[内閣名] 第24代加藤(高)(大13.6.11〜大15.1.30)
[国会回次](帝国)第51回(通常会)
[演説者] 加藤高明内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1926/1/21
[貴族院演説年月日] 1926/1/21
[全文]
諸君、昨年八月不肖更めて内閣を組織することの大命を拜しまして、茲に第五十一囘帝國議会の開會に當り、重ねて政府所見の概要を陳述いたしますることは、私の洵に光榮とする所でございます、我國と締盟各國との交際の愈々親密に赴いて居りまする、其事柄は、世界平和の確保として、又人類の福祉増進の爲に最も喜ばしく思ふ所であります、顧みれば、昨年一月日露の兩國の間に、國交囘復に關する基礎條約が成立致しまして、兩國の間に存在する幾多の懸案を解決すべき基礎が定まったのでありましたが、其後昨年十二月初に當りまして、該條約に基きまして、北樺太に於ける石油、石炭に關する利權の契約が、當業者と露國官憲との間に滞りなく締結せられました、此事は日露兩國交上竝に兩國の經濟的發展の爲に洵に悦ばしいことヽ存ずる次第であります、次に隣邦支那の關税改正に就きましては、帝國政府は善隣の交誼を以て、對支政策の根本方針とすることに鑑みまして、關税自主權恢復の支那の希望に對しては、直に主義上是が承認を爲すに吝ならざる旨を聲明致しましたが、是は軈て其内政の改善を援助する爲であり、亦其産業の發展を要望する爲めであるのであります、其他有ゆる點に於て及ぶ限り同情的態度を持して支那の要求に對し、而して列國と協調を保ちつヽ我が對支貿易の擁護に違算なきを期する覺悟であります、尚支那に於ける治外法權撤去に付きましても、主義として異論のあるべきではありませぬ、唯々其此に至る迄に支那の行ふべき諸般の施設の完成が必要であると云ふことは論を俟たないのであります、昨年十月以來支那に於て又復動亂再發し、我邦朝野をして在支邦人の安危に關し憂慮の念を懐かしめたのであります、政府は徹頭徹尾内政不干渉の主義を嚴守すると共に、支那に於ける帝國の權利利益の保全に付きましては、百方正當なる手段を盡したのであります、其後戰禍は滿蒙地方にも波及致し、此の方面に於て帝國の有する最も重大なる權利利益を脅かすの虞あるに及びましたから、帝國としては是が擁護のために必要なる手段を講ぜざるを得ざるに至ったのであります、是より先き我が滿洲駐箚師團の兵は除隊歸休の者のあった爲に半減せられて居りましたから、之を以て致しては、十分に警備の任を全うすることの出來ない心配がありましたから、應急の措置として朝鮮及内地より略々除隊兵を補充するに足るだけの兵員を派遣したのであります、然るに其後幾何もなく動亂の鎭靜を見ましたから、今や右派遣兵は全部歸還せしめたのであります、要するに帝國政府の支那に於ける政策竝に行動は、全然公明正大を旨とするものでありまして、此趣旨は結局支那の何れの方面に於きましても、能く諒解せらるヽに至るべきことを信ずるのであります、衆議院議員選擧權は既に大に擴張せられ、所謂普通選擧の制が布かれましたに付きましては、地方制度に於ける議員選擧も亦同じく之を擴張するの適當なるを認めまして、政府は之に關する諸般の法律案を提出する積りであります、而して同時に益々自治能力を發揮せしむる趣旨を以て、自治體に對する監督の整理を併せ行ひたいと思ふのであります、蓋し斯の如くして國民の政治上享有すべき權利は、今日の時勢に於て完きを致すものと考へるのであります、斯く國民參政の權利は既に大に擴張せられ、其地方自治に參與する權利も亦次いで擴張せらるヽに於きましては、國民の政治生活の基礎は此に安定したものと見るべきであります、依て政府は今後國民の經濟的、社會的生活の充實安定を圖る上に專ら力を注がなければならぬと思ふのであります、而して是が爲に各種産業の發達に努力すべきは勿論でありますが、同時に又諸般の社會政策的施設を行ふことを必要とするのであります、是を以て政府は一面に於て生産の増加竝に貿易の發展に關し、或は従来の施設を擴張し、或は新なる計畫を立て、種々畫策する所がありますが、他の一面に於きましては久しく問題となって居りまする健康保險法の實施を期しまして、所要經費を來年度豫算に計上致しました、而して新に勞働組合法、勞働爭議調停法の制定竝に治安警察法の改正の必要を認め、それぞれ該法律案を提出することに致して居ります、蓋し勞働問題は内外の状勢に伴うて近年著しく重要の度を加へまして、是が對策は緊要なる政務の一であります、而して是等の立法は申す迄もなく社會上、經濟上、將た思想上に影響する所甚大でありますから、其制定に付ては徒に外国の事例にのみ依ることは出來ませぬ、必ずや我國情に適合すべき妥當なるものでなければならぬのであります、仍て政府は是が立案に付きまして各種の行政機關をして反覆調査せしめ、愼重審議を盡さしめたのであります、我國の租税制度を一般的に整理する必要のあることも多言を要せざる所であります、此事たるや朝野多年の懸案でありまして、國民も頻に之を希望し、歴代の内閣も相當に調査を重ねたのでありまするが、今日に至る迄未だ實行を見なかったのであります、政府は税制整理を速に實行するの必要を認めまして、前議會に於て聲明致しましたる通り、鋭意調査研究を遂げ、茲に其の成案を得ましたので關係諸法律案を大正十五年度歳入歳出總豫算と同時に今期議會に提出致しました、今囘の税制整理は殆ど國税の全體に渉る大改正であります、一方に廢減税を行ふと共に他方之に因る収入の減少を補ふ爲に新税を起し、又増税をしたものもありまするが、其根本の方針は、歳入に著しき増減を來さヾる程度に於て租税體系を整へ、國民負擔の均衡を圖ると共に社會政策的見地に立ちまして、成べく多數國民福利を増進せんとする點に在るのであります、而して其結果は又現下の經濟状態に於て事業の基礎を鞏固ならしめ、産業の伸展に資するもの尠からざるものあるを信ずるのであります、尚ほ國税整理と同様の趣旨を以て之と對應し、地方税制に於ても亦其根本に觸るヽの整理を行ふことに致しました、近年我が國民の經濟生活は、公私を通じて頗る膨張しましたことは爭ふべからざる事實であります、不肖曩に大命を拜するや、深く時弊に顧みる所がありまして、上下心を協せ勤儉力行を主とし、質素緊縮を旨として、以て他日伸張の素地を作すべきことを唱へましたのであります、政府が行政財政のの整理を決行し、諸君の御協贊を仰いだのも此の趣旨に外ならなかったのであります、爾来一年有半を閲しまして、經濟財政其他各方面に渉り、多少の成績を擧げつヽあるやうに思はれるのであります、即ち今は經濟界轉囘の時期に達したるものと考へるのであります、併ながら今日の場合最早安心を致し、苟も氣を緩めるやうなことがありましては、九仞の功を一簣に虧くの虞があるのであります仍て政府は依然として緊縮の方針を繼續し、只時勢の進展に伴ひ、國力の充實に必要なる計畫を立つるのみでありまするが、斯くて官民の一致協力により、他日經濟界の眞の囘復を見るに至りましたならば、十分之に應ずべき政策を取って以て國運の伸張に寄與致したいと期するのであります、尚ほ外交問題に關しましては外務大臣より、財政經濟の事項に關しましては大藏大臣より、それぞれ報告紹介する所がある筈であります、諸君は政府の意の在る所を體せられ、各案に對し協贊を與へられんことを切望して已まざる次第であります