[内閣名] 第24代加藤(高)(大13.6.11〜大15.1.30)
[国会回次](帝国)第50回(通常会)
[演説者] 加藤高明内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1925/1/22
[貴族院演説年月日] 1925/1/22
[全文]
諸君、茲に議會開會の劈頭に於きまして、再び諸君と相見え政府所信の概要を陳述いたしますることは、私の洵に光榮と致す所でございます、世界大戰終熄後既に六年を經ましてございますが、我國は常に列國と共に平和的協調に努力致し、今や其功も顯はれ、漸次世界文化の進展を見るに至ったのでございます、此間に在りて我國と列國との交際愈々親密を加へまするのは、洵に欣ぶべき所でございます、昨年九月初旬より隣邦支那に於きましては、不幸にも復た動亂を發し、中支に於ける戰端より延て奉直の戰となり、一時は我が上下をして甚しく憂虞を懷かしめたのでございます、政府は我が利權を擁護するを本旨といたし、終始列國と協調して内政不干渉の態度を嚴守したのでございまするが、幸に戰禍は我が滿蒙に於ける利權に波及することなく、其間又列國との協調は一層緊密に保持せられ、支那上下に對しても、我が信義を貫徹し、彼此親善を倍●し得ましたるは{●はくさかんむりに徙/シ}、不幸中の幸と謂ふべきであります、新に成立ちましたる段氏の假政府は、今や誠意を以て政局の収拾、政治の統一、諸般の改革等に努力しつヽあるやうであります、帝國政府は同情と希望とを以て事功の速なる達成を注視しつヽある次第であります、長く北京に於て繼續し來りましたる日露間の交渉も、一昨二十日に至り結了しまして、調印することになりましたことを茲に御報告致しますることは、私の最も悦とする所であります、御承知の如く露國は長く文明社會より遮斷せられて居り、我國との交際も斷絶の形となって居ったのでありますが、此に國交囘復に關する基礎協定其他が成立に至りまして、我が威信と利益とを保全することを得、兩國間に存したる幾多の懸案を解決し、仍て以て多年の親交を囘復し、倶に共に文明の惠澤に頼り得るに至りますることは、眞に幸とすべきであります、國防は我が地理的地位、竝に特殊の條件等を考量に加へ、國の安全を保障し、國際義務の履行に支障を及ぼさざる限度を標準として、保持せざるべからざることは言を須いない所でありまするが、世界の大戰を經たる列國の陸軍は、其武器の威力精鋭等、從前に比し全く面目を一新したる觀がありまするに反し、我が陸軍は之に随伴し能はない憾があります、政府は世論の趨向を察し、一面に既設師團に減縮を施し、一面に新兵器の充實等に關する施設を爲すの計畫を樹て、之に由って國防力を減退せしめざることを期したのであります、近年財政の著しく膨張し頻年困難に陥りましたことは顯著な事實でありまして、行政財政の整理緊縮を爲すの必要がありますることは、前議會の劈頭に於て陳述した所でありまするが、議會閉會後政府は直に調査に著手致し、愼重なる審議を經、政府部内組織の改廢、經費の節約、事業の繰延等を決行致し、之に由って既定計畫に對し、一般特別兩會計を通じ二億五千六百餘万圓を減じ、大正十四年度の財政計畫は此基礎の上に計上したのであります、將又公債政策に付ても、多額の公債募集が民間經濟を壓迫し、其整理發展を妨害すべきことを慮りまして、大正十四年度に於ても十三年度と均しく、公債を一般市場に公募することを避けるの方針を採りました、斯る整理に依り財政の基礎は頗る鞏固となり、財政の經濟に對する壓迫を大に輕減せられたることを信ずるのであります、將又政府は中央財政の整理を決行すると同時に、地方費の整理を爲すべく訓令した次第でありまするが、大正十四年度地方費豫算を見まするのに震災府縣以外に於ては、十三年度に比し約一千万圓を減じて居りまして、是亦多少緊縮の跡を示して居るのでございます、右に述べましたる整理緊縮に依り、一般的行政組織の改廢及經費の節約は一段落を告げたのでございまするが、行政事務を簡捷にし、吏員の能率を増進する方法等に至りましては、向後機に觸れ時に臨み實行すべきは勿論でありまして、本問題に付きましては別に行政部内に委員を組織し、成べく速に其成案を得んことを期する次第であります、行政財政整理は一段落を告げましたけれども、他面に於て國民の政費負擔の状況を見ますれば、必ずしも均衡を得たるものと認め難い所があります、政府は本期議會終了の後、直に税制整理に關する愼重なる調査を遂げ、次期通常議會に成案を提出するに至らんことを期するのであります、義務教育費國庫負擔増額の件は、一面に於て教育の伸張に關する所大なるものあり、又一面には市町村負擔の輕減にも資する次第でありますから、財政の状態を考慮し、大正十五年度に於て實現せしむべく努力する積りであります、恭んで按じまするに、先帝が維新の宏謨を定め給ひてより、我國諸般の施設は駸々として進み、明治五年には學制が頒布せられ、六年には徴兵令に依る國民皆兵の制が創始せられ、二十二年には終に憲法が制定せらるヽに至ったのであります、惟ふに大憲制定終局の御趣意は、廣く國民をして大政に參與せしめ、廣く國民をして國家の進運を扶持せしめらるヽに在りと拝察致すのであります、學制、兵制、自治制等の創始以來五十年内外、憲政施行以來三十有六年でありまして、國民の知見能力に對する試練は既に相當に盡されたりと認むるのであります、今や正に普通選擧の制を定め、周く國民をして國運進展の責任に膺らしむべきの秋であると信ずるのであります、將又近時の選擧の實情を見まするに、各種の弊害續出し、憲政前途の爲深憂に堪へざるものがあります、是等の弊害を匡正し、選擧の公正を完く致しまするは、憲政の基礎を鞏固にする所以であると信じます、仍て是等の目的を以ちまして、衆議院議員選擧法の全部に亙る改正案を本期議會に提出せんことを期するものであります、貴族院の改善は明治四十三年以來貴族院に於て屡々其議を見たる所でありまするが、衆議院議員選擧法改正の急を要する今日に於て、特に時機を逸しない方が宜からうかと察するのであります、貴族院の組織は當初制定以來、唯々僅に數囘に亙りて議員定數を増加したる外、著しく改正を加へたることなく、社會状態の變化に伴はない憾が無しとしませぬ、固より憲法が二院制を採りました趣旨は、飽迄尊重せざるべからざるは勿論でありますけれども、是と同時に時勢の進運を明察して、之に適應したる制を樹てますることは、憲政有終の美を濟す上に於ても必要なる事と信ずるのであります、政府は是等の點を考量に加へ、目下調査を進捗せしめつつあります、政府に於て案を得ますれば、直に相當の手續を經て貴族院に付議せんことを期するものであります、以上は單に目下緊要と認める事項に付き一言したに止まりますけれども、目下政府に於て考案中に屬しまする事項に付きましては、相當なる機會に於て御諒解を得たいと期する次第であります、尚ほ外交事項に關しては外務大臣より、財政及經濟の事項に關しては大藏大臣より報告紹介する所がある筈であります、諸君は政府の意の在る所を諒とせられ、各案に對し協贊を與へられんことを切に希望する次第であります