[内閣名] 第5代第2次伊藤(明25.8.8〜29.9.18)
[国会回次](帝国)第6回(特別会)
[演説者] 伊藤博文内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1894/5/16
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、諸君は總選舉の結果に依って新に選出せられ 詔命を奉じて此節本議場に御集會に相成りましたに就いて本大臣は國家急要の事件たる即ち追加豫算及法律案を同じく 詔命を奉じて諸君の前に提出致して置きましたに依って、諸君は十分に審議を盡されんことを希望致します、又本大臣は政府の取る所の方針所見を諸君の前に陳述致す積であります、其事は餘事にあらず即ち日本の外交問題のことでありまする、此外交問題とは即ち條約改正の問題でありまするが、條約改正の問題に就きましては勿論諸君の御熟知の通今日迄維新以來の方針は一定して動かぬ所のものでありまするが我政府は從來屡々條約改正のことに就いては著手致して屡々其目的を達しなかったことは是又多辯を俟ちませぬことでありまするが、併し今日と雖も尚ほ其方針は變ぜぬのであります、然るに甚だ痛嘆に堪へぬ譯でありまするが、前期衆議院解散の止むことを得ざるに立至ったのも均しく此問題に牽連をして居るのでありまする、或は政府と議會と所見ヲ異にしたことは勿論事實であるに相違ありませぬが、此解散の止むを得ざるに出でましたのは即ち此励行法案であります、励行法案に政府は最も重きを置いたのであります、励行法案其者に就いて特に重きを置くと云ふ譯ではありませぬが、励行法案の出處成立と云ふものに遡って見ると云ふと、即ち非内地雜居尚早論より起ったのであります、一變して以て励行法案と相成ったのであります、其一言は私は間違ましたから何時でも取消します、建議案であります、——即ち建議案であります、勿論議會解散の止むを得ざるに出でたことは種々の事が湊合して居りまするが、夫れよりして此立法行政の衝突と相成りましたが、最も重きは励行案に置いたに相違ない、政府は之に絶對的の反對であった、若し此建議案にして万一の多數を占むるに至れば其餘響の及ぶ所容易ならぬことヽ見たのである、今は即ち從來の方針に依り條約改正のことに斷へず著手しつヽある時である、勿論成し遂げる見込なければ決して著手致しませぬ其爲には諸君も勿論諸君の見る所があって提出されたのでありませうから政府に於て議會と衝突することは決して好むのではない、唯政府は之に對して所見を異にしたのである、決して非内地雜居にあらず又尚早論にあらずと云へば、是亦政府の大に喜ぶ所である、對等の條約を結ばうと云ふことヽ非内地雜居と云ふことは兩立の出來ることではない、維新以來の方針は諸君の御熟知の通に開國の主義を取って行くと云ふ以上は、獨立國の得べき權利を得やうと云ふのであるが、それを得れば即ち萬國公法の條規に從って交際をしやうと云ふのである、其萬國公法の條規に從って交際しやうと云ふことになれば、萬國普通の慣例に依って交際するの必要がある、今日の條約は即ち時體に適せない、今日の條約が即ち時體に適せぬ、故に改正をしなければならぬのである、改正の事に就いてはさう容易く行く譯のものではない、一説に承る所に依れば條約励行を以て改正を促すの手段とされると云ふ説も承りますけれども、政府は其方法を取らぬのである、政府は條約の励行に必要なることは励行して行きつヽある、又政府が維新國是の方針に依りて條約の改正をすると云ふことは政府の最も重きを置いて居る所の一大義務であると考へる、故に此事に就いては孜孜として怠らず今進行しつヽあるのである、此事を成し遂げるためには總ての障碍は力を極て之を排除する積である、而して其目的を達する積である、畢竟此事に就いては反對の意見を持して居る諸君と所見を歸一することは出來ぬことは分って居りますが、又政府の所見を述ぶることも不必要にあらずと信ずるのである、其以上は諸君の判斷に任せるのである、併ながら此先とも政府は此改正の目的は何處迄も貫く積である、而して其目的を達するも決して遠きにあらずと自信して居る、それ故に諸君に對して虚心に御熟考を願ひたいのである、それで此外交の問題に就いては政府は勿論責任を取る積である、然る以上は此中外に關係する所の問題を以て暫く政治上の紛争を止めて貰ひたいと考へるのである、諸君の中には勿論外交の事に御熟知の方も澤山あることを信じて居りますが、此條約改正をする抔と云ふことに就いては唯脅迫的の手段を以て行けるものではない、雙方協議で行かなければならぬ、今政府の見る所に依ればさう幾度も著手が出來るものではない、それで是非此節は此目的を貫く考へである、併し諸君に今虚心に御考慮を願ひたいと申したのは斯う云ふ問題を以て政府と議會と始終衝突して居って、而して國家急要なる事業を後に殘さぬければならぬと云ふことは甚だ痛嘆に堪へぬ所である、それで諸君はどうぞ此節も亦此問題に就いて上奏を提出して居ると云ふことを承って居る、幾度も同樣なる衝突をして而して此國防上實業上の問題を最後に殘して其運の付かぬ樣なことに至ると云ふことは、諸君も亦其責任なしと云ふべからず、諸君に重ねて請求致しますが、又再び政府が最終の 聖斷を抑がなければならぬと云ふ樣なことにはどうか此議會を至らしめぬ樣なことに御工夫を願ふ、諸君も則ち 上奏を爲さるのは内閣に對して反對を爲す、即ち最終の御手段であるのである、決して脅迫を致すのではない、決して脅迫の所爲を致さぬのみならず、精神を以て斯の如く諸君に再考御熟稽あらんことを望むのである