データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第19代原(大7.9.29〜大10.11.13)
[国会回次](帝国)第42回(通常会)
[演説者] 原敬内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1920/1/22
[貴族院演説年月日] 1920/1/22
[全文]

諸君、本期議會の開會に際しまして、茲に卑見を述ぶるは、最も光榮とする所であります、御承知の如く約五箇年に亙りたる戰亂は、一昨年末休戰と相成りました、昨年六月に至りまして講和條約が調印されましたが、爾來種々なる曲折がありました、本月に入り始めて之を實施するに立至つたのでありますが、此平和克復に對しましては、諸君と共に慶賀に堪へぬことヽ存じます、然れども退て考へますれば、此條約より生ずる所の我國の責任、今後國際間に生ずる所の諸般の措置、及國民の覺悟と云ふやうなる事に至りましては、愼重なる考慮を要すること、無論であると信ずるのであります、先般講和條約の發布に際しまして畏くも大詔を煥發せられ、國民の向ふ所を示し給うたのであります、皇謨深遠恐懼の至りに堪へませぬ、謹んで此聖旨を奉戴致しまして、鋭意聖旨の貫徹を期しなければならぬと考へるのであります、我國と列國との關係は日英同盟の鞏固なるを始めと致しまして、其他の列國に對しても、交際益々親密でありますのは、國家のために、洵に欣喜に堪へませぬ、西伯利の問題は彼の地方未た安定致しませぬ、今日の現状は如何にも差措き難き状況に在りますが故に、多少の兵を増派致したのであります、斯樣に致して増兵致しましたけれども、是は固より彼の地方に對して何等領土的野心のある譯でないことは、茲に冗辯を費すまでもありませぬ、又何等内政上に干渉するの意志なきことも明かであります、對支問題に至りましては、對支問題に至りましては、支那國民中に我國を誤解致しまして、色々なる流言浮説より排斥を試みて居ることは、今日尚熄まぬのでありますけれども、日支親善の外なき我國の誠意は、漸次に諒解せらるることであると云ふことを、信じて疑ひませぬ、山東問題は講和條約も既に成立致したる今日でありまするから、速に之を支那國に還附するを以て、適当なる處置と考へまするから、支那政府に向っては、既に其還附の協商を開くことを、提議致してあります、内政に至りましては、前期議會に御協贊を得ました諸般の案件を遂行致したることは、申すまでもありませぬが、尚是等の效果を十分に致さうと考へまするが故に、大正九年度の豫算に於て、教育、産業等を始と致しまして、鐵道、港灣、電信、電話、又は道路改良と云ふやうなる事の如き、財政の許す範圍に於て、諸般の計畫を立てたのであります、是は豫算の上に詳細なる御諒解を得ませうと思ひます、國防の事に關しましては、我國の國防なるものは、元來何等侵略的の意味の無いと云ふことは、今更冗辯を費すまでもないことでありまするが、歐州の大戰爭の實驗に顧みますれば、今日我國の國防は、是で滿足なりとは申されぬのであります、故に國防の充實を圖らなければならぬと云ふことは、恐くは何人も異論の無い所であらうと考へまするが、前期議會に於て──内閣組織の日も淺く、十分なる計畫を立てヽ議會に提案すると云ふまでには、至り兼ねたのであります、仍て今囘は是等の計畫を立てまして、御協贊を仰がうと考へて居るのでありまするが、然るに此國防充實の事に關しましては、多大の經費を要します、是がために已むを得ず所得税及酒税の増收を圖ることに立至つたのでありまする、けれども是は財政上眞に已むを得ざる事情に基くものでありまするから蓋し國民も此事情は諒とするであらうと考へるのであります、又前議會に於ては御承知の如く、衆議院議員選舉法の改正案を提出致して、其御協贊を得ました、今期議會に於ては、政府は更に地方制度の改良の必要を認めまして、其の計畫を立てたのであります、又陸海軍の軍法會議法の改正、是も多年に亙る問題でありまするが、今囘其成案を得たのでありまするから、是等の事は不日提出致しまして、御協贊を仰がうと考へまする、固より種々の案件を提出致しまするが、是等は重要なる事と考へて、此際に申して置くのであります、又世界の大勢に順應するがためには、我國の制度の各般の改正を急務と致すことは勿論であらうと思ふ、故に政府に於きましては先般法規整理委員會を設けまして、維新以來の法令を整理することに著手致しました、又財政經濟調査會を設けて、食料問題を始と致しまして、財政經濟の根本的の基礎を定めやうと考へて、是に著手致して居るのであります、又法制審議會なるものを設けまして、我國の淳風良俗に或は背きはしないかと云ふやうなる事柄の改正を要するために、民法上の改正を企てました、又陪審制度の創定、是も長き間の問題でありまして、憲政上必要なる事と確信するのでありまするから、是等の事を法制審議會に於て會議しつヽあるのであります、是等の委員會の調査等より生ずる諸問題の中には、今期議會に提出するものも無論あらうと思ひまするが、又或は審査結了致さずして、次期の議會を俟たざるを得ぬものも無論あるのでありませう、何れに致しましても、政府は一日も國家の今日の状態に於きまして、諸般制度の收善を怠ることは無いのであります、唯々茲に特に御承認──御諒承を得て置きたいと思ひまするのは、近來動もしますれば質實穏健の氣風を減退するやうな虞があります、又或は極端なる外來の思想に感染致しまして、精神上の動揺を來さんとするが如き虞もあります、是等の事は如何に國政の改良を致し、制度の改發を企てたりと致しましても、是等の事は國家のために斷して排斥せざるを得ぬと考へるのであります、終りに臨みまして朝鮮、臺灣、及關東州の事に就いて、一言述べておきたいのでありまするが、是等の地方の制度の改正を要することは、御承知の如く多年の問題であります、故に政府は先般是が改正を實行致したることも、諸君の既に御承知の事であろうかと思ひます、殊に朝鮮に在りましては、朝鮮人以外の誤解よりして、昨年騒擾を醸したのであります、之に對しまして、政府は先般發せられた所の詔勅の御趣意に基き、一視同仁の 聖旨に鑑みまして、彼の地人民の幸福安寧を計るために、諸般の改正を致したのであります、而して是等地方の事に關しましては、今期議會より朝鮮、臺灣、關東州の總督及長官も政府委員として、議會に出席することに相成りましたから、必要なる場合には、詳細其情況を説明する機會もあらうと考えまする、以上の外尚外交上、財政上、其他諸般の事に關しましては、當局大臣より詳細説明致しまするから、之を諒せられんことを望みます