[内閣名] 第5代第2次伊藤(明25.8.8〜29.9.18)
[国会回次](帝国)第9回(通常会)
[演説者] 伊藤博文内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1896/1/10
[貴族院演説年月日]
[全文]
諸君、一昨年以來昨年に渉る長期の日清交戰に關係する事項にして兩國の間に交渉したるものは、一昨年十月廣島大本營の下に於て臨時に召集せられたる議會に向って當時に現るヽ所の状況は一通り御報道に及び置き、尚ほ昨年の常會に於て外務次官をして當院に報告せしめて置きました、爾來平和の局を結ぶに至るまでの御報道を今日發端に於て諸君に向って致したいと存じて居りまするのでありまするが、之に關聯する所の書類等は頗る數通のものを重ねて居りまするに依って、朗讀の煩を省きまして、且つ之を口舌の上に述べまするのは時間を費すことを恐れまするに依って、一通り媾和の始末に至りまするまでの間の報告を書面に認めて諸君の參考に供するために、當院に差出して置きまするから御熟閲を望みます、且つ又日清兩國の間に起ったる交戰に併ふて起る所の種々の問題も今は殆ど結了を告ぐるに至りまして、諸君の御熟知の如く今日は既に平和の天地に囘復し、之がために復た國家の上に現るヽ所は百事新面目を呈し、從って將來に向って計畫せざるべからざる事柄は數多ありまする、就中最も必要とする軍備の事の如き、其他諸般將來のため必要なる事業の計畫に就きましては特に諸君の御注意を請ひ、併て政府に於きましても亦深く現今我國家財政上の上に顧み、且つ臣民の資力如何を推測して之を以て急要なる國務の基準と致しまして、則ち豫算も調整致して本院に提出してあります、今日の國勢上殖産、興業或は教育、運輸等の如きに至って、國家の富強を増進するがために必要なる事業は政府國民共に力を協せて將來の發達を計らなければならぬことヽ信じます、戰争の結果に依って新に新領土と相成ったる臺灣の將來統治上に關係することに就きましては、是れ亦頗る重大の事件でありまして、其統治に關係する所の各種の問題を決定して而して適當なる組織を立て、商工業及殖産等の事に就いては將來の發達を圖り、我國民を移住せしめて以て將來大に其發達を期せなければならぬことであります、此事未だ昨今僅に平定になったのみであります故に、未だ十分に準備を整頓致すに達して居りませぬ、將來に就いては政府議會と共に謀りて此戰勝の結果たる記念物は何處までも十分に其統治及我目的を貫くやうに盡力を致さなければならぬことであらうと存じます、從來の議會に於て屡々御報道に及んで置きました通、條約改正の事も既に其功半ばに至り、亦之が實施を要するの時期も甚だ遠からずと存じますが、之に就いては我社會上に於て必要とするの準備を勉めて遺算なきを期せねばならぬと信じます、畢竟我國家の上に現るヽ所の現象、戰争以前と今日とは實に同日の談でないと存じまするが、是れ上は 至尊の盛徳日々に躋り、威武是れ揚り、從って我國民の勤勉忠勇にして以って國家に報ずるの厚き、加ふるに國民の代議士たる諸君の當時宏猷を翼贊せられ、而して其功績の現るヽ所今日に至ったものと存じます、今日の我國家の地位より顧みますると云うふと將來に於きましては東洋の全局に關すること頗る重大なる位地なると存じます、冗長ながら一言過去の歴史に就いて御話を申して置きたう存じますが、我帝國海外諸國と交際を開きまして以來僅に四十有餘年、鎖國の論が一轉して 今上陛下の登極と共に開國の宏謨一定し、封建の制を廢して郡縣の治を布き、是と同時に我國民の地位は教育及其職業は勿論、衣食住に至るまで均一に自由を享有し社會普通の秩序を保有するの外は國家之を待つに城壁を以てせず、竟に今日の盛況を呈するに至ったものと信じます、今日の事既に然り、將來の事復た上下一致孜々として勤勉國家のために怠ることなくんば我前途に於ては國運は進むことあって退くことなきと確信致します、此過去の歴史に徴して見ますれば國家及國民の進歩は僅々數十年の間に於て非常なる長足の進歩を致したと申すより外はござりませぬ、要するに國民の勤勉に基くと言はざることを得ず、是に就きましては益々將來の進歩を計りまして、又憲法政治上に於きましても國民の發達と相伴ふて相戻らぬやうに政府も是がために力を盡し、諸君に於ても亦御盡力あらんことを希望して已まぬのであります、故に政府に於ては胸襟を開いて十分に諸君と國家前途の計畫を御相談致す積であります、畢竟國家の發達は國民の力に依らざることを得ず、又國力の運用は政府議會と妥協の全きを得るに在りと信じます、どうか政府の意思の在る所を十分御了解にならんことを冀ひまする、而して目下の急要たる豫算及諸法律案は既に本院に提出してありまするに依って十分に審議を盡されて、而して協贊の任務を盡されんことを冀ひまする