データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第73代第3次中曽根(昭和61.7.22〜62.11.6)
[国会回次] 第108回(常会)
[演説者] 宮澤喜一大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1987/1/26
[参議院演説年月日] 1987/1/26
[全文]

 昭和六十二年度予算の御審議をお願いするに当たりまして、今後の財政金融政策の基本的な考え方につき所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明申し上げます。

 我が国経済は、戦後、国際環境に恵まれる中で、国民の勤勉と創意に支えられ、目覚ましい発展を遂げました。石油危機など幾多の試練を克服しつつ、その都度、変化する環境に即応して国民経済の体質を改善してまいりました。

 今日、世界経済の約一割を占めるに至った我が国が、これまでなし遂げた成長と発展を基に今後進むべき道は、対内的には、豊かで活力のある経済、社会を構築し、対外的には、国際社会の期待にこたえて、我が国の占める地位にふさわしい貢献をしていくことであります。

 現下の経済情勢を見ますと、先進各国の経済は、物価及び金利の低下を背景に、全体として見れば、緩やかな拡大を続けております。しかしながら、大幅な対外不均衡がなお続いており、雇用情勢が厳しい国々もあることなどから、保護主義の高まりが懸念される情勢にあります。また、開発途上国における累積債務問題への対応も重要であります。我が国は、こうした中で、国際社会から、対外不均衡の是正と開発途上国に対する一層の協力を求められております。

 一昨年以来の主要国通貨の為替調整は、対外不均衡の是正を目的としたものでありますが、当面、我が国経済は、急速な円高の進展により、製造業を中心に企業の業況判断には停滞感が広がっており、雇用への影響が憂慮される情勢となっております。

 他方、財政は、巨額の国債累積を抱え、その利払いが政策経費を圧迫している結果、政策選択の幅が極めて狭く、経済情勢の変化にも十分対応しがたくなっているなど、極めて厳しい状況でございます。

 私は、このような現在の諸情勢の中で、我が国が、国内にあっては、豊かで活力ある経済、社会の建設を進め、外に対しては、国際社会への責任を果たすため、今後の財政金融政策の運営に当たって、以下に申し述べる諸課題に全力を挙げて取り組んでまいる所存でございます。

 課題の第一は、内需を中心として、経済の持続的成長を確保していくことであります。

 豊かで活力ある社会を構築し、また、自由世界第二の経済大国としての国際的な役割を担っていくためには、我が国が長期にわたって成長を持続していく必要があります。特に、今日の経済情勢にかんがみ、景気の拡大が重要な課題であります。

 政府は、こうした見地から、昨年秋、補正予算を編成して、総合経済対策を講じてまいりましたが、昭和六十二年度予算におきましても、厳しい財政状況のもとではありますが、一般公共事業の事業費について、名目経済成長率見通しの伸びを上回る五・二%の伸びを確保することとし、このため、財政投融資資金の積極的活用を図るとともに、民間活力の活用にも配意いたしました。また、住宅金融公庫融資を拡充する等の住宅対策など景気の維持拡大に資する施策を講じております。さらに、円高の進展等の急激な変化に直面している産業の構造調整等を円滑に進めるため、産業基盤整備基金(仮称)を設けるなどのほか、雇用情勢の先行きにかんがみ、三十万人雇用開発プログラムの実施等雇用対策の大幅な拡充を図るなどの努力を行っております。

 後ほど申し述べます税制の抜本的見直しも、我が国経済、社会の豊かさと活力の中長期的維持増進に資するものと期待をいたしております。

 金融面におきましては、昨年十一月より公定歩合が三%に引き下げられ、史上最低の水準になっており、これを受けて、預貯金金利を含む金利水準全般の引き下げを図っているところであります。今後とも、金融政策の運営につきましては、内外経済動向及び国際通貨情勢を注視しつつ、適切かつ機動的に対処してまいる所存であります。資金運用部の預託金利につきましても、その法定制を改めることとし、所要の法律案を今国会に提出し、御審議をお願いすることといたしております。

 さらに、持続的成長を確保していくためには、為替相場の安定が重要でございます。私は、機会あるごとに、各国との協調的な行動を通じて為替相場の安定を図るべく、諸外国と話し合いを行ってまいりました。昨年十月末には、ベーカー米財務長官との間で、為替市場の諸問題について協力を続けることについて合意したところであり、また、今月二十一日にも為替相場の安定につき、同長官と協議してまいったところでありますが、今後とも、各国との政策協調及び適時適切な介入を通じて為替相場の安定を図っていく所存であります。

 第二は、財政改革を引き続き強力に推進することであります。

 財政改革の目的は、言うまでもなく、できるだけ早期に財政がその対応力を回復することにより、高齢化の進展、国際社会への対応等今後の社会、経済の変化に弾力的に対応し、我が国社会、経済の豊かさと活力を維持増進していくことにあります。このため、政府は、昭和六十五年度までの間に特例公債依存体質からの脱却と公債依存度の引き下げに努めるという努力目標に向けて懸命の努力を重ねてきたところであります。

 昭和六十二年度予算におきましても、昭和五十八年度以降五年連続で一般歳出を前年度同額以下に圧縮する等、歳出歳入両面にわたっての厳しい見直しに最大限の努力を払い、公債発行額を前年度当初予定額に比し、四千四百五十億円減額することといたしております。この結果、公債依存度は、特例公債を発行して以来初めて二〇%を割ることができました。

 しかしながら、このような努力を行ってもなお、昭和六十二年度予算においては、国債の利払い費が歳出予算の二割を占め、また昭和六十二年度末の公債残高は総額で百五十二兆円に達する見込みとなるなど、財政事情は一段と厳しいものとなっております。

 今後とも財政改革を強力に推進し、財政が二十一世紀に向かって我が国内外に求められている課題に十分に対応できる弾力性を回復することは、喫緊の国民的課題であります。行財政の改革を推進するに当たっては、種々の困難が伴うものと思われますが、これまでの努力が水泡に帰することのないようさらに一層努力を払い、着実にその歩を前進させていく必要があると考えます。

 第三の課題は、税制の抜本的見直しであります。

 我が国税制は、戦後四十年間にわたる産業・就業構造の変化、所得水準の上昇と平準化、消費の多様化を初めとする社会経済情勢の著しい変化に十分対応し切れておらず、さまざまなゆがみ、ひずみを抱えております。

 このような状況にかんがみ、また、今後の我が国経済、社会の展望を踏まえ、税制全般にわたり公平、公正等の基本理念のもとに抜本的な見直しを行うことにより、国民の理解と信頼に裏づけられた安定的な歳入構造を確立することが急務となっております。

 既に税制調査会におきまして、「税制の抜本的見直しについての答申」及び「昭和六十二年度の税制改正に関する答申」の中で、抜本的税制改革案が提案されております。

 政府といたしましては、これらを踏まえ、昭和六十二年度税制改正において、改革案の全体を一体として実現してまいりたいと考えております。具体的には、中堅所得者層の負担軽減を主眼に、最低税率の引き下げを含む税率構造の見直し、配偶者特別控除の創設等を内容とした所得課税の思い切った軽減合理化を行い、法人課税の税率水準を段階的に引き下げるとともに、間接税について物品税等の個別消費税制度を売上税に改め、また少額貯蓄非課税制度及び郵便貯金非課税制度を老人・母子家庭等に対する利子非課税制度に改組する等の措置を講ずることといたしました。このため、所要の法律案を今国会に提出し、御審議をお願いすることといたしております。

 第四に、我が国が国際的な地位の高まりに応じた調和ある対外経済関係を形成する必要があります。

 現在、大幅な対外不均衡等を背景に保護主義の圧力が高まっておりますが、こうした中で、我が国としては、率先して自由貿易体制の維持強化に努めるとともに、市場の解放、経済構造の調整等、我が国経済自身の国際化を進め、対外不均衡の是正を図っていく必要があります。このような観点から、昭和六十二年度関税改正におきましては、特恵関税制度の改善、紙巻きたばこ、アルコール飲料等の関税率の引き下げ等を行うことといたしております。

 また、昨年始まったウルグアイ・ラウンドについては、我が国としてもこれを積極的に推進していく所存であります。

 さらに、昭和六十二年度予算におきましても、経済構造調整の円滑化を推進するための諸施策を講じているところであります。

 金融の自由化及び円の国際化は、我が国経済の効率化、国際化に資すると同時に、世界経済の発展に貢献していく上で、有意義なものと考えます。金利の自由化、短期金融市場の整備、資本市場の国際化、ユーロ市場発展のための措置、オフショア市場の開設等を逐次とってきたところでありますが、今後とも、環境整備を図りつつ、自由化、国際化を積極的に進めてまいります。

 我が国金融の自由化や円の国際化については、海外から強い関心が寄せられており、米国を初め、主要先進国等と金融協議の場を設け、意見交換に努めており、金融制度や金融行政をめぐる諸情勢について相互の協調と理解の増進に努めているところであります。

 開発途上国の自助努力を支援するとともに、累積債務問題の解決を図り、もって世界経済の安定と発展に資することも我が国の大きな国際的責務と考えております。

 このため、政府開発援助につきましては、第三次中期目標に沿った着実な拡充を行うこととし、昭和六十二年度一般会計の政府開発援助予算について五・八%の増加とするとともに、援助の質の改善等を図る観点から、本年一月より円借款金利の引き下げを行うことといたしました。

 また、国際金融機関を通じた開発途上国等への資金強力として、国際開発協会第八次増資及びアジア開発基金第四次財源補充へそれぞれ二十六億ドル、十三億ドルの拠出を行い、さらに、IMFへの三十億SDRの貸し付け、世銀への二十億ドルの特別ファンドの創設を行う等最大限の努力を図ることとしたところであります。

 今後とも開発途上国の開発問題、債務問題の解決に向け引き続き努力をしていく所存であります。

 次に、昭和六十二年度予算の大要について御説明いたします。

 歳出面におきましては、既存の制度、施策の改革を行い、また、補助金について引き続き整理合理化を行うなど、あらゆる分野にわたり経費の節減合理化に努めるとともに、社会経済情勢の推移に即応するため、公共事業の事業費確保、雇用対策の充実を行うほか、限られた財源を重点的、効率的に配分するよう努めることといたしました。

 なお、国家公務員の定員につきましては、新たに策定された第七次定員削減計画を着実に実施するとともに、真に必要とされる新規行政需要についても極力振りかえによって対処し、増員は厳に抑制いたしました。この結果、行政機関職員について三千四百三十二人に上る大幅な縮減を図ることといたしております。

 以上の結果、一般歳出の規模は、三十二兆五千八百三十四億円と前年度に比べて八億円の減額といたしております。これは、昭和五十八年度以降五年連続の対前年度減額であります。

 これに国債費及び地方交付税交付金を加えた一般会計予算規模は、前年度当初予算に比べ百二十四億円増額の五十四兆一千十億円となっております。

 次に、歳入面について申し述べます。

 歳入の基幹たる税制につきましては、さきに申し述べました抜本的税制改革案の実現を図るため、昭和六十二年度税制改正において、以下の措置を講ずることといたしました。すなわち、中堅所得者層の負担軽減を中心とした所得税の軽減合理化、法人税の税率の引き下げ、売上税の創設、非課税貯蓄制度の見直しを図るほか、賞与引当金の廃止、有価証券取引税の見直し、登録免許税の引き上げ等を行うことといたしております。

 税の執行につきましては、今後とも、国民の信頼と協力を得て、一層適正公平な税務行政を実施するよう努力してまいる所存であります。

 また、税外収入につきましては、一段と厳しい財政事情にかんがみ、可能な限りその確保を図ることといたしております。

 公債につきましては、以上申し述べました歳出歳入両面にわたっての最大限の努力により、その発行予定額は前年度当初予算より四千四百五十億円減額し、十兆五千十億円となっております。その内訳は、建設公債五兆五千二百億円、特例公債四兆九千八百十億円となっております。この結果、公債依存度は、特例公債発行下で初めて二〇%を割る一九・四%に引き下げることができました。特例国債の発行等につきましては、別途昭和六十二年度の財政運営に必要な財源の確保を図るための特別措置に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることといたしております。

 また、昭和六十二年度においては、十五兆七千二百七億円の借換債の発行を予定しており、これを合わせた公債の総発行額は二十六兆二千二百十七億円となります。

 財政投融資計画につきましては、内需の拡大、地方財政の円滑な運営など、政策的な必要性を踏まえ、積極的かつ重点的、効率的な資金配分に努めたところであります。

 この結果、昭和六十二年度の財政投融資計画の規模は二十七兆八百十三億円となり、昭和六十一年度当初計画に対し、二二・二%の増加となっております。

 次に、主要な経費につきまして申し上げます。

 まず、公共事業関係費につきましては、一段と厳しい財政事情にかんがみ、総額として前年度を下回る水準としておりますが、一般公共事業の事業費につきましては、内需の拡大に資するためできるだけ確保することとし、このため、財政投融資費の活用、民間活力の活用、補助・負担率の引き下げ等の工夫を行い、五・二%の伸びを確保することといたしております。なお、各地域への配分に当たりましては、地域経済の実情に十分な配慮がなされるよう対処してまいる所存であります。また、住宅金融公庫の融資戸数の増加、貸付限度額の拡大等住宅対策の拡充も図っております。

 雇用対策につきましては、雇用情勢の先行きに対応するため、新たに三十万人雇用開発プログラムを実施することとし、地域雇用対策の充実、雇用関係給付金制度の活用等積極的な推進を図ることといたしております。

 産業の構造調整等を推進するため、予算におきましても種々の配意をいたしております。すなわち、産業構造の転換、地域経済の活性化等を図るため、産業基盤整備基金(仮称)を設けるとともに、第八次石炭対策の円滑な実施を図っております。中小企業対策費につきましては、下請中小企業構造調整対策、特定地域中小企業対策等、最近の中小企業を取り巻く内外の環境変化に対応し、その近代化、構造改善を促進するための施策を講ずることといたしております。また、農林水産関係予算におきましても、生産性が高く、産業として自立し得る農林水産業の確立に向けて施策の重点化、効率化を図ることとし、昭和六十二年度に発足する水田農業確立対策については、構造政策の推進に重点を置いたものとするなどの措置を講ずることとしております。このほか、日本国有鉄道清算事業団の運営に支障のないよう所要の助成を行うとともに、資金繰りの円滑化にも配意しております。

 社会保障関経費につきましては、今後の高齢化社会を展望し、引き続き制度、施策の合理化、適正化に努めるとともに、恵まれない人々に対する各種の福祉施策についてきめ細かく推進することとし、特に、老人や心身障害者に対する在宅福祉施策及び健康増進のための事業等を充実させております。文教及び科学振興費につきましては、引き続き既存の施策の見直しを図るとともに、初任者研修の施行、基礎的創造的研究の充実など、教育・研究環境の整備のための施策の推進に努めております。

 経済協力費につきましては、第三次中期目標に沿って、政府開発援助予算の増額について特段の配慮をいたしました。防衛関経費につきましては、厳しい財政事情のもとで、他の諸施策との調和を図りつつ、中期防衛整備計画を踏まえ、その質的充実に配意いたしました。

 エネルギー対策費につきましては、中長期的な需給見通しをも踏まえ、各種施策の着実な推進を図ることといたしております。

 地方財政につきましては、税制の抜本的見直しに伴い、売上譲与税の創設、地方交付税の対象税目の追加等の措置を講ずることとしております。また、昭和六十二年度におきましては、補助・負担率の引き下げによる影響等を織り込んで二兆三千七百五十八億円の財源不足が見込まれますが、地方交付税交付金の特例措置等の地方財政対策を講ずることとし、地方財政の適正な運営に支障の生じないよう配慮をいたしております。地方団体におかれましても、歳出の節減合理化等をさらに推進し、より一層効率的な財源配分を行うよう要請するものであります。

 以上、昭和六十二年度予算の大要について御説明いたしました。御審議の上、何とぞ速やかに御賛同くださるようお願い申し上げます。

 我が国経済は、現在、内外情勢とも厳しい局面を迎えております。この情勢を乗り越え、豊かで活力に満ち、国際社会に貢献し得る日本を築いていくためには、これまで申し述べました諸課題を一歩一歩着実に実行していく必要があると存じます。

 国民各位の一層の御支援と御協力を切にお願い申し上げます。