データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第4代第1次松方(明24.5.6〜25.8.8)
[国会回次](帝国)第3回(特別会)
[演説者] 松方正義内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1892/5/9
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、今囘帝國議會に提出する議案は事後承諾を求むる事件の外、府縣監獄費國庫支辯法案、鐵道公債法案、私設鐵道買收法案等の法律案と、二十五年度の追加豫算であります

客年十月愛知岐阜兩縣震災の節救濟竝に堤防工事費として施行しました豫算外の支出と、其後右兩縣竝に富山福岡二縣の土木費補助として施行致しました豫算外支出とは、併て議會の承諾を求めます

明治二十四年勅令第四十六號も亦憲法の命する所に從ひまして議會に提出致します

監獄の費用は明治十三年前には國庫の負擔でありましたが、當時財政整理の必要に依りまして、地方税の支辯に移したなれども、財政の稍々整理せる今日に於きましては、元の如く國庫の支辯に復するが當然である、さうして之がため各地方人民の負擔を弛るめ生産力を發達し、又地方政務の改良を促し、其利益の及ぶ所は決して少小ではありますまい

次に鐵道の事でありますが鐵道の經濟上軍事上共に重大なる關係を有し、文明の利器、富強の要具たることは世人一般の是認する所であります、政府は疾くより鐵道の布設しなければならぬことに著眼して、必要なる線路の工事を起し、又は民設をも許可して其進歩を圖りましたが、創業以來幾多の星霜を經て今日に至るも、既に出來上った線路と、現に布設中の線路とを合せても、尚ほ千六百哩内外に過ぎませぬ、殊に現在の私設會社中には往々豫定の如く工事に著手しないものもあり、又半途にして工事を中止したものもある位で、既に工事の成就した會社でも將來益々諸般の改良を加えて、經濟上なり軍事上なり完全なる鐵道の效用を爲さしむることは到底望みがありませぬ

既往の實驗に徴し現今の形勢に照して考へまするに、鐵道事業を專ら營利を主眼とする私設會社に任せ置きましては、國家經濟上軍事上公共の利益を進むることが甚だ困難である、是れ政府が鐵道を國有として大に其擴張完成を圖るの計畫を定めた所以であります、此計畫を實施するには私設鐵道を買收して十分に線路を連絡し、又其管理を統一しなければなりませぬ、畢竟私設鐵道買收のことは鐵道の擴張に伴ふ必要の手段であります

二十五年度の豫算は勅令第二十八號を以て、憲法第七十一條に據り前年度豫算の施行を命せられました、仍って目下緊急の事業に屬する經費は、追加豫算として特に議會の協贊を求めまするが、其中重もなるものは專ら國防に關するもので、即ち新たに軍艦を製造して海軍の勢力を維持すること、製鋼所を設置して造船製砲其他軍事上必要の鋼材を製出すること、東京灣砲臺建築の年期を引上げて帝都の關門とも云ふべき港灣防禦の速成を期すること、連發銃竝に綿火藥を製造して兵器彈藥の改良を施すこと等に必要の經費であります

抑々國防の一日も忽せに致されぬは多言を要しませぬ、唯之を充實するには莫大の費用を要し、財政の許さヾるあって、十分の計畫を立つることを得ませぬのは甚だ遺憾とする所であります、併し以上述べたるものは急務中の急務故、少なくも是丈けは一日も早く之を施行しなければなりませぬ

諸君、今日宇内各國が互に富強を競ひ雄長を爭ふ有樣は、諸君の熟知せらるヽ通りであって我國は各國に對して如何なる境遇に在るか、又如何なる關係を持って居るかの問題に就きましては、今茲に本大臣が明言せずと雖も滿場の諸君と感を同ふすることヽ信じます、故に政府は今日の時勢に必要なる事業は國家經濟なり國防なり、出來得る丈け經營致しまして、我國力を發達し、我國權を擴張する目的であります、諸君の公明なる協贊を得まして此進歩の事業を成就し、相共に國家の隆盛を圖り、國利の幸福を進むることは本大臣の切望する所であります