データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第26代田中(義)(昭2.4.20〜4.7.2)
[国会回次](帝国)第54回(通常会)
[演説者] 田中義一内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1928/1/21
[貴族院演説年月日] 1928/1/21
[全文]

 諸君、茲に第五十四囘帝國議會再開に方りて政府の所信を陳ぶるのは、私の最も光榮とする所であります、本年は種々の意味に於て極めて重大なる歳であります、就中秋冬の交に於て 今上陛下御一代の盛儀たる即位の禮及大嘗祭を行はせらるヽのであります、之に關する一部の豫算は舊臘中既に之を提出致し、諸君の御協贊を經て現に施行中であります、此國家最高至重の盛典に對して、國民滿腔の赤誠を披瀝し、我邦固有の美風を發揮致し、奉祝感激の意を表するに於て遺憾なきを期すべきことは、改めて申す迄も無いことであります、帝國と締盟各國との関係は益々親善を加へ、帝國の加盟する國際聯盟の事業は、逐年良好なる成績を擧げて居ります、昨年六月ジュネーヴに開かれましたる帝國及英米三國の海軍軍備制限會議が、遂に所期の目的を達するに至らなかったのでありまするが、是は洵に遺憾の次第であります、さりながら帝國政府が世界平和の確保と、各國民負擔の輕減とを目的と致しましたる此努力と誠意とは、幸にして世界各國の認むる所であったことヽ存じます、唯々支那に於て今尚動亂熄まず、政局が依然として安定を缺いて居りまするのは、帝國政府の甚だ遺憾とする所であります、支那は帝國の最も緊切なる利害關係を有する國でありまするが故に、一日も早く内亂の終熄することを希望し、其形勢の推移に對して常に深甚なる注意を拂ふと共に、自衞上相當の措置を執るに於て、機宣を誤らざらんことを期して居る次第であります、私は支那の動亂に付いて、我が陸海軍が帝國の權利利益竝に居留民の生命財産保護の爲に其職責を全うせられ、殊に海軍將卒が長期に亙って能く困難なる任務を遂行せられたることに對し、此際國民と共に深厚なる謝意を表する次第であります、政府は昨春財界の動揺に際し、臨時議會に於て諸君の御協贊を經たる法律の運用を愼重に致し、官民の協力に依って其平靜を得るに至ったのであります、同時に休業銀行の整理も漸次進行致し、人心の不安を去ることを得ましたことは洵に御同慶の至りと存ずるのであります、併ながら我邦財界の現状は、單に平靜に歸したることを以て滿足すべきではありませぬ、産業も貿易も久しきに亙って今尚不振を免れないのであります、是れ政府が此現況に稽へ、内外の時勢に順應して、夙に積極進取の方針を定め、國務の大本を産業の振興に置いて、諸般の施設を之に準據せしめ、最善の努力を傾注して、國家の隆昌と國民の福利とを圖らんとする所以であります、即ち刻下緊切なる事項と致しましては、自作農の創設及維持の計畫を樹てまして、民有林業の造成を策し、或は水産振興の實を擧ぐると共に、蠶絲業に付ては其根本問題たる絲價維持の方策を定めたのであります、食糧問題に於きましても、人口問題と關聯して調査會の審議と相俟ち、相當施設する考であります、尚ほ商工業の基礎を確立し、堅實なる發達を期する為には、曩に商工審議會を設けまして、各方面の識者に會同を求め、審議の結果に從ひ、遞次實施に勉めて居る次第であります、治水、港灣、道路の施設に付きましても、一に此標準に依って力を致して居ります、鐵道に付ても亦地方開發と交通機關普及との見地より、殊に意を新線の建設に注ぐ等、其普及竝に速成に於て施設したる所、決して少しとは爲さないのであります、通信機關の擴張改善、航空事業の補助奬勵、海運事業の督勵助長乃至簡易保險積立金運用上の新なる計畫の如きも、固より其一端に外ならないのであります、加之、各行政を通じ苟も直接間接産業の振興に必要なる施設に對しましては、物質と精神との兩方面よりそれぞれ新計畫を立てまして、或は從來の計畫を擴張したものが頗る多いのであります、殊に方今の時態世相より考へまするに、産業の振興に依って國家及國民の經濟生活を充實すると相俟って、國民精神を作興して、進取敢為の氣象を養成し、各個各團體の自覺を促して其能率を高め、國民活動の最善を盡さしむることでなければ、未だ以て十分の用意を得たりとは申されないのであります、政府は此所見に基きまして、國民教育の改善發達に重きを置いて居ります、多年劃一に失し、或は形式に流れたる所の幤を矯めて、教育の實際化を期すると共に、我邦主要産業に對する學術上、教育上の基礎を確立する方針であります、二十年來の懸案たる教育基金を復活致したのも亦此主旨に外ならぬのであります、又國民道徳の淵源たる敬神崇祖の美風を涵養すると共に、一般の淳風美俗を維持するに力を致し、立法行政の各方面に亙りて、常に道義を尊重するの精神を終始一貫せしむるに深く留意しつつあるのであります、刑事民事の法典に修正を加へんことを企て、國民の權利を伸暢し又は擁護するが為に、司法及行政の裁判制度を改善すると云ふことの考をも持って居るのであります、地方自治體の自由にして圓滿なる發達を促進するが爲には、國家の監督方法を更めて、地方議會の權限を擴張し、且つ地方團體の基礎を鞏固ならしむる爲には、地方自治體の財源を確立せんことを期しつヽあるのであります、此趣旨に依りまして地租を地方に委讓せんとするものであります、最近我邦の地方財政は急激なる膨張を來し、地方税額も亦著しき増加を示して居ります、其間に負擔の權衡を失するの傾向があるのであります、即ち此弊を防いで地方自治體に有力なる財源を與へると云ふことが、之をして最善の活動を全うせしめ、進んで國運の興隆に資せしむる所以であると信ずるのであります、又政府は社會政策上の見地より勞働者災害扶助法を制定致して、一層勞働者保護の精神を擴充すると共に、社会事業調査會の審議を經て兒童扶助の方法を制定し、貧困者の學齡兒童を保護し、若くは盲唖者の教育を改善するに對して、相當の援助を與ふる計畫を立てつつあるのであります、失業問題の如き、内外移植民問題の如きも、人口問題と併せて之が適切の方途を講ずるの考で居ります、政府が特に拓殖に關する所の一省を設置して其豫算を計上致したのは、帝國の領土竝に租借地に對する統括の必要を感ずるのみならず、海外に於ける國民の經濟發展を奬勵致し、延いては人口問題に對し、相當なる解決を為さんと企圖したるが為に外ならないのであります、國防に關しましては一意世界の平和を確保し、各國民の負擔輕減に努力致すと共に、國家自衞の為に最小限度に於て其充實を期し、一面資源局及資源審議會の機能に依りまして、擧國的國防を完備せんことを期しつつあるのであります、之を要するに政府は外に向っては常に國際協調の精神に依って、世界平和の維持に勉め、内に對しては國民精神を作興すると共に、産業立國の方針を一貫して其施設を整へ、由て以て國運の發展を圖らんとするものであります、尚ほ外交問題に關しましては、尋で外務大臣として申述べまするが、財政經濟の事項に關しましては、大藏大臣より報告紹介する筈であります、諸君は政府の意の在る所を諒とせられまして、各種の提案に對して御協贊あらんことを希望致す次第であります