データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第20代高橋(大10.11.13〜大11.6.12)
[国会回次](帝国)第45回(通常会)
[演説者] 高橋是清内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1922/1/21
[貴族院演説年月日] 1922/1/21
[全文]

諸君、原前首相不慮の遭難は國家の爲め痛歎の至りであります、不肖圖らずも其後を承け、大命を拜して内閣を組織し、今日茲に諸君と相見えて政府所見の概要を申述べるの光榮を有するに至りましたことは、誠に感慨に堪へざる所であります、畏多くも 天皇陛下には御不例久しきに渡らせられ、遂に客年十一月二十五日皇太子殿下成規に遵って攝政に御就任遊ばされ、大權を攝行せらるヽことヽなりましたのは、寔に巳むを得ざる事と拜する次第であります、皇太子殿下の天資英明に在しますことは、朝野の齊しく仰ぎ知る所でありまして、此大任に當らせられ、上 陛下に於かせられましても、宸襟を休め給ひ、下國民も亦安んじて其業に勉むべきは、今更言を俟たざる所であります、斯くて 天皇陛下には十分なる御静養の上、一日も速に御平癒遊ばされんことは、諸君と共に祈って止まざる所であります、帝國と締盟各國との交際は、年と共に益々親厚を加へ、殊に客年約半歳に亙り、皇太子殿下には歐洲諸國を御巡遊遊ばされて、親しく諸國の元首竝官民に接せられ、歴訪諸國の一般の好感と親善の機會を與へられましたことは、誠に國家の爲め感激に堪へませぬ、軍備制限、太平洋及極東の諸問題に關しては、曩に米国の招請に應じ、全權委員を簡派して極力其協定に努めて居りまするが、太平洋の平和確立を目的とする條約は、既に調印せられ、世界海軍制限に關する條約も亦近く調印の運に至ることヽ考へます、抑々今囘の華盛頓會議に於て、帝國政府は正義人道に基き、一意世界平和の確立を希望して、公正なる態度を以って會議に臨んだのでありまするが、幸に參加列國互に協調を保ち、大體に於て所期の目的を達せんとして居ります、私は之に依って各國民の夙に熱望する、恆久平和の基礎樹立せらるヽことヽ信じまして、眞に人類同胞の爲め欣喜に堪へぬのであります、支那に對する帝國の政策は、善隣の交誼を以て一貫の方針とし、華盛頓會議に於ても同國に關する諸般の案件は、此方針を以て關係諸國との間に、夫々適當なる諒解を遂げつヽある次第であります、山東問題に關しましても、帝國政府は速に且つ圓滿に解決せんことを焦慮し、寛弘の襟度を以て交渉を致して居るのであります、西伯利に就きましても、帝国政府は一日も速に政局の安定秩序の恢復を告げ、我が守備隊を全部撤退せしむるに至らんことを切望して止みませぬ、而して目下チタ政府の要求に應じ、大連に於て通商其他の問題に關し商議を重ねて居るのであります、諸君、今や世界列強は皆戰後の復舊と改善とに心力を傾倒して日も猶足らざる有様であります、我國は幸にして戰争の惨禍を蒙ることは少かったのでありまするが、大戰に因る精神上竝物質上の影響は之を免るヽことが出來ないのであります、此世界的氣運の推移に順應して、諸制の釐革を要するものは一にして足らずと考へます、随て今日まで既に諸種の機關を設けて、研究調査を重ねて居ることは諸君の御承知の通りでありまするが、尚ほ此上にも新たに調査せねばならぬ事が多々あるのであります、然れども一國の制度文物は各々其國特殊の事情に依って發達して居りまして、徒に他國に模倣する譯には參りませぬ、殊に勞働問題の如きは、社會上、經濟上、將く思想上重大なる關係を有するを以て、之に關する法規の制定は、最も慎重の攻究を遂げねばならぬのであります、政府は其成案を得るに從って順次之が施設を圖りたいと存じます、而して勞働保險に關する法律の如きは、今期議會に提出するの考を以て調査を進めて居ります、又文運の進歩と人權の尊重とは、相離るべからざるものであります、政府は此に見る所あり、陪審制度の創設、刑事訴訟法の改正等に關し攻究を遂げ、漸く成案を得んとして居りますので、是亦諸君の御協贊を仰ぐ積りであります、更に中央竝地方の税制を整理して、租税制度の體系を整へ、國民負擔の衡平を期するの必要なるを認めまして、曩に臨時財政經濟調査會に諮問致して置きましたが、同會に於て、鋭意審議を重ねて、將に成案を見んとするの程度に進行して居ります、又近年地方教育費の急激なる膨脹に鑑み、之を整理すると同時に内容の改善を期したいと考へ、臨時教育行政調査會を設けまして、目下頻に研究調査を進めて居るのであります、大正十一年度の財政計畫に就ては、經濟界の實情に顧みまして、緊急差措き難いもの、外は節約緊縮を旨とし、以て財政の基礎を鞏固にするの方針を執りましたるけれども、既定計畫に屬するものは、成べく之が遂行を期することに致しました、華盛頓會議の結果軍備の縮小に依り、將來財政上若干の餘裕を生ずることに相成りませうが、其暁に於て之を如何に處理すべきかは、今より十分の攻究を致さねばなりませぬ、政府に於きましては、此餘裕金に依り、先以て小學校教育費の補助及治水事業費に對し、相當の増額を計りたいと考へて居ります、諸君爰に更めて諸君の御考慮を煩したいことは、思想上及風教上の問題であります、戰時及戰後に亙る經濟界の變調に促され、人心射利に走り、浮華に流れ、利慾の爲に節義を輕んずるの傾向を生じ、更に近時外來思想の流入に伴ひ、輕佻浮薄徒らに極端なる學説に惑溺して、動もすれば社會の秩序を紊さんとする者を出すに至りましたことは、洵に遺憾に堪へませぬ、希くは諸君と共に此弊風の矯正に任じ、教育を改善して風教の根底に培ひ、法規を励行し、殊に司法權の活用を嚴正にして、綱紀の伸張を圖り、國民の自省と相俟って質實、剛健、節義を尊び、公に徇ふの精神を振起せねばならぬと考へます、此意味に於て不肖大命拜受以來、官紀の肅正には最も思を勞して居る次第であります、諸君、帝國は曩には國際聨盟に於て、今又華盛頓會議に於て、主要なる一員に列して、世界に於ける帝國の地位と責任とは頗る重きを加へつヽあるのであります、加之、今囘の華盛頓會議に於て軍備制限の事決せられ、各國は其餘力を以って競うて産業及貿易の振興と、文運の伸暢とに力を注ぐことヽ思ひます、此秋に當り我が帝國の地位に顧み、益々運輸、交通、産業及貿易の發達振興を圖り、以て國際間の經濟的競争に堪へ、世界文化の發展に貢獻するの覺悟を持たねばならぬのであります、私は現職に就任後日尚ほ淺くありまするが、至誠以て此大業を全うせんことを期して居るのでありまして此點に就ては特に諸君の協力を希望致すのであります、尚ほ外交に關しましては外務大臣より、又財政經濟に關しましては、私が大藏大臣として別に申上げることに致します、今期議會に提出すべき諸般の案件に對しましては、何卒十分御審議の上、協贊を與へられんことを希望致します