データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第5代第2次伊藤(明25.8.8〜29.9.18)
[国会回次](帝国)第9回(通常会)
[演説者] 伊藤博文内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日]
[貴族院演説年月日] 1896/1/11
[全文]

 諸君從來のことに附きましては戰争に伴って起った所の外交に關係する所の事件を會て廣島及び昨年の議會に於て報道致して置きました爾來の報告を諸君の前に提出して御參考に供する積りであります、然るに何分多數の公文等を重ねて居りますから、一々之を口頭を以て述ぶるの煩を省き書面に認めて差出しまするでございますから、後に於て御一讀を煩はします、大體の所見は昨日衆議院に於きまして、陳述に及びましてございますに依って自から貴聽に達したことヽ信じますが重て同樣なる旨意を一通り諸君に陳述致します、日清兩國の交戰に附きましては實に幾ど一年の長期に渉る戰争を繼續することを得ましたのは全く上下一致の力に依ると信じまする、遂に當時敵國たる清國より和を請ふに至って媾和の談判を開き昨年の四月に於て雙方調停の上爾國の友誼をして故とに復せしむることを得ました、是に關係する所の數多の重要なる事件も今は大略此結了を告げましたのであります、今日に至りまして尚ほ將來のことに深く勘考を及ぼして見ますれば、漸く一事が治まれば從って復た一事が附帶して起る譯でありまするに依って前途の形勢に於きましては重要なる問題は屡々起ることヽ信じまするのであります、然るに今日に方りましては目下の急とする所は今日平和の恢復と相成りました以上實に是より進んで國力を培養すると云ふこと最も今日の急要と信じます、一體戰争と云ふ事柄は申すまでもなく多くは國力を消費することでありますが、平素に在りて國力培養の力に依って、即ち國家の資力を増進し富強を計るは平素の務めでありまする、即ち今日の平和恢復の後に於て尤も注意を要しまするのは実業を將勵振作すると云ふことであります、故に政府は是に附いては十分の力を出して以て舊に倍するの國力を養成しなければならぬと考へます、併ながら此數十年即ち僅かに二十八九年の間の王政復古以來の歴史でありまするが就中明治十七八年以來の進歩と云ふことに附いて見ますると云ふと國力の増進したることも異常なものと察せられます、是必竟人民の勤勉と且此教育學術の效果と存じます、今は進んで我國民は政府なる教師を俟たずして十分に進歩することの有樣を確かに認むるのであります、此實業の進歩上のことに至っては地方人民の盛なることは實に賞揚するに餘りありと存じます、併ながら政府にあっても常に是が注意を怠らずして益々進歩せしむることに盡力致さんければならぬことは論を待ちませぬ、其の事柄と云へば如何であるかと云ふと即ち立法行政上に於て尤も注意を要することであらうと存じます、是等のことは私が殊更に冗長に述べませぬでも諸君は固より御熟知のことでありますが茲に諸君の前に御注意を仰んと欲することがあります、即ち臺灣の新領地のことであります、此臺灣新領地統治のことは頗る重大な事と信じます、併ながら又之を宜しく將來の統治方法に考へ行政の實を舉げるにあらざれば容易ならぬ面倒をも惹起するであらうと考へます、此一點に就きましては尚ほ將來に於て十分御商議に及ぶこともありませうが、第一の問題と申しまするのは臺灣は御承知の如く内地とは大に事なる所であります、是に居住する人民の種類も幾多にも種類を分けて居るのであります、差掛る所多數の人民は即ち支那の人民でありまするが此人民も多くは廣東福州近傍の隨分惡漢の徒が移住を致して其性も甚だ慓悍な人民でありまして、一通りのことでは之を統御することが出來なからうと存じます、殊に一方に於ては貿易の開けて居る所でありますに依って其數甚だ僅少ではありまするけれども外國人……歐米人も來て居ります、又臺灣の半と云ふものは未開に屬する所でありまするに依って彼の生蕃の棲息する所の如きに至っては最も統治上に難きを見る所であらうと思ひますから、之に適當なる制度を施し之に適當なる政を行はなければならぬ譯えありませう、之に附いては立法上の問題行政上の問題之を悉く今日の急務として定めなくてはなるまいと存じます、又此臺灣の事務を本邦に於て管理する所の官衙と云ふものも必要ではないかと考へます、而して又財政の一點に附いても餘程重大なる事柄と考へます、臺灣は漸くにして昨今に鎭定した位のことでありまするに依って未だ詳細なる取調を致すことも出來ませぬが何れ遠からずして一通りの調査を了りましたら將來のために經畫する所を定めなくてはならぬと存じます、第一に唯今も申す通に財政上のことなどは頗る重大なことでありまするが、先づ目下の所を取って見ますると云ふと臺灣より國家に收入することを得るであらうと考へる歳入と云ふものは到底以て臺灣の統治に充つることは出來ぬので餘程其數は少額なものであらうと思ふ、特に此言語不通にして風俗の殊なり人種も違ふのみならず是まで支那で管轄して居るに附きましても十分に國土の發達を圖ることが出來ませぬに依って道路通信の便も亦頗る缺いて居る、故に之を統治し之を鎭壓して行くに附いては十分なる兵力も要し且又平素の警察取締等に附いても迚も本地の比ではなからうと存じます、併ながら臺灣を此大戰争の結果に依って我か新領地と爲したる以上は十分に之に力を盡し隨って大に我か人民を之に移殖して以て將來の發達を謀らなければならぬことは論を竢ちませぬ、此問題は餘程大切なることヽ存じますに依って特に諸君の御注意を願ひまするのでございます、加之北海道等の如きも内地と同樣には開けませぬのでありまするから、是等のことを特に御話し申す所以の主意は唯今申した通に此内地は餘程はや人民新取の氣象も富で實業上のことも段々進歩して參りまするけれども、北海道及臺灣の新領地の如きに至っては政府が大に與って之に力を致さなければならぬと云ふ區別がありまするのであります、其事に關っては尚ほ追々上下兩院とも熟讀を盡して以て將來のために經畫せぬければならぬと存じますから此事を一言諸君の前に陳述致して置きます、此報告書は議長の手許に差置きまするに依って御熟閲を願ひます