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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第82代第1次橋本内閣(平成8.1.11〜8.11.7)
[国会回次] 第136回(常会)
[演説者] 久保亘大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1996/1/22
[参議院演説年月日] 1996/1/22
[全文]

 私は、平成八年度予算の御審議をお願いするに当たり、今後の財政金融政策の基本的な考え方について所信を申し述べますとともに、予算の大要を御説明いたします。

 まず、昨年の阪神・淡路大震災の発生より一年がたちましたが、今なお多くの困難に立ち向かっておられる被災者の方々にお見舞いを申し上げます。震災の復興が一日も早く進むことをお祈りいたしますとともに、政府としても、引き続き諸施策の実施に万全を期してまいりたいと考えております。

 我が国経済は、これまで国民のたゆまぬ努力と研さんにより幾多の困難を克服し、世界経済が持続的に成長する中で目覚ましい発展を遂げてまいりました。

 しかしながら、戦後五十年という一つの区切りを終えた我が国は、現在、成熟化社会への移行、少子・高齢化の進展、あるいは情報通信の高度化などの避けて通れない構造的な変化に直面しており、今こそ、国民一人一人が豊かに暮らせる自由で活力ある社会の創造に向けて経済構造の改革を強力に推進していく必要があります。一方、対外的には、経済活動の国際化が一層進展する状況のもと、世界経済の繁栄と健全な発展に向けた新たな枠組みづくりに積極的に参画していくことが求められております。

 まず、最近の内外経済情勢について申し上げます。

 我が国経済の現状を見ますと、個人消費、設備投資及び住宅投資などに明るい動きが見られ、景気には緩やかながら足踏み状態を脱する動きが見られるところであります。一方、国際経済情勢を見ますと、先進諸国ではこのところ景気減速の動きがあるものの、旧計画経済諸国では回復の兆しが見られ、また発展途上国ではアジアを中心に景気は拡大を続けており、世界経済は全体として拡大基調を維持しております。

 私は、今後の財政金融政策の運営に当たり、このような最近の内外経済情勢を踏まえ、以下に申し述べる諸課題に全力を挙げて取り組んでまいる所存であります。

 第一の課題は、景気回復を一日も早く確実なものとすることであります。

 政府としては、昨年九月の経済対策の策定や年末の住専問題の具体的な処理方策の取りまとめなど、これまで経済運営には万全を期してきたところでありますが、これら諸施策の着実な実施により、このところ見られている明るい芽を育てていくなど、引き続き適切かつ機動的な経済運営に努めてまいります。

 八年度予算編成においても、我が国の現下の経済情勢を踏まえ、異例に厳しい財政事情のもとではありますが、公共投資の着実な推進を図るとともに、我が国経済の中長期的な安定成長に向けて、経済の構造改革の実現のための措置を実施することといたしております。さらに、八年度税制改正において、七年度と同規模の所得税、個人住民税の特別減税を継続して実施するほか、土地税制、証券税制等についても適切な対応を図ることといたしております。

 金融面では、昨年九月の公定歩合の引き下げを含めた累次にわたる金融緩和措置の実施により、各種金利は依然として低い水準にあり、今後とも、その効果を見守ってまいる所存であります。

 最近の為替相場の動向につきましては、一連のG7蔵相・中央銀行総裁会議における合意に基づいた各国の協調等により、円高是正が進んできております。今後とも、為替市場において関係各国と緊密に協力してまいりたいと考えております。

 第二の課題は、財政改革の推進であります。

 我が国財政は、昭和五十年度以降十五年間にわたり多額の特例公債の発行を余儀なくされてきましたが、連年の歳出削減などの努力に加え、いわゆるバブル経済による高い税収の伸びにも恵まれ、平成二年度予算において特例公債の発行を回避することができました。その後、バブル経済の崩壊とともに、税収が減少し続けるというかつてない状況となりましたが、各年度の予算編成においては、財源対策としてさまざまな工夫を講ずることにより、なんとか償還財源の手当のない特例公債の発行を回避してまいりました。

 しかしながら、八年度予算編成に当たっては、税収が七年度当初予算で見込んだ水準をさらに二兆円以上も下回る見込みとなる一方、さまざまな工夫も限界に突き当たり、多額の特例公債を発行せざるを得ない容易ならざる事態に立ち至っております。

 他方、経済情勢の変動に対しては、財政として可能な限りの対応をしてきた結果、近年公債残高は急増し、八年度末には約二百四十一兆円に達する見込みであります。単年度で見ましても、八年度予算の公債発行額は二十一兆円にも上り、公債依存度は二八%と極めて高いものとなっております。こうした事態が今後も続くようなこととなれば、高齢化の進展や国際的責任の増大など社会経済情勢の変化に財政が弾力的に対応することは困難となり、我が国経済社会の発展にとって重大支障となりかねません。

 先進各国は、長期の持続的成長に資するために中期的にさらに大幅な財政赤字削減が不可欠であることを、一連のG7蔵相・中央銀行総裁会議の場等で強調してきているところであります。

 今後の財政運営においては、容易ならざる財政事情を厳しく受けとめ、できるだけ速やかに健全な財政体質をつくり上げていくことが基本的課題であります。そのためには、中長期的観点から行財政が果たすべき役割や守備範囲を見直していくことが必要となりますが、その過程で国民に痛みを分かち合っていただくことをお願いせざるを得ないことも考えられます。八年度予算は、特例公債を含む多額の公債発行という財政の厳しい実情を直截にお示しする姿となりましたが、これを地ならしとして、各位の一層の御理解と御協力を仰ぎつつ、新たな財政改革への歩みを進めてまいりたいと考えております。

 第三の課題は、税制上の諸課題に適切に対応することであります。

 平成六年十一月に成立した税制改革関連法においては、消費税と地方消費税を合わせた税率は、既に先行して実施している所得税、個人住民税の負担軽減とおおむね見合う形で九年四月一日から五%とすることが法定されているほか、いわゆる検討条項が盛り込まれております。今後、本年九月末という法律上の期限を勘案して、この税率について新たに法改正を要するかどうか検討を進めていく必要があります。さらに、法人課税などの諸課題についても、その検討に引き続き取り組んでまいりたいと考えております。

 税制は、経済社会構造を支える基盤であります。政府としては、今後とも、我が国経済社会の構造変化などを踏まえつつ、公平・中立・簡素という租税の基本原則に基づいて、より望ましい姿を実現するよう不断の取り組みを行ってまいる所存であります。

 第四の課題は、調和ある対外経済関係の形成と世界経済発展への貢献に努めることであります。

 我が国としては、世界経済のインフレなき持続的成長の強化を目指して、G7蔵相・中央銀行総裁会議等を通じた政策強調を進めてまいります。また、我が国は、WTO、APEC等の場を通じ、多角的自由貿易体制の維持強化に積極的に取り組んでおります。このような観点から、本年三月には議長国として京都において第三回APEC蔵相会議を開催し、マクロ経済や資金フローの問題等につき協議を行うことといたしております。

 関税制度につきましては、一層の市場アクセスの改善を図る等の観点から、ウルグアイ・ラウンド関税引き下げの前倒しなどの関税率等の改正を行うこととしております。

 第五の課題は、金融システムの安定生の確保と証券市場の活性化を図ることであります。

 金融は、経済活動に必要な資金の供給という経済全体にとっていわば動脈ともいえる役割を担っており、健全で活力ある金融システムは我が国経済の持続的発展のための不可欠の前提であります。金融機関の不良債権問題につきましては、預金者保護、信用秩序の維持に最大限の努力を払いつつ、引き続き果断に対応し、できるだけ早期に本問題の解決が図れるよう全力を挙げて取り組んでまいります。

 住宅金融専門会社をめぐる問題は、金融機関の不良債権問題における象徴的かつ喫緊の課題であります。この問題の処理に当たっては、住専からの資産などを引き継ぐために設立する住専処理機構に資金援助などを行う預金保険機構に設ける住専勘定に対して、財政資金六千八百五十億円を支出することといたしました。また、住専処理機構において引き継いだ資産にかかる損失が生じた場合には、適切な財政措置を講ずることとしております。これらの財政措置は、住専問題の早期処理により、我が国金融システムの安定性とそれに対する内外からの信頼を確保し、預金者保護に資するとともに、我が国経済を本格的な回復軌道に乗せるため不可欠であり、やむを得ないものと決断したところであります。

 住専問題の処理に当たっては、透明性の確保とともに、住専の経営責任を初め種々の責任の明確化などを図り、国民各位の御理解を得るよう全力を尽くしてまいります。このため、先般、住専各社のこれまでの経営状況の推移、不良債権の状況など、その経営内容に関する情報開示を行ったところでありますが、今後とも、本問題をめぐる情報開示について、衆参各院の御理解、御協力をいただきながら、最大限の努力を払ってまいります。

 借り手の返済責任につきましては、預金保険機構の指導のもと、住専処理機構が、過去の取り引き経緯、関係者の利害等にとらわれることなく、法律上認められているあらゆる回収手段を迅速かつ的確に用いることにより、債権回収を強力に行う体制を整備いたします。また、住専処理機構に資産などが引き継がれるまでの間、円滑な移行の準備及び債権の保全・回収に必要な措置を講ずるよう住専各社及び母体行に対し要請し、適切なフォローアップを行ってまいります。

 なお、借り手、貸し手に限らず、その他の関係者についても、違法行為に対しては厳正に対処していく必要があると考えます。

 さらに、過去の金融政策や金融検査・監督のあり方を総点検し、今後、金融機関における自己責任原則の徹底を図るとともに、市場規律が十分に発揮される透明性の高い、新しい金融システムを早急に構築していく必要があり、ディスクロージャーの促進、早期是正措置の導入や検査・モニタリングの充実を図るほか、破綻処理手続きの整備、預金保険制度の拡充等を進めてまいります。

 以上の不良債権問題の早期解決と新しい金融システムの構築については、昨年十二月の金融制度調査会答申も踏まえ、所要の法律案を今国会に提出することといたしております。

 次に、証券市場の活性化につきましては、市場が本来の機能を発揮する上で必要な環境整備を図ることが責務であるとの考えに立ち、昨年末には、証券界からのヒアリングを踏まえた規制緩和措置を公表いたしました。また、八年度税制において有価証券取引税の軽減措置等を講ずることとし、本年一月からは社債の適債基準の撤廃などを行いました。引き続き一層の証券市場の活性化に努めてまいる所存であります。

 次に、平成八年度予算の大要について御説明いたします。

 八年度予算は、徹底した歳出の洗い直しに取り組む一方、限られた財源の中で資金の重点的、効率的な配分に努め、質的な充実に配意することとし、厳しい財政事情の中にあって、豊かで活力ある経済社会の構築などのために真に必要な経費の確保に努めたものとなっております。

 歳出面につきましては、一般歳出の規模は四十三兆一千四百九億円、前年度当初予算に対し二・四%の増加と抑制されたものとなっております。国債費は、定率繰り入れの実施などの結果、十六兆三千七百五十二億円となっております。これらに地方交付税交付金、緊急金融安定化資金等を加えた一般会計予算規模は七十五兆一千四十九億円となっております。

 国家公務員の定員につきましては、第八次定員削減計画を着実に実施するとともに、増員は厳に抑制し、二千百八人に上る行政機関職員の定員の縮減を図っております。

 補助金等につきましては、地方行政の自主性の尊重、財政資金の効率的使用の観点から、その整理合理化を積極的に推進することとしております。

 次に歳入面について申し述べます。

 税制につきましては、当面の経済状況等を踏まえ、平成八年においても所得税の特別減税を継続して実施するとともに、土地税制等について適切な対応を図る一方、公益法人等に対する課税の適正化、租税特別措置の整理合理化その他所要の措置を講ずることとしております。

 税の執行につきましては、今後とも国民の信頼と協力を得て、一層適正かつ公平に実施するよう努力してまいる所存であります。

 また、税外収入につきましては、外国為替資金特別会計からの一般会計への繰り入れの特別措置を講ずる等、格段の増収努力を払っております。

 公債につきましては、発行予定額を二十一兆二百九十億円としております。その内訳は、建設公債が九兆三百十億円、特例公債が十一兆九千九百八十億円となっております。既に発行の授権をいただいている減税特例公債を除く特例公債の発行等につきましては、別途、平成八年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることとしております。なお、借換債を含めた公債の総発行予定額は四十七兆五千九百億円となっております。

 財政投融資計画につきましては、対象機関の事業内容等を厳しく見直すとともに、国民生活の質の向上等各般の政策的要請に的確に対応していくとの考え方に立ち、住宅建設、地域の活性化等の分野を中心に一層の重点的、効率的な資金配分を図っております。この結果、一般財投の規模は四十兆五千三百三十七億円、前年度に対し0・七%の増加となっております。また、資金運用事業を加えた財政投融資計画の総額は四十九兆一千二百四十七億円、前年度に対し一・九%の増加となっております。

 なお、国債の円滑な消化に資するため、その引き受けについて資金運用部資金を積極的に活用することとしております。

 次に、主要な経費について申し述べます。

 公共事業関経費につきましては、社会資本整備を着実に推進しつつ、あわせて景気の着実な回復に資するため、所要の伸びを確保することとしております。

 なお、その配分に当たりましては、公共投資基本計画等の考え方、国民のニーズ等を踏まえつつ、住宅、下水道、環境衛生等の国民生活の質の向上に直結する分野への配分の重点化を基本としながら、この中で、次世代の発展基盤となる分野、防災対策の充実等の諸課題にも適切に対処しております。特に、住宅対策につきましては、住宅金融公庫融資の着実な推進、公共賃貸住宅の供給の促進など施策の拡充を図っております。また、七年度末に期限の到来する八分野の五カ年計画につきましては、おのおの新たな計画を適切に策定することとしております。

 社会保障関係費につきましては、障害者施策を総合的、計画的に実施するための障害者プランを新規に策定したほか、新ゴールドプラン及び緊急保育対策等を着実に推進するなど、国民生活に身近な福祉等の分野できめ細かい配慮を行っております。雇用対策につきましては、新分野展開を担う人材育成、失業なき労働移動と新規雇用創出対策を充実強化することとしております。

 文教及び科学振興費につきましては、教育環境の整備、高等教育・学術研究の推進、文化の振興等を図るとともに、基礎研究の充実、若手研究者の支援・活用など科学技術の振興を図るため、各般の施策の推進に努めております。

 中小企業対策費につきましては、中小企業の置かれている厳しい経営環境に配慮し、中小企業の技術開発及び新規創業等に対する支援措置を初め、各般の施策の充実を図っております。

 農林水産関係予算につきましては、いわゆる新食糧法の施行等我が国農業・農村を取り巻く諸情勢を踏まえ、経営感覚にすぐれた効率的、安定的な経営体が生産の大宗を担う農業構造の実現に重点を置くこととし、所要の施策の着実な推進に努めております。

 経済協力費につきましては、NGOとの連携の強化等を通じてきめ細かな援助の実施に努めるほか、途上国における人づくり支援策の充実や開発における女性の役割の重視などの新しい側面に十分配慮することにより、援助の一層の質の向上を目指しております。

 防衛関係費につきましては、先般策定された平成八年度以降に係る防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画に沿って、効率的で節度ある防衛力の整備を図ることとしております。

 エネルギー対策費につきましては、地球環境保全の重要性等も踏まえ、総合的なエネルギー対策の着実な推進に努めております。

 地方財政につきましては、引き続き大幅な財源不足が見込まれますが、一方、国の財政事情は極めて厳しく、国と地方という公経済の車の両輪がバランスのとれた財政運営を行う必要があるという基本的考え方を踏まえつつ、地方財政の運営に支障を生ずることのないよう所要の措置を講じ、地方交付税総額を適切に確保することとしております。地方公共団体におかれましても、従来にも増して歳出の節減合理化を推進し、より一層効率的な財源配分を行うよう要請するものであります。

 緊急金融安定化資金につきましては、前述の住専問題の処理方策に基づき、預金保険機構に対する補助金等を計上しております。

 この機会に、平成七年度補正予算(第3号)について一言申し述べます。

 七年度一般会計補正予算(第3号)につきましては、歳入面では、最近まで収入実績等を勘案して租税及び印紙収入の減収を見込む一方、特例公債の発行等を行うとともに、歳出面では、地方交付税交付金の減額等を行うこととしております。なお、特例公債の発行につきましては、別途、平成七年度における租税収入の減少を補うための公債発行の特例に関する法律案を提出し、御審議をお願いすることとしております。

 以上によりまして、七年度一般会計第三次補正後予算の総額は、第二次補正後予算に対し、歳入歳出とも一兆四十四億円減少し、七十八兆三百四十億円となっております。

 以上、平成八年度予算及び平成七年度補正予算(第3号)の大要について御説明いたしました。

 何とぞ、関係の法律案とともに御審議の上、速やかに御賛同いただきますようお願い申し上げます。

 私たちは、これから二十一世紀に向けて、多様性に富み、豊かで活気にあふれた経済社会を力を合わせて構築していかなければなりません。このためにも、もはや危機的状況にある財政の構造改革を図り、社会経済情勢の変化に弾力的に対応し得る健全な財政を一刻も早く確立するとともに、安定的な金融システムの構築に向けて自己責任原則の徹底と透明性の高い行政の推進が不可欠であります。

 私は、前途に横たわる財政金融上の幾多の諸課題に真正面から取り組み、課せられた責任を精いっぱい果たしてまいりたいと考えております。

 国民各位の一層の御理解と御協力を説に御願いする次第であります。