたいと存じます。

 わが国は、昭和三十五年以降の十年間、二けたの目覚ましい高度経済成長を行ったのでありますが、これは一バレル二ドルという低廉で豊富な石油に支えられた時代でもありました。この間にあって、昭和四十年、深刻な不況を迎え、政府は公債の発行に踏み切ったのであります。

 多年の努力により高度工業化を達成した日本は、昭和四十五年に二けたの高度成長時代に別れを告げました。昭和四十六年の国際通貨制度の動揺に続いて、四十八年には石油ショックが世界経済を襲い、日本社会も厳しい試練の時を迎えました。狂乱物価と言われたインフレとその後の戦後最大の不況に、国民は実に真剣に対応いたしました。そして経済がようやく自律的回復軌道に乗りかけたときに、第二次石油危機が発生し、さらに国民は厳しい試練に直面したのであります。

 この二度にわたる試練の中で、日本人は、環境問題に取り組みつつ、省エネルギーを推進し、生産性の向上を達成するなど、すぐれた成果をおさめました。こうして、我が国は世界の優等生と言われるように、社会経済の構造変化に伴う新しい安定成長時代に対応してまいりました。この間、政府においても巨額の公債発行に踏み切り、景気の回復と国民生活の安定を図ったのでありますが、これは後に大きな財政問題を生むことになります。

 今後の課題は、この安定成長経済を確実なものとし、二十一世紀に向かって、ゆとりと活力のある安定社会を築き上げることにあります。

 国民は物の豊かさの中に心の豊かさを求めており、量的拡大よりも質的向上を目指した国民生活の一層の充実を図っていくことが必要であると考えます。社会経済構造の変化に適合しなくなった制度や慣行は、思い切ってこれを変革していかなければなりません。すでに民間企業においては厳しい減量経営が行われ、新しい時代への対応が進みつつあります。公的部門におきましても、特に昭和五十五年度以降の予算編成を通じて、厳しい経費の圧縮を行ってまいったことは御承知のとおりであります。この際さらに一歩を進め、時代の変化に適合した行財政を築き上げていくことが求められております。

 石油危機後の不況に対応するための巨額の公債発行は、財政に大きな後遺症を残しました。これは日本だけの問題ではなく、先進諸国に共通する大問題でありますが、特にわが国の場合、国債残高は約百兆円に達し、経済全体が比較的良好な中で、財政の困難が際立っております。

 日本社会の高齢化は急速に進展いたしております。国際社会において、我が国の果たすべき役割りと責任もますます大きくなってきております。

 このような中で、財政の立て直しは、単に財政赤字の解消にとどまるものではありません。それは、社会経済の進展に合わせ、歳出歳入構造の見直しを行うことにより、新しい時代の要請に即した財政の対応力を回復する財政改革でなければなりません。

 このためには、まず歳出面におきまして、現下の諸情勢と将来への展望を踏まえ、国、地方、企業や家庭の役割分担など行財政の守備範囲を見直し、歳出の徹底した洗い直し、一層の合理化を行うことであります。また、歳入面におきましても、社会経済構造の変化に対応して、歳入構造の合理化、適正化に努めるとともに、行政サービスの受益と負担のあり方という観点から、基本的見直しを行う必要があります。このような方針のもとに、特例公債依存体質からの脱却とさらには公債依存度の引き下げに努め、財政の対応力の回復を図ってまいる所存であります。

 内外経済情勢は今後ともなおきわめて流動的なものと考えられ、財政改革への道は険しく容易ならざるものがあります。しかし、私は以上のような考えに立ち、国民の真の理解と協力を得つつ、一歩でも二歩でも前進していく所存であります。

 このような観点から、昭和五十八年度予算におきましては、まずもって前年度より一段と厳しい歳出の削減を図りました。概算要求の段階におきましては、画期的なマイナスシーリングを採用し、各省庁に対して所管予算の厳しい見直しを求めました。その後の予算編成に当たりましては、聖域を設けることなく、並み並みならぬ決意をもって徹底した歳出の削減を行いました。この結果、一般歳出の規模は三十二兆六千百九十五億円と、前年度を下回るものとなっておりますが、これは高度成長期以前の昭和三十年度以来のことであります。

 補助金等につきましては、すべてこれを洗い直し、従来にも増して積極的に整理合理化を行うことといたしました。

 また、食糧管理費の節減合理化、医療費の適正化、国鉄経営の合理化等を、一層推進したところであります。

 国家公務員の定員につきましては、定員削減計画を着実に実施するとともに、増員を厳しく抑制することにより、国家公務員総数の縮減を図ることといたしております。

 なお、昭和五十六年度の決算上の不足に係る国債整理基金からの繰り入れ相当額、二兆二千五百二十五億円につきましては、法律の既定に従い、同基金に繰り戻すこととしております。

 これらの結果、一般会計予算規模は、前年度当初予算に比べ、一・四%増の五十兆三千七百九十六億円となっております。国債整理基金への繰り戻し額を除いた実質的な一般会計予算規模は、対前年度三・一%のマイナスとなっているのであります。

 歳入面におきましては、きわめて厳しい財政事情にかんがみ、特別会計、特殊法人からの一般会計納付、たばこの小売定価の改定等を実施することにより、税外収入について、格段の増収努力を行いました。

 また、最近の社会経済情勢にかんがみ、税負担の一層の公平化、適正化を図るとの観点から、租税特別措置の整理合理化等を推進することといたしました。一方、中小企業の基盤強化、住宅建設の促進等に資するため、所要の税制上の措置を講ずることとしております。

 なお、税の執行につきましては、国民の信頼と協力を得て、今後とも一層、適正、公平な税務行政を実施するよう、努力してまいる所存であります。

 公債につきましては、さきに申し述べました歳出歳入両面の努力により、その発行予定額を前年度補正後予算より一兆円減額し、十三兆三千四百五十億円といたしました。その内訳は、建設公債六兆三千六百五十億円、特例公債六兆九千八百億円となっております。この結果、公債依存度は、二六・五%となっております。

 この公債につきましては、その円滑な消化に配慮し、国債引受団による消化は六兆六千億円、中期国債の公募入札による消化は三兆四百五十億円、資金運用部資金による引き受けは三兆七千億円とすることとしております。また、今年四月から、金融機関による長期国債の窓口販売が実施されますが、これにより国債の個人消化の拡大が図られるものと考えております。国債管理政策につきましては、今後とも、その適切な運営に努めてまいる所存であります。

 特例公債の発行等につきましては、別途、昭和五十八年度の財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることといたしております。

 財政投融資計画につきましては、これまでになく厳しい原資事情にかんがみ、対象機関の事業内容や融資対象を厳しく見直し、真に緊要な事業に重点化を図ることにより、その規模を抑制する一方、民間資金の活用を図り、対象機関の円滑な事業執行の確保に配慮したところであります。

 この結果、昭和五十八年度の財政投融資計画の規模は、二十兆七千二十九億円となり、前年度当初計画に比べ二・〇%の増となっております。

 次に、主要な経費について申し述べます。昭和五十八年度予算は一段と厳しい財政事情のもとにありますが、その中にあって、中長期的観点から充実を図る必要があるものや真に恵まれない人々に対する施策等につきましては、特に配慮いたしました。

 まず、経済協力費、防衛関係費、エネルギー対策費等につきましては、他の歳出とのバランスも考慮しつつ、極力財源を重点的に配分することとしております。

 社会保障関係費、文教及び科学振興費につきましては、今後の高齢化社会への動きや、児童生徒数の減少などを踏まえつつ、必要な合理化を図る一方、老人や心身障害者に対する福祉施策の充実、医療供給体制の整備、高年齢者の就業機会の確保、基礎科学研究の充実など、重点的、効率的な施策の推進に努めております。

 中小企業対策費につきましても、人材養成、情報化促進対策など、その近代化、構造改善を促進していくための措置を講じております。

 農林水産関係経費につきましては、需要の動向に即応した生産の再編成と生産性の向上を図ることを基本に、施策の重点的、効率的な推進に努めております。

 公共事業関係費につきましては、厳しい財政事情の中で、前年度同額を確保するとともに、住宅対策、下水道事業、公園事業など、国民生活に直接関連する事業には、きめ細かな配慮を行っております。

 昭和五十八年度の地方財政につきましては、約三兆三千億円の財政不足が見込まれますが、所要の財源措置を講じ、その適正な運営に支障の生じないよう配慮しております。地方団体におかれましても、歳出の節減合理化を推進し、より一層有効な財源配分を行うよう要請するものであります。

 以上、昭和五十八年度予算の大要について御説明いたしました。何とぞ御審議の上、速やかに御賛同くださるようお願い申し上げます。

 次に、最近の経済情勢と当面の経済運営の基本的な考え方について、申し述べます。

 第二次石油危機の後遺症は、いまなお世界経済に深刻な影響を与えております。世界的なインフレはようやく鎮静化しつつあるものの、世界景気の回復はおくれており、多くの先進諸国はマイナス成長やゼロ成長に近く、軒並み一〇%前後の失業率を抱える厳しい状況にあります。

 このような中にあって、日本経済は、国民生活安定の基本である物価が極めて落ちついているとともに、毎年三%以上の成長を遂げ、現在も、個人消費に支えられた内需中心の成長に移行し、諸外国と比べ格段の実績を示しております。しかしながら、世界経済の回復のおくれから、輸出の減少が見られ、生産、出荷も伸び悩むなど、経済社会構造の変化の中で厳しい対応が迫られている分野も見られます。このような状況に対応して、政府は、昨年総合経済対策を決定し、その着実な実施に努めているところであります。

 外国為替相場につきましては、これまでの行き過ぎたドル高・円安が次第に是正され、我が国のすぐれたファンダメンタルズを反映して、円高方向へと修正されつつあります。国内金融面でも、公社債市況の好転により、昨年十二月に続き、現在も一連の長期金利の引き下げが進んでおり、今後の景気回復の明るい材料になるものと考えられます。

 世界経済は、インフレの鎮静化と米国を初めとする高金利の是正の動きを背景に、徐々に回復するものと見られ、日本経済も、内需を中心とした自律的な回復の道を歩んでいくものと期待しております。

 今後とも、経済情勢を見守りつつ、適切な財政金融政策の運営を行ってまいる所存であります。

 国際協調のもとで、調和のある対外経済関係を形成することは、自由貿易に多くを依存する我が国の安定と繁栄のための不可欠の条件であります。

 さきに述べたような厳しい経済情勢を背景として、諸外国では、保護貿易主義的な動きが高まってきております。自由貿易体制は、国際分業の精神のもとに市場経済を運営する基本的な原則であり、この維持強化は、国際社会の有力な一員としての日本の責務であります。

 このような観点から、政府は、一昨年以来二度にわたり、関税率の撤廃、引き下げ、輸入検査手続きの改善等を内容とする市場開放対策を決定し、着実に実施してまいりました。

 さらに、我が国の市場開放を一層推進するとの見地から、今回、新たな対外経済対策を決定し、欧米の関心が強い、たばこ、チョコレート、ビスケット等の関税率の思い切った引き下げ、輸入検査手続きの一層の改善措置等をとることといたしました。

 これらの措置が着実に実施され、世界貿易の拡大に資することを、強く期待するものであります。

 また、経済大国である日本にとって、開発途上国の経済発展のための自助努力を支援することは、大きな国際的責務となっております。開発途上国に対し、経済協力を行うに当たりましては、今後ともその効率的実施に十分配慮してまいる所存であります。

 私は、先日、パリで行われました十カ国蔵相会議に出席し、また、その際主要国の蔵相と個別に会談いたしましたが、これらの意見交換を通じて、経済問題に対する国際協調の必要性を改めて痛感いたしました。債務累積問題に端を発する国際金融不安の問題については、債務国、債権国、IMF等がそれぞれ適切に対応することによって、これを回避できるという共通の認識が形成されつつあります。また、今回の蔵相会議において、IMFの資金基盤の強化の問題につき大きな前進が見られたことは、国際金融の安定に貢献するものと考えております。

 今世紀も、残すところあと十数年となりました。二十世紀初頭、我が国は極東の小国でありましたが、その後幾多の試練を経て、今日、世界有数の経済大国に成長したのであります。

 今後の最大の課題は、二十一世紀に向けて、経済社会の成熟化への対応を進め、国際社会により一層貢献し得る日本を構築することにあります。それは質的に充実した、調和のとれた社会を築き上げることにほかなりません。

 財政改革を行い、真に均衡のとれた経済の姿を実現することは、この課題に向かっての第一歩であり、将来の発展の基礎を築くものであります。もとより、内外の情勢には厳しいものがあります。しかし、財政についての国民の関心は盛り上がり、その理解は深まりつつあります。財政の受益者は国民であり、その負担者もまた国民であります。財政は、まさに国民のものにほかなりません。財政改革をなし遂げ、将来に明るい展望を開くことができるか否かは、ひとえに国民の英知と努力にかかっているのであります。

 道は険しくとも、この困難な問題を、次の世代に残すことなく解決し、世界に誇り得る日本を、未来を担う若者たちに引き継いでいきたいと念願するものであります。

 国民各位の御理解と御協力を、切にお願いする次第であります。