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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第77代第2次海部(平成2.2.28〜3.11.5)
[国会回次] 第118回(特別会)
[演説者] 橋本龍太郎大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1990/3/2
[参議院演説年月日] 1990/3/2
[全文]

 平成二年度予算の御審議をお願いするに当たり、今後の財政金融政策の基本的な考え方につき所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明いたします。

 我が国は、国民のたゆまぬ努力と創意により、二次にわたる石油危機など幾多の試練を乗り越え、今や戦後最良のイザナギ景気にも迫る息の長い景気拡大が続く中、一九九〇年代のスタートを迎えることができました。この間、国際社会に占める我が国の地位は急速に高まり、我が国の諸外国に対する経済的影響や我が国に課せられた責任も飛躍的に増大してきております。

 今後、我が国は、これまでの経済的成果を踏まえ、二十一世紀における豊かで安定した社会の実現を確実なものとするため、国内的には、国民一人一人が豊かさを感じられるよう、国民生活の質的な向上に努め、対外的には、世界の国々とともに繁栄できるよう、世界経済の安定的発展のために我が国にふさわしい貢献をしていくことが肝要であります。

 ここで、財政金融政策の前提となる最近の内外経済情勢について申し述べます。

 現在、我が国経済は、物価が安定する中で、内需を中心とした自律的拡大を続けております。設備投資は増勢を続けており、個人消費も堅調に推移するなど、民間需要は順調に拡大しております一方、労働力需給等注視を要する点も存在しております。対外面では、経常収支の黒字幅が縮小を続けるなど、対外不均衡の是正は着実に進んでおります。

 国際経済情勢を見ますと、先進国においては、物価安定に努力が払われる中、持続的な経済成長が続いております。主要国の対外不均衡は、改善の努力が行われているものの、依然大幅であり、これを背景として、保護主義的な動きにはなお根強いものがあります。また、累積債務問題につきましては、前進が見られるものの、依然深刻な状態にあります。さらに、最近における東欧の民主化、自由化の動きが世界経済に与える影響については、十分注視する必要があるものと考えます。

 私は、今後の財政金融政策の運営に当たり、我が国を取り巻く状況を踏まえ、以下に申し述べる諸課題に取り組んでまいります。

 第一の課題は、内需を中心としたインフレなき持続的成長を確保していくことであります。

 このことは、国民生活の向上と世界経済の健全な発展に資するものと考えます。

 このような見地から、平成二年度予算につきましては、長年の懸案であった特例公債依存体質からの脱却を実現するなど、財政改革をさらに推進するとの考え方のもとに編成いたしました。

 金融面では、昨年公定歩合が三度にわたり引き上げられるなど、内外経済のときどきの動向に応じた適切な措置がとられたところであります。今後とも適切かつ機動的な金融政策の運営に努めてまいりたいと考えております。また、最近の地価動向等にかんがみ、土地関連融資について引き続き厳正な指導に努める所存であります。

 持続的な経済成長を確保する上で、為替相場及び金融・資本市場の安定が重要であることは申し上げるまでもありません。今後とも、主要国との政策協調及び為替市場における協力を通じ、為替相場の安定を図るとともに、金融・資本市場の動向を十分注視し、その安定を期してまいりたいと存じます。

 第二の課題は、財政改革を引き続き強力に推進することであります。

 各般にわたる改革努力の結果、平成二年度予算においては、昭和五十年度以来十五年間の長きにわたって続いた特例公債依存体質からの脱却を実現するとともに、公債依存度もかつての三割を超える水準から八・四%に低下させるなど、我が国財政の健全化に向けて大きな歩みを進めることができました。

 しかしながら、特例公債依存体質からの脱却をもって財政が健全体に復したとは決して言えません。それはあくまで財政改革の第一段階を達成したにすぎないのであります。連年の公債発行により国債残高は平成二年度末には百六十四兆円にも達する勢いであり、国債費が歳出予算の二割を超えて他の政策的経費を圧迫するなど、我が国財政は依然として厳しい状況にあります。また、国鉄清算事業団長期債務の処理問題なども残されております。

 将来の我が国の安定と発展にとって、財政の対応力の回復を図ることは緊要の課題であり、また、簡素にして効率的な行財政を確立し、活力ある経済社会を維持していくことは我々の責務であります。

 今後の中期的な財政運営につきましては、昨日、財政制度審議会の報告を受けたところであります。この報告に沿って、来るべき高齢化社会に多大の負担を残さず、再び特例公債に頼ることのない財政構造の確立を目指して、公債依存度の引き下げ等により、国債残高が累増しないような財政体質をつくり上げることに全力を傾けてまいる所存であります。

 第三の課題は、新しい税制の一層の定着を図ることであります。

 御承知のように、先般の抜本的税制改革は、それまでの税制が持っていたさまざまなゆがみやサラリーマン層を中心とする重税感を是正するとともに、高齢化の進展を踏まえ安定的な税体系を確立することを目的として行われたものであります。

 このうち、昨年四月に導入された消費税は、その後の経済動向や円滑な申告、納税等の状況を見ましても、着実に日々の生活に溶け込んできております。一方、消費税に対しましては、国民各層からさまざまな御意見や御指摘をいただきました。消費税の一層の定着を図るとの観点から、御指摘をいただいた問題点はすべて検討の対象とし、現時点で最善と確信する消費税の見直しを行うことといたしました。

 その具体的な内容は次のとおりであります。

 第一に、消費に広く薄く負担を求めるにしても、食料品のようなものについては特別な配慮をすべきではないかという御指摘がありました。これにつきましては、まず、すべての飲食料品について小売段階を非課税とするとともに、卸売段階までの税率はこれまでの半分の一・五%にいたしております。また、これまでの社会保険医療等の非課税に加え、人の生命にかかわる出産費、火葬・埋葬料を非課税とするほか、借家住まいの方々のために家賃も非課税とすることといたしております。さらに、入学金、教科書等も非課税といたしております。

 次に、社会的に弱い立場の方々にはより一層の配慮が必要ではないかとの御指摘がありました。これにつきましては、身体障害者用物品、老人福祉センター経営事業等の社会福祉事業、ホームヘルパー等老人に対する在宅サービスを非課税とするとともに、年金生活者のために一層の所得税及び住民税の減税を実施することといたしております。

 また、納税義務者の事務負担に配慮しつつも、制度の公平性をより一層追及していくべきではないかとの御指摘がありました。これにつきましては、中間申告、納付回数の増加等現時点においてできる限りの措置を講ずるほか、事業者免税点制度等については、消費税の申告、納付が一巡する本年五月までの間は実態把握を行い、これらの制度をどう見直すか十分検討の上提示することといたしております。

 さらに、消費税は本当に福祉のために使われるのかという御指摘に対しましては、消費税収のうち国分につき福祉に優先して充てる趣旨を法律で明らかにすることといたしております。また、歳出の分野においても、新たに「高齢者保健福祉推進十か年戦略」を策定するなど、各般の施策を推進することといたしております。

 税制は、国民生活や経済取引などに深く関連するものであり、現実の社会経済情勢や生活実感から離れたものにならないよう努めていかなければなりません。消費税についても、国民の皆様の声に十分に耳を傾けながら、執行面においても広報、相談、指導を中心とした対応に努めることによって、日々の国民生活に一層溶け込んでいくものと確信いたしております。

 二十一世紀を展望したこの新税制が、国民各位の御理解のもと、名実ともに我が国の経済社会の基盤となるよう、今後とも最大限の努力を傾けてまいる所存であります。

 なお、土地税制につきましては、土地基本法の趣旨に沿った関係制度の整備状況を踏まえつつ、土地に対する負担の適正化、土地政策の推進の見地から、その総合的な見直しに取り組んでまいる所存であります。

 第四の課題は、調和ある対外経済関係の形成に努めることであります。

 世界経済は、相互依存関係をますます深めつつ、一層の繁栄と発展を遂げつつあります。もはや一国の経済は、他国との円滑な経済関係なしには成り立たないという状況にあると考えられます。

 日米間の経済関係は、特に重要なものの一つであります。昨年七月の日米首脳による共同発表を受け、日米構造協議が行われております。我が国としては、構造調整は国民生活の質の向上につながるとの観点からも、我が国みずからの課題として積極的に取り組むべきものと考えております。

 自由貿易体制は、世界各国の経済発展と国民生活向上の基礎であり、各国との協力のもとに、その維持強化に努めていく必要があります。ウルグアイ・ラウンドにつきましても、本年末の交渉期限に向けて、交渉を積極的に推進してまいりたいと考えております。

 関税制度につきましては、市場アクセスの一層の改善を図るとの観点から、平成二年度において、機械類の関税の原則撤廃を含む工業製品関税の撤廃、引き下げなどの改正を行うことといたしております。

 経済協力につきましては、開発途上国の自助努力を支援するため、政府開発援助の着実な拡充に努めております。

 累積債務問題につきましては、国際的な合意を得て進められている新債務戦略を我が国としても積極的に支持し、我が国から開発途上国への六百五十億ドル以上の資金環流措置を含め、所要の協力を行っていく考えであります。

 さらに、最近の東欧の民主化、自由化の大きな流れの中で、これらの諸国への支援が大きな課題となっておりますが、我が国としても、西側主要国の一員としてふさわしい協力を行うとの考え方から、ポーランド、ハンガリーに対する積極的な支援策を表明したところであります。

 第五の課題は、金融・資本市場の自由化、国際化を着実に進めていくことであります。

 経済構造の変化や経済全般にわたる国際化の進展などに対応して金融・資本市場の自由化、国際化を進めていくことは、内外経済の発展、効率化及び国民のニーズの多様化に的確に対応していく上で極めて重要であります。

 このような観点から、預金金利の自由化、外国金融機関のアクセスの拡大などの措置を逐次講じ、短期金融市場、国債の発行・流通市場、先物市場の整備拡充などに努めてまいりました。証券取引につきましては、内外の信頼をさらに深め、取引の公正性、市場の透明性を高めるため、内部者取引規制の整備など所要の措置を講じてまいったところでありますが、これに加え、株式等の大量の保有状況に関する情報の開示制度の導入及び公開買い付け制度の改善を図るため、所要の法案を今国会に提出し、御審議をお願いいたしたいと考えております。

 さらに、今後の我が国の金融制度のあり方、資本市場のあり方及び保険事業のあり方等につきましては、関係各審議会において鋭意審議が進められているところであります。

 次に、平成二年度予算の大要について御説明いたします。

 平成二年度予算は、真に必要な財政需要に適切に対応しつつ、財政改革の第一段階である特例公債依存体質からの脱却を実現するとともに、公債依存度の引き下げを図るため、さらに歳出の徹底した見直し、合理化に取り組むことなどにより公債発行額を可能な限り縮減することとして編成いたしました。

 歳出面につきましては、一般歳出の規模は三十五兆三千七百三十一億円となっており、また、国債費は、定率繰り入れを実施することとし、十四兆二千八百八十六億円となっております。これらに地方交付税交付金等を加えた一般会計予算規模は六十六兆二千三百六十八億円となっております。

 国家公務員の定員につきましては、第七次定員削減計画を着実に実施するとともに、増員は厳に抑制し、三千百四十八人に上る行政機関職員の定員の縮減を図っております。

 次に、歳入面について申し述べます。

 税制につきましては、平成二年度の税制改正として、消費税の見直しのほか、当面の政策的要請、課税の適正化に配意しつつ、土地税制に係る所要の改正、製品輸入促進税制の創設、租税特別措置の整理合理化等を行うことといたしております。

 公債発行予定額は、前年度当初予算より一兆五千百七十八億円減額し、五兆五千九百三十二億円となっております。これはすべて建設公債であり、特例公債の発行はいたしません。なお、借換債を含めた公債の総発行予定額は二十三兆四千八百九億円となります。

 財政投融資計画につきましては、住宅、社会資本の整備、国際協力の推進等の政策的要請にこたえ、資金の重点的、効率的な配分に努めており、その規模は三十四兆五千七百二十四億円、このうち資金運用事業を除いた一般財投の規模は二十七兆六千二百二十四億円となっております。

 次に、主要な経費について申し述べます。

 社会保障関係費につきましては、二十一世紀に向かって活力ある福祉社会を形成していくことが重要な課題であり、給付と負担の適正化、公平化等を図ることにより、将来にわたって安定的かつ有効に機能する制度を構築していく必要があります。このような観点から、国民健康保険制度の改革や老人保健制度の基盤の安定化のための措置等を講ずることといたしております。また、すべての国民が安心してその老後を送ることができるよう、「高齢者保健福祉推進十か年戦略」を策定し、その着実な実施を図るなど福祉施策についてきめ細かな配慮を行っております。さらに、高年齢者雇用対策等の施策の充実を図っております。

 文教及び科学振興費等につきましては、教育環境の整備、生涯学習の振興、芸術、文化、スポーツの振興などの施策の充実に努めるとともに、基礎的、創造的研究を初めとする科学技術の振興のための施策を推進することといたしております。

 公共事業関係費につきましては、景気の持続的拡大の維持に配慮し、また、社会資本整備の重要性にかんがみ、NTT株式売り払い収入の活用による無利子貸付事業を含め、その総額は引き続き高水準を維持することといたしております。その配分に当たっては、生活環境の向上に資するよう下水道、公園等の事業に特に配慮するとともに、地域の実情に十分は配慮がなされるよう対処してまいる所存であります。また、住宅金融公庫の融資戸数の増加、大都市地域における融資額の拡大など住宅対策の拡充も図っております。

 中小企業対策費につきましては、経営基盤強化のための諸施策の内容充実を図ることとし、特に地域の産業の起業化の支援、労働環境の改善のための施策に配慮しております。

 また、農林水産関係予算におきましても、内外の情勢変化のもと、需要の動向に適切に対応しつつ、産業として自立し得る生産性の高い農林水産業の確立に向けて、新たに地域活性化の観点をも踏まえた構造改善事業を発足させるなど生産基盤の整備等に配慮しております。

 経済協力費につきましては、第四次中期目標の着実な達成を図るとの観点から、政府開発援助予算について八・二%増といたしており、また、実施体制の充実にも配慮しております。

 防衛関係費につきましては、最近の国際情勢、厳しい財政事情等を勘案し、他の諸施策との調和を図りながら、その質的充実に配意しております。その結果、中期防衛力整備計画はほぼ達成されることとなります。

 エネルギー対策費につきましては、地球環境問題等の環境保全に留意しつつ、安定的なエネルギー供給を確保するための施策等を着実に推進することといたしております。

 地方財政におきましては、中期的な地方財政の健全化等を図るため、交付税及び譲与税配付金特別会計の借入金の返済などの措置も講じております。地方団体におかれましては、歳出の節減合理化をさらに推進し、より一層効果的な財源配分を行われるよう要請するものであります。

 この機会に、平成元年度補正予算について一言申し述べます。

 平成元年度補正予算につきましては、歳入面では租税及び印紙収入の増収及び昭和六十三年度決算剰余金等を計上するとともに、歳出面では地方交付税交付金、国債整理基金特別会計への繰り入れ、災害復旧等事業費、給与改善費、厚生保険特別会計への繰り入れ、住宅金融公庫交付金等、日本国有鉄道清算事業団補助金など特に緊要となった事項について措置を講じております。特例公債は六千五百億円減額することといたしております。

 以上によりまして、平成元年度一般会計補正後予算の総額は、当初予算に対し、歳入歳出とも五兆八千九百七十七億円増加して、六十六兆三千百十九億円となっております。

 以上、平成二年度予算及び平成元年度補正予算の大要について御説明いたしました。御審議の上、何とぞ速やかに御賛同いただきますようお願い申し上げます。

 二十一世紀まであと十年余り、この期間において、私たちは、私たち自身のために、また子供たちのために、しっかりとした基盤を築かねばなりません。

 二十一世紀には今まで我が国が経験したことのないような高齢化社会が確実に到来をいたします。そのような時代においても、真に長寿を喜べる社会、だれもが生きがいを感じ得る社会を築くためには何をなすべきか。政府は、常にこのことを念頭に置いて、二十一世紀においても耐え得る制度を構築するため、財政改革、税制改革を一歩一歩進めてまいりました。今日の私たちの地道な努力は、必ずや新しい時代における我が国の一層の発展と繁栄の礎となるものと確信いたしております。

 国民各位の一層の御理解と御支援を切にお願いする次第であります。