[内閣名] 第25代第1次若槻（大15.1.30〜2.4.20）
[国会回次]（帝国）第52回（通常会）
[演説者] 若槻禮次郎内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1927/1/18
[貴族院演説年月日] 1927/1/18
[全文]

　諸君、茲に新なる御代の初を以ちまして、第五十二囘帝國議會の開かるヽに方りまして、諸君と相見えて政府の所見を申上げることの出來るのは、私の最も光榮と致す所であります、今や世界大戰終熄の後、既に八年を經過致しまして、我邦は此間に於て常に列國と力を併せ、世局安定の爲に絶えず努力致し來ったのであります、殊に昨年九月國際聯盟が新なる加盟國として獨逸を迎へまして、益々其基礎を鞏固に致しましたること、且又列國が軍備縮小竝に国際的經濟調節の問題に就きまして、極めて眞摯熱心なる攻究を持續致しつヽありますことは、世界平和の確保と人類福祉の増進との爲に洵に喜ぶべきことであると存じます、次に昨年十月支那政府より日支通商條約改訂の交渉を始めやうと云ふ提議がありました、之に就きましては應諾の囘答を發したのであります、蓋し我邦が隣邦支那國民に對するのには、相互信頼の念と友好の精神とを以て、終始一貫致して居ります、故に政府が支那今囘の提議に對して、欣然應諾の意を表しました所以のものも、畢竟關税特別會議乃至治外法權委員會に於て、我が代表が夙に支那に對して表示致しましたる所の、同情理解ある態度に於けると全く同一の趣意に出たものに外ならない次第であります、斯の如くにして日支兩國民は愈々相互の諒解と親善との歩調を進むことが出來ることを確信致します、唯々近年支那に於きまして動亂相踵ぎ、政局の安定を缺いて居りますことは、寔に悲むべきことであります、我邦と致しましては偏に支那國民の覺醒に由りまして、其國の繁榮と對外の信用とを益々増進するに足るべき合理的の歸結に到達するやうにあらんことを冀ふの外なき次第であります、固より支那の内政に對しましては、絶對不干渉の態度を維持すると共に、支那に於ける我邦及我が國民の權利利益の擁護に付きましては、常に萬違算なきを期して居りますことは、茲に更めて申上げる迄もないのであります、露西亞との關係も益々良好に向ひまして、石油石炭等に關する利權の問題も、それそれ順調なる経過を見て居ります、漁業問題も亦今其交渉の進行中に屬して居るのであります、對外の經濟的發展のことに付きましては、特に意を用ゐて居るのでありまして、益々我が商工業者との連絡を密接にして、及ぶ限り其正當なる活動に便宜を圖ることに努力する積りであります、近時世界列強は歐洲大戰の惨禍に顧みまして、何れも國際の平和を確保することに最善の努力を致すやうに相成ったのであります、我邦は幸にして該戰争の害毒を蒙ることが少なかったのでありますけれども、元来國際關係の基調を正義の觀念に置き、夙に平和を愛好するの念に燃えて居る次第であります、故に歐洲大戰の後に於て一層四海同胞の共存共榮を希ふて已まない次第であります、唯々國際の正義を擁護するが爲に、國防の事は等閑に付すると云ふことの出來ないのは勿論のことであります、我が軍備は世界現下の状勢を基礎として定められたものでありますに因って、現状にして大なる變化を生ぜない限りは、現在の我が軍備は依然として維持せんければなりませぬ、然るに海軍勢力の要素であります所の艦艇に至りましては、年と共に老朽に嚮ふことを免れませぬ爲に、漸次其勢力を減耗することに相成ります、故に政府は老朽補助艦艇の代艦を建造致しまして、由て以て現在勢力の失墜を防ぎ、國防上遺憾なからしめんとするの計畫を立てたのであります、陸軍兵役年限の短縮も亦久しく朝野の宿題になって居りました、政府は曩に學校教練振作の施設に引續きまして、普く一般青年訓練の制度を頒ちまして、青少年心身の鍛練に資することに致し、延いて良材を軍中に迎ふることの出來るやうに相成ったのであります、蓋し亦以て國防の基礎を、一般國民の上に及ぼしたものと申すことが出來やうと思ひます、是に於て政府は軍隊内部の施設に改正を加へまして、兩々相俟って、歩兵科の在營年限短縮を斷行することヽ致して、以て多年の懸案を解決せんと致して居るのであります、勿論國防上支障のない範圍に於て實行せなければなりませぬ、又之に依って壯丁の生産能力を伸暢することは固よりであります、故に是が爲に一般經濟に資するの頗る大なるもののあらうかと思ひますことは、申上げるまでもないと存じます、國家の宗教に對する從來の態度は、稍々冷淡であったかの如き嫌のありましたことは、私の遺憾とする所であります、抑々國民間に於ける宗教上の信仰を十分滿足せしめまして、由て以て國民思想の根幹を鞏く致しますことは、宗教機關の健全なる活動に待つべきもの固より多いことヽ存じます、即ち宗教行政に關する根本原則を定めまして、國家の管理監督の方途を適正に致し、宗教團體の權利を定め、義務を明にし、以て宗教家の強化活動を團滿にならしめて、其本來の使命を發揮致させますことは、國家の爲に極めて肝要のことに屬すると存じます、政府は豫て朝野の識者に謀りまして、幸に宗教法の成案を得ましたに付て、之を本議會に提出して諸君の御協贊を仰がんとするのであります、幸にして此法案の成立に依って、多年の懸案を解決することが出來まして、國家が宗教を待遇するの途が爲に厚きを加へる事に相成り、以て宗教界に新生面を開くの一劃時期たらしめる事を得たいと偏に希って居る次第であります、列國の間に伍して國家富力の増進を圖り、以て國民の經濟生活の安定を期しまするが為には、農業、工業、各種生産の改良竝に商業貿易の振興に關しまして、或は從來の施設を擴張致し、或は新なる計畫を立つるの必要を認めるものが、頗る多岐多端に渉って居るのであります、政府はそれそれ所要の經費を計上致しまして、是が豫算を要求して居る所があります、且つ是と同時に、政府は社會状態の趨勢に顧みまして、社會政策的諸般の施設必ず之に伴はざるべからざることを認めまして、前年來立法其他の手段に依って、種々畫策する所ありましたけれども、今後は一層力を此に致さんことを期して居るのであります、住宅政策の如きは、勞働者其他少額所得者階級の生活に關し、且又其生産能率に關する重要の問題であります、近時都市は其人口の急激なる増加に伴ひまして、勞働者其他少額所得者の密集地區を現出致し、獨り衞生、風紀、保安等の點より看過すべからざる實状でありますのみならず、延いて一般思想上竝に社會生活上に及ぼす影響も亦頗る大なるものがあると思ひます、それ故に政府は是等地區整理の為に、不良住宅改良法案を提出することヽ致したのであります、其他失業の救濟及防止の為に、職業紹介機關の充實竝に擴張を圖りまして、庶民金融機關として公益質屋を設置奬勵するの方針を取りました、更に又農村に於ける社會改良政策として、前年創始致しました所の自作農の維持設定の計畫をば、更に擴張促進することを圖ることに致したのであります、通信現業員其他給與の菲薄なる吏員の待遇改善を為すことと致しましたことも、亦社會政策上の主旨に出でたものに外ならないのであります、我邦の人口の増加は逐年頗る著しいものがあります、而も其主要食糧であります所の米麥の産額は、其増加が人口の増加に伴って居らないのであります、年々巨額なる外國産の輸入を見て居ります、加之此輸入する外國産米麥が年一年に増加の傾向を呈しつヽあるの實状であるのであります、此趨勢にして止まないと云ふ場合に於きましては將來國民生活の安定を脅かされるやうな事がないとも限りませぬ、今にして人口と食糧との問題に付て百年の大計を案じて置きませぬければ、他日救ふべからざるの悲運に陥らんことを憂ふる次第であります、從來政府は此問題に付て調査致しましたこと一再でありませぬ、又其結果に基いて施設致しました所も可なり多かったのでありますけれども、而も其調査が未だ十分に根柢に觸れて居りませぬ、殊に人口と食糧との關計を對象とする研究に至りましては、未だ甚だ徹底せない憾みがあるのであります、是に於て政府は更に新に朝野の識者を網羅する所の調査會を設けまして、各般の事項に渉って綿密周到なる調査を遂げて、適切有效なる方策を案出し、以て國民生活の安定、國運の伸展の爲めに永遠の長計を樹てんことを企圖致して居るのであります、北海道の開拓は人口竝に食糧政策の上に稽へまして、殊に其促進を急とするものがあるのであります、然るに現在行って居ります所の拓殖計畫は、本年度を以て將に終了を告げんとして居るのであります、それにも拘らず拓殖の功程を見ますれば、其功程は尚ほ半ばに過ぎぬと申上げて差支なからうと存じます、今や其計畫を新にするの要のあります時に當りました故に、政府は茲に官民合同の調査に基きまして、從來に比して一層廣汎なる方法を以て、大規模の拓殖を行ふの計画を立てヽ、以て全道富源の開發を遂行致し、併せて人口竝に食糧問題の解決に資する所あらんとして居る次第であります、豫算編成に方りまして、財政緊縮の方針を執り來りましたることは大正十四年度以來一貫して居る所でありまして、此間國運の伸展竝に國民の福利増進の爲にする所の諸般の施設は、常に租税の増徴を為さず、又國債の公募に依らずして之を行ひ、來たったのであります、來年度の豫算に於きましても亦全く此方針に據って編成を致して、而も是まで申述べましたる以外に、市町村義務教育費國庫負擔金の増額、勲章年金の増加等、多年の懸案若くは國民與論の要求を解決するの費額を計上致したのであります、我邦朝野年來の宿案でありました所の税制整理は、曩に國税地方税の全般に渉ります所の根本的改正として前期議會の協贊を經て、その大部分は既に實行せられた所でありますけれども、尚ほ登録税、印紙税、砂糖消費税に付きまして、當時その整理を他日に讓ってあるものがあります、因て政府は前囘と同一方針に依りまして國民負擔の均衡を得せしめ、併せて社會政策的の效果を擧ぐるの主旨に依りまして是が改正を行って、茲に税制整理の完了を告げしめんことを期して居るのであります、近來我が國債の増加は特に顯著なるものがあります、若し之を從來の趨勢に一任して置きますならば、遂には我が財政經濟の負擔の上に於て堪へ切らないやうな程度の巨額に達しまして、其影響の及ぶ所測り知るべからざるものヽあらんことを恐れる次第であります、それ故に加藤伯内閣組織以來、務めて起債額の減少を圖りまして、且其非公募政策を採り來って居りましたけれども、遠き將來の事を慮って見ますならば、未だ是だけで十分であると考へる譯には參りませぬ、更に進んで其償還額を増加することが眞に緊切であると云ふことを信ずるのであります、且又毎年生じます所の所謂國庫剰餘金なるものは、之を悉く一般歳出の財源に充當すると云ふのが從來の慣例となり來って居りましたけれども、此の如きは自ら歳計の膨張を招來する弊があるべき次第でありますが故に、勉めて之を避けんければならぬと存じます、是に於て政府は昭和二年度以降に於て斷然國庫剰餘金の一部を國債償還資金に充當するの制度を確立することに致しまして、廼ち來年度豫算に於て右に依りました所の歳出増加額を計上致したのであります、尚ほ外交問題に關しましては外務大臣より、財政經濟の事項に關しましては大藏大臣より相繼いでそれそれ開陳せらるヽ所がある筈であります、諸君、何卒政府の意の在る所を諒とせられ、諸般の案件に對して御協贊を與へられんことを希望して已まない次第であります