データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第9代第2次山縣(明31.11.8〜33.10.19)
[国会回次](帝国)第13回(特別・通常会)
[演説者] 山縣有朋内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日]
[貴族院演説年月日] 1899/2/24
[全文]

諸君、議會開会の期も漸次近づいて參りまして本期議會も無事に結了の結果を見るでありませうと云ふことは國家のため諸君と共に慶賀の至と存じます、偖て熟々内外の情勢を考へまするに國運の進歩を助け其大成を期する上に於て政府の施設すべき事柄は固より一にして足らざる次第でありますが、其中最も急に著手すべき事件は財政の整理であります故に曩に豫算に次いで各増税諸法案を提出致しましたが幸に諸君の公平なる審議協贊に依りまして財政の基礎も略々緒に就くことを得ましたのは獨り政府のためのみではありませぬ、實に國家の大幸と存じます、又財政の整理に次いで最も急務なるものは條約實施のことであります、諸君も御承知の如く本年七月よりは新條約實施の期に當りまして最早僅に半歳に過ぎざるの時期であります、右に附きましては本議會に提出致しました實施準備に關する諸法案の數も實に少からざることでありましたが是れ亦幸に諸君の協贊を得ました故に是よりは鋭意施行の準備に著手する覺悟であります、又此條約改正のことは國家を舉げて從事すること殆ど三十年の長きに渉って居りますが今日遂に新條約實施の期を見るに至りましたのは實に帝國のために諸君と共に慶賀の至に堪へざる次第でございます、唯此上は條約改正に依りまして我享くべき國家の利益を益々進めんことを計ると同時に又新條約に依って外國臣民の當然享くべき権利を全からしめ彼我共に此慶福に頼らしめんことを圖るは最も今日緊要のことヽ存じます、偖て本日の議事日程に上って居りまする郡制府縣制改正法案に附きまして一言陳述して置きたう存じます、此府縣制郡制は曩に本大臣が乏しきを内務に承けて居りました節に調査制定に從事致しました故に當時其制定になりました旨趣の大略竝に今囘改正致しまする主意の概要を併せて陳述致しまして諸君の清聽を煩はさうと存じます、抑々明治二十一年市制町村制を制定發布致されまして次で又二十三年に至りまして郡制府縣制を發布致されました、此法律案を發布致されましたのは地方自治及分權の原則を實施し府縣郡市町村を以て三階級の自治團體と爲して國家の基礎を鞏固ならしむるの主意でありまして第一に市制町村制に依りまして市町村をして常に中央政界の波瀾の外に立たしめ且つ市町村人民をして常に中央政界の波動を市町村まで及し國家全體の進運を阻害することなきやうに致すと云ふ精神であります、第二には府縣制郡制及市町村制に依りまして府縣郡市町村の三階級の自治體と爲しまして國家統治上必要なる即ち國の行政上官府の自ら處分すべきものを除くの外は地方自治體に分任致しましたのであります、而して地方人民をして地方自活の責任を負はしめ且つ地方の公務に熟達せしむると云ふ目的であります、是は憲法を實施せらるヽに當りましては國家永遠の長計を立つることに於て最も必要のことヽ認めまして當時政府は此法律を實施するに盡瘁せられた譯であります、然るに右地方制度の改革は憲法實施の時期に甚だ切迫致して居りましたヽめに施行日尚ほ淺うござおいました故に此法律の運用を地方人民が慣熟するに至らざる中に早くも黨爭の弊を蒙りまして往々選舉に關して競争の具たるに至りましたのは實に遺憾至極に存じます、偖て地方制度の改正の議は……衆議院に於きまして之が改正案の提出を見ること既に數度に及んで居ります、政府は之を數年の成績に徴しまして其缺典と認むる所、又は現行法規中規程の精密を缺きたる所を補ふために改正するの必要を認めまして本囘の議院に提出致しましたのであります、其改正中最重要なることを申せば第一に郡制中に於きましては大地主を廢止しますること、第二には郡制府縣制に於きましては複選制を廢するの二點であります、此大地主及複選制を廢止することは本制實施以來の状況に照して見まするに黨爭の弊は立法者の豫想の外に出て豫期の效果を收むることが出來ませぬであります、故に今日の現状を以て利害を攷究致しまするに寧ろ之を廢する方が宜しいと云ふ考であります、抑々大地主に特權を與へられたる譯は郡内に於て獨り名望を有するのみならず郡の費用を多く負擔し又は郡内の事業に附きましては其利害の關する所少からざるがために格別に地位を與へたならば地方制度發達の上に於きましても著しき成績を見るであらう且つ郡の公益になるであらうと云ふ考えでありました、然るに郡制の制定が憾むらくは時期に後れたために早くも黨爭の弊を蒙りまして、選舉に際し往々黨爭の具たるの有樣に立至りました、加之之を本制施行以來十年の間の成績に照して見まするに時勢の變遷に併ひまして大地主必しも郡内の名望家と云ふ譯ではありませぬ、故に折角豫想の效果を見るであらうと云ふことに反しまして却って弊があると云ふ譯でありまする故に寧ろ之を廢するが宜しいと云ふ考であります、是に次いで複選制のことであります、此複選制は其選舉人が知識經験を有する人でありますし且つ又選舉の手續至って簡便でありまする故に本制を定められたのであります、即ち直接選舉の通弊である所の選舉の際徒に時と費用とを費し又は多數の人民をして混雑騒擾に陥る如きことなからしめ自治制度の弊を防ぐであらうと全く信じて居った譯であります、然るに其結果は是れ亦豫想の外に出まして此複選制に依りますると云ふと府縣會議員郡會議員の選舉に關する勝敗は、一に市町村會議員の選舉に係りまするから競爭の熱度は層一層高まり來って市町村が此集注點と相成りましたと云ふ情況に立至りました故に此競爭の熱度は延いて市町村自治の行政に波及致しまして市町村自治制度の發達を害するに立至ったと云ふ譯であります、畢竟本制度の施行の時機に後れたために斯る弊害を蒙ったことに基因することヽ存じます、故に今日の情況を以て見ますれば複選制を存して置きまするときは益々選舉競爭の熱度を高めます、故に之を廢止することは實に已むを得ざることヽ存じます、右の二點は地方制度中頗る重要のことに屬しまして地方自治制度の弊害を除き將來地方自治制度の發達を圖るために已むを得ないことであります、どうぞ諸君に於かれましても御贊成のあらんことを希望致します、尚ほ詳細の儀は政府委員より申述べますることであります