データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第4代第1次松方(明24.5.6〜25.8.8)
[国会回次](帝国)第2回(通常会)
[演説者] 松方正義内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1891/11/30
[参議院演説年月日]
[全文]

諸君、第二期帝國議會の開くるに當りまして諸君と相見るの榮を得ましたは實に本官の幸であります

政府は維新以來文明の針路に進行して一定動かざる政略を執って居ることは、今更喋々を要せすとも諸君御承知のことヽ信します

締盟各國との交際は年を逐ふて親密を加ふることは、諸君と倶に國家のために賀します

條約改正の事は政府が二十餘年來計畫しつヽ、實に一日も打棄てヽは置きませぬが、未だ成功の時機を得るには至りませぬ、併しながら政府は國家の權利と利益とを重んじ、百難を排除しても必ず宿望を遂ぐる覺悟であります

國運の進歩は中途で停滯し又は退縮すべきではありませぬ、近時百般の事業中殊に貿易の伸張、運輸交通の發達と海陸軍備の非常に擴張せしとに由りまして、苟も宇内に一國の獨立を保つものは皆此針路に向って進行を競ひまするは、諸君もご承知の通である

我國も亦一國の名譽を保ち、各國と競爭場裏に馳驅致します以上は、今日國力の許す限は、國防と國家經濟とを目的と爲し、其事業の内最も急なるものを撰み決行しなけれはなりませぬ、決して一日も緩慢に付し置くことは出來ませぬ

國防の必要に附きましては、先つ陸軍では兵器彈藥の改良、砲臺の建築、海軍では船艦の製造が最も急要であります

然るに兵器船艦の製造に最も必要の材料たる鋼鐵は、皆海外より輸入を仰がねばなりませぬ、夫がために年々巨萬の金を海外に抛つのみならす、一旦事あるときは此必要缺くべからさる材料を輸入するの途忽ち絶ゆるの次第にて、實に兵備上の危険、經濟上の損害共に甚しき譯故、政府は此危險と損害とを避くるため、新に一の製鋼所を創立するの議を決しまして、其經費を二十五年度の豫算に組込み置きました

鐵道は國防上竝に經濟上の點に於て之を國有と爲し、以て其延長及完成を圖ることは今日の時勢に最も適切なるものと認めます、依って政府は參謀本部と鐵道廳とに調査を命じまして、其報告書に依って計畫を定めました、夫に就き必要なる法律案は、不日議會に提出して諸君の協賛を求むる筈であります

政府は又深く經濟上の發達に注意を爲し、益々實業の進歩を圖る積りで本年提出致しまする信用組合法、農會法の如きは、即ち此目的を達すべき計畫の一部であります

治水の事業は人民の生命財産に關係する最も緊要の事にて、一年後くれますると、或は十年の大害を遺します故、政府は河川修築に要する經費を増加して、現在施行中の工事を早むると同時に、廣く精密の調査著手し、全國一般の計畫をも定むる考であります

從來地方費支辯の監獄費は、以後國庫の負擔に移すことに決定して既に其法律案を提出致しました、全體地方の財源は各各其地方の生産力を發達し得べき樣に使用せしむるが必要のみならず、此監獄費は去る十三年中一時財政上の必要によりまして、國庫より地方費の負擔に移したるもの故、財政稍々整理したるの今日、再び國庫の支辯に復しまするは固より當然のことヽ考へます

仰々國運の進歩に伴ひ經費の次第に増加するは、避くべからさる結果であります、去ながら進歩の事業を施行しまするには、常に財政の如何を顧ることが甚だ緊要である、夫故に是迄も十中の半ばすら事業を決行することの出來ざりしは、常に遺憾に思ひましたが、幸に此二三年殊に本年度に於ては經費の節減に依り、歳計の餘裕を生じました故、此の餘裕金は主として前に陳べました必要の事業費に使用することが出來ます

諸君、幸に二十五年度の豫算を公平愼重に審査せられましたならば、其編製の主義は本官が前に陳述致しましたる施政の方針に戻らないことを御認めなさるでござりませう、政府が力めて經費を節し、必要の事業を舉げんとするの意は此豫算の上で證明し得られませうと信じます

諸君政府は外に向っては益々和親を厚くし、國權を擴張し、内に在っては國防を充實し、實業を奬勵し、國家經濟の發達を促し、又常に財政の安全を維持する覺悟でありまする

諸君、諸君と相共に提挈して益々 皇室の尊榮を加ヘ、人民の幸福を進め、國家の富強を致し、我帝國の光輝を中外に發揚せんことは、本官に於て最も切望する所でございます