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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第79代細川内閣(平成5.8.9〜6.4.28)
[国会回次] 第129回(常会)
[演説者] 藤井裕久大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1994/3/4
[参議院演説年月日] 1994/3/4
[全文]

 平成六年度予算の御審議をお願いするに当たりまして、今後の財政金融政策の基本的な考え方について所信を申し述べますとともに、予算の大要を御説明申し上げます。

 わが国経済は現在、循環的な要因にバブル経済の崩壊の影響等も加わって、厳しい状況が続いております。同時に、本格的な高齢化社会を迎える二十一世紀に向けて豊かで活力のある経済社会を構築していくとともに、国際社会において我が国の地位にふさわしい役割を果たしていくことが求められております。

 我々は、まず、当面の厳しい経済状況を一日も早く克服しなければなりません。同時に、今後、経済社会の改革を実行することにより、国民一人一人が豊かさを実感でき、国際的にも開かれた、活力あふれる経済社会を構築していくとともに、世界経済の安定的発展のために我が国にふさわしい貢献をしていくことが必要であると考えます。

 まず、最近の内外経済情勢について申し上げます。

 我が国経済は現在、個人消費や設備投資が低迷し、雇用情勢にも厳しさが見られるなど、依然として厳しい状況が続いております。

 国際経済情勢を見ますと、世界経済は、地域によって明暗の分かれる展開となっており、回復への兆しは見られるものの、いまだ力強い成長を示すには至っておりません。先進諸国は、大幅な財政赤字や高失業などの構造問題を抱え、経済構造改革に向けた努力が必要とされており、また、開発途上国の一部や旧ソ連、中・東欧諸国では、依然として厳しい経済状況が続いております。

 私は、今後の財政金融政策の運営に当たり、このような最近の内外経済情勢を踏まえ、二十一世紀に向けて我が国が進むべき道を展望しながら、以下に申し述べる諸課題に全力を挙げて取り組んでまいる所存であります。

 第一の課題は、本格的な景気回復の実現を図ることであります。

 さきに申し上げましたように、経済は個人消費や設備投資の面で厳しい状況が続いておりますが、公共投資や住宅建設が景気を支える中、在庫調整や資本ストック調整が進展しているほか、耐久消費財の買いかえ需要の到来が見込まれるなど、回復の機運は着実に熟しつつあります。

 こうした回復の芽を大きく膨らませ、我が国経済を平成六年度中のできるだけ早い時期に本格的な回復に移行させ、七年度以降の安定成長を確実なものとするため、先般、十五兆円を上回る史上最大規模の総合経済対策を決定いたしました。本対策は、五兆八千五百億円規模の所得減税の実施等や、公共投資等の拡大などの内需拡大策のほか、課題を抱える分野における重点的な対応なども盛り込んだ、質量ともに充実した文字どおり総合的な経済対策であります。こうした幅広い諸施策を一体として実施しつつ、平成五年度第三次補正予算及び平成六年度予算を通じて可能な限り景気に配慮するよう努めてまいる所存であり、これが、先行きに対する不透明感を払拭するとともに、個人消費を始めとする内需の盛り上がりにつながり、我が国経済の本格的な回復に大きく資するものと確信しております。

 金融面では、七次にわたる公定歩合の引き下げの効果などにより、各種金利は大幅に低下してきており、今後とも、こうした政策効果が一層浸透していくことを期待しております。

 また、最近、為替市場において思惑的な動きが見られましたが、我が国としては、為替相場が経済の基礎的諸条件を反映して安定的に推移することが望ましいと考えており、今後とも為替相場の動向を十分注視し、適宜適切に対処し、為替相場の安定を図ってまいる所存であります。

 第二の課題は、財政改革を引き続き強力に推進することであります。

 政府は、厳しい経済状況に対し、累次にわたる経済対策を策定してまいりましたが、これに盛り込まれた公共事業関係費の追加等については、やむを得ざる措置として、建設公債の追加発行により賄うこととしたところであります。

 さらに、平成六年度予算におきましても、現下の厳しい財政事情のもと、平成五年度第三次補正予算とあわせ可能な限り景気に配慮するよう努めるとの観点等から、建設公債の発行により公共事業等の財源を確保するとともに、所得税減税等に伴う税収減に対処するものに限って特例公債の発行によることといたしました。

 この結果、公債依存度は一八・七%と当初予算としては昭和六十二年度以来の水準となり、公債残高も平成六年度末にはついに二百兆円を超える見込みである等、我が国財政をめぐる事情は、構造的にますます厳しさを増しております。このような公債残高の累増を放置すれば、既に歳出予算の二割程度を占めている国債費の増嵩につながり、政策的経費をさらに圧迫するなど財政の一層の硬直化を招くことになります。これまで厳しい経済状況のもとで景気浮揚に向け大きな役割を担ってきた我が国財政は、今やまことに深刻な状況に立ち至っています。

 一方、本格的な高齢化社会の到来に備え、福祉の充実、着実な社会資本の整備、国際社会への貢献等さまざまな財政需要に適切にこたえていく必要があります。これら新たな時代のニーズに的確に対応し、豊かで活力ある経済社会の建設を進めていくためには、何よりもまず、財政の対応力の回復に努めていかなければなりません。

 このため、まことに深刻な状況にある今こそ、引き続き健全な財政運営を確保し、公債残高が累増しないような財政体質をつくり上げていくという財政運営の基本的方向に沿って一層の努力を払っていくことが重要であり、今後とも財政改革を強力に推進していく覚悟であります。

 第三の課題は、年内に税制改革の実現を図ることであります。

 本格的な高齢化社会を活力ある豊かなものとするためには、所得、消費、資産等のバランスのとれた税体系を構築し、国民合意の税制改革を実現することが極めて重要な課題であります。

 税制調査会には、このような観点から精力的に御審議をいただき、昨年十一月に、公正で活力ある高齢化社会の実現を目指した税制改革の基本的考え方をお示しいただきました。

 その後、政府・与党間の論議の積み重ねを経て、税制改革については「年内の国会において関係の法律を成立させるものとする。」との与党合意が成立したところであり、政府としては、このような与党合意に沿って、引き続き検討を進め、国民各界各層の御意見に十分耳を傾けながら、年内に税制改革の実現を図るべく、一丸となって取り組んでまいる所存であります。

 第四の課題は、調和ある対外経済関係の形成と世界経済発展への貢献に努めることであります。

 世界経済は、貿易や直接投資の拡大とともに相互依存関係をさらに深めつつありますが、その中にあって我が国は、調和ある対外経済関係の形成に努めるとともに、世界経済の発展のために積極的に貢献していく必要があると考えます。

 我が国としては、世界経済のインフレなき持続的成長の強化を目指して、G7蔵相・中央銀行総裁会議を通じた経済政策協調プロセスにおいて各国と協力していくとともに、APEC蔵相会合等における各国との対話に努めてまいります。

 七年余にわたり交渉が続けられてきたガット・ウルグアイ・ラウンド交渉が昨年十二月十五日に実質合意に達したことは、何よりも国際経済秩序に対する信頼が確保されたことを示すものであります。我が国としては、ウルグアイ・ラウンドの成果を踏まえ、今後とも多角的貿易体制の維持強化を図り、我が国経済及び世界経済の発展に努力してまいりたいと考えております。

 関税制度につきましては、市場アクセスの一層の改善を図る等の観点から、粗糖の関税引き下げ、自動車部品の関税撤廃等の改正を行うことといたしております。

 経済協力につきましては、特に開発途上国における人づくりに対する二国間技術協力に重点を置き、さらに国際開発金融機関を通じた一層の協力も進めつつ、引き続き開発途上国への支援の促進に努めてまいるとともに、旧計画経済諸国についても市場経済への円滑な移行のため、他の主要先進国ととも協調しつつ適切な支援を行ってまいる所存であります。

 第五の課題は、金融・証券市場の活性化であります。

 我が国経済の今後の発展を確保するためには、経済活動に必要な資金の円滑な供給を図ることが不可欠であります。こうした観点から、先般の総合経済対策におきましても、金融・証券市場に関する施策を他の施策を一体として実施することといたしました。

 金融に関する施策としては、資金の円滑な供給、不良資産の処理促進及び金利減免債権の流動化の検討を盛り込むとともに、金融機関の不良資産問題についての取り組みの基本的な考え方を「金融機関の不良資産問題についての行政上の指針」として取りまとめ、公表いたしました。

 証券市場の活性化のための施策につきましては、自己株式の取得に関する規制緩和に対応した証券取引制度の整備を図るため、所要の法律案を今国会に提出すべく準備を進めているところであります。また、時価発行公募増資の再開など証券市場、証券取引に係る手続きの簡素化、規制の緩和等を引き続き推進してまいります。さらに、今後の株式市場の状況等をも見きわめつつ、企業の新規公開の一層の促進についても早急に検討を行ってまいる所存であります。

 政府といたしましては、これらの施策を今後一体として推進することにより、金融システムの安定性を確保しつつ、金融・証券市場が、期待される役割を十分に発揮できるようにするための環境整備を図ってまいる所存であります。

 次に、平成六年度予算の大要について御説明いたします。

 平成六年度予算は、現下のまことに深刻な財政事情と厳しい経済状況にかんがみ、平成五年度第三次補正予算とあわせ可能な限り景気に配慮するよう努めるとともに、財政体質の歯どめなき悪化につながりかねない特例公債の発行を抑制するため、従来にも増して徹底した歳出の洗い直しに取り組む一方、限られた資金の重点的・効率的配分に努め、質的な充実に配慮することとして編成いたしました。

 歳出面につきましては、既存の制度、施策について見直しを行うなど、経費の節減合理化に努めることとし、一般歳出の規模は四十兆八千五百四十八億円、前年度当初予算に対して二・三%の増加と抑制されたものとなっております。

 国家公務員の定員につきましては、第八次定員削減計画を着実に実施するとともに、増員は厳に抑制し、二千三十三人に上る行政機関職員の定員の縮減を図っております。

 補助金等につきましては、地方行政の自主性の尊重、財政資金の効率的使用の観点から、その整理合理化を積極的に推進することといたしております。

 また、現下の財政事情にかんがみ、特例的な措置として、平成五年度第二次補正予算に引き続き国債整理基金特別会計に対する定率繰り入れ等三兆八百四十九億円を停止する等の措置を講ずることといたしております。これらの措置につきましては、税外収入の確保のための特別措置と合わせ、別途、平成六年度における財政運営のための国債整理基金に充てるべき資金の繰入れの特例等に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることといたしております。なお、定率繰り入れ等の停止に伴い国債整理基金の運営に支障が生ずることのないよう、NTT株式の売却収入に係る無利子貸し付けについて繰り上げ償還を行うこととし、このため必要な措置を講ずることといたしております。

 また、平成四年度の決算上の不足に係る決算調整資金を通じた国債整理基金からの繰り入れ相当額一兆五千四百四十八億円につきましては、法律の既定に従い、同基金に繰り戻すことといたしております。

 これらの結果、一般会計予算規模は七十三兆八百十七億円、前年度当初予算に対し一・〇%の増加となっております。

 次に、歳入面について申し述べます。

 税制につきましては、当面の経済社会状況等を踏まえた政策的要請にこたえるため、所得税減税、相続税減税等を実施するとともに、土地税制等について適切な対応を図る一方、公益法人等に対する課税の適正化、租税特別措置の整理合理化その他所要の措置を講ずることといたしております。

 税の執行につきましては、今後とも国民の信頼と協力を得て、一層適正公平に実施するよう努力してまいる所存であります。

 また、税外収入につきましては、まことに深刻な財政事情のもと、自動車損害賠償責任再保険特別会計からの一般会計への繰り入れの特別措置を講ずる等格段の増収努力を払っております。

 公債につきましては、公共事業等の財源を確保するとともに、いわゆるNTT事業償還時補助の財源に充てるため、建設公債十兆五千九十二億円を発行することといたしております。また、所得税減税等に伴う税収減に対処するものに限って、特例公債三兆一千三百三十八億円を発行することといたしております。この特例公債については、年内に実施が図られる税制改革の中でその償還財源の問題も適切に対処されるべきものと考えており、歯止めのない財政体質の悪化につながりかねない特例公債とは異なるものになり得ると考えております。この特例公債の発行につきましては、別途、平成六年度分所得税の特別減税の実施等のための公債の発行の特例に関する法律案を提出し、御審議を御願いすることといたしております。なお、借換債を含めた公債の総発行予定額は三十六兆五千三百十億円となっております。

 財政投融資計画につきましては、景気に配慮するとともに、国民生活の質の向上等各般の政策的諸要請に的確に対応していくとの考え方に立ち、住宅建設、中小企業支援、地域の活性化等の分野を中心に重点的、効率的な資金配分を図ったところであります。

 この結果、財政投融資計画の規模は四十七兆八千五百八十二億円、前年度当初計画に対して四・六%の増加となっております。また、資金運用事業を除いた一般財投の規模は三十九兆四千八十二億円、七・七%の増加となっております。

 次に、主要な経費について申し述べます。

 公共事業関係費については、本格的な高齢化社会が到来する前に着実に社会資本整備を推進するとともに、可能な限り景気に配慮するよう努めるとの観点から、高い伸びを確保することとし、また、住宅、下水道、環境衛生等の質の向上に結びつく分野に思い切った重点投資を行うなど、重点的・効果的な配分に特段の努力を払っております。また、住宅金融公庫における融資の拡充、公共賃貸住宅の供給の促進など住宅対策の拡充を図っております。なお、平成五年度末に期限の到来する漁港整備及び沿岸漁場整備開発の二分野の長期計画につきましては、おのおの新たな計画を適切に策定することといたしております。

 社会保障関係費につきましては、医療保険制度等の改正、年金制度の改正を行うほか、児童家庭対策や「高齢者保健福祉推進十か年戦略」の推進を図るとともに、がん対策、エイズ対策等の諸施策について、きめ細かく配慮しております。雇用対策につきましては、雇用の安定に万全を期するため、雇用支援トータルプログラムに基づく総合的な雇用対策等を推進することといたしております。

 文教及び科学振興費につきましては、教育行政に係る国と地方の費用負担のあり方等の見直しを進めつつ、高等教育・学術研究の改善充実、文化の振興等を図るとともに、科学技術振興のため、各般の施策推進に努めております。

 中小企業対策費につきましては、中小企業を取り巻く厳しい経営環境に配慮し、中小企業の構造調整支援策など特に緊要な課題に重点を置いて、施策の充実を図っております。

 農林水産関係予算につきましては、ウルグアイ・ラウンド農業合意の成立等我が国農業・農村を取り巻く内外の諸情勢を踏まえ、経営感覚にすぐれた効率的・安定的な経営体が生産の大宗を担う農業構造を実現していくための施策に重点を置いて、その推進に努めております。

 経済協力費につきましては、開発途上国における人づくりを支援する観点から、技術協力に重点を置くとともに、環境、人口といった地球的規模の問題や、人権、難民支援といった今日的課題にも積極的に対処することといたしております。

 防衛関係費につきましては、国際情勢の変化等を受けて修正された中期防衛力整備計画のもと、まことに深刻な財政事情等を踏まえ、極力その抑制を図るとともに、防衛力全体として均衡がとれた態勢の維持整備に努めております。

 エネルギー対策費につきましては、我が国の脆弱なエネルギー供給構造に配慮するとともに、地球環境保全の重要性を踏まえ、総合的なエネルギー対策の着実な推進に努めております。

 地方財政につきましては、近年になく極めて厳しい状況になっておりますが、円滑な地方財政の運営に支障を生じることのないよう所要の措置を講ずることとし、所得税減税、住民税減税等の影響について交付税及び譲与税配付金特別会計の借入金や減税補てん債の発行により補てんするとともに、一般会計からの加算や同特別会計の借入金を活用すること等により、所要の地方交付税総額を確保することといたしております。地方公共団体におかれましても、このような厳しい財政事情のもと、従来にも増して歳出の節減合理化を推進し、より一層効率的な財源配分を行うよう要請するものであります。

 以上、平成六年度予算の大要について御説明いたしました。本予算が現下の諸情勢に果たす役割に御理解を賜り、何とぞ関係の法律案とともに御審議の上、速やかに御賛同いただきますようお願い申し上げます。

 私は、ただいま申し上げた諸課題に正面から取り組み、これを一つずつ着実に解決すべく、今後とも精いっぱいの努力を続けてまいる所存であります。国民の皆様、議員の皆様の一層の御理解と御協力を切にお願いする次第であります。