データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第3代第1次山縣(明22.12.24〜24.5.6)
[国会回次] (帝国)第1回(通常会)
[演説者] 山縣有朋内閣総理大臣
[演説種別] 帝國の國是に就て
[衆議院演説年月日] 1891/02/16
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、本官は本院開會の始に當りまして、内外の政策に關して其の大要を演説致し、且其の後憲法六十七條及び五十四條に就きまして、其の所見を述べて諸君の清聽を煩しましたが、今又茲に本官が誠意を一言吐露致しまして、諸君の深思熟考を望むべきことが御坐います、其の事たるや日本帝國の國是は何れの邊にあるか、又此の國是を實行するに就きましては、何等の針路を執るへきかの一大綱目である

抑々日本帝國の國是は維新以來確乎として定つて、一日も變更のないことである、故に今更めて之を陳述するは必要はないかなれどもが、政府は既往に於ても現在に於ても、又後來に於ても其の主義となし、其の方針となす所のものは、此の國是を實行するの外にありませぬことで御坐います、故に政府の意向を陳述致しまして、今日陳辯する所は・・・・・・辯する所のものは最必要の事と存じまする、既に諸君に於きましても熟知せらるる通りに、囘顧致しますれば二十三年前のことで御坐いますが、維新の始に當りまして、詔勅を以て開國の主義を明に定められたる以來、政府は一意に其の開明の進歩を謀り武備を張り、文物を修め、舊來の陋習を破つて、百般の制度を新に致しましたで御坐ります、内には國民の智識を進め、其の幸福を増進することを務め、外には各國と交際を厚く致しまして、共に對立することを望んで來たもので御坐ります、此の二十有四年の間、日一日も變更することのないものは即國是である、而して上下相舉げて希望を共にするものは即此の國是である、謹んで、 今上陛下の祚を踐ませられたる以來、其の詔勅を拜讀し奉るに、所謂御親征の詔より致しまして、帝國議會開會の勅語に至りますまて、十を以て數ふるの多きに及びましたが、内には國民保安の道を盡くさせ給ひ、外には國威を中外に燿かさんことを望ませ給へたる、賢くも大御心は終始貫通して變ることのないことで御坐ります、斯の如き大御心は即我が帝國の一定の國是である、故に我が政府の先進諸氏は此の聖意を奉戴して、此の輿望を担ひ、既往二十餘年間日夜辛苦經營致しまして、本邦百般の制度を立てましたで御坐ります、故に稍々内治の如きは其の綱領を得るに至つたは即今日の成行である、さりながら外に對しましては完全なる國是を保ち、獨立の實を全くする一事に至りましては、不幸にも未だ其の實効を奏するに至りませぬ、遂に今日本官等の身上に及んだ次第で御坐ります、故に本官等は先進諸氏の翼賛計畫せらるる所に從ひまして、百般の業を繼續致しまして、此の從來の宿志を棄てずして、其の目的を達しなければなりませぬ、此の目的を達するには一難に遭ふ毎に、勇氣を倍し、精神を勵し其の事に當らなくてはなりまぬ、而して到底此の確乎不拔の國是をして、其の功績を實際に完からしむるを期するに御坐います、然るに國權の完全ならざるものは、舊幕條約を取結びたる始に於きまして只釀成する所の積年の勢は、之を一朝に挽囘することは又勢の許さヾる所と存じます、故に正當なる理由を經まして其の緒に就き、其の實を踐まなければなりませすと存じます、忠誠着實なる諸君に於きまして、極めて同感の思を抱かれることと、本官に於ては確信致します

熟々宇内の大勢を洞觀致しまするに、列國の間に立ちまして其の國權を完全に伸張すべきものは、國富み兵強からざるものはないである、故に列國と對立致しまして和親懇篤を完ふして、國權を一歩も枉ぐることない樣にと申せば、其の國權を保護する丈の實力を保たないではなりませぬ、しかのみなりませず現時列國相競ふて武備を張り、漸く進んで眼を東洋諸國に注ぐの形勢は、諸君に於ても洞知せらるヽことと存じます、宇内の大勢斯の如きの傾向に於きましては、日一日も武備を擴張すべきを緩慢に附する譯には參りませぬと存じます、且又列國と交際を為さんとするには、其の仲間入を致さなくてはならぬ、其の仲間入を致すには、共に權利を保全致さなくてはならぬ、權利を保全致すには、列國と均一の義務を負擔せなくてはなりませぬ、其の義務は如何樣のものであるかと申せば、即國是の定る所に從つて百般の制度を整へ、單に國家に對する義務のみなりませず、列國の尊敬を受け、且威信を繋ぐに必要の義務である、然らば我國に於きまして此の國是を完全ならしむるには、義務を履踐するは勿論であつて、又此の國權を保護するに於きましても、實力を養成致さなくてはなりませぬ、而して緩急機に應じ、其の措置の宜しからんことを爲すは當然のことヽ存じます、扨本會開會あって以來、殆と數旬で御坐ります八旬に至ります、議を開く已に數十回に及びまして、此の間諸君の勵精刻苦議事も又大に其の歩を進めたで御坐りますが、大凡諸君の平素懷かるる所の政治上の意見は、概ね此の議場に顯はれたかと存じます、其の中に就きまして、政費節減の一事に就きましては最も諸君の意向なりと思はれます

扨此の政治を行ふに當りましては、其の冗費を省減するに就きましては、從來政府の計畫する所で御坐りまする、十數年の間の此の經歴を以て其の省減すべきは已に省減し、尚今日に於きましても冗費にあらざるものも節減をして、事宜の許す限は節減致しまして御坐りまする、尚此の將來に於きましても此の目的を執つて之を達することには少しも怠ることは勿論ないことと存します、去ながら前後述べました如く已に一定したる國是に依りまして、外は我が國權を完全に伸張ならしむることに努め、内は開明の軌轍を履み着々其の實を舉げんとするに際しては、此の國權を保護すべき實力を養成する爲に、國民の幸福を増進する爲に、是迄經營したる必要の經費を過度に節減するに至りましては、本官等は此の國是に反對致しまして其の方針を障害せらるるは實に痛嘆慨惜に堪へざる次第で御坐ります

偖不幸にも豫算修正案に就きましては、諸君多數の賛同に依りまして、遂に此の確定議に至りました時は、其の政費を以て政治上活動を爲すことは到底爲し得べからざることヽ存じます、此の理由に就きましては大藏大臣より意見を陳述致しまする、故に茲に略述致しまする殊に憲法上政府の同意を求むべき費額に於きましては、本院に於きましては單獨に廢除削減の議決を爲さるヽに至りましては、政府に於きましては有効と認むることは出來ませぬで御坐ります、本官は更に之を論辯せざるを得ざるの次第である、今吾人等は高大なる聖恩に浴し、立憲治下の民と爲りましたが、之と同時に唯政費を節減致しまして、此の國是に反對を致し、國勢の振はざるを致し、外は列國に威信を失ひ、國家の長計を誤るか如きに至りましては、政府は斷して同意を表することは出來ませぬ、冀くは諸君に於きましても亦國是のある所を知了致されんことを望みます、而して此の國權の伸張を審かにし機會の失ふべからざることを察し、形勢の慮るべきを悟り、國家の爲に盡くすべきを主眼とせられんことを本官に於きましては希望に堪へざる次第で御坐ります