[内閣名] 第5代第2次伊藤(明25.8.8〜29.9.18)
[国会回次](帝国)第4回(通常会)
[演説者] 伊藤博文内閣総理大臣(代理井上馨)
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1892/12/1
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君本大臣は今日當議場で諸君と御目に掛るは、最も職務上の光榮と存じますさて本日は伊藤總理大臣が出席して、諸君に對し親しく政府の方針を述べる筈でありましたが、總理大臣は去る二十七日不慮の怪我を致し、誠に輕からぬ容體にて何れ三四十日は掛かるであらうと醫者も申す位でありまして、既に諸君よりも鄭重なる御見舞を辱ふしたる次第にて總理大臣自ら出席することが、出來ませぬは御同樣に遺憾の事と存じます、然るに伊藤總理大臣には、豫てより諸君に向って述べやうと思ひ、政府の方針に關する事柄を筆記して閣議を經て置かれました、故に本大臣は此處で其筆記を朗讀致します、諸君どうぞ其御積りで御聽取を願ひます
諸君余等曩に至尊の大命を恪み國務大臣たるの重任を辱くし嗣後僅に數閲月而して今や本年議會の期に及ひ政府將來の方針を諸君の前に開陳することを得るは余等の職務上に於て殊に光榮とする所なり
政府の大方針は内、憲法の條章に遵由し、行政百般の機關をして憲法的の動作を爲さしめ以て益々其改善を圖り上は宏謨を遵奉して國家の基礎を鞏固にし下は人民の權利を保全して其慶福を増進し外、列國に對して國光を宣揚し以て其終局の目的を達せんことを欲するに外ならさるなり
百般行政の改良は之を言ふや易しと雖も其實行を遂くるは素より至難の業なり、然れとも余等の庶幾する所は其事業の至難なるか爲に因循苟且に付して止むへきにあらす苟も國家の進運を妨害するの虞あるものあらは斷して之を排除し以て其整理を企圖することを躊躇せさるの決心なり
凡そ政務の改良整理は遠く將來の利害に察する所なかるへからす故に其效果を一朝に收むるは難し必すや漸を追ふて以て奏效を期せさるを得す而して一國の事業を經營するは固より上下協同の力に倚頼せさるへからさるなり諸君幸に政府誠意の存する所を諒察せられんことを希望す
今坤球の全圖を觀れは寰宇國を成すもの星の如し而して其國力を養成し内は百般の事業を振作し外は貿易通商の利を競はさるなし輓近數十年の間各國多少の軋轢紛擾なきにあらすと雖も其大勢に於て互に泰平を裝ひ務めて修交を敦ふす若し眼光を轉して他の一方を觀れは則ち國力の限りを盡して兵備を完實し以て各々自衛の道を講せさるなきを知了すへきなり蓋し宇内歴史ありて以降今日の如く兵備の旺盛なるは前古未た其比を見さる所なり本邦の如き殊に兵備の急要ありて而かも海軍の擴張は其急中の急なるものなり抑々海軍擴張の事たる之を陸上に於ける防備に比するに事實上及經濟上に於て至難の業なるを見ると雖も亦國勢上實に一日を緩くすへからさるの再急務なるを信す故に政府は本年の豫算に於て海軍擴張のため船艦製造費として巨額の支出を要求し以て功を數年に期せんとす政府は諸君の國家の大計を念ふて之に協贊せられんことを希望せさるを得す
外交の事は舊に依て益々輯睦を加ふ吾人は内に於て百政の釐政を努むると同時に於て外に對して多年期望せる條約改正の大業を決行せさるへからさるは更に多言を要せすと雖も此問題たる殊に愼重を要す故に維新以還の宿望を達せんと欲せは余等は先つ國民の意向を歸一にするの必要あるを知る而して之を略言せは條約改正の主要は凡ソ國として有すへきの權利を得凡ソ國として盡すへきの義務を完くするに在り
政府は國家の進運を計り國民の負擔に付經濟上多少の變更を施すの要あるを察し、此に農民の負荷する田畑の地價に於て偏重失衡の甚しきものを低減せんとす、抑々地價の均一を缺けるは獨り民間に於て物議あるのみならす政府に於ても亦夙に其偏重あるを憂ひ常に其調査を怠らさりし、而して今や其結果として將に之を決行せんとするの機運に逢遇したり蓋し各地風土同しからす運輸交通の便否、土壤の肥瘠、物價の高低、勞力の多少等皆異同あり其收穫する所の多寡亦之に隨ふを以て到底完全の平衡を得るの難きは又衆論の趨歸を一にする所たるに拘らす全國を通して殊に偏重失衡の甚しき其負擔に堪ふへからさるものは早晩之を救治せさるへからす唯た之を決行するに於て國家の生存に必要なる國費を減削する能はさるを以て勢ひ彼に減する所あれは則ち此に増す所なかるへからす則ち歳計上不足する所は他の歳入を増加して以て之を補充せんとす是れ國計上復た止ムヲ得さる所なるを信す
其他全國巨川の河身改築堤防修築等のために現在國費より支出する金額は實際の需要に足らす隨て修れは隨て懷れ徒に目前の小工事齷齪して奏功を期年の後に成すの大計畫なし仍て是等國家の急要に應する費額の支出も豫め規定せさることを得す其詳細の説明に至ては時機を待つて主務大臣應に躬を辯明する所あるへし
諸君余は終に臨み特に諸君の清聽を請はんとする一事あり吾人日本國民は祖先以來忠君の志厚く其國を愛し其公に奉するの心に富むは光輝ある帝國の歴史に明徴すへきなり而して維新中興の後僅に二十餘年にして長足進歩せること夫れ此の如く又其成績の見るへきもの此の如く顯著なるは宇内列國の與に歎稱措かさる所にして深く其事歴を探究するときは吾人自ら驚喜に堪へさるものあり、然りと雖も國家か國民に望む所のもの亦決して此に止らす、吾人は進て國力を發達し國威を宣揚し以て維新中興の宏謨を成就せさるへからさること即ち是なり
諸君試に地圖を展へて萬國の形勢を看一看せよ人口四千万を有し而かも其國民は忠實義勇僅に二十年餘の間に於て大に國威を恢弘し宇内の強國と相駢進すること本邦の如きもの果して安くに在る乎、吾人は生れて此盛時に逢ふ至幸何ものか之に加へんや、宜く國家の進運を補け國家の地位を高くするを以て自任せさるへからす而して之を爲す唯た上下協同の力に凭らさるへからさるは既に上に敍述したるか如しと雖も今忠誠なる諸君に告くるに此事を以てするは一片の微衷自ら禁する能はさるあれはなり
諸君我帝國議會は、天皇陛下の立法上の詢謀府なり、而して諸君は國民の輿望を荷ふて吾人か惟一の目的なる國家の休戚に關する各般の問題を公議するの地位に居る者なり余か今更に之を言ふは敢て他意あるにあらす凡ソ立憲國家に於て必要缺くへからさる議會は實に宇内各國の瞻望する所其國威の消長國權の伸縮を品評せらるヽ所なるを以てなり余等至尊の大命を遵奉して帝國の議會に莅み政府の方針の概要を茲に開陳することを得たるは余等の最も欣榮とする所なり
唯今讀みましたのが即ち政府の方針でござりまして、政府は將來此方針を執って進み行き、諸君の誠實なる協贊を待って立憲政治の圓滿なる運行を望むものであります、何れ其中には總理大臣にも全快を致しまして、當議場で諸君と御目に掛ることでございます、本大臣等も諸君と共に一日も早く其時の至らんことを祈るものであります